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アインツ公国
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翌朝、朝日が昇ると同時にセシリアとエリアスは宿を後にした。日が出ている間、馬を飛ばして、出来るだけ早く深淵の森の魔術師のアインツ公国を目指した。野党に遭遇することもなく、アインツ公国に着いたのは2週間後のことだった。
アインツ公国は他の国とは違って魔法や獣人、妖精や精霊などがたくさん住み着いているところで、人間とも友好な関係を築いている。セシリア達の大陸にはヘルガのような魔女や王宮には宮廷魔術師がいるが、アインツ公国を除いて、ほとんどの国でその職業についている者たちは、魔法が使えるというよりも、薬草の調合や水晶などを使っての未来視ができる、夢見ができる、などのいう能力がほとんどで、例えば、魔力で、空間をつなげて、瞬間移動するとか、魔力を使って戦ったり、生活に便利な魔法を使うなどということは「アインツ公国」の魔術師や魔女を覗いてはできない。エリアスから告げられる事実を聞いてセシリアは心を踊らせる。
「すごいわ!おとぎ話に出てくるファンタジーの国そのものね!」
「ええ。国民性も自由を愛するのんびりしたものが多く、異種族でもすんなり馴染める風土だと存じております」
「うちの国とは全く違うのねえ。楽しみだわ!」
アインツ公国で魔術を営む者たちが、何故、唯一それができるのか?「妖精や精霊の血が混ざって能力がより強力になったのだ」という噂がまことしやかに他国で流れている。そして「理解できないものや異なるものを恐れる」他国の人間は仕事や公務を覗いて、この国を訪れることはあまりない。なので、アインツ公国では他国の人間との人種の混ざり合いが少なく、特に魔術を営む者たちにその傾向が顕著に見られた。深淵の森に住む魔術師はその中でも異端の存在として知られているらしい。人嫌いで、交流する相手は非人間種族が多く、不治の病を直そうとして、自国を含めて他国近隣から訪れる王族や貴族たちをも追い返す頭を悩ませる相手のようだ。
「そんな相手によく会うことができたわねえ。さすがエリアスね」
「母が病に臥せっていた頃、私は子供でしたので」
エリアスによると、何が基準かわからないが、「気に入らない相手」は魔術師の家に歩いても、歩いてもたどり着けず、延々と森の中を彷徨うことになったり、森に入った途端、自国に瞬間移動させられるとのことだった。前世の記憶がほとんど薄れているとはいえ、「ニホン」には魔法がなかったことは覚えているので、セシリアはさらに深淵の森の魔術師に興味を抱いた。
「まず、宿を取り、情報聴衆も兼ねて、食事でもいたしましょう」
とアインツ公国の大通りにある、小綺麗な宿屋に入る。
「毎度!」
元気な声で挨拶するのは狐の耳と尻尾を持つ少年。年は7、8歳の可愛らしい容姿をしている。
きゃあ、可愛い!
小動物が大好きなセシリアは思わずそう叫びそうになったが、獣人とはいえ、男の子に「可愛い」はないだろうと思って言葉を飲み込む。モフモフしてみたいけれど、知らない人の体を触るということは失礼だし、獣人はペットではない。なので、チラチラと見るだけに留める。
「浴槽付きの部屋を一部屋取りたいんですが」
「それには、魔道具の使用が必要ですので、1泊、100アインツ、と魔道具レンタル料は週50アインツになります」
日本の通貨で100アインツは1万円、50アインツは5000円といったところで、セシリアの国ガートランドでも同じような感じだ。150アインツは高すぎる。
「エリアス、私、他の宿でも…」
「新規のお客さんにだから、おまけして一泊、合計80アインツで!ここは結界も完璧だから、安全だよ!」
「では、それで、1週間お願いします」
エリアスはアインツ公国の金貨を8枚取り出して、支払いを済ませる。
「毎度あり!」
「今、支払うの?」
「ええ。ここは前払いが習慣なんですよ。それに長旅でお疲れでしょう?1週間はこの地に留まった方が、よろしいかと思います」
ガートランドから一歩も出たことのないセシリアが馬を駆って2週間の旅をするということは大変骨の折れる体験だった。
「ええ。ありがとう」
「食事をして、少し町を見て、今夜は体を休めてから、明日、森に向かいましょう。朝に出れば昼頃には森の入り口に着くでしょう」
「ええ。ここは何が美味しいの?」
「今、話題のタックタックの煮込みの店がオススメだよ」
狐耳の少年がにっこり笑って勧める。
「ウチの料理も試してもらいたいけど、あそこは旅人にも地元でも人気があるよ。値段も手頃でたくさん食べられるからね。それに宿からも近いし」
「タックタックというのは、この土地で取れる鳥のことです」
エリアスが補足説明をする。
「まあ、美味しそうね。食べてみたいわ!」
「では、そこにしましょう」
「店はここを右に曲がって5件目だよ!」
「ありがとう」
少年はニカッと笑って「明日の食事は是非ウチで!」と笑顔で売り込みを忘れずに返した。
「ええ。そうするわ」
宿を出て、大通りを歩くと、賑やかな客引きの声がする。露店商の声だ。道端で食べ物や衣服、そして、細々としたアクセサリーや、魔術用具みたいなものまで売られており、見ているだけで楽しい。
「すごいわ!」
商品を買う者も地元の人間に間違いない獣人から、町の気の良いおばさん、旅人と様々だ。
「後で、少し立ち寄りましょう」
「ええ!ガートランドとは全く違うのね。みんな生き生きしてるわ!」
「商人の国ですからね」
ガートランドなら自分の店の前で露店を広げる者ような者はいない。店のないエリアで商売をすることがほとんどで、一画のエリアで、フリーマーケットのような露店が並ぶ。しかし、ここは何でもアリだ。最も、同じ系統の物を店の前で売る露店商はいない。食べ物屋の前には服やアクセサリーの露店、小物屋の店の前には食べ物の露店とそこは秩序があるみたいだ。
「ここの様ですね」
大きな看板に「タックタック」が彫られた食べ物屋。足を踏み入れると、焼き鳥の匂いがしてくる。店を入ってすぐのところは、タックタックの焼き鳥を焼く場所、それをツマミにカウンターでエールを飲む獣人や旅人で溢れている。
「美味しそう!」
テイクアウトにするために焼き鳥をオーダーする者もいる。奥にテーブル席があり、そこも賑わっていた。
「らっしゃい!ご自由にお掛けください」
テーブルは相席がほとんどだ。エリアスと店の客を一通り見渡すと、人の良さそうなエルフの夫婦らしき二人の席に進んだ。セシリアも急いで彼の後に続いて座る。
「こんにちは。良さそうなお店ですね。よく来るんですか?」
「たまにね。店が忙しいから、あまり出かけられない。普段はテイクアウトだね、今日はめでたい席なんで、特別でね」
気の良さそうな青い髪の青年の横で、優しい瞳をした緑髪の女が頬を染める。
「赤ちゃんができたので」
「わあ!おめでとうございます!」
娘はセシリアの言葉に頬を緩ませる。
「ありがとう。旅の方ですか?」
「ええ」
「アインツ公国は魔術や魔道具が素晴らしく、自由で賑やかなところですね」
エリアスが人の良さそうな口調で話しかけると、
「この国ほど、自由なところはないさ。差別もない。それもこれも王様のおかげだね」
エルフの青年が自慢げに言葉を返す。
アインツ公国一応、他の国と同様に貴族や王族がいるが、2%未満の人口で、魔力の高い貴族は宮廷魔術師になったり、国境の領地を治めたりするので、国民が直接触れ合うことはない。一番身近に目にするのが、春の祝いの式典などを行う王族だが、「全ての国民を尊ぶ」というモットーと、また国の繁栄のために商売に勤しむことを奨励している王族の元、他の国と比べてこの国の大多数を占める商人達は生き生きと暮らしを営んでいた。
「景気が良さそうですね」
「ああ。ウチも新しい魔道具のおかげで、他国からもたくさん問い合わせがきて、てんてこ舞いだよ」
「わあ!すごい!どんな魔道具なんですか?」
セシリアが口を挟む。
「普通の生活用品じゃなくて、空間クリア装置です。私たちの間では作らないんですが、主人の地元ではよく作るものらしくて」
「ほお、それは掃除用具、ではなく?」
「空間にいる異質なもの全てクリアにする、要するに他の場所に移動させる装置です」
「へえ、それは他国でも手に入れたがる魔道具ですねえ」
「ええ。でもあくまで防犯用なんで、変な相手には売りたくないしね」
店の主人がテーブルに来る。
「いらっしゃい!お兄さん達、アインツへようこそ!何にします?」
「タックタックの煮込みと焼き鳥とエール1杯とイチゴ水を」
「毎度!10アインツになります」
エリアスが1枚の銀貨を主人に渡すと、数分後、店の子供らしい女の子が、エールとイチゴ水と焼き鳥をテーブルに持ってきた。
「わあ!美味しそう!」
「頂きましょう」
まず、エリアスが串に刺さった焼き鳥を口に運ぶ。
「美味しいですよ。セシル」
こんなところで毒殺されることはないのだが、小さなことからの習慣でセシリアは自分から最初に食べ物を口にすることはない。
「ええ」
串に刺さった焼き鳥など、生まれて初めて口にするのだが、エリアスの食べ方を真似て、少しずつ口に入れる。
「美味しい!」
「アインツは食い倒れで有名だからね!」
青年が自慢げにいう。
「タックタックも期待できそう?」
「お嬢さんのお腹が裂けるぐらい堪能できるかもなあ」
日も暮れて、セシリアは元の姿に戻っていたのだが、それを他人に指摘されるのは初めてだった。エルフなので感覚が鋭いのだろうか?
「魔道具を扱っているお店だそうですね」
「この大通りの2つ目の路地を道に曲がって3件目。ラルフの店って名前だよ。お土産にも最適なものがたくさんあるよ!」
「魔術師の魔道具なども取り扱っているんですか?」
「妖精や精霊系50%あとは魔術師の使う道具と彼らの開発した魔道具やポーションが50%かな。魔術師はお得意さんが多いからね!」
「わあ!すごい!見て見たいわ!」
「明日の旅にも使えるものがあるかもしれませんね」
「じゃあ、これが終わったら、店に寄るかい?」
「ええ。ご迷惑でなかったら」
タックタックの煮込みは思ったよりたくさんの量で、セシリアとエリアスだけでは食べきれなさそうなので、エルフの夫婦とシェアすることにした。そして、エルフの夫婦は彼らの頼んだ料理を分けてくれたので、ゴージャスな夕食となった。
それから店を出て、夫婦の営むこじんまりとした魔道具屋に向かう。
「明日、アインツを出るのかい?」
「いえ、深淵の森の魔術師に用がありますので、そちらに向かう予定です」
「へえ、深淵の森にねえ。兄さんは行ったことがあるのかい?」
「ええ。昔お世話になったことがありまして」
店には色々なものが置いてあった。水晶でできた魔道具など様々なアイテムもあったが、普通の生活用具もたくさん置いてあるので、見るだけで楽しい。
「その茶器で紅茶を入れれば、冷めることのない美味しい紅茶が味わえるよ!」
バラの装飾のティーセットを眺めていたセシリアに青年店主、ラルフがいう。
「まあ、素敵」
「ああ、旦那、それは絶対防御の剣です。シールドがついているので、半径100メートル以上、敵が近づけません。こちらからは攻撃できますがね」
「それは便利ですね」
「深淵の森に行くなら、これがオススメですよ?」
店主が蒼く輝く石を手にしていう。
「このところこの石が手に入らなくてねえ、魔術師の間では必須のアイテムなんだけど、深刻の森の魔術師のお土産にもいいんじゃないかな?」
「深淵の森の魔術師と交流があるんですか?」
エリアスが尋ねる。
「2ヶ月に1回来て、色々買ってくれる常連さんだよ。特にこれはいつも買ってるねえ」
「では、それと、この剣と…あとは」
セシリアが何か欲しいものはないかと彼女の方を見ると、ラルフの奥方と談笑中。
「見た所、魔法の波動が乱れているわ。このお茶はどうかしら」
緑の髪のラルフの妻がセシリアにポーションを勧めている。
「どういう効能があるのかしら?」
「ラベンダーと月光草のポーションだから、波動のバランスを整えて、リラックス効果があるからよく眠れる効能かしらねえ?私の村ではよく飲まれているのよ」
「へえ」
「セシル、ポーションも良いですが、護身具を見られては?」
「ええ、そうね。そういうものはあるかしら?」
「ではこのブローチはどう?これを着けると敵には見えなくなる効果があるわ」
緑の水晶の美しい細工をされたブローチは護身具には勿体無いぐらいドレスにあう宝石だ。
「綺麗。だけど、この服には合わないわ」
「それなら同じ石でできた腕輪はどう?」
腕輪はとても可愛らしく、石もそんなに大きくないので目立たない。
「では、それも頂きます」
「エリアス!」
「大丈夫ですよ。身を守るためのものを欲しいと思ってたところですから。セシルは剣は使えないでしょう」
セシリアは父王から護身用に渡された短剣を思い浮かべた。あれは自害のためのもので、剣を持った男相手に戦えるものではない。
「ええ。ありがとう。エリアス」
「では、合計200アインツですね」
エリアスが革袋から金貨20枚を出して清算する。
「毎度あり!」
「今日は楽しいお食事ができて楽しかったわ」
「また、いらしてください。私も主人も楽しみにしてますね」
「ありがとう」
ラルフの店を出て、露店を回る。あまり欲しいと思えるようなものがなかったが、色々見るのは楽しい。セシリアが露店を回る中、エリアスは露天商に話しかけては、魔術師のことやこの国のことを色々尋ねた。一通り見てから、明日のための昼食にできそうな携帯用の食べ物と飲み物を買い、宿に戻った。
部屋に戻ってからセシリアは腕輪を見つめて微笑みを浮かべた。
「エリアス、これ、ありがとう」
「とってもお似合いですよ。気に入ったものがあってよかったです」
「とっても綺麗」
「美しいセシリア様にぴったりです。それに私の瞳の色を宿したその水晶はセシリア様にふさわしい」
「エリアスったら」
「母の故郷に着いたら、指輪を買いましょう。あなたと私の瞳の色の宿宝石を」
エリアスの言葉を聞いてセシリアは顔を赤らめる。
「ええ。楽しみにしてるわ」
お互いの色を送り合うことで夫婦であるという暗黙の印で、婚姻を結ぶということと同義語である。
「さあ、休みましょう」
宿は1部屋だが、小さいながらも2つベッドがある。エリアスはあの日以外セシリアに触れてはいない。旅の間体力を消耗させたくないという理由もあったが、急に男の子になった不安定なセシリアに精神的負担をかけたくなかったからだ。
「ええ。おやすみなさい」
「我が姫、良い夢を」
旅の疲れですぐに寝入ったセシリアの頬にキスしてから、防御のシールドが完璧な宿屋でエリアスはセシリア姫が死んでから初めて深い眠りについた。
アインツ公国は他の国とは違って魔法や獣人、妖精や精霊などがたくさん住み着いているところで、人間とも友好な関係を築いている。セシリア達の大陸にはヘルガのような魔女や王宮には宮廷魔術師がいるが、アインツ公国を除いて、ほとんどの国でその職業についている者たちは、魔法が使えるというよりも、薬草の調合や水晶などを使っての未来視ができる、夢見ができる、などのいう能力がほとんどで、例えば、魔力で、空間をつなげて、瞬間移動するとか、魔力を使って戦ったり、生活に便利な魔法を使うなどということは「アインツ公国」の魔術師や魔女を覗いてはできない。エリアスから告げられる事実を聞いてセシリアは心を踊らせる。
「すごいわ!おとぎ話に出てくるファンタジーの国そのものね!」
「ええ。国民性も自由を愛するのんびりしたものが多く、異種族でもすんなり馴染める風土だと存じております」
「うちの国とは全く違うのねえ。楽しみだわ!」
アインツ公国で魔術を営む者たちが、何故、唯一それができるのか?「妖精や精霊の血が混ざって能力がより強力になったのだ」という噂がまことしやかに他国で流れている。そして「理解できないものや異なるものを恐れる」他国の人間は仕事や公務を覗いて、この国を訪れることはあまりない。なので、アインツ公国では他国の人間との人種の混ざり合いが少なく、特に魔術を営む者たちにその傾向が顕著に見られた。深淵の森に住む魔術師はその中でも異端の存在として知られているらしい。人嫌いで、交流する相手は非人間種族が多く、不治の病を直そうとして、自国を含めて他国近隣から訪れる王族や貴族たちをも追い返す頭を悩ませる相手のようだ。
「そんな相手によく会うことができたわねえ。さすがエリアスね」
「母が病に臥せっていた頃、私は子供でしたので」
エリアスによると、何が基準かわからないが、「気に入らない相手」は魔術師の家に歩いても、歩いてもたどり着けず、延々と森の中を彷徨うことになったり、森に入った途端、自国に瞬間移動させられるとのことだった。前世の記憶がほとんど薄れているとはいえ、「ニホン」には魔法がなかったことは覚えているので、セシリアはさらに深淵の森の魔術師に興味を抱いた。
「まず、宿を取り、情報聴衆も兼ねて、食事でもいたしましょう」
とアインツ公国の大通りにある、小綺麗な宿屋に入る。
「毎度!」
元気な声で挨拶するのは狐の耳と尻尾を持つ少年。年は7、8歳の可愛らしい容姿をしている。
きゃあ、可愛い!
小動物が大好きなセシリアは思わずそう叫びそうになったが、獣人とはいえ、男の子に「可愛い」はないだろうと思って言葉を飲み込む。モフモフしてみたいけれど、知らない人の体を触るということは失礼だし、獣人はペットではない。なので、チラチラと見るだけに留める。
「浴槽付きの部屋を一部屋取りたいんですが」
「それには、魔道具の使用が必要ですので、1泊、100アインツ、と魔道具レンタル料は週50アインツになります」
日本の通貨で100アインツは1万円、50アインツは5000円といったところで、セシリアの国ガートランドでも同じような感じだ。150アインツは高すぎる。
「エリアス、私、他の宿でも…」
「新規のお客さんにだから、おまけして一泊、合計80アインツで!ここは結界も完璧だから、安全だよ!」
「では、それで、1週間お願いします」
エリアスはアインツ公国の金貨を8枚取り出して、支払いを済ませる。
「毎度あり!」
「今、支払うの?」
「ええ。ここは前払いが習慣なんですよ。それに長旅でお疲れでしょう?1週間はこの地に留まった方が、よろしいかと思います」
ガートランドから一歩も出たことのないセシリアが馬を駆って2週間の旅をするということは大変骨の折れる体験だった。
「ええ。ありがとう」
「食事をして、少し町を見て、今夜は体を休めてから、明日、森に向かいましょう。朝に出れば昼頃には森の入り口に着くでしょう」
「ええ。ここは何が美味しいの?」
「今、話題のタックタックの煮込みの店がオススメだよ」
狐耳の少年がにっこり笑って勧める。
「ウチの料理も試してもらいたいけど、あそこは旅人にも地元でも人気があるよ。値段も手頃でたくさん食べられるからね。それに宿からも近いし」
「タックタックというのは、この土地で取れる鳥のことです」
エリアスが補足説明をする。
「まあ、美味しそうね。食べてみたいわ!」
「では、そこにしましょう」
「店はここを右に曲がって5件目だよ!」
「ありがとう」
少年はニカッと笑って「明日の食事は是非ウチで!」と笑顔で売り込みを忘れずに返した。
「ええ。そうするわ」
宿を出て、大通りを歩くと、賑やかな客引きの声がする。露店商の声だ。道端で食べ物や衣服、そして、細々としたアクセサリーや、魔術用具みたいなものまで売られており、見ているだけで楽しい。
「すごいわ!」
商品を買う者も地元の人間に間違いない獣人から、町の気の良いおばさん、旅人と様々だ。
「後で、少し立ち寄りましょう」
「ええ!ガートランドとは全く違うのね。みんな生き生きしてるわ!」
「商人の国ですからね」
ガートランドなら自分の店の前で露店を広げる者ような者はいない。店のないエリアで商売をすることがほとんどで、一画のエリアで、フリーマーケットのような露店が並ぶ。しかし、ここは何でもアリだ。最も、同じ系統の物を店の前で売る露店商はいない。食べ物屋の前には服やアクセサリーの露店、小物屋の店の前には食べ物の露店とそこは秩序があるみたいだ。
「ここの様ですね」
大きな看板に「タックタック」が彫られた食べ物屋。足を踏み入れると、焼き鳥の匂いがしてくる。店を入ってすぐのところは、タックタックの焼き鳥を焼く場所、それをツマミにカウンターでエールを飲む獣人や旅人で溢れている。
「美味しそう!」
テイクアウトにするために焼き鳥をオーダーする者もいる。奥にテーブル席があり、そこも賑わっていた。
「らっしゃい!ご自由にお掛けください」
テーブルは相席がほとんどだ。エリアスと店の客を一通り見渡すと、人の良さそうなエルフの夫婦らしき二人の席に進んだ。セシリアも急いで彼の後に続いて座る。
「こんにちは。良さそうなお店ですね。よく来るんですか?」
「たまにね。店が忙しいから、あまり出かけられない。普段はテイクアウトだね、今日はめでたい席なんで、特別でね」
気の良さそうな青い髪の青年の横で、優しい瞳をした緑髪の女が頬を染める。
「赤ちゃんができたので」
「わあ!おめでとうございます!」
娘はセシリアの言葉に頬を緩ませる。
「ありがとう。旅の方ですか?」
「ええ」
「アインツ公国は魔術や魔道具が素晴らしく、自由で賑やかなところですね」
エリアスが人の良さそうな口調で話しかけると、
「この国ほど、自由なところはないさ。差別もない。それもこれも王様のおかげだね」
エルフの青年が自慢げに言葉を返す。
アインツ公国一応、他の国と同様に貴族や王族がいるが、2%未満の人口で、魔力の高い貴族は宮廷魔術師になったり、国境の領地を治めたりするので、国民が直接触れ合うことはない。一番身近に目にするのが、春の祝いの式典などを行う王族だが、「全ての国民を尊ぶ」というモットーと、また国の繁栄のために商売に勤しむことを奨励している王族の元、他の国と比べてこの国の大多数を占める商人達は生き生きと暮らしを営んでいた。
「景気が良さそうですね」
「ああ。ウチも新しい魔道具のおかげで、他国からもたくさん問い合わせがきて、てんてこ舞いだよ」
「わあ!すごい!どんな魔道具なんですか?」
セシリアが口を挟む。
「普通の生活用品じゃなくて、空間クリア装置です。私たちの間では作らないんですが、主人の地元ではよく作るものらしくて」
「ほお、それは掃除用具、ではなく?」
「空間にいる異質なもの全てクリアにする、要するに他の場所に移動させる装置です」
「へえ、それは他国でも手に入れたがる魔道具ですねえ」
「ええ。でもあくまで防犯用なんで、変な相手には売りたくないしね」
店の主人がテーブルに来る。
「いらっしゃい!お兄さん達、アインツへようこそ!何にします?」
「タックタックの煮込みと焼き鳥とエール1杯とイチゴ水を」
「毎度!10アインツになります」
エリアスが1枚の銀貨を主人に渡すと、数分後、店の子供らしい女の子が、エールとイチゴ水と焼き鳥をテーブルに持ってきた。
「わあ!美味しそう!」
「頂きましょう」
まず、エリアスが串に刺さった焼き鳥を口に運ぶ。
「美味しいですよ。セシル」
こんなところで毒殺されることはないのだが、小さなことからの習慣でセシリアは自分から最初に食べ物を口にすることはない。
「ええ」
串に刺さった焼き鳥など、生まれて初めて口にするのだが、エリアスの食べ方を真似て、少しずつ口に入れる。
「美味しい!」
「アインツは食い倒れで有名だからね!」
青年が自慢げにいう。
「タックタックも期待できそう?」
「お嬢さんのお腹が裂けるぐらい堪能できるかもなあ」
日も暮れて、セシリアは元の姿に戻っていたのだが、それを他人に指摘されるのは初めてだった。エルフなので感覚が鋭いのだろうか?
「魔道具を扱っているお店だそうですね」
「この大通りの2つ目の路地を道に曲がって3件目。ラルフの店って名前だよ。お土産にも最適なものがたくさんあるよ!」
「魔術師の魔道具なども取り扱っているんですか?」
「妖精や精霊系50%あとは魔術師の使う道具と彼らの開発した魔道具やポーションが50%かな。魔術師はお得意さんが多いからね!」
「わあ!すごい!見て見たいわ!」
「明日の旅にも使えるものがあるかもしれませんね」
「じゃあ、これが終わったら、店に寄るかい?」
「ええ。ご迷惑でなかったら」
タックタックの煮込みは思ったよりたくさんの量で、セシリアとエリアスだけでは食べきれなさそうなので、エルフの夫婦とシェアすることにした。そして、エルフの夫婦は彼らの頼んだ料理を分けてくれたので、ゴージャスな夕食となった。
それから店を出て、夫婦の営むこじんまりとした魔道具屋に向かう。
「明日、アインツを出るのかい?」
「いえ、深淵の森の魔術師に用がありますので、そちらに向かう予定です」
「へえ、深淵の森にねえ。兄さんは行ったことがあるのかい?」
「ええ。昔お世話になったことがありまして」
店には色々なものが置いてあった。水晶でできた魔道具など様々なアイテムもあったが、普通の生活用具もたくさん置いてあるので、見るだけで楽しい。
「その茶器で紅茶を入れれば、冷めることのない美味しい紅茶が味わえるよ!」
バラの装飾のティーセットを眺めていたセシリアに青年店主、ラルフがいう。
「まあ、素敵」
「ああ、旦那、それは絶対防御の剣です。シールドがついているので、半径100メートル以上、敵が近づけません。こちらからは攻撃できますがね」
「それは便利ですね」
「深淵の森に行くなら、これがオススメですよ?」
店主が蒼く輝く石を手にしていう。
「このところこの石が手に入らなくてねえ、魔術師の間では必須のアイテムなんだけど、深刻の森の魔術師のお土産にもいいんじゃないかな?」
「深淵の森の魔術師と交流があるんですか?」
エリアスが尋ねる。
「2ヶ月に1回来て、色々買ってくれる常連さんだよ。特にこれはいつも買ってるねえ」
「では、それと、この剣と…あとは」
セシリアが何か欲しいものはないかと彼女の方を見ると、ラルフの奥方と談笑中。
「見た所、魔法の波動が乱れているわ。このお茶はどうかしら」
緑の髪のラルフの妻がセシリアにポーションを勧めている。
「どういう効能があるのかしら?」
「ラベンダーと月光草のポーションだから、波動のバランスを整えて、リラックス効果があるからよく眠れる効能かしらねえ?私の村ではよく飲まれているのよ」
「へえ」
「セシル、ポーションも良いですが、護身具を見られては?」
「ええ、そうね。そういうものはあるかしら?」
「ではこのブローチはどう?これを着けると敵には見えなくなる効果があるわ」
緑の水晶の美しい細工をされたブローチは護身具には勿体無いぐらいドレスにあう宝石だ。
「綺麗。だけど、この服には合わないわ」
「それなら同じ石でできた腕輪はどう?」
腕輪はとても可愛らしく、石もそんなに大きくないので目立たない。
「では、それも頂きます」
「エリアス!」
「大丈夫ですよ。身を守るためのものを欲しいと思ってたところですから。セシルは剣は使えないでしょう」
セシリアは父王から護身用に渡された短剣を思い浮かべた。あれは自害のためのもので、剣を持った男相手に戦えるものではない。
「ええ。ありがとう。エリアス」
「では、合計200アインツですね」
エリアスが革袋から金貨20枚を出して清算する。
「毎度あり!」
「今日は楽しいお食事ができて楽しかったわ」
「また、いらしてください。私も主人も楽しみにしてますね」
「ありがとう」
ラルフの店を出て、露店を回る。あまり欲しいと思えるようなものがなかったが、色々見るのは楽しい。セシリアが露店を回る中、エリアスは露天商に話しかけては、魔術師のことやこの国のことを色々尋ねた。一通り見てから、明日のための昼食にできそうな携帯用の食べ物と飲み物を買い、宿に戻った。
部屋に戻ってからセシリアは腕輪を見つめて微笑みを浮かべた。
「エリアス、これ、ありがとう」
「とってもお似合いですよ。気に入ったものがあってよかったです」
「とっても綺麗」
「美しいセシリア様にぴったりです。それに私の瞳の色を宿したその水晶はセシリア様にふさわしい」
「エリアスったら」
「母の故郷に着いたら、指輪を買いましょう。あなたと私の瞳の色の宿宝石を」
エリアスの言葉を聞いてセシリアは顔を赤らめる。
「ええ。楽しみにしてるわ」
お互いの色を送り合うことで夫婦であるという暗黙の印で、婚姻を結ぶということと同義語である。
「さあ、休みましょう」
宿は1部屋だが、小さいながらも2つベッドがある。エリアスはあの日以外セシリアに触れてはいない。旅の間体力を消耗させたくないという理由もあったが、急に男の子になった不安定なセシリアに精神的負担をかけたくなかったからだ。
「ええ。おやすみなさい」
「我が姫、良い夢を」
旅の疲れですぐに寝入ったセシリアの頬にキスしてから、防御のシールドが完璧な宿屋でエリアスはセシリア姫が死んでから初めて深い眠りについた。
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有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
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