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001 聖騎士と王女と銀の腕輪
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暗がりの「希望亭」のバーカウンターで、私は小さくため息をつく。
今日もまた、あの忌々しい帝国兵どもに媚びを売る一日が始まるのだ。かつて、ここが反帝国組織『白鴉』の本拠地だったなど、誰が想像できただろうか。今は帝国の慰安施設に成り下がっている。
――振り返れば、私、アリア・ハートフィールドとフィーナ王女は幼い頃からの付き合いだった。単なる主従というにはあまりにも近すぎる、深い絆で結ばれていた。
「アリア、こっち、こっち!」
「待ってください、フィーナ! …そんなに走ったら転びますよ」
「ふふ、アリアこそ押しつけがましいわ。私たち、いつも一緒でしょ? だから支え合えば大丈夫」
「そうですね。私も、いつでもあなたのそばにおりますから」
幼いころの私たちは、城内の中庭を抜け出し、噴水のまわりで日が暮れるまで遊ぶのが日課だった。二人で中庭の奥にある噴水に腰かけて話すこともよくありました。
「フィーナは、やがてこの国の将来を背負う方。いろいろと忙しくなるのでしょうね」
「そうよ。でもね、アリアがいてくれたら……怖いものなんて何もない気がするの。だから、これからもずっと、私の隣にいて」
「はい。あなたが望むかぎり、私は離れません。どんなことがあっても……必ず守ってみせます」
あの頃の私は、そんな誓いを何の疑いもなく口にしていた。純粋に、心からそう思っていた。私の右手首には、王女様から賜った銀の腕輪がはめられている。まだ聖騎士だったころ、彼女から「いつも私の思いを、あなたのそばで輝かせていてほしい」と贈られたものだ。かつてはそれが私の誇りの証であり、そして今でも、こんな境遇になってなお外すことはない。腕輪を見せ合いながら「これは私があなたを思う証」「私はあなたを一生守る証」と、まだ幼いながらも固い約束を交わしたのだ。
私の右手の銀の腕輪は、その誓いの象徴だった。決して外すことはない――そう心に決めていた。
けれど、帝国の侵攻がすべてを奪い去った。アルカディアは滅び、私は反帝国組織『白鴉』の副団長として剣をとることになった。王女様と直接行動を共にすることは限られたが、私は水面下で情報を収集し、作戦を立案し、仲間を導き、いつか帝国を打ち倒す日が来ると信じていた。
――だが、運命はあまりにも非情だった。私たちは帝国の巧妙な罠にはまり、『白鴉』は瞬く間に崩壊へと導かれてしまう。
それはあの日。私たちは決行するはずの大規模作戦に乗じ、フィーナ王女の名をもって帝国への反撃を仕掛けようとした。しかしその作戦決行前、王女様が自ら前線に立つと言い出した。
「いよいよ、雌雄を決する時が来たのね……。私はもうじゅうぶん逃げ回ったわ。今こそ、アルカディアの民を、そして仲間たちを鼓舞するためにも、私が先陣をきって動くべきよ」
「王女様、あなたを前線に立たせるわけには――」
「アリア、私にとってあなたは昔からかけがえのない存在……。でも、どれだけ頼れる存在でも、全てを任せきりにはできないわ。皆に示さねばならないのよ、“私が王たる者”だということを。だから行かせて」
「……わかりました。ですが、くれぐれも無茶はしないでくださいね、フィーナ」
徹夜で準備を整え、私たちは決行の日を迎えた。しかし、実際には帝国の周到な待ち伏せがあった。味方の姿は消え、増援も途絶え、戦線は崩壊し、退却を余儀なくされる。
その最中、王女様を逃がそうと必死に走る私たちは、大群を成す帝国兵に追い詰められつつあった。このままでは王女様の命が危うい。私は右手の銀の腕輪を握りしめ、決断をする。
「フィーナ……」
「アリア、なに? どうしたの……?」
「ここは……私が囮になって、帝国兵を引きつけます。だからあなたは、仲間を連れて安全な場所へ逃げてください」
「ダメよ、アリア! そんなことをしたら……あなた、どうなるの……!? 私にはもう、大切な人をこれ以上失いたくない……!」
「お願いします、王女様。私の役目は、あなたの剣であり盾であること。ここで全滅してしまっては、あなたが描く未来もすべて潰えてしまう。あなたは逃げ延びなければならないんです」
「……そんな……また私ひとりだけ……逃げるの……? 私が逃げ回ってる間に、あなたも、仲間たちも……」
「銀の腕輪に誓って、私はあなたを護ります。だから……信じてください。必ず、あなたを逃がしてみせる」
「アリア……あなた……本気なのね……? でも、私、待っているから……必ず戻って来て……」
「ええ、絶対に。王女様のところへ帰るわ」
けれど、その約束を叶えることはできなかった。私が囮として帝国兵を引きつけたまま、数に劣る仲間たちと離れ離れになり、戻ることもかなわないまま捕らえられたのだ。仲間たちと別れた直後、私のもとへ大勢の帝国兵が雪崩のように押し寄せてきて――私は全力でそれを引きつけ、時間を稼ぐ。その最中、背後をとられ、致命傷こそ免れたものの、圧倒的兵力の前に膝をつくしかなかった。
それからは、見るも無残な監禁と拷問の日々。帝国兵による情け容赦のない仕打ちのなかで、私の心は摩耗していった。 そして、追い打ちをかけるように、帝国の広場に連行され、『白鴉』のリーダーが処刑される様を、見せしめとして強制的に見させられた。彼が掲げた理想も、そして抵抗の意志も、無残にも帝国に踏みにじられ、処刑されたのだ。その光景は私の心に深い傷を残し、抵抗する気力さえも奪い去っていった。
それでも、右手首の銀の腕輪だけは外されなかった。あるいは帝国が私にわざとつけさせているのか、あるいは私自身が最後までこれを手放せないだけなのか。今となってはわからないが、それはいまだ私と王女様の“唯一のつながり”だった。
今日もまた、あの忌々しい帝国兵どもに媚びを売る一日が始まるのだ。かつて、ここが反帝国組織『白鴉』の本拠地だったなど、誰が想像できただろうか。今は帝国の慰安施設に成り下がっている。
――振り返れば、私、アリア・ハートフィールドとフィーナ王女は幼い頃からの付き合いだった。単なる主従というにはあまりにも近すぎる、深い絆で結ばれていた。
「アリア、こっち、こっち!」
「待ってください、フィーナ! …そんなに走ったら転びますよ」
「ふふ、アリアこそ押しつけがましいわ。私たち、いつも一緒でしょ? だから支え合えば大丈夫」
「そうですね。私も、いつでもあなたのそばにおりますから」
幼いころの私たちは、城内の中庭を抜け出し、噴水のまわりで日が暮れるまで遊ぶのが日課だった。二人で中庭の奥にある噴水に腰かけて話すこともよくありました。
「フィーナは、やがてこの国の将来を背負う方。いろいろと忙しくなるのでしょうね」
「そうよ。でもね、アリアがいてくれたら……怖いものなんて何もない気がするの。だから、これからもずっと、私の隣にいて」
「はい。あなたが望むかぎり、私は離れません。どんなことがあっても……必ず守ってみせます」
あの頃の私は、そんな誓いを何の疑いもなく口にしていた。純粋に、心からそう思っていた。私の右手首には、王女様から賜った銀の腕輪がはめられている。まだ聖騎士だったころ、彼女から「いつも私の思いを、あなたのそばで輝かせていてほしい」と贈られたものだ。かつてはそれが私の誇りの証であり、そして今でも、こんな境遇になってなお外すことはない。腕輪を見せ合いながら「これは私があなたを思う証」「私はあなたを一生守る証」と、まだ幼いながらも固い約束を交わしたのだ。
私の右手の銀の腕輪は、その誓いの象徴だった。決して外すことはない――そう心に決めていた。
けれど、帝国の侵攻がすべてを奪い去った。アルカディアは滅び、私は反帝国組織『白鴉』の副団長として剣をとることになった。王女様と直接行動を共にすることは限られたが、私は水面下で情報を収集し、作戦を立案し、仲間を導き、いつか帝国を打ち倒す日が来ると信じていた。
――だが、運命はあまりにも非情だった。私たちは帝国の巧妙な罠にはまり、『白鴉』は瞬く間に崩壊へと導かれてしまう。
それはあの日。私たちは決行するはずの大規模作戦に乗じ、フィーナ王女の名をもって帝国への反撃を仕掛けようとした。しかしその作戦決行前、王女様が自ら前線に立つと言い出した。
「いよいよ、雌雄を決する時が来たのね……。私はもうじゅうぶん逃げ回ったわ。今こそ、アルカディアの民を、そして仲間たちを鼓舞するためにも、私が先陣をきって動くべきよ」
「王女様、あなたを前線に立たせるわけには――」
「アリア、私にとってあなたは昔からかけがえのない存在……。でも、どれだけ頼れる存在でも、全てを任せきりにはできないわ。皆に示さねばならないのよ、“私が王たる者”だということを。だから行かせて」
「……わかりました。ですが、くれぐれも無茶はしないでくださいね、フィーナ」
徹夜で準備を整え、私たちは決行の日を迎えた。しかし、実際には帝国の周到な待ち伏せがあった。味方の姿は消え、増援も途絶え、戦線は崩壊し、退却を余儀なくされる。
その最中、王女様を逃がそうと必死に走る私たちは、大群を成す帝国兵に追い詰められつつあった。このままでは王女様の命が危うい。私は右手の銀の腕輪を握りしめ、決断をする。
「フィーナ……」
「アリア、なに? どうしたの……?」
「ここは……私が囮になって、帝国兵を引きつけます。だからあなたは、仲間を連れて安全な場所へ逃げてください」
「ダメよ、アリア! そんなことをしたら……あなた、どうなるの……!? 私にはもう、大切な人をこれ以上失いたくない……!」
「お願いします、王女様。私の役目は、あなたの剣であり盾であること。ここで全滅してしまっては、あなたが描く未来もすべて潰えてしまう。あなたは逃げ延びなければならないんです」
「……そんな……また私ひとりだけ……逃げるの……? 私が逃げ回ってる間に、あなたも、仲間たちも……」
「銀の腕輪に誓って、私はあなたを護ります。だから……信じてください。必ず、あなたを逃がしてみせる」
「アリア……あなた……本気なのね……? でも、私、待っているから……必ず戻って来て……」
「ええ、絶対に。王女様のところへ帰るわ」
けれど、その約束を叶えることはできなかった。私が囮として帝国兵を引きつけたまま、数に劣る仲間たちと離れ離れになり、戻ることもかなわないまま捕らえられたのだ。仲間たちと別れた直後、私のもとへ大勢の帝国兵が雪崩のように押し寄せてきて――私は全力でそれを引きつけ、時間を稼ぐ。その最中、背後をとられ、致命傷こそ免れたものの、圧倒的兵力の前に膝をつくしかなかった。
それからは、見るも無残な監禁と拷問の日々。帝国兵による情け容赦のない仕打ちのなかで、私の心は摩耗していった。 そして、追い打ちをかけるように、帝国の広場に連行され、『白鴉』のリーダーが処刑される様を、見せしめとして強制的に見させられた。彼が掲げた理想も、そして抵抗の意志も、無残にも帝国に踏みにじられ、処刑されたのだ。その光景は私の心に深い傷を残し、抵抗する気力さえも奪い去っていった。
それでも、右手首の銀の腕輪だけは外されなかった。あるいは帝国が私にわざとつけさせているのか、あるいは私自身が最後までこれを手放せないだけなのか。今となってはわからないが、それはいまだ私と王女様の“唯一のつながり”だった。
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