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第一章 ライラ・マリー編

第24話 アタシにはやるべきことがある3(ライラ視点)

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 マップを見ると次の道は左に進むらしい。


「おい、こっちだ」


 ライラが左に進もうとする肩を掴んで、シオンが言う。

 ライラは持ってきていたマップをもう一度確認して首を傾げた。


「え? 右って行き止まりじゃ?」

「ギルドのマップじゃそうなってるけどな。それは手前に罠があるのと、見かけ通れなそうな造りになってるからそうなってるだけで本当は道があるんだよ」

「それも、情報ですか?」

「当たり前だろ」

 
 シオンと一緒にいると自分がどれだけものを知らないのか、そしてギルドや冒険者たちがどれだけ真実から遠ざかっているのかがよくわかる。

 シオンは一度立ち止まり、ライラを見ると、


「ここに隠れてればあいつらが進むのが見える」


 道の端に少しくぼんだ場所があって、そこにシオンと共にライラは身を隠す。

 しばらくすると、タイロンたちのパーティが姿を見せた。


「クソ! クソ! 全然見つからねえ。あいつ突然魔石と素材回収することに決めたんじゃねえだろうな!」

 
 タイロンが悪態をつく中、後ろからついてきている彼のパーティが、


「タイロンさん。まずいっすよ。今日ノルマの期限ですよ? やっぱり戻って魔石買い集めましょうよ」

「それはしないって言ってるだろうが!」


 顔を真っ赤にしてタイロンは怒鳴る。

 あんな余裕のない彼を見たのは初めてでライラは顔をしかめたし、同時に、やっぱり自分の考えは正しかったんだと思った。

 タイロンのランクは、虚構に過ぎない。

 彼らはマップと道を見比べて、憤慨しながら、ライラが先ほど行こうとした左の道に進んでいく。

 しばらくして声が聞こえなくなった頃、シオンが言った。


「これでどうしてパトリックのパーティが死んだか解っただろ?」

「シオンさんを追いかけているつもりで、マップを頼りに進んで、シオンさんのいない道に入ったんですね。今みたいに」

「そう。で、最下層のエリアボスの部屋に不用意に踏み込んで、扉を閉められた。俺がまだ倒してねえのにな」

「じゃあ今タイロンさんたちは……」

 
 シオンは肩をすくめた。


「さあ、解らん。あいつらは死なねえ、とは思う。パトリックの二の舞にはならねえ。ただ一方であんだけぶち切れてると何するか解らねえ、とも思う。……もし死んだら、あいつらは相当落ちぶれたって証明になるだけだ」

 
 ライラは少しだけ気になったが、彼らのやってきたことを思うと同情する気にもならなくなった。

 シオンは「さて」と呟いて、


「お前はもう目的達成しただろ。『笑う頭蓋骨の穴』とか準荒れ地と違って、俺とお前で綺麗に掃除したあとだから、危険もなく戻れるだろ」

 
 ライラは今来た道を見た。
 そしてシオンを見た。

 はじめは正義を重んじて、シオンについていった。

 今は違う。

 もっと根源的な、そう、どうして自分が冒険者になったのか、どうして『冒険』がしたかったのか、ライラは完全に思い出していた。

 この人についていきたい。

 一番変わったのはそこだった。

 冒険の毎日が、この人のせいで、色鮮やかになってしまった。

 ただの毎日が、つまらなくなってしまった。


(なのに彼は、アタシを突き放そうとする)

 
 ヒドい人だ。

 こんなにも、そばにいたいのに。

 冒険がしたいのに。

 きっと断られてしまうだろう。

 でも想いは、止まらなかった。


「一緒に、進んでもいいですか?」


 ライラは言った。

 両腕を握りしめて、シオンの顔をはっきりと見る。

 顔が熱い。

 どうして?
 今までだって危険な目に遭ってきた。

 ここ数日は今までで一番危険な目に遭ってきた。

 でもそれを越えるくらい、心臓が破裂しそうなほど高鳴って、胸が苦しくて、
 
 辛い。

 シオンはこちらをじっと見る。

 口を、ゆっくりと、開く。

 断られる。

 断られてしまう。

 ライラは喘ぐように息を漏らす。

 目をつぶる。

 シオンは――


「よし、じゃあ、離れるなよ」

 
 そう言ってライラの腕を引っ張り隣に立たせるや、肩をぐっと抱きしめて周りに例の防御魔法を展開した。

 ライラは肩を抱かれたまま背中を押されるようにして先に進み、何かを踏む。

 右の壁から炎が左から尖った槍が出現し、悲鳴を上げて立ち止まりそうになる。


「進め。立ち止まると落ちるぞ」

 
 そう言われたのに、左右から出現する斧、槍、酸のような液体、雷撃、その他、殺意の塊みたいな罠にいちいちビクビクして悲鳴を上げてしまい、シオンは埒があかないと思ったのか、結局、ライラを抱き上げて駆け抜けた。

 お姫様抱っこである。


「ひいいいいいいいい!!」

 
 とそろそろ何に悲鳴を上げているのか解らなくなった頃、地面に下ろされて、ライラは膝をついた。

 シオンは息切れした様子もなく笑って、


「普通は最初の罠踏まねえんだけどなあ。あっはは」

「そもそも罠のある道に入る人なんていません!」

 
 もっと単純なトラバサミみたいな罠が一つや二つくらいだと思っていたのに、多種多様な何十という罠でまだ心臓がバクバク言っている。

 くっそおおお!
 ずるいずるい!
 この人は、ずるい!


「睨むなって悪かったよ」


 シオンは笑って、ライラに手を伸ばした。

 ライラは頬を膨らませながらその手を取り、立ち上がる。

 罠の先には壁があって一見行き止まりに見えるけれど、わずかな隙間を通れば道があるのが解る。

 半身になってそこを進みながら、ライラは、


「……そもそもシオンさん今日何しに来たんです? ここ、前も来たんでしょう? アーティファクトの類いはとったんじゃ?」

「ここには素材を取りに来た。他ではめったに手に入らねえ薬草だ」

 
 先を進むシオンが細い道を抜け、ライラも向こう側に出る。

 そこには、花畑が広がっていた。

 ほのかに青く光り輝く一面の花畑が。

 発光石なんかよりずっと綺麗なその光が当たり一面を照らしている。


「こんな……こんな場所って……」

「ここには誰も立ち入らねえ。魔物ですら、あの罠のせいで入れねえ。湧き水とエリアボスの部屋に流れ込む魔力の恩恵を受けて奇跡的にここに咲いてるらしい。ま、全部情報をくれた奴の受け売りだけどな」

「綺麗……」

 
 シオンは背負っていた袋から黒い瓶を次々取り出すと、花を慎重に根元からすくって土ごと瓶の中に入れていく。

 蓋を閉めると外に光は漏れない。

 ライラも手伝って、全ての瓶がいっぱいになっても、当たりにはまだたくさんの花が咲いていた。


「次に来るのは一ヶ月後だな。それまでに少しは増えてるだろ。全部なくなれば『完全に枯れた幸福の迷宮』になっちまう。この光ってる花は『幸福の花』って薬草だからな」

 
 じゃあ昔、ここは『幸福の迷宮』という名前だったんだろうとライラは思った。


「さて、帰るか」


 そういったシオンに連れられてまたあの罠の道を通り抜け、念のためにエリアボスの道を確認すると、タイロンたちは中には入らなかったようで、エリアボスの部屋では、ボスと言うにはまだ小ぶりなトカゲの魔物がいびきを立てて眠っていた。


「こいつすら倒さないのか」


 シオンが呆れている隣でライラは決意を固めた。


「アタシ、タイロンさんにこの剣を返します。アタシが持っていても仕方がありません。タイロンさんはあの人と同郷だと言っていました。だから、あの人に返します」

「止めといた方が良いと思うけどなあ」

「大丈夫です。返すだけなので」

「そうかい」

 
 シオンは溜息をついた。
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