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前編
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よく晴れた秋の日。侯爵夫人のガーデンパーティーは盛況で、私は知り合いを見かけるたびに間もなく息子に爵位を譲る事、自分は領地に戻る事を伝えた。
「今まで大変だったな」
「寂しくなるよ」
「息子さんが優秀で羨ましい」
皆に声を掛けられ、惜しまれる。ありがたいことだ。
さすがに少し疲れた私は薄荷水を受け取って会場から離れ、ローズガーデンを散策することにした。
秋は気温が低いので薔薇が香り高いのだ、と庭師が言っていたが本当に良い香りだ。
すると、薔薇の後ろから少女が現れた。赤い髪に鳶色の瞳の、見覚えの無い娘だ。
散策してコースを外れたのかと思ったら
「失礼。ハリー・トワソン伯爵でいらっしゃいます?」
と、聞かれた。
「そうだが……、以前にお目にかかった事があったかな」
「いいえ、初めましてです。私はまだデビュタントしてませんもの。タチアナと言います」
なら、何故私を知っているのだろう。
「母がトワソン様をお慕いしていたのです。もう20年も前の隣国での話です」
「20年前……」
確かに、20年前に隣国へ行った。
「今でも薄荷水がお好きですのね」
コップの中身を言い当てたタチアナ。どうやら騙りでは無いようだ。
「ふふっ。母の事など覚えていらっしゃらないでしょう? 今でもお美しいトワソン様は、若い頃はそりゃあ令嬢方に凄い人気だったと聞きましたわ」
「いや、そんな事は……」
令嬢に人気があることは自覚してた。令嬢たちは私にダンスを申し込まれるのを期待している。それに応えつつ、他の令嬢の機嫌を損ねないよう振る舞わねばならなかった。
「もう、隣国の事など忘れてしまったのでしょうか」
「いや。歴史のある古い街で思い出深いよ。優しくて暖かい人たちで、楽しく過ごさせてもらった」
グラマーなグレンダ、恥ずかしがり屋のアメリ、積極的なデイジー、豊かな金髪のエレナ、黒髪のバージニア……。
「帰国しなければならないのが辛かったよ。幸せな思い出だ」
「その後を知ってますわ」
タチアナは、訳知り顔で言う。君の生まれる前の話なのに。
「エレナ、いえ、トワソン様と愛し合った少女は」
何故エレナの名前を? 偶然か。
「トワソン様が国に帰った後に自分の妊娠に気付いたんです。世間知らずの少女にはどうする事も出来ず、家族に泣きつくしかありませんでした。少女は家族に、ふしだらな女だ、家の恥だと罵倒され、家の奥に隠されてひっそりと出産しました。誰にも祝福されずに生まれたのは女の子でした。その娘は、すぐに遠くに養子に出されたんです。この国に。そして、自分の産んだ娘に二度と会えないと知った少女は、絶望して儚く人生を終えました」
この娘は何を言ってるのだ? まるで見てきたかのように。
「娘は、引き取られた家で邪魔にされて育ちました。食べる物はいつも硬くなったパンと野菜クズの薄いスープ。虐げられ、働かされ、踏みつけにされ……それでも帰る場所も受け入れてくれる人もいない娘は、耐えるしかありませんでした。絶望することすら許されない、地獄のような日々でした」
まさか自分の話なのか……? それでは、この子は……。
「そして、家族の浪費の穴埋めに支度金を一番多く出す男と結婚させられる事になったのです。相手が年寄りでも、おかしな趣味があっても、そんな事はたいした事ではありません」
結婚? まだ子供ではないか。いや、「デビュタントしていない」のでは無く、「デビュタントさせてもらえない」だったら……。虐待のせいで成長が遅いのだとしたら……。この子は私の……。
「さようなら。二度とお会いすることはありませんわ」
考えこんでいる私を残してタチアナが歩き出す。
「ま、待て! 君は私の娘なのか?」
捕まえようと伸ばした私の手をすり抜けて、タチアナは走り出した。
ドレスを翻して淑女とは思えない走りっぷりに、私の疑惑は確信になった。
「娘……なのか……」
「今まで大変だったな」
「寂しくなるよ」
「息子さんが優秀で羨ましい」
皆に声を掛けられ、惜しまれる。ありがたいことだ。
さすがに少し疲れた私は薄荷水を受け取って会場から離れ、ローズガーデンを散策することにした。
秋は気温が低いので薔薇が香り高いのだ、と庭師が言っていたが本当に良い香りだ。
すると、薔薇の後ろから少女が現れた。赤い髪に鳶色の瞳の、見覚えの無い娘だ。
散策してコースを外れたのかと思ったら
「失礼。ハリー・トワソン伯爵でいらっしゃいます?」
と、聞かれた。
「そうだが……、以前にお目にかかった事があったかな」
「いいえ、初めましてです。私はまだデビュタントしてませんもの。タチアナと言います」
なら、何故私を知っているのだろう。
「母がトワソン様をお慕いしていたのです。もう20年も前の隣国での話です」
「20年前……」
確かに、20年前に隣国へ行った。
「今でも薄荷水がお好きですのね」
コップの中身を言い当てたタチアナ。どうやら騙りでは無いようだ。
「ふふっ。母の事など覚えていらっしゃらないでしょう? 今でもお美しいトワソン様は、若い頃はそりゃあ令嬢方に凄い人気だったと聞きましたわ」
「いや、そんな事は……」
令嬢に人気があることは自覚してた。令嬢たちは私にダンスを申し込まれるのを期待している。それに応えつつ、他の令嬢の機嫌を損ねないよう振る舞わねばならなかった。
「もう、隣国の事など忘れてしまったのでしょうか」
「いや。歴史のある古い街で思い出深いよ。優しくて暖かい人たちで、楽しく過ごさせてもらった」
グラマーなグレンダ、恥ずかしがり屋のアメリ、積極的なデイジー、豊かな金髪のエレナ、黒髪のバージニア……。
「帰国しなければならないのが辛かったよ。幸せな思い出だ」
「その後を知ってますわ」
タチアナは、訳知り顔で言う。君の生まれる前の話なのに。
「エレナ、いえ、トワソン様と愛し合った少女は」
何故エレナの名前を? 偶然か。
「トワソン様が国に帰った後に自分の妊娠に気付いたんです。世間知らずの少女にはどうする事も出来ず、家族に泣きつくしかありませんでした。少女は家族に、ふしだらな女だ、家の恥だと罵倒され、家の奥に隠されてひっそりと出産しました。誰にも祝福されずに生まれたのは女の子でした。その娘は、すぐに遠くに養子に出されたんです。この国に。そして、自分の産んだ娘に二度と会えないと知った少女は、絶望して儚く人生を終えました」
この娘は何を言ってるのだ? まるで見てきたかのように。
「娘は、引き取られた家で邪魔にされて育ちました。食べる物はいつも硬くなったパンと野菜クズの薄いスープ。虐げられ、働かされ、踏みつけにされ……それでも帰る場所も受け入れてくれる人もいない娘は、耐えるしかありませんでした。絶望することすら許されない、地獄のような日々でした」
まさか自分の話なのか……? それでは、この子は……。
「そして、家族の浪費の穴埋めに支度金を一番多く出す男と結婚させられる事になったのです。相手が年寄りでも、おかしな趣味があっても、そんな事はたいした事ではありません」
結婚? まだ子供ではないか。いや、「デビュタントしていない」のでは無く、「デビュタントさせてもらえない」だったら……。虐待のせいで成長が遅いのだとしたら……。この子は私の……。
「さようなら。二度とお会いすることはありませんわ」
考えこんでいる私を残してタチアナが歩き出す。
「ま、待て! 君は私の娘なのか?」
捕まえようと伸ばした私の手をすり抜けて、タチアナは走り出した。
ドレスを翻して淑女とは思えない走りっぷりに、私の疑惑は確信になった。
「娘……なのか……」
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