あなたの娘です、とは言ってません

あんど もあ

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後編

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「お母様が20年ぶりに姿を見ただけで休憩室に逃げ込むような男性ってどんな方かと思って、ちょっとお話ししてきましたの」
「それで何故あなたがトワソン様の娘になるの。トワソン様に何を言ったの?」
「何も? ただ『月刊あるふぁぽりす』の連載小説の話をしただけですわ。男に捨てられた女性から生まれたヒロインが、意地悪な人の家に養子に出されて苦労する話ですの。私、ヒロインはこの後、醜悪と噂の辺境伯に嫁ぐと予想してますわ。なぜかトワソン様は私の話だと思ったみたいですが」
 母は頭を抱えた。

「それでトワソン様、エレナという名前は覚えていたみたいですけど……、お母様は子供が出来るような事をしてませんわよねぇ?」
「当たり前でしょう! ……どなたと間違えていらっしゃるのかしら」
「そもそも私はまだ15歳。20年前の子供のはず無いのに、そんな事も気付かない人だなんて。本当、お母様は男性の趣味が悪いわ」
「失礼ね! 20年前にあの人が『見聞を広げるために』と我が国の社交界に現れた時、あまりの美青年で年頃の令嬢は皆ときめいたのよ。ダンスするだけで天にも上る気持ちだったわ。エスコートがとてもスマートなの。皆と密かに『薄荷水の君』と呼んでたわ」
 わかるわかる、という反応の老婦人たち。本当にモテていたようだ。
「そのうち『自分はトワソン様の恋人』と主張する女性が何人も現れたかと思ったら、トワソン様は国に帰ってしまわれて……。社交界は大騒ぎになりましたわ。トワソン様を紹介した貴族の方も肩身が狭かったとか」

 ほんっとうにクズの所業だ。20年も前の事だけど。……20年前?
 私は自分のやらかしに気付いた。
「トワソン様、今は奥様やお子様がいらっしゃいますよね! 私ったら何て失礼な事を」
 奥様たちが隠し子がいると思ってしまったら。
「それは大丈夫よ」
 老婦人たちが教えてくれた。

 ハリー・トワソンはもともと次男で継ぐ爵位も無く、女癖の悪さも有名で、たとえ娘が彼に熱をあげていてもそんな男に娘を嫁がせようとする親はいなかった。
 それが、爵位を継いでいたハリーの兄が急死して、ハリーは兄嫁と結婚して兄の息子が成人するまで爵位を引き継ぐ事となったそうだ。
「でも、兄夫婦はさんざんハリーに迷惑を掛けられていたのでね……。兄嫁も彼を夫として愛するなんて無理で」
 ハリーと兄嫁の夫婦関係はあくまで表向き。今は息子も成人したので、まもなく息子が爵位を継承してハリーは兄嫁を残して領地に戻るとか。
 私のちょっとした嘘は、トワソン様の心の中だけになりそうだ。

「トワソン様、やはり女たらしでしたのね。……実は、ダンスの時にベッドに誘われているような事をささやかれてはいたのですが、婚約もしていない女性にそんな事を言うはずないと冗談だと流してましたの。友人たちも同じようなことを言われてたので、大人の社交辞令って少し恥ずかしいわねと話してましたわ」
「お母様、今そんな事をおっしゃったら『慎み深い』ではなく『天然』と笑われますわよ」
 天然で良かった。
 今よりずっと貞操観念の厳しい20年前、トワソン様に操を捧げた少女たちはその後どんな処遇になったのか。中には本当に『あるふぁぽりす』のヒロインのような娘がいたかもしれない。
 それを、トワソン様が美しい思い出のように語るので、ついあんな話をしてしまった。トワソン様は信じたみたいだけど……、どうせすぐに忘れてるわよね。

「トワソン様に幻滅してくれたおかげで、お母様が美青年でもスマートでも無いお父様を好きになって私たちが生まれたのだから、結果的には良かったのですけど」
「そうよ。あなたも結婚相手はお父様のような方を選びなさい」
「子供が三人もいるのに、今でも誕生日に花束を渡すのに照れる男性というのもどうかと思いますわよ」


休憩室に四人の笑い声が響いた。
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