聖女じゃない私の奇跡

あんど もあ

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後編

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 次に着いたのは、扉の前に衛兵が立つ物々しい部屋だった。
 扉を開けても、厚いカーテンが閉められていて部屋の中は暗い。お二人はさらに奥の部屋に招く。
 そこは寝室だった。

 ベッドに横たわっているのは、まだ幼さの残る少年。その年齢の王子の名が浮かぶが、口には出さない。

 少年は熱があるらしく浅い呼吸を繰り返し、その子の顔や寝着から覗く肌には大小さまざまな水疱が出来て、皮膚は赤紫にただれ、潰れた水疱のうみの匂いが部屋を包んでいる。
 掻きむしった瘡蓋かさぶたの痕が、この苦しみが昨日今日の事では無いと伝える。
 ちらっとジャーヴィス様を見る。自ら私を迎えに来た人。本当は不眠不休で駆けてでも一刻も早く私をこの子の元に引きずって来たかったんだろうに。

「聖女よ。この子を救ってくれないか」
 …ああ、分かった。
 この人たちは聖女を探してたんじゃない。探してたのは、この子を助けてくれる人。
 探して探して、領主様の報告書まで目を通して…。

「…私は、聖女ではありません。それでも良ければ」
 なら、私は自分に出来るだけの事はやろうと、少年の赤紫の手を取って目をつぶる。
 “波”……、“波”はどこ……?
 必死に少年の“波”を探すが、一向に見つからない。この子は生きているのに、全く“波”の気配が無い。まるで少年が何かに包み込まれているようだ。
 これは…病気じゃない。背中に冷水を浴びせられたような悪寒に襲われる。 

 これはきっと…多分……呪いだ。

 ドッドッと心臓の音が痛い。恐怖で振り払いたくなる少年の手を、覚悟して両手で包む。
 必死に呪いの“波”を探す。
 彼の全身を包んでいる呪いの、僅かでいい隙間を、ほころびを探す。
 この子がこれだけ抵抗しているんだ。どこかが綻んでいるはず。
 見つけた小さな綻びから呪いの“波”を見つけ、命令を伝えた私は、その場にへたりこんでしまった。

 頭の上でお二人の喜ぶ声がするのを聞きながら、私は意識を失った。




 すっきりと目が覚めたのは、知らないベッドの中だった。
 キョトキョトと周りを見回してると、「お目覚めですか!」と部屋にいた女性が駆け寄ってきた。
「すぐにジャーヴィス様と陛下にお知らせします」
という彼女に、「陛下はやめて~~~」と頼み込む。
 陛下の前で寝てられる心臓は無いわ…。

 すぐに来たのはお医者様だった。白い髭の安心できるおじいちゃんという感じの先生。
 先生は手際よく診察し、「異常無し」と言ってくれた。はい、私も三日間の緊張の糸が切れただけだと思います。
 先生がカーテンを開けると朝日が差し込んできた。私ってば普通に夜に寝てただけではないでしょうか。

「ところで…」

枕元の椅子に座り、先生が聞いてくる。
「後学のために、今回の病気について教えてくれないか」
 いくら調べてもあの症状の病気は見つからなかったらしい。でしょうね…。
 チョイチョイと顔を近づけさせて、小さな声で「呪いです」と伝えると、先生は頭を抱えてしまった。
「何故その可能性を気付かなかったんだ…」
「ええ? そんなベテランなのに『自分の知らない病気があるはずだ』って思える方が凄いですよ!」
 驚いた顔をした先生は
「君は、本当に聖女なのかもしれないな」
と、優しく言った。
「いい様に解釈しすぎです! 村に行けば、『何でもかんでも自分が正しい』って根拠のない自信にあふれてる頑固オヤジがいっぱいいるんですよ。先生の爪の垢をお土産に持って帰りたいくらいです!」
 先生は笑うけど、逆らえない若輩者ハナタレは大変なんですから~!


 そこにジャーヴィス様が入ってきた。女性が診察されてるので、隣の部屋で待っていたそうだ。
「元気なようで良かった」
「御心配おかけしました!」
 先生からも異常無しと伝えてもらい、先生は帰って行った。

 ジャーヴィス様にも、呪いだったと伝える。
「そうか…。君が聖女で良かった」
「あ、聖女じゃないんで、呪いは解けていません」
「はあ!?」
「私には無理です!」

 イナゴもハエもネズミも、私は右に行くのを左に変える事は出来ても、消すことは出来ない。
「じゃ…じゃあ、呪いは…?」
「呪った本人に返しました」
 返せただけでも私には奇跡だ。
「誰に…?」
「私には分かりません」
 分かりたくも無いですー! 呪いには「帰れ!」って命令しただけですー!
 ジャーヴィス様はこれからまた一波乱ありそうですが、私はもうお役御免にしてください。

「…そうだな。君は知らない方がいい。そして、『聖女候補を連れてきたが聖女ではなかった』とした方がいいな。誰が呪いを返したかを知られるのは危険だ」
 うんうんと頷く私。



 朝食を食べ終わる頃、ジャーヴィス様がやってきた。
「今回の報酬だ…とは言うわけにはいかないから、蝗害を防いだ褒賞と、これからも蝗害に協力してもらう契約金、という事に」
と、ビロードの巾着袋を手渡した。中を見ると、金貨がたくさん入ってる。
「…金貨と銀貨は村の市場で使えません…」
「そうだった。…弱ったな。小銀貨と銅貨に替えたら、君の体重と同じくらいになるぞ」
「運べません~!」

 なら、物にしようという事になった。
 あの三人のお姉さんに王都を案内してもらって、欲しい物を好きなだけお城の支払いで買っていい、と。それは楽しそうだ。

 早速やってきた私服の三人と街に出る。

 部屋を出る時、扉の横に騎士様がいない事にちょっと寂しさを感じる。もう聖女じゃないから仕方ないか。
 アクセサリー店、化粧品店、食器店、薬屋さん服屋さんにお菓子屋さん、奇麗なお姉さんたちに見立ててもらって次々と買っては城に届けてもらう。幸せ過ぎる~!

 王都で人気のカフェで一休み。ケーキが芸術的に可愛い。
「王都って安くていい物があるのがいいですね」
「そうそう、王都は物価が高いって言われてるけど安い物も多いのよ」
「クレアさんは王都に住む気は無いの?」
「う~ん、考えたこと無いですね」
「向こうで決まった人とかは?」
「全然。親も、三つ下の弟に嫁が来るまでに決めればいいって感じで」
 女子が集まればコイバナになる…とは言え、なんか探りを入れられているような? 

 ちょっと感じた違和感も、次の布地屋さんで吹き飛んだ。こんなに沢山の種類の布地があるなんて、田舎じゃあり得ない!
「これがスカートで、これでカーテン、これをベッドカバーに、いやクッション? あと母さんのとデイジーのと…。リボンもレースも、何で色違いがこんなに!? ああっ全部欲しい!」
「お店ごと買い取っても大丈夫ですよ~」
「物欲に負けるから誘惑しないで~!」

 城に戻ってきた時には、興奮しすぎでクタクタだった。



 翌日、村に帰る馬車が用意されたと三人のお姉さんが迎えに来てくれた。
 やはり扉の横に誰もいない事を寂しく思いつつ、馬車へ向かう。
 私はワンピースを着てお忍びのお嬢様風。
 四人が話しながら歩いていても、誰も気に留めない。

 行きとは違って目立たぬ地味な馬車に着く。昨日買った物は、別の荷馬車で運んでくれてるそうだ。
 帰りは、侍女に扮した女性騎士と、御者に扮した騎士二人が同行してくれる。帰りの道のりは楽しそう。
 人目に付かないよう、ジャーヴィス様も陛下も見送りには来ない。三人も黙って手を振る。

 静かに馬車が走り出す。さようなら、王都。
 デイジー、私、聖女じゃなかったよ!


  

 御者の一人が、本気で私を口説こうと紛れ込んだ背の高い騎士である事を私はまだ知らなかった。
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