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遭難、からの

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 増水した川の流れに逆らえずかなりの距離を流されて、途中流れが緩くなった場所で岩にしがみついて何とか川辺に上がったのが少し前のことだ。それでも溺れて意識を失ったり、動けなくなるほどの大きな怪我をしなかったのは幸いだったと思う。

 その後俺は薄汚れた体のまま大の字になって寝転び、しばらく体を休めていた。その間にこれまでのことを振り返っていたのである。

 いくら瑠璃色の羽が見えたからって知らない場所で人の言うことも聞かずに勝手なことをした結果がこれだ。阿呆すぎて自分に呆れる。
 さっき一瞬エンセイにも責任をなすり付けようとしたけど無理だな。どう考えても100%俺が悪い。

「いてて……はぁ、どうにかして戻らないと」

 ぐっしょり濡れて重い体をなんとか起こして辺りを見回す。どうもあちこち体をぶつけたようで全身痛いし擦り傷だらけだ。特に足が酷く痛む。それでもまだ水量の多い川の近くにいるのは危ない気がして、とにかくここから離れようと足を動かした。

「今どの辺にいるんだろ。流されてきたんだから川上に行けばいいんだろうけど……」

 流された時間はそこまで長くないはずだが、この川の勢いなら随分下流にいるんじゃないだろうか。辺りを見回しても見えるのは変わり映えのしない森の木々で目印になりそうなものもない。周りの木が大きいのでロンデリウス山も見えないし、コンパスは持っていなかった。
 これは間違いない。俺は今、迷子だ。

「日が暮れたらヤバいよな。あぁ~どうしよう」

 ひとまず川に沿って歩くが足が重いし痛い。左足を踏み締めるたびズキズキと痛むので捻ったかなにかしたみたいだ。
 懐中時計が示す時間はまだ昼過ぎ。日が暮れるまではまだ数時間あるが、それまでに誰か見つけられるだろうか。

「足痛い、キツい。折れてるんじゃないのこれ」

 どんどん痛くなってくる足を引きずりながら歩いているうちに、あの場を動いたのは間違いだったような気がしてきた。遭難した時は無闇に動かない方が良かったんだっけ。まあもう後の祭りなんだけど。

「ちょ、ちょっと休憩」

 しばらく歩いていたが、足の痛みに耐えられなくなって近くの木に凭れかかって座り込む。恐る恐るブーツを脱いで足を確認すると、足首が見てわかるほどに腫れていた。
 見なきゃよかったな。そう思いながら脱力するようにため息を吐いて空を見上げる。

 もしこのままここで待ったとして、教授や有翼種の人たちは俺を見つけてくれるだろうか。考えたくないけど、約束を破ったとして放置されてしまったらどうしよう。
 森の中には色んな野生動物もいるだろう。中には凶暴な肉食動物だっているかもしれない。腹を空かせた狼に襲われる想像をしてゾッとした。

「ランさんに会う前に死ぬなんて絶対嫌だ。どうにかして馬車道に出ないと」

 やっぱりじっとしてなんかいられない。痛みに耐えながら立ち上がり、周りの木を支えにしながら再び歩き始めた。
 川から付かず離れずゆっくり進む。痛む足にぬかるんだ地面やでこぼこした木の根は辛く、一歩ずつ慎重にならざるを得ない。
 一歩一歩確実に。しかし一際立派な木の根を乗り越えようと足をかけた瞬間、痛めた左足が勢いよく滑って体が前に倒れた。

「おわっ?!いっ……!!」

 受け身もろくに取れずにぶっ倒れ、ゴツンと鈍い音が脳内に響いて目の前に火花が散った。

 痛い。足も痛いし頭も痛い。口の中が鉄錆の味がする。口の中を切ったかもしれない。水で濡れた服が重い。心がぽきりと折れかけて、俺は起き上がることもできなくなった。

 あ、なんだか意識も朦朧としてきた。せっかく川に流されても気絶しなかったのに、ここにきての。
 そんな。ダメだ。何があるかも知らないところで、意識を……失う、なんて……

 ぷつり、意識が途切れる。
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