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静かな夜 3
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「その人はこの国の貴族に囲われていて、ランと名乗っていた?」
ふいに顔を上げたハオランさんからランさんの名前が出た。椅子に腰かけ真正面から俺を見つめるハオランさんの目は懐かしい彼女と同じ榛色だ。俺は彼の姿に彼女の面影を見る。
ああやっぱり、ハオランさんは彼女のことを知っているんだ!俺は嬉しくなって何度も頷いた。
「はい!俺が会ったのは今から8年ほど前になりますが、さる侯爵様のパートナーとして夜会や茶会に来ていました!」
「そう……じゃあ間違いないな」
それを聞いてまた何か考えるように口元に手を当てて黙ってしまう。逆に俺は話を聞きたくてウズウズして、ベッドの上で上半身を乗り出した。きっと俺の目は期待にキラキラと輝いていることだろう。
「ハオランさんはランさんをご存知なんですね?もしかして血縁とか」
「ああ、いや……」
俺の問いに困ったように眉を下げて視線を逸らすハオランさん。はっきりしない物言いに首を傾げるが、結局その答えは得られないままだった。
何故なら、それ以上に衝撃的な事実を彼が告げてきたからだ。
「クラウス君。その人は……もういない。探しても無駄だ」
「え……?」
「死んだよ。数年前に」
何かを考えていたハオランさんが告げた言葉。少し躊躇ったする様子を見せた後、俺の目を見てきっぱりと告げられた彼女の行き先に俺の思考は真っ白になった。
死んだ?彼女が?
「そんな、まさか」
「こんなことを言うのは心苦しいが、もう会うことはできない……諦めてくれ」
信じられなくて縋るように見るが、ゆっくり首を振るハオランさんが冗談を言っている様子はない。これは本当のことなんだ。本当に彼女はもう、いないんだ。微かに震える手を握り、俯いた。
「そう、ですか」
王都の暮らしが合わずに体調を崩したと聞いていた。故郷に帰りさえすれば元気になっていると思っていたのに、そうじゃなかったのか。それとも何か別の何かがあったのか。まさかすでに亡くなっているなんて思いもしなかった。
「あのっ!病気ですか?それとも事故とか」
「すまないが詳しい話はできない。個人的なことだ」
「そ、そうですよね。すみません」
「いや……」
それはそうだ。ほんの1、2回顔を合わせただけの人間に事情など教えるわけがない。亡くなったことを教えてくれただけでも親切というものだ。俺は上げた顔を再び伏せ、がくりと肩を落とした。
ずっとずっと、8年間もひたすら思い続けた人がもういないだなんて。全身から力が抜けていくようだ。膨らんだ風船にぷすりと穴が開いたみたいに。
「今日はもう休むといい。明日には迎えが来るから」
「はい……」
俯いたままの俺の肩をハオランさんの大きな手が叩く。その手も声も気遣いに満ちたもので、俺はただ頷くことしかできなかった。
「おやすみ」
ひとつ息を吐いたハオランさんが部屋を出ていけば、部屋に残るのは俺ひとり。夜の帷が降りて鳥の鳴き声ひとつもない静かな、静かな空間に呆然とした俺の声だけが響く。
「死んだ、なんて」
ランさんは瑠璃色の羽の笑顔のきれいな人だった。
所詮は子供の頃の幼い憧れ、幼い恋だった。顔を見たのは2回だけ。話をしたのはたった1回。だがこの執着じみた恋は俺の今を形作ったもの。もう一度会いたいという気持ちが俺を8年間突き動かしていた。
もう一度会えたら今度こそゆっくり話をしたかったのにその約束も果たせない。人生の大きな目標を失ってしまったようで、言いようのない空虚さに腹の底からため息を吐いた。
「ランさん……」
整理できない気持ちが渦巻いて、今夜は眠れそうになかった。
ふいに顔を上げたハオランさんからランさんの名前が出た。椅子に腰かけ真正面から俺を見つめるハオランさんの目は懐かしい彼女と同じ榛色だ。俺は彼の姿に彼女の面影を見る。
ああやっぱり、ハオランさんは彼女のことを知っているんだ!俺は嬉しくなって何度も頷いた。
「はい!俺が会ったのは今から8年ほど前になりますが、さる侯爵様のパートナーとして夜会や茶会に来ていました!」
「そう……じゃあ間違いないな」
それを聞いてまた何か考えるように口元に手を当てて黙ってしまう。逆に俺は話を聞きたくてウズウズして、ベッドの上で上半身を乗り出した。きっと俺の目は期待にキラキラと輝いていることだろう。
「ハオランさんはランさんをご存知なんですね?もしかして血縁とか」
「ああ、いや……」
俺の問いに困ったように眉を下げて視線を逸らすハオランさん。はっきりしない物言いに首を傾げるが、結局その答えは得られないままだった。
何故なら、それ以上に衝撃的な事実を彼が告げてきたからだ。
「クラウス君。その人は……もういない。探しても無駄だ」
「え……?」
「死んだよ。数年前に」
何かを考えていたハオランさんが告げた言葉。少し躊躇ったする様子を見せた後、俺の目を見てきっぱりと告げられた彼女の行き先に俺の思考は真っ白になった。
死んだ?彼女が?
「そんな、まさか」
「こんなことを言うのは心苦しいが、もう会うことはできない……諦めてくれ」
信じられなくて縋るように見るが、ゆっくり首を振るハオランさんが冗談を言っている様子はない。これは本当のことなんだ。本当に彼女はもう、いないんだ。微かに震える手を握り、俯いた。
「そう、ですか」
王都の暮らしが合わずに体調を崩したと聞いていた。故郷に帰りさえすれば元気になっていると思っていたのに、そうじゃなかったのか。それとも何か別の何かがあったのか。まさかすでに亡くなっているなんて思いもしなかった。
「あのっ!病気ですか?それとも事故とか」
「すまないが詳しい話はできない。個人的なことだ」
「そ、そうですよね。すみません」
「いや……」
それはそうだ。ほんの1、2回顔を合わせただけの人間に事情など教えるわけがない。亡くなったことを教えてくれただけでも親切というものだ。俺は上げた顔を再び伏せ、がくりと肩を落とした。
ずっとずっと、8年間もひたすら思い続けた人がもういないだなんて。全身から力が抜けていくようだ。膨らんだ風船にぷすりと穴が開いたみたいに。
「今日はもう休むといい。明日には迎えが来るから」
「はい……」
俯いたままの俺の肩をハオランさんの大きな手が叩く。その手も声も気遣いに満ちたもので、俺はただ頷くことしかできなかった。
「おやすみ」
ひとつ息を吐いたハオランさんが部屋を出ていけば、部屋に残るのは俺ひとり。夜の帷が降りて鳥の鳴き声ひとつもない静かな、静かな空間に呆然とした俺の声だけが響く。
「死んだ、なんて」
ランさんは瑠璃色の羽の笑顔のきれいな人だった。
所詮は子供の頃の幼い憧れ、幼い恋だった。顔を見たのは2回だけ。話をしたのはたった1回。だがこの執着じみた恋は俺の今を形作ったもの。もう一度会いたいという気持ちが俺を8年間突き動かしていた。
もう一度会えたら今度こそゆっくり話をしたかったのにその約束も果たせない。人生の大きな目標を失ってしまったようで、言いようのない空虚さに腹の底からため息を吐いた。
「ランさん……」
整理できない気持ちが渦巻いて、今夜は眠れそうになかった。
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