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優しい人
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結局うまく寝付くことなどできるはずもなく、悶々とした思考と怪我と体の疲労が折り重なった俺は空が白み始めた頃に熱を出した。
熱を出すなんて子供の頃以来だ。頭がぼんやりして、体がずっしりと重だるい。傷めた足が心臓と同じリズムでズキズキ脈打つのが酷く苦しかった。
「これじゃあ迎えが来ても帰れそうにないな。様子だけ伝えて帰ってもらうか」
俺の額に手を当てて熱を確認しながらハオランさんが言う。
朝、様子を見に来て熱があることに気付いたハオランさんは嫌な顔ひとつせず俺の面倒を見てくれている。手早く冷えた水やタオルを持ってきてくれたり、傷の様子を見て薬を塗ってくれた。
「すみません、こんなことに……」
「仕方ないさ。無理をせず寝てるといい」
「はぃ」
用意してくれた熱冷ましと化膿止めの薬湯をちびちび飲みながら蚊の鳴くような返事を返す。
昨日からハオランさんには迷惑をかけ通しだ。申し訳なさにまともに彼の顔が見られない。
「私の言ったことも、君の負担になってしまったのかもしれないな。悪かった」
「いえ、そんな」
はっとして顔を上げるとハオランさんが気遣わしげに俺を見ている。彼は何も悪くない。俺のことを思ってのことだとわかっている。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だ。
「ランさんのこと、いつかは知ることになったと思います。それがたまたま昨日だったっていうだけですからハオランさんは何も」
「だがタイミングってものがあっただろう?君の体のことを思えば、伝えるのは今じゃなくてもよかった」
「ハオランさん……」
この人はなんて優しい人だろう。
有翼種である彼にとって人間へのイメージは良くないだろうに、傷の手当てをしてくれただけでなく、熱を出した俺にそんな風に言ってくれる。色々あってナイーブになっているからだろうか、胸に込み上げてくるものがあって涙が溢れそうだった。
昨日までの俺は世界で一番幸運な男とさえ思っていたのに、今やなんて間の悪い間抜けな男なのだろうと身に沁みている。
ハオランさんだけじゃない。俺を迎え入れてくれたシェンフゥの森の有翼種たち、協力してくれた教授やアイズナーさんにも迷惑をかけてしまっている。全部俺の身勝手のせい。申し訳なくて情けなくて、目の前にいるハオランさんに深く頭を下げた。
「すみません迷惑かけて。俺、自分のことばっかり考えて……本当馬鹿ですよね。決められたルールも守れないくせに一丁前にやりたいことばかり主張して、挙句にこんな怪我してみんなに余計な手間と心配かけて」
じわりと目に涙が滲む。泣いちゃダメだ。唇を噛んでそれを耐えていると、落ちた肩に優しく乗せられる手があった。
「クラウス君、落ち着いて。別に私は迷惑とは思ってない」
「でもっ」
「君が自分の行いを反省してるのは伝わってる。私に君を責める気持ちはないよ。だからここではもう気にしなくていい」
そう言ったハオランさんの大きな手が労わるように肩を滑って背中を撫でる。優しくて温かい手のひら、慈愛の込められた優しい目。馬鹿な俺に許しを与えてくれる彼の手にとうとうぽろりと涙が溢れた。
「えっ……?ああ、クラウス君泣かないで」
どうしよう、涙が止まらない。ぽろぽろと涙が溢れてくる。
そうしたらハオランさんが驚いて、途端におろおろし始めた。背中を撫でる手が忙しなくなって、その凛々しい眉を困ったようにへなりと下げている。
「その、泣かれるとどうしたらいいか……あーと、そう、羽でも触ってみるか?少しは気が紛れるかも」
「へ……?」
べそをかく俺に焦ったハオランさんは片羽を広げて自分の体の前に持ってきた。そして困り顔で大きく立派な瑠璃色の羽を手で持って、どうだ?と首を傾げている。
「普段はそうそう人に触らせるところじゃないんだが、君はこれに興味があるんだろう?」
「それはそう……ですけど、でも」
「ああ、やっぱりこんなのじゃダメか。ごめん、こういう時どうすればいいかわからなくて」
自分で自分の羽を持ったまましゅんとするハオランさん。彼はどうにか俺の涙を止めようとしてくれている。本当に彼はどこまでも優しい人だ。
その姿にいっぺんに涙が引っ込んで、俺は溢れた涙をシャツの袖で拭いながら笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そう?本当に?」
「はい」
心配そうに見ているハオランさんに笑って頷く。
ナンヨウの街へ戻ったら心配をかけたみんなに頭を下げないといけないけど、ハオランさんは俺の身勝手を許してくれた。そのうえ泣いてしまった俺にこんなに心を砕いてくれているのに、いつまでもメソメソしているわけにはいかないだろう。
彼女に似たハオランさんがくれる優しさと許しに、少しだけ心が軽くなった気がした。
熱を出すなんて子供の頃以来だ。頭がぼんやりして、体がずっしりと重だるい。傷めた足が心臓と同じリズムでズキズキ脈打つのが酷く苦しかった。
「これじゃあ迎えが来ても帰れそうにないな。様子だけ伝えて帰ってもらうか」
俺の額に手を当てて熱を確認しながらハオランさんが言う。
朝、様子を見に来て熱があることに気付いたハオランさんは嫌な顔ひとつせず俺の面倒を見てくれている。手早く冷えた水やタオルを持ってきてくれたり、傷の様子を見て薬を塗ってくれた。
「すみません、こんなことに……」
「仕方ないさ。無理をせず寝てるといい」
「はぃ」
用意してくれた熱冷ましと化膿止めの薬湯をちびちび飲みながら蚊の鳴くような返事を返す。
昨日からハオランさんには迷惑をかけ通しだ。申し訳なさにまともに彼の顔が見られない。
「私の言ったことも、君の負担になってしまったのかもしれないな。悪かった」
「いえ、そんな」
はっとして顔を上げるとハオランさんが気遣わしげに俺を見ている。彼は何も悪くない。俺のことを思ってのことだとわかっている。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だ。
「ランさんのこと、いつかは知ることになったと思います。それがたまたま昨日だったっていうだけですからハオランさんは何も」
「だがタイミングってものがあっただろう?君の体のことを思えば、伝えるのは今じゃなくてもよかった」
「ハオランさん……」
この人はなんて優しい人だろう。
有翼種である彼にとって人間へのイメージは良くないだろうに、傷の手当てをしてくれただけでなく、熱を出した俺にそんな風に言ってくれる。色々あってナイーブになっているからだろうか、胸に込み上げてくるものがあって涙が溢れそうだった。
昨日までの俺は世界で一番幸運な男とさえ思っていたのに、今やなんて間の悪い間抜けな男なのだろうと身に沁みている。
ハオランさんだけじゃない。俺を迎え入れてくれたシェンフゥの森の有翼種たち、協力してくれた教授やアイズナーさんにも迷惑をかけてしまっている。全部俺の身勝手のせい。申し訳なくて情けなくて、目の前にいるハオランさんに深く頭を下げた。
「すみません迷惑かけて。俺、自分のことばっかり考えて……本当馬鹿ですよね。決められたルールも守れないくせに一丁前にやりたいことばかり主張して、挙句にこんな怪我してみんなに余計な手間と心配かけて」
じわりと目に涙が滲む。泣いちゃダメだ。唇を噛んでそれを耐えていると、落ちた肩に優しく乗せられる手があった。
「クラウス君、落ち着いて。別に私は迷惑とは思ってない」
「でもっ」
「君が自分の行いを反省してるのは伝わってる。私に君を責める気持ちはないよ。だからここではもう気にしなくていい」
そう言ったハオランさんの大きな手が労わるように肩を滑って背中を撫でる。優しくて温かい手のひら、慈愛の込められた優しい目。馬鹿な俺に許しを与えてくれる彼の手にとうとうぽろりと涙が溢れた。
「えっ……?ああ、クラウス君泣かないで」
どうしよう、涙が止まらない。ぽろぽろと涙が溢れてくる。
そうしたらハオランさんが驚いて、途端におろおろし始めた。背中を撫でる手が忙しなくなって、その凛々しい眉を困ったようにへなりと下げている。
「その、泣かれるとどうしたらいいか……あーと、そう、羽でも触ってみるか?少しは気が紛れるかも」
「へ……?」
べそをかく俺に焦ったハオランさんは片羽を広げて自分の体の前に持ってきた。そして困り顔で大きく立派な瑠璃色の羽を手で持って、どうだ?と首を傾げている。
「普段はそうそう人に触らせるところじゃないんだが、君はこれに興味があるんだろう?」
「それはそう……ですけど、でも」
「ああ、やっぱりこんなのじゃダメか。ごめん、こういう時どうすればいいかわからなくて」
自分で自分の羽を持ったまましゅんとするハオランさん。彼はどうにか俺の涙を止めようとしてくれている。本当に彼はどこまでも優しい人だ。
その姿にいっぺんに涙が引っ込んで、俺は溢れた涙をシャツの袖で拭いながら笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そう?本当に?」
「はい」
心配そうに見ているハオランさんに笑って頷く。
ナンヨウの街へ戻ったら心配をかけたみんなに頭を下げないといけないけど、ハオランさんは俺の身勝手を許してくれた。そのうえ泣いてしまった俺にこんなに心を砕いてくれているのに、いつまでもメソメソしているわけにはいかないだろう。
彼女に似たハオランさんがくれる優しさと許しに、少しだけ心が軽くなった気がした。
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