悪役令息は結託することにした

木島

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密談 2

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 やはり僕をここへ呼び出したのは予想通りシャルルだった。ならば話の内容も想像した通りだろう。にこやかな笑顔で一体何を口にするのか、僕は警戒感を押し隠してシャルルの真正面に立った。
 手を伸ばせば容易に届く距離。拳ひとつ分ほど背の低い彼を、僕は怒っているように見えると定評のある無表情で見下ろす。

「こんなところへ呼び出して、一体何の御用でしょう。私はあなたほど暇ではないのですけど」
「ええ、ご足労いただきありがとうございます。少し内密に、お伺いしたいことがありましたので」
「訊きたいこと?」
「はい!」

 怪訝な問いに元気よく返事をするシャルル。満面の笑みを浮かべているその顔は僕から見ても愛嬌があって可愛らしい。その可愛らしい顔から何を問いかけてくるのか。僕がぐっと唾を飲み込むのと同じくして、彼は一気に切り込んできた。

「ヴィンセント様、昨日のお話、上手くいきました?」

 昨日の話。彼が差しているのは間違いなく婚約解消に関することだろう。あれだけ大見得を切って彼を煽って別れたのだから、その後どうなったのか気になるのは道理というものだ。
 シャルルは変わらずにこやかに笑っている。
 話し合いの結果、僕はクリスとの婚約を解消することになった。そしてシャルルは近いうちに空席となるその座に座ることになる。
 僕の口からそれが聞きたいのか。いいや、それだけじゃない。
 シャルルの聞きたいことは、その後のこと。

「シャルル・エイマーズ伯爵令息」
「はい」

 僕は彼の名を呼びしっかりと視線を合わせ、微笑を浮かべて頷いて見せた。

「いよっし!!!」

 するとどうだろう、シャルルはにこやかな笑みを脱ぎ捨てて喜色満面でガッツポーズを決めたではないか。しかも大声で歓喜の声を上げて。
 その様子に僕の方も一気に肩の力が抜けた。堅苦しい物言いも面倒になって、クリスと話す時のような気安い口調が顔を出す。

「こら、やめなさい。はしたない」
「ごめんなさーい!でも嬉しくて!」

 まるで噂好きのメイドのようにきゃらきゃらとはしゃいだ声をあげるシャルル。飛び跳ねそうなほど喜んでいる彼は僕の手を握り、ぐいぐいと顔と体を寄せてきた。
 近い。顔が!近い!きらきらした目を僕に向けるな!

「うまくいったってことは、ギリアン卿とご婚約ですか?!そうなんですか?!」
「気が早い!まだ出かける約束を取り付けただけだ」
「何でですか!」

 まだ何も言っていないうちから先走っているシャルルを嗜めると、逆に非難するような声があがる。うるさい。お前は本当に伯爵家の令息という立場を無視しているな。嘆かわしい。
 王子殿下を奪い合う仲とされている僕らが手を取り合って見つめ合っているなど、他の生徒達が見たら夢か幻とでも思うだろうな。僕も別に嬉しくもなんともないので握られた手を引き剥がし、後退して距離をとった。

「お前が言ったんだろう、『主人公』と『悪役令息』どちらも愛し愛されるハッピーエンドを迎えるのだと。お前が言うギリアン卿攻略の第一段階はデートの約束なのだろう?」
「おっとそうでした。ごめんなさいちょっとテンション上がっちゃって」

 てへ、と首を傾げておざなりな謝罪。それでもやたらに上がった気分は落ち着いたのか穏やかな表情で席に座るよう促してきた。
 シャルルは僕の婚約解消についてを知りたがっている様子ではない。その後に起きた、ギリアン卿と僕のやり取りを聞きたがっている。ここに来るまで彼がどちらを知りたがっているのか確証が持てなかったが、どうやらひとまず安心していいようだ。
 僕が席に座ると席を一つ開けてシャルルも腰かける。教壇ではなくお互いに向かい合って、改めてシャルルが口を開いた。

「では無事にデートの約束はできたってことですね。これは大きな一歩です。ギリアン卿攻略のルートは無事解放されました!」

 嬉しそうにしているシャルルから『攻略ルート』という耳慣れない言葉が放たれる。正確に言うと何度も聞かされた言葉だが、いつまで経っても今ひとつピンとこない言葉のひとつだ。
 知らず、僕は曖昧な笑みを浮かべていた。

「ああ、うん。ルート解放な……」
「あれ?まだ疑ってらっしゃいます?」

 思っていた反応ではなかったのかシャルルが首を傾げる。その動きで大きな瞳に光が入って宝石のようにきらきらと輝いた。自分の最も魅力的に見えるポイントを熟知しているようなその仕草。これで計算していないのだから大したものだ。そんな風に余計なことを考えながら、シャルルの疑問に溜息を吐いて答えた。

「まあ……昨日までは半信半疑だったよ。でも、本当にクリスから婚約解消を申し出られてお前の言うことがデタラメじゃないってことは理解した」
「デタラメなんか言ってませんよ。これは僕の前世からのお告げなんですから!」

 前世のお告げ。そう言うシャルルの目は真剣そのものだ。この発言だけを聞いたら、いやもう少し詳しい話を聞いてもシャルルはどこかで頭を強かにぶつけでもしたのかと思うだろう。それくらい彼の言うことは荒唐無稽だった。
 しかし彼はこれまで何度も僕に対してその前世のお告げを語って聞かせたのだ。何故か、僕にだけ。

「これからが勝負です。ハッピーエンド目指して頑張りましょうね!ヴィンセント様!」

 目を輝かせ力強く拳を握るシャルル。僕はといえば思えば初めからこの謎の勢いに押されて彼の計画に乗ってしまったのだなと凪いだ心でそれを見ていた。

 そう、今の言葉が表すように僕とシャルルは共犯関係にある。
 僕と彼に訪れる不幸な結末を回避し、心から愛する人と結ばれるための悪だくみ。


 事の始まりは一年前、彼のクリスへのアプローチが無視できないものとなり始めた頃のことだった。
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