玉の輿だったはずなのに!

木島

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出発の朝

 とはいえ記憶の掘り出しだけをやってるわけにはいかない。まず目の前の課題をやっつけないと。

「まあいいだろう。商会の人間の帯同を許す」
「ありがとうございます!」

 というわけでギリギリ仕上がった事業計画書に目を通したルキーノから及第点を貰い、ステッラ商会は辺境への足がかりを得た。
 慌ただしく準備することにはなるが商人なら販路拡大のチャンスを逃す手はない。俺からの連絡を受けた母とジルじいちゃんは迷うことなく信頼の置けるスタッフ2人を選び領地への視察に向かわせることに決めた。

 ミケランジェロ?さぁ?知らない。

 そうして迎えた出立の日。俺は真新しい旅装束に身を包んで鏡の前に立っていた。
 外出着としての体裁を保つ上品な仕立てだが、長旅に耐えるためストレッチ性のある柔らかい生地に肩周りや脚が動かしやすいパターンになっている。前世のスウェットやウルトラストレッチなんとかには敵わないがなかなか着心地がいい。

「ネロ様、準備が整いました」
「ん、ありがとう」

 鏡で格好を確認していると王都邸専属のメイドに呼ばれ、ブリジッタとアンジェラを伴って玄関ホールへ向かう。
 領地へ向かうのは俺とルキーノ、側近のカミッロと俺の侍女たるブリジッタにアンジェラと護衛のエヴァンドロ。それに交代になる王都邸の警備たちだ。交代要員到着までの警備を担うのは警備部隊長とルキーノの圧迫面接に打ち勝った数人の部下たち。彼らが他の使用人と共に王都に残るステファノとジュリエッタを守ってくれる。
 と言うか、2人はジュリエッタが産まれてからずっと王都に住んでいるらしい。領地までの道のりは長く何日もかかる馬車の旅は幼い身には辛いし、いつまたイ・プルームが戦を吹っかけてくるかわからない辺境に自分の身も守れない嫡男を置いておくのは得策ではないというのが理由なんだって。

「ネロ様、お元気でね。ジュリ、待ってるからね。ちゃんとお父さまといっしょにかえってきてね」
「もちろんです。ジュリエッタ様ももう少し大きくなったら一緒に領地へいきましょうね」
「うん……」

 ホールに着くとステファノとジュリエッタが見送りに来ていた。
 悲しそうにしながらも気丈に言葉を紡いでいるジュリエッタ。きゅっとスカートを握る両手から込み上げる感情を抑えようとしているのが伝わってきて、俺はその手を優しく取ってゆっくりと撫でた。
 ジュリエッタもステファノも父親を慕っているように見える。俺のことも気に入ってくれているようだし、いつものこととはいえ離れて暮らすのは寂しいだろう。

「たくさんお手紙書きますね。ルキーノ様にも書いてもらいます。だからお2人からもお返事を書いてほしいな」
「うん」

 なるべく優しく宥めるように話していると、やがて我慢ならなくなった彼女はルキーノ譲りの青い目を潤ませ俺に飛びついてきた。

「っう、やっぱりやだぁ。ジュリもいっしょに行く……いっしょにつれてって」
「ジュリエッタ様……」

 俺の肩に顔を埋めて嫌だと泣くジュリエッタ。それでも大声で泣かずに声を抑えている姿に胸を打たれる。一緒に行ければいいとは思うけど、俺自身何日も馬車で移動したことがないのに4歳の彼女に軽々しく行こうとは言えない。
 こんな時なんて言ってあげればいいんだろう。何も言えずに視線を上げてステファノを見ると彼は心得たように頷いた。

「ジュリエッタ、兄様を置いていくのか?兄様、ジュリがいないと寂しくて泣いてしまうぞ」
「ふぇ?」

 涙に濡れた目がきょとりと丸まる。困ったように笑うステファノがジュリエッタのすぐ後ろに立っていて、彼女は呆然と呟いた。

「にいさま泣いちゃうの?」
「うん、兄さまジュリに置いて行かれたら悲しくて泣いてしまうなぁ」

 くすん、と目元を擦って泣き真似をするステファノ。その仕草に驚いたジュリエッタはぱっと俺から離れてステファノに抱きついた。

「にいさま泣いちゃダメよ。ジュリおいてかない!にいさまといっしょ!」
「本当か?それなら心強いな。ジュリがいれば寂しくない」
「うん!ジュリも!」

 微笑みあって抱きしめ合う2人。ああ美しきかな兄妹の絆……ほろり。

「ネロ、お前も長旅は初めてなんだろ?体に気をつけるんだぞ。体調をくずして父上にごめいわくをおかけしないように。わかったか?」
「はい、気をつけます」
「りょうちに行っても父上のはんりょとして恥ずかしくない振るまいするんだぞ。父上の顔に泥をぬるようなまねするんじゃないぞ。いいな」
「分かってます。精一杯頑張りますから」

 ジュリエッタを抱きしめたままびし、と厳しい調子でステファノは言う。でも内容から俺を案じているのが伝わってきてにっこりしちゃう。本当にルキーノの子供たちは2人ともいい子だ。

「おい、もういいだろう。出発するぞ」

 背後からため息と共に呼びかけられ振り返ると、俺と同様旅支度に身を包んだルキーノが「いつまで話しているんだ」と無表情に俺たちを見下ろしていた。
 そういえばいたんだった。何にも言わないから忘れてたわ。

「あ、ごめんなさい」
「すみません父上」
「お父さま!」

 子供たち2人の頭をその大きな手で撫でるルキーノ。笑いかけたりあやしたりする様子はなくても2人は嬉しそうだ。
 ルキーノは決して愛情表現が豊かではないけど子供たちに気を配っているのは見ていればわかる。だから子供たちもこの鉄面皮に恐れを抱かないのだろう。

「ステファノ、留守は任せたぞ。私が不在の間もベネディクティス家の嫡男としての務めを果たすように」
「はい、お任せください!」

 当主であるルキーノが出発と言えば速やかに出発だ。留守を任されたステファノは誇らしげに頷き、そのステファノとしっかり手を繋いだジュリエッタに手を振られる。
 ルキーノに促されて玄関から出ると待っていたのは大きく立派な馬車。しかし大夜会で使ったゴージャスなやつに比べると装飾は質素だ。

「どれだけ早くとも移動に7日はかかるからな。見た目より頑丈さと快適さを重視している」
「はぁ、なるほど確かに」

 高級車とキャンピングカーみたいなもんか?同じ値段でも用途が違うもんね。
 ルキーノにエスコートされて馬車に乗り込む。外を見ると随行する馬車にブリジッタとアンジェラ、カミッロが乗り込み、エヴァンドロは騎馬で俺の馬車の側に待機していた。
 皆が皆、辺境伯領へ向かうために待っているのだ。

「俺、本当に辺境へ行くんだ……」

 なんだかまだ実感が湧かない。
 娼館しか知らなかった俺がこんなに多くの人が動く中に含まれていることが不思議でならない。でもこれが今の俺の現実なんだ。

「出せ」
「はっ!」

 ルキーノの号令で馬車は走り出す。
 そうして俺は子供たちと多くの使用人に見送られ、生まれ育った王都から離れ辺境へと向かうことになったのだった。



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