玉の輿だったはずなのに!

木島

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洋服を作ろう

 俺はルキーノと馬車に乗ってまず王都の商店街のようなところへ向かった。
 この国の王都では貴族が住むエリアと平民が住むエリアは川を境に明確に区切られていて、商店街や娯楽施設も別々に建てられている。中には共通の場所もあるのだけど、殆どの場所は貴族と平民で重ならないようにできている。身分の差を明確にするためと、余計なトラブルを避けるためでもあるんだろう。
 住宅街から王都の中央へ進むにつれ、人通りや車通りも多くなってくる。俺はその様子を車窓から珍しげな顔で眺めた。
 何せ俺は箱入りだからね、普通の街の賑わいを見るだけでも珍しいんだ。

「あまり顔を晒すな。品位が下がる」
「え、ダメ?まあ外からも見えちゃうもんな」

 ルキーノに怒られたので薄いレースのカーテンを引く。もう少し見ていたかったけど、子供みたいに窓に張り付いてる伯爵夫君なんていないよな。残念。
 外を見ることができなくなったので、その代わりにルキーノに話しかけた。

「今からどこ行くとか決まってるんですか?俺、ブリジッタにお任せしたから全然知らないんですけど」

 買い物に行きたいと言ってもどこに何があるか俺は知らない。ブリジッタやアンジェラにおすすめの場所を案内してほしいとお願いしていたのだ。当主であるルキーノが付いてきたなら彼の意思が優先されるだろうと尋ねる。するとルキーノは頷いた。

「仕立て屋だ。お前の夜会と茶会用の衣装を用立てる」
「えぇ?まだ作るの?クローゼットにいっぱいありましたよ?」
「普段着はな。公の場で着るものは数着しかなかっただろう。あと数着は必要だ」

 ルキーノ曰く、服だけでなく宝飾品も必要だし、俺専用のレターセットとかの文房具も揃えなければならないらしい。

「は~、貴族って大変だ」

 身につけるもののことだけで何回思ったか知らない感想が出る。だって本当に大変だよ。そりゃ貴族の生活に金がかかるわけだよね。俺は思わず感嘆の息を吐いた。

「これからはこれがお前の当たり前になる。無知を許される今のうちに慣れることだ」
「はぁい」

 平民だったからと無知が許されるのは新婚のうちだけ。肝に銘じておきますと肩をすくめて返事を返すとルキーノは小さく溜息をついた。
 すみませんね勉強不足で。でもそんな俺がいいって言ったのあんたよ?

「旦那様、ネロ様、そろそろ到着します」

 窓の外を確認したブリジッタに告げられて俺の背筋がシャキッと伸びる。外に出るのは結婚式ぶりだ。しかもその結婚式も花街から直行のタウンハウスへ直帰だったから実質10数年ぶりの外の世界だ。俺は期待で子供のように胸を弾ませた。

「到着致しました」

 程なくして馬車はゆっくりと停車し、御者の開いた扉からブリジッタが先に降りた。彼女が店側に俺たちが到着した知らせを入れるらしい。
 彼女が戻るのを待ってルキーノが外へ。そして最後に俺だ。当然のように手を差し出され、俺はルキーノのエスコートで馬車から降りた。

「ようこそいらっしゃいました。ベネディクティス辺境伯様方」
「うむ」
「こんにちは」

 連れてこられたのは王都では指折りの老舗テーラーだった。
 にこやかに微笑んで出迎えてくれた店主は白髪混じりの髪を後ろに綺麗に撫で付けて、仕立てのいいシンプルなスーツを見に纏っている。体に無理なくフィットしたスーツは流石老舗テーラーの店主ってところだろうか。

「今日は我が伴侶の今シーズンの茶会と夜会用の衣装を2着ずつ用立てたい。最低でも1着はオートクチュールを。残りはプレタを使用しても構わないが、その場合は可能な限りそうと知れないようアレンジを加えてくれ」
「ご伴侶様の……かしこまりました。ご結婚おめでとうございます、ベネディクティス様」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 伴侶という言葉に僅かに目を見開いた店主だったが、すぐに表情を整えて了承と共に結婚を寿いでくれた。それに俺も微笑んで感謝を紡ぐ。
 ちなみにルキーノは感謝の言葉を口にしてはいるが顔は無だ。全然感謝とかしてなさそうな顔。愛想って知ってる?って感じ。

「それではこちらへ。まずはご伴侶様のお話を伺わせてください」
「よろしくお願いします」

 既製服が並んでいる店内を通り過ぎ、奥にある応接室に通される。落ち着いた調度品で整えられたシックな応接室で優雅にお茶をいただきながら行われるのは俺の好みについての聞き取りだ。

 好みの色、柄、形。体の気になる部位や逆に好きな部位。スケジュールの都合上、今シーズンに間に合わせるために夜会用の1着はオートクチュール、残り3着はプレタのアレンジですませることになった。その分オートクチュールをイメージ通りの1着に仕立てるために綿密な打ち合わせを行われた。
 その後に基本のスーツとシャツの形を選び、生地見本を見て生地を選ぶ。俺の体は細身なのでウエストラインが高めできゅっと締まったデザインにして、袖や裾に銀糸の刺繍を入れることになった。そこから更に何十箇所という細かい採寸をして俺の体にぴったり合うように仕立てていくわけだ。
 残りの3着は店頭から運ばれてきた既製服から気に入ったものを選んで刺繍の追加とボタンの交換をすることに。

「シャツにも刺繍はできますか?」
「可能ですよ。襟や袖口に入れるとジャケットを着ていても目について華やかな印象になります」
「ああ、いいですね!ぜひお願いします」

 最初はラグジュアリーな空気に気後れしていたけど、色々と選んでいるうちに緊張は薄れどんどん前のめりになっていく。
 娼館じゃあお客受けのいい服を花街の服屋が持ってきた中から選んでいたし、普段着は楽さを重視してお洒落なんてしてこなかった。
 そう言えば俺前世は凄く着る物に拘ってたんだった。話しているうちにその気持ちが徐々に蘇ってくる。自分で好きな服を選べるのは楽しいんだって思い出してきたんだ。

「では一旦纏めて参ります。少々お待ちください」

 そうして白熱したやり取りを終え、新しく淹れてくれたお茶を飲む俺。その様子を静かに見守っていたルキーノが口を開いた。

「楽しそうだな」
「はい、とても。ありがとうございます、ルキーノ様」

 へら、と締まりのない顔で笑う。だって本当に楽しい。その気持ちを思い出させてくれたルキーノに感謝していた。にこにこ笑う俺に呆れるでもなく、少し表情を緩めたルキーノは俺の頭を軽く撫でる。

「今年は時間がないが、来年以降はもう少し手の込んだものも作れるだろう。楽しみにしていなさい」
「はい!」

 いやぁ、最初にまだ作るの?とか言って本当ごめん。こんなことならどんどんやりたいです。
 俺はくるりと手のひらを返して初めてのお仕立てを満喫していた。




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