玉の輿だったはずなのに!

木島

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クズに首輪を付ける

 クソ野郎、改めミケランジェロの攻略は実に簡単だった。

「俺、あんたが破滅する秘密の言葉知ってるんだぁ……この言葉の意味、わかるよな?」

 そう言ってにこりと笑えば奴は真っ青に青ざめて俺の前に膝を突いた。実に簡単。朝飯前で赤子の手を捻るようなもの。
 ミケランジェロが母に執着しているのは明白だ。彼女から「いい人」だと思われたくて、愛されたくて仕方がない。なら過去の所業は知られたくないはずだ。母の信頼を失えばどうなるか、想像しただけでミケランジェロは震えている。
 ついでに言うと俺はベネディクティス辺境伯夫君なので商会を潰すことも買い上げることもできる。こいつを問答無用で素寒貧にできるのだ。要するに選択肢などないのである。

「頼む……何でもする!何でもお前の望む通りにする!だから言わないでくれ!」

 俺は床に膝を突いて祈るように手を組むミケランジェロを冷めた目で見下ろした。この男が顔色を失って脂汗を滲ませる姿なんて初めて見る。

「何でも?」
「あ、ああ!何でもする!」

 こいつのこんな姿を見る日が来るとはなぁ。

 12の子供が同じように縋った時、こいつはその手を叩き落とした。お前がいると彼女が自分を見てくれない、邪魔だと憎しみさえ籠った目で見ていたのだ。
 この男はアルファだ。アルファだがベータの母に恋をして、アルファ性にありがちな強い執着心を母に向けた。策を弄して母を手にしたものの、番という何より強い手段を取れないこいつはいつまでも安心できないのだろう。不安要素を排除して排除して、どうにか今も母を囲っている。
 そんな男が最大の不安要素であり憎い邪魔者の俺に頭を下げて縋りつく。その情け無い姿にほんの少しだけ溜飲が下がった。

 少しだけね?

「じゃあ、俺が欲しいと言ったものは全部、人でも物でも情報でも、何でも手に入れてくれる?そうしてくれたら母さんにはお前が最低最悪のクズ野郎だって秘密にしてあげてもいいよ」

 態とらしくゆっくり足を組み、にぃと口角を釣り上げて笑えばミケランジェロは一条の光を見たように俺を見る。膝立ちのまま一歩二歩と近づいて必死の形相だ。

「や、やる。お前の望むもの、なんっでも手に入れる!」
「本当?やったぁ。じゃ契約書にサインして。ブリジッタ」
「こちらに」

 間髪入れずブリジッタの手によりサッとテーブルに2枚の紙が置かれる。
 これは俺個人とミケランジェロとの契約だ。俺のために働く代わりに、俺もこいつが不利益になることはしないという契約。ミケランジェロはそれに飛び付いて、上から下まで舐めるように読んでから契約書にサインした。
 流石に腐っても商人、追い詰められていても契約書を読まずにサインはしないか。まあ別におかしなことは書いてないからいいけどね。

 記入されたミケランジェロのサインが間違いなくこいつの名前であることを認めた俺は1枚をブリジッタに渡し、もう1枚をミケランジェロに差し出した。
 
「これであんたは俺の犬だ。破滅したくなけりゃいい子で俺の言うこと聞けよ?」

 憎い相手に首輪を付けた愉悦に口角が吊り上がっているのがわかる。我ながら悪い顔をしてるだろう。
 父に似た顔で母の色を持つ俺はこいつにとって憎しみの象徴のようなもの。その上俺は世間一般で下に見られがちなオメガだ。アルファのミケランジェロは一度踏みつけた俺にやり込められたことが余程悔しいのか忌々しげに俺を睨みつけていた。

「返事は?」
「っぐ……わかり、ました。ベネディクティス辺境伯夫君の仰せのままに……」

 悔しげに唇を噛んで俺の足元で首を垂れるミケランジェロ。
 この契約を以て俺は俺だけの手駒を手に入れた。貴族、商会の会長、金貸しという立場を持っているこの男であれば俺の脱断罪計画の役に立つはず。密かにルキーノの裏の顔を探らせたり、エヴァンドロの動向を見張らせることも、まだ見ぬ黒髪オメガを探し出す力にもなるだろう。
 処刑回避のための計画と復讐、両方いっぺんにできるナイスなアイデアというやつだ。こいつなら多少危ない橋を渡らせたところで痛くも痒くもないもんね。

「じゃあ何かあれば連絡するから。母さんによろしく。くれぐれも馬鹿なことはしないように、ね?」

 力なくふらりと立ち上がる男を嘲笑を浮かべてひらりと手を振る。その態度にミケランジェロは憤怒と憎悪を煮詰めたような目をしたまま、それでも俺に頭を下げて部屋を出て行った。

 ぱたり、静かに扉が閉じる。

「ああ、怖い顔。ああはなりたくないもんだね」
「全くです」

 ミケランジェロが出て行って、俺は態とらしく肩を竦める。そばでずっと成り行きを見守っていたブリジッタも同意した。彼女は俺があいつに売り飛ばされたことを知ってるから同情の余地はないってことだろう。

「何してもらおうかなぁ~。うんと大変なことがいいよな。俺だってこの10年そりゃもう大変だったんだから」
「倒れるまで使ってやればよろしいかと。幼い子供を己の欲望のために売り飛ばすなど、まともな人間のすることではありません」
「そうだよねぇ。遠慮なんていらないよね」

 一仕事終え、奴が視界から消えた解放感からうんと背伸びをする。やっぱり長く見ていたい顔じゃないからね。やってやった感はあるけど胸に根付いた恨み辛みはそう簡単には消えないもんだ。

「はぁ、癒やされたい。ジュリエッタ様のところに行こうっと」

 これはかわいいもので上書きするに限る。善は急げと俺は部屋を後にした。



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