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エヴァンドロという男
「あの、どうか楽に。そんなに畏まらないでください」
「はい!いいえ!そう言うわけには参りません。私は一平民に過ぎませんので、辺境伯夫君殿に失礼な振る舞いはできません。ご容赦ください!」
「どうしちゃったのエヴァンドロさん」
ゼンマイ仕掛けの人形みたいにぎこちなく動くエヴァンドロ。いや、この間はもう少し滑らかだったよな?爽やか好青年でちゃんと俺やルキーノに敬意を払いつつも自分の考えは主張できていたはずだ。
何がそんなに俺に対する態度を頑なにしてしまったのか。首を捻っているとブリジッタがそっと耳打ちしてきた。
「旦那様のご命令でエヴァンドロ殿宛に謝礼を贈らせていただきました。それを恐縮なさっているのではないでしょうか」
「あ、そうなの?」
「職務上のことですのでお断りしたのですが、受け取らないのもベネディクティス様のお顔に泥を塗ることになると伺って畏れ多くも頂戴してしまいました……」
「わ、聞こえてた」
どうやら迷子の俺を案内したお礼と言われて届いた金一封は向こう一年の給料以上の額だったようだ。それでまあビビってしまってこうなっているらしい。
エヴァンドロはそういうとこも律儀で真面目だねぇ。一度は断ったなんて、俺ならラッキーって喜んで貰っちゃうな。何せ前世の記憶があるのは何かと物入りな大学生のものだし、今世は借金まみれの男娼だもん。
「実を言うと、私は母を早くに亡くして孤児院で育ちました。孤児院の運営は何かと金がかかりますから、辺境伯様のお心遣いには感謝しています。もし私がお役に立てるようなことがありましたらいつでもお声かけください。何を置いてでも馳せ参じます」
ちょっと落ち着いてきたのかエヴァンドロはぴしりと姿勢を正し、好感の持てる爽やかな微笑みを浮かべて俺にそう言った。それに俺は目を丸める。
なんと、図らずも主人公側から腹を見せてきたぞ。グッジョブだルキーノ!やっぱり生きていくにはお金って大事だよね。うんうんと頷いていてから、ふと彼の言い方に引っかかりを覚えた俺は顔の前に手を挙げた。
「ん、ちょっと待って。その言い方じゃ貰った謝礼孤児院に寄付したみたいに聞こえるけど?」
「寄付というか、仕送りです。母が亡くなって親類はいないし、私にとってはあそこが実家みたいなものですから」
「はぁ~、さすが正統派主人公……いや何でも」
エヴァンドロがうっかり溢れた俺の独り言に首を傾げている。何でもないと首を振って、俺はにこりと笑った。
「いい人なんですね、エヴァンドロさんって」
「そうありたいとは思っています。それと、どうか私のことはエヴァンドロとお呼びください」
「そう?じゃあ遠慮なく。何ならエヴァンドロも俺のことネロって呼んでいいよ」
「えっ?」
「ネロ様」
調子に乗ってそう言えば背後で話を聞いていたブリジッタから冷たい声がかかる。名前言われるだけで何が言いたいかわかるよブリジッタ。俺は肩をすくめて困惑しているエヴァンドロを見た。
「冗談はさておき。エヴァンドロの孤児院は王都に?」
「あ、はい。王都の西の端にある小さな孤児院です」
「西の端か……」
王都の西の端といえば貧民街があるところだ。俺が住んでいた花街の近く、華やかな歓楽街の裏側にある。
貧民街は平民が住む街だが、中でも低所得者層や働いていない人、働きたいけど働けずに生活に困窮している人が住んでいる。貧民街は犯罪の温床ともなっていて、非常に治安が悪い区画もあるという。その特性上何らかの理由で身を隠したい者や犯罪者も潜んでいる危険な場所だ。
エヴァンドロはその孤児院で育ったと言う。場所は明言されていなかったがこれは小説にもあった。
「その孤児院、誰か有力な貴族や裕福な平民の支援とかある?」
「いいえ。花街に近い場所ですので管轄はカサヴォーラ子爵ですが、基本的には年間決まった額の予算を支給されるだけです。後は市民の善意の寄付がいくらかありますね」
「なるほど」
花街近くの貧民街は俺も無関係ではない。花街で仕事を失ったら俺たちはそこしか行くところがなかったし、運悪く孕ってしまった娼婦やオメガ男娼は子を育てられなければその孤児院へ子供を預けた。普通の平民街や貴族街よりよっぽど身近だった場所。
そうか、エヴァンドロはあそこにいたのか……。
「ネロ様?何をお考えですか?」
「んー、まだ何とも。ちょっと考え中」
「お話が長くなるようでしたら近くの店に席を用意して参りますが」
「うーん……そうだなぁ」
往来で警備隊員と立ち話を続ける俺は多分目立っている。チラと周囲を気にして耳打ちしてくるブリジッタにまた悩んだ。
今何かできることがあるわけじゃない。でもこれはエヴァンドロとより強固な縁を繋ぐチャンスじゃないだろうか。
「あの、私や孤児院のことはお気になさらず。今でもなんとかやっていけていますし、大きな問題もないんですよ」
「問題がない?本当に?」
「全くないわけではないですが……」
一歩近寄ってじいっと見上げると気まずげに目を逸らすエヴァンドロ。濁す先にある言葉を求めてますます見つめるが彼はちらと俺を見ただけでまた視線を逸らしてしまった。
また一歩と距離を縮める。一歩下がるエヴァンドロ。依然として目は合わない。むっとしてもう一歩踏み出そうとして、俺とエヴァンドロの間にぬっと手を差し込まれた。今日の俺の護衛であるマッテオの手だ。
「ネロ様、これ以上はお控えください」
ブリジッタによく似た無表情で淡々と言われはっとした。確かにエヴァンドロと俺の距離は手を伸ばせば顔にだって触れられる距離だった。マッテオの後ろになったエヴァンドロはあからさまにホッとしている。
「ネロ様、既婚のオメガであるあなたが主人以外のアルファにみだりに近付いてはなりません。はしたないですよ」
「ご、ごめん」
背後からブリジッタにも指摘されて2歩3歩と後ずさる。手の届かない適切な距離を取ってようやくマッテオは頭を下げて俺の前から退いていった。
いやはや、こういうところがまだ娼館の癖が抜けてないな。気をつけないとまた色んな奴に「これだからオメガは」って言われちゃうんだ。
「はい!いいえ!そう言うわけには参りません。私は一平民に過ぎませんので、辺境伯夫君殿に失礼な振る舞いはできません。ご容赦ください!」
「どうしちゃったのエヴァンドロさん」
ゼンマイ仕掛けの人形みたいにぎこちなく動くエヴァンドロ。いや、この間はもう少し滑らかだったよな?爽やか好青年でちゃんと俺やルキーノに敬意を払いつつも自分の考えは主張できていたはずだ。
何がそんなに俺に対する態度を頑なにしてしまったのか。首を捻っているとブリジッタがそっと耳打ちしてきた。
「旦那様のご命令でエヴァンドロ殿宛に謝礼を贈らせていただきました。それを恐縮なさっているのではないでしょうか」
「あ、そうなの?」
「職務上のことですのでお断りしたのですが、受け取らないのもベネディクティス様のお顔に泥を塗ることになると伺って畏れ多くも頂戴してしまいました……」
「わ、聞こえてた」
どうやら迷子の俺を案内したお礼と言われて届いた金一封は向こう一年の給料以上の額だったようだ。それでまあビビってしまってこうなっているらしい。
エヴァンドロはそういうとこも律儀で真面目だねぇ。一度は断ったなんて、俺ならラッキーって喜んで貰っちゃうな。何せ前世の記憶があるのは何かと物入りな大学生のものだし、今世は借金まみれの男娼だもん。
「実を言うと、私は母を早くに亡くして孤児院で育ちました。孤児院の運営は何かと金がかかりますから、辺境伯様のお心遣いには感謝しています。もし私がお役に立てるようなことがありましたらいつでもお声かけください。何を置いてでも馳せ参じます」
ちょっと落ち着いてきたのかエヴァンドロはぴしりと姿勢を正し、好感の持てる爽やかな微笑みを浮かべて俺にそう言った。それに俺は目を丸める。
なんと、図らずも主人公側から腹を見せてきたぞ。グッジョブだルキーノ!やっぱり生きていくにはお金って大事だよね。うんうんと頷いていてから、ふと彼の言い方に引っかかりを覚えた俺は顔の前に手を挙げた。
「ん、ちょっと待って。その言い方じゃ貰った謝礼孤児院に寄付したみたいに聞こえるけど?」
「寄付というか、仕送りです。母が亡くなって親類はいないし、私にとってはあそこが実家みたいなものですから」
「はぁ~、さすが正統派主人公……いや何でも」
エヴァンドロがうっかり溢れた俺の独り言に首を傾げている。何でもないと首を振って、俺はにこりと笑った。
「いい人なんですね、エヴァンドロさんって」
「そうありたいとは思っています。それと、どうか私のことはエヴァンドロとお呼びください」
「そう?じゃあ遠慮なく。何ならエヴァンドロも俺のことネロって呼んでいいよ」
「えっ?」
「ネロ様」
調子に乗ってそう言えば背後で話を聞いていたブリジッタから冷たい声がかかる。名前言われるだけで何が言いたいかわかるよブリジッタ。俺は肩をすくめて困惑しているエヴァンドロを見た。
「冗談はさておき。エヴァンドロの孤児院は王都に?」
「あ、はい。王都の西の端にある小さな孤児院です」
「西の端か……」
王都の西の端といえば貧民街があるところだ。俺が住んでいた花街の近く、華やかな歓楽街の裏側にある。
貧民街は平民が住む街だが、中でも低所得者層や働いていない人、働きたいけど働けずに生活に困窮している人が住んでいる。貧民街は犯罪の温床ともなっていて、非常に治安が悪い区画もあるという。その特性上何らかの理由で身を隠したい者や犯罪者も潜んでいる危険な場所だ。
エヴァンドロはその孤児院で育ったと言う。場所は明言されていなかったがこれは小説にもあった。
「その孤児院、誰か有力な貴族や裕福な平民の支援とかある?」
「いいえ。花街に近い場所ですので管轄はカサヴォーラ子爵ですが、基本的には年間決まった額の予算を支給されるだけです。後は市民の善意の寄付がいくらかありますね」
「なるほど」
花街近くの貧民街は俺も無関係ではない。花街で仕事を失ったら俺たちはそこしか行くところがなかったし、運悪く孕ってしまった娼婦やオメガ男娼は子を育てられなければその孤児院へ子供を預けた。普通の平民街や貴族街よりよっぽど身近だった場所。
そうか、エヴァンドロはあそこにいたのか……。
「ネロ様?何をお考えですか?」
「んー、まだ何とも。ちょっと考え中」
「お話が長くなるようでしたら近くの店に席を用意して参りますが」
「うーん……そうだなぁ」
往来で警備隊員と立ち話を続ける俺は多分目立っている。チラと周囲を気にして耳打ちしてくるブリジッタにまた悩んだ。
今何かできることがあるわけじゃない。でもこれはエヴァンドロとより強固な縁を繋ぐチャンスじゃないだろうか。
「あの、私や孤児院のことはお気になさらず。今でもなんとかやっていけていますし、大きな問題もないんですよ」
「問題がない?本当に?」
「全くないわけではないですが……」
一歩近寄ってじいっと見上げると気まずげに目を逸らすエヴァンドロ。濁す先にある言葉を求めてますます見つめるが彼はちらと俺を見ただけでまた視線を逸らしてしまった。
また一歩と距離を縮める。一歩下がるエヴァンドロ。依然として目は合わない。むっとしてもう一歩踏み出そうとして、俺とエヴァンドロの間にぬっと手を差し込まれた。今日の俺の護衛であるマッテオの手だ。
「ネロ様、これ以上はお控えください」
ブリジッタによく似た無表情で淡々と言われはっとした。確かにエヴァンドロと俺の距離は手を伸ばせば顔にだって触れられる距離だった。マッテオの後ろになったエヴァンドロはあからさまにホッとしている。
「ネロ様、既婚のオメガであるあなたが主人以外のアルファにみだりに近付いてはなりません。はしたないですよ」
「ご、ごめん」
背後からブリジッタにも指摘されて2歩3歩と後ずさる。手の届かない適切な距離を取ってようやくマッテオは頭を下げて俺の前から退いていった。
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