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雑書
幸福実現魔法
しおりを挟む幸福とはなんだろうか。
幸福になる方法とは何だろうか。
サチ王国には、古来より伝わる伝説の魔法があった。
その魔法の名前は、幸福実現魔法。
その魔法を使えば、どんな者でもたちまち幸福になってしまうという。
サチ王国にはユウヤという少年が住んでいた。ユウヤはこの国のどこかに隠れている幸福実現魔法を知ることを目標にしていた。
ある日ユウヤが朝早く一人、家の近くにある裏山で先祖のお墓参りをしていると、帰り道で、見知らぬご老人に出会った。
迷っているようだったので、道を案内してあげると、お礼にとある話をしてくれた。
「お主、幸福実現魔法は知っておるか?幸福実現魔法には、ある秘密の要素が必要だと言われておる。」
この種類の昔話が好きなユウヤは、すっかり夢中になってそのご老人の話を聞いていた。
「その秘密の要素とは、一番見えやすく、一番見えにくいものじゃ。」
そこまでいうと、ご老人は急ぎの用事があると言って、去ってしまった。
ユウヤはまだ話の続きを聞きたかったが、あとは図書館で自分で調べることにした。
本屋へ向かって中央通りを歩いていると、前から見たことのある人々がやってきた。
「やい!この人でなし!」
前から来たのは、町の幼馴染である五人グループだった。
四人が、一人の少年を囲んでその子に暴言を浴びせていた。
「お前の家は、昔からこの町の除け者だったんだ。お前の親は、別の国から来ただろ!だから、お前の肌の色と、顔は俺たちと違うんだ!」
数年前まではみんなで仲良くしていたのに、15歳を過ぎてからはこのように、一人違う国から来た少年、カズキをいじめていた。
僕は、みんなとは昔からの友達だが、そのことに違和感を感じて、しばらくみんなと距離をとっていた。
「お!ユウヤ!お前はこいつの仲間か?」
「えっ」
僕は、急に話しかけられて、返答に詰まった。
「え!ユウヤはこの人でなしの仲間なのか?じゃあ、ユウヤも人でなしか?」
僕は、急に恐ろしくなって、焦って声が少し裏返りながら、
「いや、違うよ!僕は人手なしじゃない、そいつと一緒にするな!」
と言った。
僕は何故か震えていた。
「まあそうだな。お前は顔も肌もみんなと一緒で普通だし。最後に、お前がこいつの仲間じゃない証拠に、こいつに向かって、唾を吐け!」
僕は、そのいじめられているカツキに唾を吐いた。
「ははあ!やったぜ!これでお前も俺らの仲間だ!よし、お前ら、次は…」
「…。」
彼らはまだ何かしゃべっていたが、僕はその場を立ち去った。
いじめられていた
カツキのうつろな目が僕の脳裏に焼きついていた。
もやもやする気持ちを抱えながら、図書館で借りた本を湖の横で読んでいると、
「何読んでるの?」
と、横からサツキが声を掛けてきた。
彼女は空のように澄んだ青い服と白いスカートを履いていて、長い黒髪が風で揺れていた。
彼女の目は水晶のように輝いて見えた。
最近、サツキと話していると、ドキドキしてしまう。
「…」
「どうしたの?何か私の顔についてる?」
「いや、別に、そうじゃないけど、その、急に話しかけてきたからびっくりしただけ。」
「ふーん。」
昔から知り合いだったのに、彼女と上手く喋るのが最近難しくなってきている。
話題を逸らすことにした。
「最近は、サト国神話を読んでいるんだ。」
「え!あの難しいサト国神話を読んでるの?ユウヤって、賢いんだね!」
僕はドキドキする心臓を鎮めようとしながら、彼女から目を背けた。
「いや、最近読み始めたところだし、今ニ巻までしか読んでないから…」
「それでもすごいよ!私なんて、まだあんまり字が読めないもの!」
「僕が教えてあげるよ。」
「本当に?やったあ!ユウヤ、天才!」
僕は、自分がとても貴重な存在のように思えた。
僕は、とても嬉しい気持ちに包まれていた。
もう、さっきまでのモヤモヤはどこかに消えていた。
何か、世界はとても美しい場所に思えた。
「何話してるんだ?」
その声は、最近引っ越してきたユウスケだった。
「あっユーくん!」
「おい、そのあだ名、恥ずかしいからやめろって言ってるだろ。」
二人の家は近く、ユウスケが引っ越してきてまもないというのに、もう二人はとても打ち解けているようだった。
「いいじゃん。ユーくん、恥ずかしがってるんだ。」
僕は少し、気分が悪くなった。
僕も、小さい頃はユーくんと呼ばれていたこともあったのに。
「違う、他の奴らにバカにされるんだよ。それより、何話してたんだ?」
「あ!そうだ、ユウヤは、サト国神話を二巻まで読んだんだよ!大人でも読むのが難しいって、パパが言ってたのに。」
少し、僕は良い気分になった。
「あ、俺、それ全部読んだことあるぜ。十巻全部。」
「えっ!嘘!ユーくん本当に!?」
「ああ、そうだぜ。俺、本読むの好きなんだよね。」
「ユーくん天才!今度、本の読み方教えて!」
「ああ、もちろんだよ。」
僕は、とても胸が苦しくなって、何か言わなきゃいけないと思って、言ったのは、
「でも、本当に理解出来てるのかな?まだ、この国にきてからそんなに時間経ってないのに」
「え?おう、ユウヤ、だっけ?俺、横の国から来たから、サト語は結構似てて、理解しやすいんだ。」
僕は、反射的に言い返した。
「でも、本当に理解できてるのかな。そもそも、僕らと君とは違うし。」
「おい、お前!」
「ユウヤ!」
サツキが少し怒った口調で、僕に言った。
僕は頭に血が登ってきたが、サツキの声を聞こえないふりして続けた。
「顔が僕らと違うし、横の国って、ほとんど野生の獣みたいな暮らしをしてるって話じゃないか。本当に人間なのか?」
「お前、ふざけんなよ!」
ユウスケは、僕の胸ぐらを掴んで、僕を殴ろうとした。
僕は、頭に血が登っていて、まともに思考できないまま、続けた。
「ほらやっぱり、襲いかかってくる獣じゃないか。これじゃ、人間じゃないね。人でなし。」
ユウスケは、僕を地面に突き飛ばして、怒って帰っていった。
僕は立ち上がって横を見ると、サツキが震えていた。
彼女は、右手で僕の頬を叩いた。
「あんたはもっとまともだと思ってたのに。最低。もう知らない。」
彼女は立ち去った。
僕は、呆然としたまま、冷えてきた頭と、暑くなってきた頬を感じていた。
そのまま、すぐ横の湖を覗き込んだ。
そこには、右の頬が少しはれた、間抜けな顔が映っていた。
僕は、先ほどまでの会話を思い出して、何故あんなことになってしまったのかと考えながら、泣いていた。
《これじゃ、人間じゃないね。人でなし。》
何故、あんなことを言ってしまったのか。
何故、昔はあんなに仲のよかったカズキに、唾をかけたのか。
何故、助けてやれなかったのか。
人は何故人を傷つけるのだろうか。
雨が降ってきた。
湖の近くに小屋があったので、入った。
コヤの中には、ベンチのような形の椅子があったので、座った。
今日は嫌なことが沢山あった気がする。
しかし、自分では何がダメだったのかわからない。
少し横になると、疲労と睡魔に全身が包まれた。
一瞬で、目の前が真っ黒になった。
ーーーーー
「ほほほ、お主、またあったの。」
あれ、あの時の爺さんだ。
「酷い顔をしておるの。」
ああ。
僕、とても気分が悪いんです。
「そのようじゃの。その理由はわかっておるのか?」
いや、わからないんです。
「そうかそうか。これも何かの縁じゃ。特別に、幸福実現魔法の秘密の要素を教えてやろう。」
「秘密の要素とは、一番見えやすく、一番見えにくいものじゃ。と言ったのは覚えているかな?」
はい。
「それは、自分、つまり、お主自身なのじゃ。」
えっ?
「人は、自分が見えない、自分がわからないから、もがき、苦しむのじゃ。自分の欲しいものが本当にわかったら、その瞬間に幸せになるはずじゃな。まだ何か満たされないのは、まだ自分をよく理解していないということじゃ。」
「他人を鏡とし、世界を鏡とし、己をよく学ぶのじゃ!」
「さて、もう時間がないようじゃ。元気での!」
そこでまた、意識が遠のいた。
ーーーーー
目が覚めると、小屋の外は夕方だった。
すっかり雨は止んでいた。
街へ戻ると、また、例の四人が、カズキをいじめているようだった。
よく見ると、いじめられているのは、カズキじゃなかった。
ユウスケだ。
「お!ユウヤ!またあったな!みろ、人でなしが二人に増えたぞ!」
喋るのは、服屋の息子、サトル。
「こいつも、別の国から来たんだ。人手なしの仲間なんだ!」
昨日の、自分のセリフを思い出す。
《これじゃ、人間じゃないね。人でなし。》
ああ。
「…しないほうがいい。」
「ん?何か言ったか?」
僕は、腹に力を込めて言った。
「自分がされて嫌なことは、人にもしないほうがいいよ。」
「は?」
やっとわかった。
「みんなで仲良くしたほうがいいと思うんだ。」
「なんだお前。」
正直になれば、自ずとわかる。
「人は、みんな同じなんだよ。自分を優れていて、誰かが劣っていると思うから、人を見下したり、嫉妬したりするんだ。自分も、他人も、平等に扱うほうがいいよ。」
人が人を傷つける理由は、憎しみと、差別である。
人が人を憎む理由は、嫉妬である。
嫉妬は、人を見上げることが原因で起こり、人を見上げることは、人を見下すことが原因で起こる。
人が人を差別する理由は、軽蔑である。
軽蔑は、人を見下すことが原因で起こる。
つまり、嫉妬と軽蔑、これはどちらも、人間の間に階層をつけることが原因であると言える。
「お前も、コイツらの仲間だってのか?ユウヤ!お前も、人でなしか?」
「…。サトル、もうやめよう。こんなこと、意味ないんだ。サト国自体、最初は、色んな民族が集まってできたんだ。サト国民族という、一つの民族はないんだ。もともと、色んな人たちの集まりなんだ。サト国神話を読めばわかる。少しの違いで、お互いを貶しあうのはやめよう。」
「お前、なんだよ、気持ち悪いぞ!」
「みんなで、昔みたいにまた遊ぼうよ。昔は、カズキも、俺たちの仲間だっただろ?」
俺は、ユウスケを見ながら言った。
「ユウスケだって、実は、いいやつなんだぜ。」
そうだ、ユウスケは、結局、あんな酷いことを言った僕を殴らなかった。
なんていいやつなんだ。
僕は、そんないい奴に酷いことをしてしまった。
「おい、もう行こうぜ。なんか、興醒めだ。気持ち悪い奴ら同士、仲良くしてろよ。」
人が人間の間に階層をつける根本的な原因は、恐怖から来ていると。
自分が社会から排除されることの恐怖から、自分を社会で価値あるものとしたくなり、それで人を見下したくなるのだ。
「自分はあの人よりはましだ」と。
僕は、ユウスケに走り寄った。
「ユウスケ、大丈夫か?」
「…」
「ユウスケ、ごめん。俺、お前に酷いことしちゃった。ごめん。俺、サツキのこと好きで、あいつがお前のことを褒めて、お前が敵に思えて、ついカッとなって、とんでもない酷いことを言っちゃった。ごめん、本当に。ごめん…。うっ。うう。」
また、僕は泣いていた。
「実は、俺も、」
「え?」
「俺も、この国で初めてできた友達のサツキが、サツキがお前と二人で楽しそうに話してるとこ見て、悔しくなって、意地張ったんだ。サト国神話、全部目を通したのは本当だけど、それもこの国で上手くやっていけたらいいなと思ったからで…。本当はサト国神話、ほとんど理解してないんだ。俺って馬鹿だな。」
「…。」
ああ、彼も、一緒だったんだ。
「なあ、俺たち、友達になろうぜ。」
「ああ。それはいい。そういえば、カツキってやつがいるんだ。僕、カツキにも酷いことしちゃったけど、謝りにいこうと思うんだ。そしたら、サツキも呼んで、みんなで遊ぼう!…サツキにも、後で謝らないと。」
「ははは、それはいい!俺も、実はサツキからずっと君の話を聞いていて、一緒に遊びたかったんだ。…正直になるって、気持ちがいいことだな。」
「うん。」
自分が社会から排除されることの恐怖、死の恐怖など、全ての恐怖は、その恐怖するものに対しての無知から生じる。
そして、すべての人が苦しみ、恐れることの解決法を考えることで、自分自身が恐れ、苦しむものもなくなり、すべての恐怖するものに対しての無知もなくなる。
そして、恐れることも苦しむこともなくなり、それゆえに人に階層をつけることもなくなり、そりゆえに人を憎むことも、嫉妬することも、傷つけることもなくなる。
これで、自分も他人も誰も傷つけない、完全な幸福を手に入れるのである。
幸福実現魔法に必要なものは、最初からユウヤの身の回りにあったのである。
自分の顔と体を見つめるための水という鏡、自分の考えを見つめるための言葉、自分の感情を見つめるための自分以外の人。
幸福実現魔法とは、水鏡を見て、言葉を見つめ、正直になることで、自分の行動を知り、考えを知り、感情を知ることであった。
幸福とは自分自身を知ることであり、幸福になる方法、つまり自分を知る方法とは、他人を幸せにする方法を考えることであったのだ。
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