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あの日の約束をもう一度
★後片付けは手早く。だが、隠密に ※レイディック視点
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アスティアと未来の義父を見送った自分は、安堵の息をそっと吐いた。
彼女が素直に部屋から出てくれて、とても助かった。なにせ、これから自分は、この一件の後片付けをしないといけないのだから。それは、とてもとても醜悪で残酷なもの。アスティアには絶対に見られたくないもの。
「こんなところに座っておられずに、こちらにどうぞ」
面と向かって後片付けをするなど言えない自分は、一先ず当たり障りのない言葉をアスティアの叔母こと、カロリーナに掛けることにする。途端に、彼女は鬼の形相を浮かべ、自分に向かって怒鳴りつけた。
「レイディックさま、これは、どういうことですかっ!?」
ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに睨みつけるカロリーナに向かい、自分はきょとんと眼を丸くする………という演技をしてみせる。
そうすれば、カロリーナはまるで悲劇のヒロインのような表情に変わり、悲し気に視線をよこす。
「先日お会いした際には…………レイジーのことを、とても気に入ってるように仰って下さっていたではありませんか…………」
「そうですね」
とりあえず、同意をしたものの、そうだったかなと記憶を探る。
そして、そういえば先日───アスティアが外出した際に、貴族らしく『一定の基準を満たした村人に、挨拶をしたい』という名目で、この一家を屋敷に招いたのだ。そして娘のレイジーに対して、お愛想の一つか二つ言葉にしたことを思いだした。
どうやら、目の前のご婦人は、あの言葉を本気にしてしまったようだ。嘘も方便という言葉は、残念ながら彼女の辞書にはなかったらしい。
やれやれといった感じを心の奥底に沈ませ、自分は謙遜した笑みを浮かべることにする。
「でも、カロリーナさんは素晴らしすぎて、僕には勿体ない人です。それに私と結婚しないのは、娘さんのことを思ってのことですよ」
「なっ」
まんざらでもないといった表情を浮かべていた彼女だったけれど、後半の言葉は理解できないようだった。
無理もない。これは秘密裏で進めていたこと。そして、アスティアの祖父であるヴェルフィア卿の手を借り、花祭りの間にひっそりと処理した案件なのだ。
ここは説明を惜しむべきではない。本音を言えば一刻も早くここから消えて欲しいものだけれど。
「実はですね、私もついさっき耳にしたことなんですが、現在の村長は、昨日限りで退任されました。…………どうも村の収穫物を横流ししていたようなんです。あと、この村でしか採取できないかなり貴重な鉱石もね。簡単に言えば、横領していたそうなんです。………とはいえ、僕が治める領地でも、いつ来るかわからない飢饉に備えて、虚偽の申告をする村長はいます。それはまぁ何ていうか…………こちらも目を瞑るんですけどね。でも、どうやらこの村の村長は、見過ごすことができない規模の虚偽の申告をしたそうです。何か、まとまったお金が必要だったのでしょうかね」
うすらとぼけてそんなことを口にすれば、カロリーナはみるみるうちに青ざめた。
もちろん、そんな顔をされたところで、言葉を止めるつもりはない。ここは徹底的に追い詰めるべきところ。
「後任の村長はすぐに派遣されるそうです。あっ、でも横領した額が相当なものだそうで、他に罪状は無いか徹底的に調べるそうですよ」
────怖いですねぇ。
主語を抜かしてそんな言葉も呟いてみる。そしてすぐに、すっと目を細めて、がくがくと震える婦人に更にえげつない問いを投げつける。
「カロリーナさん、そうなると、困ることはございませんか?ま、無いにしても、痛くもない腹を探られるのは深いですよね?」
再び、とぼけたことを口にしてみているけど、本当は自分は何もかも知っている。
村長が虚偽の申告をして大金を得ようとしたのは、全て息子であるジャンの為。もっと詳しくいうならば、アスティアを息子の妻にするために、村長はカロリーナに多額の金を積んだのだ。
人身売買と言っても過言ではない。そして、それをしようとした人間には、それ相応の報いを受けてもらわなければならない。
と、心の中では思っている。そして、その思いは強く、怒りという単純な感情ではない。もっと醜悪で歪なもの。
けれど、それを表には出さず、自分は膝を折り、カロリーナと目線を合わせる。そして、まさにプレゼントを差し出す直前のような笑みを浮かべ、口を開いた。
「ところで、とても信頼できる投資話があるんです。私も一口………いや、実は数口すでに投資しているのです」
「え?」
「どうです?ヴェルフィア卿から戴いたこのお金を元に、あなたも新しい土地で、不自由ない生活をしてみませんか?そうすれば、あなたの娘様は爵位のある男性と結婚できるでしょうね」
そう言って自分はサイドボードから紙を取り出し、すらすらと、とある投資家の名前を記入する。そしてそれをカロリーナに差し出した。それを彼女が受け取ったのは、言わずもがな。
これは、溺れる者は藁をもつかむ心理なのか、それともただ単純に金儲けというワードに食いついたのか、いささか判断に迷う。
けれど、要は、この話に食いついてもらえれば良いだけのこと。
というわけで自分は、猫の喉をくすぐるように、更に婦人の欲求を刺激する言葉を吐く。彼女にとって大変都合が良く、けれど絶対にそうなることは無い架空の話を。
「それに、あなたが未亡人となって、爵位のある男性の後妻になるというのも素敵ではありませんか?その美貌と、財力……というか、起死回生を図ることができる経営手腕は、とても魅力的ですよ。王都には財政難で苦しむ伯爵以上の爵位を持つ貴族は、ごまんといます」
にこりと笑って自分が言葉を区切れば、カロリーナはごくりと唾を飲み込んだ。
まさに喉を鳴らされて、思わず吹き出したくなる。けれど、その感情を無理矢理抑え込み、自分でもぞっとするような言葉を吐いた。
「あなたは十分に頑張ってこられました。ただ、あなたのご主人様は、未だに過去の失態に捕らわれて、心も体も未だに弱ったままなのでは?………良かったら、お使いください。皆さんが幸せになる魔法のお薬です」
そう言って自分は懐から小さな小瓶を差し出した。
中身は淡い赤黄色のとろりとした液体。もちろんハチミツではない。
「無味無臭のものです。たった数滴、お茶やスープに混入させるだけで、心臓発作を引き起こすでしょう。だれも不審に思うものなどおりません」
後半になるにつれて徐々に声音を落とす自分とは対照的に、カロリーナの眼はらんらんと輝き出した。
まったくいつの時代でも、女性とは総じて甘いものが好きだ。ご多分に漏れず、アスティアもハチミツ入りのホットミルクが大好物ときている。
そしてこの人も、間違いなく甘いものを求めている。…………ただ、ホットミルクや菓子などといった可愛らしいものではなく、自分の欲求を満たすための甘言というものではあるけれど。
「……………このことは……あの…………」
始終無言で自分の話を聞いていたカロリーナだったけれど、ここにきて、もじもじとしながら、そんな要領を得ない言葉を吐く。
間違いない、もう一押しでカロリーナはこれを受け取るであろう。
「ご安心ください。これは、私とあなたの二人だけの秘密です」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべれば、カロリーナはあっさりと毒の入った小瓶を受け取った。そして、すぐさま立ち上がり、自分の鞄の奥底にそれを収める。
「では、玄関ホールまでお送りしましょう」
そう婦人に声を掛けると、すぐさま彼女は扉へと足を向けた。ただ、鞄を両手で抱える姿はいただけない。もう少し怪しまれぬよう、平常心を保って欲しいものだ。
ということを考えながら、心の中で苦笑を浮かべてしまったけれど、ホールまで見送った自分は、優雅に一礼し、カロリーナの未来に向けて、ささやかな祝辞の言葉を口にする。
「あなたに幸があらんことを」
「ええ、ありがとう」
ぎこちない笑みを向けたカロリーナは足早にこの屋敷を後にした。
どうやらこの婦人は、自分のことを最後まで、親切心溢れるただの高位貴族としか思っていないようだ。…………大変、愚かで結構。
ここだけの話、自分には二つ名がある。その名は、死神伯爵。そして、そう呼ばれた自分から受ける祝福の言葉は、きっと死の宣告よりも辛いものになる。
彼女が素直に部屋から出てくれて、とても助かった。なにせ、これから自分は、この一件の後片付けをしないといけないのだから。それは、とてもとても醜悪で残酷なもの。アスティアには絶対に見られたくないもの。
「こんなところに座っておられずに、こちらにどうぞ」
面と向かって後片付けをするなど言えない自分は、一先ず当たり障りのない言葉をアスティアの叔母こと、カロリーナに掛けることにする。途端に、彼女は鬼の形相を浮かべ、自分に向かって怒鳴りつけた。
「レイディックさま、これは、どういうことですかっ!?」
ぎりぎりと歯ぎしりせんばかりに睨みつけるカロリーナに向かい、自分はきょとんと眼を丸くする………という演技をしてみせる。
そうすれば、カロリーナはまるで悲劇のヒロインのような表情に変わり、悲し気に視線をよこす。
「先日お会いした際には…………レイジーのことを、とても気に入ってるように仰って下さっていたではありませんか…………」
「そうですね」
とりあえず、同意をしたものの、そうだったかなと記憶を探る。
そして、そういえば先日───アスティアが外出した際に、貴族らしく『一定の基準を満たした村人に、挨拶をしたい』という名目で、この一家を屋敷に招いたのだ。そして娘のレイジーに対して、お愛想の一つか二つ言葉にしたことを思いだした。
どうやら、目の前のご婦人は、あの言葉を本気にしてしまったようだ。嘘も方便という言葉は、残念ながら彼女の辞書にはなかったらしい。
やれやれといった感じを心の奥底に沈ませ、自分は謙遜した笑みを浮かべることにする。
「でも、カロリーナさんは素晴らしすぎて、僕には勿体ない人です。それに私と結婚しないのは、娘さんのことを思ってのことですよ」
「なっ」
まんざらでもないといった表情を浮かべていた彼女だったけれど、後半の言葉は理解できないようだった。
無理もない。これは秘密裏で進めていたこと。そして、アスティアの祖父であるヴェルフィア卿の手を借り、花祭りの間にひっそりと処理した案件なのだ。
ここは説明を惜しむべきではない。本音を言えば一刻も早くここから消えて欲しいものだけれど。
「実はですね、私もついさっき耳にしたことなんですが、現在の村長は、昨日限りで退任されました。…………どうも村の収穫物を横流ししていたようなんです。あと、この村でしか採取できないかなり貴重な鉱石もね。簡単に言えば、横領していたそうなんです。………とはいえ、僕が治める領地でも、いつ来るかわからない飢饉に備えて、虚偽の申告をする村長はいます。それはまぁ何ていうか…………こちらも目を瞑るんですけどね。でも、どうやらこの村の村長は、見過ごすことができない規模の虚偽の申告をしたそうです。何か、まとまったお金が必要だったのでしょうかね」
うすらとぼけてそんなことを口にすれば、カロリーナはみるみるうちに青ざめた。
もちろん、そんな顔をされたところで、言葉を止めるつもりはない。ここは徹底的に追い詰めるべきところ。
「後任の村長はすぐに派遣されるそうです。あっ、でも横領した額が相当なものだそうで、他に罪状は無いか徹底的に調べるそうですよ」
────怖いですねぇ。
主語を抜かしてそんな言葉も呟いてみる。そしてすぐに、すっと目を細めて、がくがくと震える婦人に更にえげつない問いを投げつける。
「カロリーナさん、そうなると、困ることはございませんか?ま、無いにしても、痛くもない腹を探られるのは深いですよね?」
再び、とぼけたことを口にしてみているけど、本当は自分は何もかも知っている。
村長が虚偽の申告をして大金を得ようとしたのは、全て息子であるジャンの為。もっと詳しくいうならば、アスティアを息子の妻にするために、村長はカロリーナに多額の金を積んだのだ。
人身売買と言っても過言ではない。そして、それをしようとした人間には、それ相応の報いを受けてもらわなければならない。
と、心の中では思っている。そして、その思いは強く、怒りという単純な感情ではない。もっと醜悪で歪なもの。
けれど、それを表には出さず、自分は膝を折り、カロリーナと目線を合わせる。そして、まさにプレゼントを差し出す直前のような笑みを浮かべ、口を開いた。
「ところで、とても信頼できる投資話があるんです。私も一口………いや、実は数口すでに投資しているのです」
「え?」
「どうです?ヴェルフィア卿から戴いたこのお金を元に、あなたも新しい土地で、不自由ない生活をしてみませんか?そうすれば、あなたの娘様は爵位のある男性と結婚できるでしょうね」
そう言って自分はサイドボードから紙を取り出し、すらすらと、とある投資家の名前を記入する。そしてそれをカロリーナに差し出した。それを彼女が受け取ったのは、言わずもがな。
これは、溺れる者は藁をもつかむ心理なのか、それともただ単純に金儲けというワードに食いついたのか、いささか判断に迷う。
けれど、要は、この話に食いついてもらえれば良いだけのこと。
というわけで自分は、猫の喉をくすぐるように、更に婦人の欲求を刺激する言葉を吐く。彼女にとって大変都合が良く、けれど絶対にそうなることは無い架空の話を。
「それに、あなたが未亡人となって、爵位のある男性の後妻になるというのも素敵ではありませんか?その美貌と、財力……というか、起死回生を図ることができる経営手腕は、とても魅力的ですよ。王都には財政難で苦しむ伯爵以上の爵位を持つ貴族は、ごまんといます」
にこりと笑って自分が言葉を区切れば、カロリーナはごくりと唾を飲み込んだ。
まさに喉を鳴らされて、思わず吹き出したくなる。けれど、その感情を無理矢理抑え込み、自分でもぞっとするような言葉を吐いた。
「あなたは十分に頑張ってこられました。ただ、あなたのご主人様は、未だに過去の失態に捕らわれて、心も体も未だに弱ったままなのでは?………良かったら、お使いください。皆さんが幸せになる魔法のお薬です」
そう言って自分は懐から小さな小瓶を差し出した。
中身は淡い赤黄色のとろりとした液体。もちろんハチミツではない。
「無味無臭のものです。たった数滴、お茶やスープに混入させるだけで、心臓発作を引き起こすでしょう。だれも不審に思うものなどおりません」
後半になるにつれて徐々に声音を落とす自分とは対照的に、カロリーナの眼はらんらんと輝き出した。
まったくいつの時代でも、女性とは総じて甘いものが好きだ。ご多分に漏れず、アスティアもハチミツ入りのホットミルクが大好物ときている。
そしてこの人も、間違いなく甘いものを求めている。…………ただ、ホットミルクや菓子などといった可愛らしいものではなく、自分の欲求を満たすための甘言というものではあるけれど。
「……………このことは……あの…………」
始終無言で自分の話を聞いていたカロリーナだったけれど、ここにきて、もじもじとしながら、そんな要領を得ない言葉を吐く。
間違いない、もう一押しでカロリーナはこれを受け取るであろう。
「ご安心ください。これは、私とあなたの二人だけの秘密です」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべれば、カロリーナはあっさりと毒の入った小瓶を受け取った。そして、すぐさま立ち上がり、自分の鞄の奥底にそれを収める。
「では、玄関ホールまでお送りしましょう」
そう婦人に声を掛けると、すぐさま彼女は扉へと足を向けた。ただ、鞄を両手で抱える姿はいただけない。もう少し怪しまれぬよう、平常心を保って欲しいものだ。
ということを考えながら、心の中で苦笑を浮かべてしまったけれど、ホールまで見送った自分は、優雅に一礼し、カロリーナの未来に向けて、ささやかな祝辞の言葉を口にする。
「あなたに幸があらんことを」
「ええ、ありがとう」
ぎこちない笑みを向けたカロリーナは足早にこの屋敷を後にした。
どうやらこの婦人は、自分のことを最後まで、親切心溢れるただの高位貴族としか思っていないようだ。…………大変、愚かで結構。
ここだけの話、自分には二つ名がある。その名は、死神伯爵。そして、そう呼ばれた自分から受ける祝福の言葉は、きっと死の宣告よりも辛いものになる。
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