監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

公認外出

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 カイナと話らしい話をしたのはそれっきりだった。

 あれから数日経つけれど、私は答えが出せないままで、カイナは独りで私の身の回り世話をしている。

 きっと私が話しかけたら、何かしらの返事をするだろう。でも、自分から話しかけたくないという無駄な意地が邪魔して、私はカイナと最低限の単語のやり取りしかしていない。

 ちなみに一度もバルドゥールはこの部屋に足を向けていない。それだけは嬉しい。一生来ないで欲しいし、今すぐ私への執着を失くして欲しいと思っている。

 そんなこんな見えない事情はあるけれど、私は自殺未遂もしていなければ脱走もしていないので、表面上だけの日常は、穏やかに過ぎていく。

 .........と、思ったけれど、ここでまさかの来客があった。それが誰かなど、言う必要は無い。だって私に会いに来る人間は、一人しか居ないのだから。




「久しぶりーって、何かまた一段と酷い顔をしてるねー。君ぃー」

 扉を開けた途端、私の地雷を踏んだその人は、ものの見事に右頬に痛々しい痣を付けていた。
 
 けれど、彼はそんなことはお構いなしに、今日もテーブルの傍にある椅子を勝手に移動して私が横たわっているベッドのすぐ横に置く。そして流れるように着席した。

 それから当たり障りの無い、天気の話とか、寝ぐせの話とか、思いついたままのことを、かき集めて喋り出す。

 それはお見舞いに来た知人が、元気づけようと頑張って話しかけている自然な流れだった。………頬の痣さえ、なければ。

「────………殴られたんですか?」
「え?」

 きょとんとしたルークを無視して、私はもう一度、半身を起こしながら同じ言葉を繰り返す。そして、自分の頬に手を当てた。そうすれば、ルークは決まり悪そうな笑みを浮かべた。

「うーん、やっぱり目立つ?」
「はい。目立つというか、もうルークさんの存在より、痣の方の主張が強いですね」

 同性に対してなら言葉を選ぶけれど、男性になら飾らない言葉で良いだろう。それに相手はルークだ。それこそ気を遣う必要などない。

 それにしても本当に酷い。私もつい先日殴られたけれど、ここまででは無かった。

 あの時、自己主張したのが恥ずかしいくらいに、ルークの頬は赤紫色に変色している。なのに、腫れはまだ引いていない。少し口を動かしただけでも飛び上がらんばかりに痛いだろう。

「………あの人に、ですよね?」

 そして殴られた理由はきっと、私をこの部屋から出したから。どうやらバルドゥールは男女構わず、手を挙げる人物らしい。やっぱり野蛮な人種なのだ。
 
「うん。まぁそうだけど、これで済んだことが奇跡だよ。っていうか、コレ、自業自得だから、そう心配しないで」

 そう言われても、限度を超えたこの有様では、ざまみろと嘲笑うことすらできない。もう少し軽症だったら良かったのに………。

 そんなちょっとズレたことを心の中で呟いていたら、ルークは、突然パンと手を叩いて突拍子も無いことを口にした。

「ねぇ、今から出かけない?」
「また殴られますよ?」

 本当に懲りない人だ。怒りを通り越して呆れてしまう。うんざりした口調で嫌味交じりにそう問いかければ、何故かルークは、ぷっと吹き出した。

「今日は大丈夫。公認外出だから」
「…………はぁ」

 曖昧に頷いてみたけれど、絶対にバルドゥールが私の外出を許可するわけなんてない。

 はっきり言って、これ以上厄介事を重ねるのは、ごめんだ。私はとにかく事を荒立たせずに、あの人が私に興味を無くすのを待ちたい。

「ルークさん、私、公認でも非公認でも、外出はしません」

 自分でもひやりとする程、とげとげしい声でそう言い切っても、ルークは大丈夫、大丈夫と繰り返す。

 ルークの大丈夫ほど信用できないものはないし、重要なことほど、同じ言葉を繰り返す人間には警戒したほうが良いということは元の世界で学んでいる。

 疑惑の念がどんどん膨れ上がって、それが顔にまで出てしまったのだろう。ルークは、苦笑いを浮かべながら口を開いた。

「君ってもしかして、かなりの心配性?。でも、本当だって。ほら見て」

 そう言ってルークが振り返った先には、カイナが居た。

 いつの間にここに居たのだろう。でもそこに驚くより、カイナの手にしているものの方にもっと驚いてしまった。それが何かは、ルークの口から紡がれた。

「ちゃんと君の服も、靴も用意してあるんだから、ね?」 

 ルークが同意を求めたのは私ではなくカイナだった。

 そしてカイナは、柔らかく落ち着いた表情で、ゆっくりと頷いた。………仕事熱心で、お館様に忠誠な彼女が、こんな表情を浮かべているということは、本当に公認なのか。

 なら、ごねるより、おとなしく言うこと聞いた方が良さそうだ。







 それからルークは、私の着替えの為に、一旦、部屋を出た。

 私といえば、カイナの手を借りながら、この世界で初めて夜着以外の服に袖を通す。

 でも、てっきり先日街で見かけたような中世ヨーロッパの衣装が用意されると思ったが、まさかの白いワンピースだった。

 ただ、生地は夜着のような薄手のものではない。素材は良く分からないけれど、綿のようにしっかりとしていて、絹のように滑らかだった。そして良く見れば、袖口と裾に同じ白糸で刺繍がしてある。

 腰をキュッと絞って、ふんわりと広がるスカートは、女性らしいデザインで、元の世界で一度も着たことがないものだった。

 でも、姿見に映る自分はお世辞にも似合うとは思えない。

 美容院代をケチって長く伸ばした髪は、艶を失っているし、頬もこけている。正直、夜着の方がまだしっくり来ていた。






「へぇー初めて見たけど、良く似合ってるね」
「…………はぁ」

 部屋に戻って来たルークは私の姿を目にした途端、そう口にした。

 さすが、軽口を叩きながら、強姦幇助ができる人間だ。思って無くても、よどみなく賛辞を口にできるようだ。でも、まったくもって嬉しくない。

 渋面を作る私に、ルークはまぁまぁとにかく行こうと、背中を押した。

 ちなみにというか、しつこいかも知れないけれど、本当に公認外出らしく、廊下に出ても私を追いかけるものはおらず、堂々と玄関から外に出てもカイナに【いってらっしゃいませ】という言葉まで投げられる始末だった。

 その後、てっきり歩きで目的地に向かうかと思えば、門前に馬車が停まっていて、ご丁寧にも扉の前には従者がいた。

 そして私達を視界におさめた途端、恭しく馬車の扉を開ける。少し前を歩くルークはそれが当然と言わんばかりに、堂々と馬車に乗り込んだ。

「君も、早く」

 ひょいと扉から顔を出し、ルークは私を手招きする。ちなみに従者は扉を開けたまま直立不動のまま。私が乗るまで、こうしているつもりなのだろうか。
 
 ルークと従者を交互に見つめていたけれど、結局、ごねるより従えという結論に至り、私は馬車に乗り込んだ。

 馬車は石畳を走っているけれど、あまり揺れは無い。

 しばらく窓から見える景色に目を奪われていたけれど、やっぱり気になるものは気になるので、私は向かい合わせに座っているルークに問い掛けた。

「………あの、どこに行くか聞いても良いですか?」
「僕の屋敷さ」

 あっさりと言われたその言葉を聞いた途端、びくりと体が強張る。けれど、ルークはその僅かな仕草で察して貰えたのだろう。慌てて違う違うと両手を前に振った。

「会わせたい人がいるんだ」
「誰ですか?」

 すかさず問うた私に、ルークはちょっと困った顔をした。

「内緒。でも会えば誰かわかるよ」

 ルークは華麗なウィンクを寄越してきたけれど、私は無視という返事をさせて貰った。

 というか、この世界で私が知っている人など、居るわけない。これもまたルークの悪々戯なのかもしれない。
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