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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
初めましてが届かない
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ルークの屋敷はバルドゥールの屋敷より少し坂の上にある、こげ茶色のレンガ造りの大きな屋敷だった。といっても、あの人の屋敷とどちらが大きいかは分からない。
なにせ、どちらも、元の世界の学校くらいの大きさで、敷地の端がどこなのかも分からないから。
まぁ.........どちらが大きいからといっても、私には関係ないけれど。ただ、そんな取り留めもないことでも考えていないと、息が詰まるだけ。
てっきりルークは、お調子者よろしく馬車の中でもずっと喋りつづけると思っていた。
けれど、私の質問を最後に、ずっと沈黙したままだ。でも目が合えば、にこりと笑みを向けて来るので、不機嫌という訳ではないのだろう。
そんな何とも言えない気まずい空気のまま、馬車は無駄に広い屋敷の門をくぐり、正面玄関で降ろされる。そして、元の世界の常識通り私は、そのまま玄関からルークの屋敷に踏み入れた。もちろんルークも。
玄関ホールには揃いのお仕着せを着たメイド達が私達を出迎えるが、ルークは片手で制してそのまま私の背を押し、こっちと言いながら誘導する。
「あの……私に会わせたい人って誰ですか?」
何処までも続く長い廊下を歩きながら、私はルークに小声で問い掛けた。
内緒と言われてしまったけれど、心構えが必要な私としてはヒントだけでも欲しい。
けれど、並んで歩くルークは、何も言わない。ただ私の言葉を無視しているわけではなく、どう伝えようか言葉を探すように口元に手を当てながら歩いている。
急かすよりは待つ方が良い。そう判断して、私も同じように黙々と歩いていたけれど、結局、それからルークが口を開くことはなかった。そして、とある部屋の前で足を停めた。
「ここだよ」
そう言って彼は、ひと際豪華な扉に手をかけた。
「………………っ」
ちらりと扉の奥を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。
目の前に広がるのは、一面、真っ白な部屋。既視感なんてものじゃない。私とまったく同じ部屋だった。
「さぁ、入って」
怯えて動けない私に、ルークは強く背を押す。でも、体が動かない。だって、この部屋は間違いなく監禁部屋だ。嫌だ。こんなところに足を踏み入れたくない。
「………いやっ。絶対に嫌っ」
私はルークを突き飛ばして元来た廊下を走り抜けようとした。けれど───。
「え?待って、何で逃げるの!?ごめんっ───………って、ちょっと暴れないで」
呆気なくルークに捕まり、担ぎ上げられた私はパニックになって、はちゃめちゃに手足を動かす。
「嘘つきっ。ここで私を監禁するんでしょっ!?」
そう叫んだと同時に悔しさで涙がにじむ。やっぱりルークの言葉を信じるんじゃなかった。
バルドゥールは私を捨てたのだろう。そして、ルークに私を押し付けたのだ。
捨ててくれたのは、予想より早くて嬉しいけれど、また再び誰かの所有物になるなんて、冗談じゃない。
「ちょちょちょ、落ち着いて。この部屋は君の為の部屋じゃないからっ」
「信用できないで……────え?」
ルークの言葉で、暴れる手足が止まった訳ではない。有り得ないものが耳に飛び込んできたからだ。
誰かが……いや、若い女性の歌声が聞こえてきたのだ。
その歌は、私が知っているものだった。元の世界で数年前に流行った、切ない失恋ソング。映画の主題歌だったこの曲は、街を歩くだけで自然と覚えてしまうくらい何処でも流れていた。
でも、ここは異世界。ものすごく違和感がある。
「────………君に会わせたい人だよ」
すぐ横にいるはずのルークの声がすごく遠くに聞こえた。
でもそんなことは、どうでも良かった。私は滑り落ちるようにルークの腕から逃れると、ふらふらと、少し離れた椅子に腰かけている独りの女性に歩み寄った。
その女性をそっと覗き込めば、私と同じ黒色の髪と瞳。
そう。この人も私と同じ、異世界の人間と呼ばれる人。そして奇しくも私と同じ国の人だった。───でも、その黒曜石のような漆黒の瞳には何も映していない。ただ虚ろな眼差しで、歌を口ずさんでいるだけ。
こんなに扉の前で私達が暴れても、ここに同じ世界の人間がいても、この女性は私達が見えていないかのように、表情すら変えない。
「彼女………どうしちゃったんですか?」
おずおずと問い掛けた私だったけれど、目前のルークの表情が一変していることに、ぞくりと悪寒が走る。
私を見つめるルークの瞳は、暗く濁っていた。澄んだ水色の瞳に、墨汁を一滴垂らしたような、そんな色。
いや、コンタクトなんて無いはずの世界で、瞳の色がそう簡単に変わるわけが無い。ただ私かそう見えているだけだ。
でも間違いなくルークの瞳は澱んでいる。口元はいつもの微笑を称えていて、その顔はとても歪だった。ああ、目は口程に物を言うという諺は本当だったんだと、どうでも良いことが頭の隅でよぎる。
「壊れちゃったんだ」
いつの間にか私の横に並んだルークは、あっさりと私の質問にそう答えた。
その口調は、自分のうっかりさを吐露する軽いものだった。でも、私の感情が動く前に、ルークは、くしゃりと顔を歪めた。自分の前髪を手の節が浮かび上がる程、強い力で掴み、顔を半分覆い隠す。
「.........僕が、この人を壊したんだ」
指の隙間から見えるルークは笑っていた。まるで泣くのを堪える為に、あえて真逆の感情を無理矢理浮かべているかのよう。
けれども目は笑っていなかった。彼女と同じ深い闇を抱えていた。
そしてルークは静かに語り出す。二人の出会いと、彼女が壊れた経緯を。
なにせ、どちらも、元の世界の学校くらいの大きさで、敷地の端がどこなのかも分からないから。
まぁ.........どちらが大きいからといっても、私には関係ないけれど。ただ、そんな取り留めもないことでも考えていないと、息が詰まるだけ。
てっきりルークは、お調子者よろしく馬車の中でもずっと喋りつづけると思っていた。
けれど、私の質問を最後に、ずっと沈黙したままだ。でも目が合えば、にこりと笑みを向けて来るので、不機嫌という訳ではないのだろう。
そんな何とも言えない気まずい空気のまま、馬車は無駄に広い屋敷の門をくぐり、正面玄関で降ろされる。そして、元の世界の常識通り私は、そのまま玄関からルークの屋敷に踏み入れた。もちろんルークも。
玄関ホールには揃いのお仕着せを着たメイド達が私達を出迎えるが、ルークは片手で制してそのまま私の背を押し、こっちと言いながら誘導する。
「あの……私に会わせたい人って誰ですか?」
何処までも続く長い廊下を歩きながら、私はルークに小声で問い掛けた。
内緒と言われてしまったけれど、心構えが必要な私としてはヒントだけでも欲しい。
けれど、並んで歩くルークは、何も言わない。ただ私の言葉を無視しているわけではなく、どう伝えようか言葉を探すように口元に手を当てながら歩いている。
急かすよりは待つ方が良い。そう判断して、私も同じように黙々と歩いていたけれど、結局、それからルークが口を開くことはなかった。そして、とある部屋の前で足を停めた。
「ここだよ」
そう言って彼は、ひと際豪華な扉に手をかけた。
「………………っ」
ちらりと扉の奥を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。
目の前に広がるのは、一面、真っ白な部屋。既視感なんてものじゃない。私とまったく同じ部屋だった。
「さぁ、入って」
怯えて動けない私に、ルークは強く背を押す。でも、体が動かない。だって、この部屋は間違いなく監禁部屋だ。嫌だ。こんなところに足を踏み入れたくない。
「………いやっ。絶対に嫌っ」
私はルークを突き飛ばして元来た廊下を走り抜けようとした。けれど───。
「え?待って、何で逃げるの!?ごめんっ───………って、ちょっと暴れないで」
呆気なくルークに捕まり、担ぎ上げられた私はパニックになって、はちゃめちゃに手足を動かす。
「嘘つきっ。ここで私を監禁するんでしょっ!?」
そう叫んだと同時に悔しさで涙がにじむ。やっぱりルークの言葉を信じるんじゃなかった。
バルドゥールは私を捨てたのだろう。そして、ルークに私を押し付けたのだ。
捨ててくれたのは、予想より早くて嬉しいけれど、また再び誰かの所有物になるなんて、冗談じゃない。
「ちょちょちょ、落ち着いて。この部屋は君の為の部屋じゃないからっ」
「信用できないで……────え?」
ルークの言葉で、暴れる手足が止まった訳ではない。有り得ないものが耳に飛び込んできたからだ。
誰かが……いや、若い女性の歌声が聞こえてきたのだ。
その歌は、私が知っているものだった。元の世界で数年前に流行った、切ない失恋ソング。映画の主題歌だったこの曲は、街を歩くだけで自然と覚えてしまうくらい何処でも流れていた。
でも、ここは異世界。ものすごく違和感がある。
「────………君に会わせたい人だよ」
すぐ横にいるはずのルークの声がすごく遠くに聞こえた。
でもそんなことは、どうでも良かった。私は滑り落ちるようにルークの腕から逃れると、ふらふらと、少し離れた椅子に腰かけている独りの女性に歩み寄った。
その女性をそっと覗き込めば、私と同じ黒色の髪と瞳。
そう。この人も私と同じ、異世界の人間と呼ばれる人。そして奇しくも私と同じ国の人だった。───でも、その黒曜石のような漆黒の瞳には何も映していない。ただ虚ろな眼差しで、歌を口ずさんでいるだけ。
こんなに扉の前で私達が暴れても、ここに同じ世界の人間がいても、この女性は私達が見えていないかのように、表情すら変えない。
「彼女………どうしちゃったんですか?」
おずおずと問い掛けた私だったけれど、目前のルークの表情が一変していることに、ぞくりと悪寒が走る。
私を見つめるルークの瞳は、暗く濁っていた。澄んだ水色の瞳に、墨汁を一滴垂らしたような、そんな色。
いや、コンタクトなんて無いはずの世界で、瞳の色がそう簡単に変わるわけが無い。ただ私かそう見えているだけだ。
でも間違いなくルークの瞳は澱んでいる。口元はいつもの微笑を称えていて、その顔はとても歪だった。ああ、目は口程に物を言うという諺は本当だったんだと、どうでも良いことが頭の隅でよぎる。
「壊れちゃったんだ」
いつの間にか私の横に並んだルークは、あっさりと私の質問にそう答えた。
その口調は、自分のうっかりさを吐露する軽いものだった。でも、私の感情が動く前に、ルークは、くしゃりと顔を歪めた。自分の前髪を手の節が浮かび上がる程、強い力で掴み、顔を半分覆い隠す。
「.........僕が、この人を壊したんだ」
指の隙間から見えるルークは笑っていた。まるで泣くのを堪える為に、あえて真逆の感情を無理矢理浮かべているかのよう。
けれども目は笑っていなかった。彼女と同じ深い闇を抱えていた。
そしてルークは静かに語り出す。二人の出会いと、彼女が壊れた経緯を。
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