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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
ルークが語るこの世界のこと
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話が長くなるから、お茶でも飲もうと、ルークは一旦席を立った。
その足取りはもうしっかりしたものであったけれど、振り返ってリンさんを見つめる表情は弱々しいものだった。
それから、パタンと静かに扉が閉まり、私はリンさんと二人っきりになる。
リンさんは、変わらず歌を口ずさんでいる。ルークが居ようが居ないがお構いなしに。
私といえば、同郷の人間が目の前にいて、馴染みのある歌が聞こえてくると、ここが元の世界で、今居るのはヨーロッパ調の家具で整えたオシャレなカフェ、又は港町のホテルの一室のようにすら思えてくる。
世界の境界線が曖昧になって、くらりとめまいを覚えて顔を覆ったら、リンさんの歌が止んだ。たまたまなのかもしれないけれど、偶然ではないかもという淡い期待が膨らむ。
これは、私にとって都合の良い仮説でしかない。けれど、もしかしてリンさんはずっと演技をしているのではないかと。こうしているのはリンさんの精一杯の抵抗なのかもしれないという考えがよぎる。
だから、私と二人っきりになった今、素に戻ってくれるのかもしれないと思った。
「初めまして。私、五十鈴 朱里って言います」
そっとリンさんの傍に近寄り、元の世界では一番ポピュラーな自己紹介をしてみた。
けれど、リンさんは何も答えない。ただ、オルゴールみたいに再び歌を紡ぐだけだった。
そよ風のように部屋に響くリンさんの声は、ルークの言葉通りとても綺麗なものだった。オンダイは音楽大学のことで、一生音楽に携わる仕事を選ぶ人が進むところ。
まかり間違っても、こんな訳の分からない異世界で、見ず知らずの男に聞かせる為に学んできたわけではないのだろう。
そう、きっとリンさんは私のように自殺をした結果、ここに強制転移したわけではない。
自ら命を絶った私は、今自分の置かれている状況は、神様が私に与えた罰なんだと思った。あれぐらいで死のうだなんて、甘いわとでも言われている気がしていた。
でも、もし仮に、ありふれた日常を過ごしている途中で、こんな世界に自分の意志とは関係なく連れてこられたら、その苦痛は計り知れない。
自分自身に言い聞かせる言葉も見つからないまま、こんな監禁される日々が続けば、人一人の心が壊れるなんて、とても簡単なことだと思う。
そんなリンさんの心を壊した人は、それからすぐにお茶の一式をトレーに乗せて戻ってきた。
目の前のティーカップには、花の香りのお茶が淹れられている。でも、何となく怖くて口を付けることができない。
そんな私に構わず、ルークは一気に自分の分を飲み干すと、カップをテーブルの端に避けて口を開いた。
「じゃ、まず、この世界のことについて話そうか」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げた私に、ルークは静かに語り出した。
「この世界っていうか、この国はデュールシュタンていう名前。で、君も見たと思うけど、お城がある通り、この街は王都イスガルドと呼ばれているんだ」
「……はい」
つらつらと地名を並べられるけれど、正直、知りたいことではないので、おざなりな返事になってしまう。
でも、ルークは気を悪くするそぶりも見せず、観光客に案内をするような口調でさらに説明を続けた。
「で、ここは丘一体が王都になっているんだけど、丘の上に城があって、麓には花畑が広がっている。………ああ、君も自分の足で向かったからわかるか。じゃ、花畑の場所の説明は省くけど、あそこは、単なる花畑ではなくて、堕天の花園って呼ばれている場所なんだ」
堕天の花園………その言葉を聞いた瞬間、天から追放された咎人が落とされる場所というイメージを持ってしまった。
私からしたら的確な表現ではあるけれど、ルイさんからすればたまったもんじゃないだろう。きっと誰が好き好んでと、内心舌打ちしていたに違いない。
そんなことを考えていたら、私は微妙な表情を浮かべてしまっていたのだろう。ルークは、少し困った顔をした。
「酷い名前を付けたもんだと思っているよね。でもあそこは君達、異世界の人間が姿を現す場所でもあるし、そこが墓標となってしまうことが多いから、そう呼ばれるようになってしまったんだ」
ルークの口からさらりと出てきた墓標という言葉に、過去、私やリンさん以外の人が亡くなった場所であることを知る。
「………過去にどれぐらいの人が、あそこに現れたんですか?」
おずおずと尋ねれば、ルークは腕を組んで少し首を傾げながら口を開いた。
「うーん………どうだろう。正確には分からない。文献で記録されているのは、10人未満だけれど、きっともっと多いと思うよ。」
「その文献って、何年前から記録されているんですか?」
「ざっと150年だよ」
「………150年」
ルークの言葉を反芻しながら、15年に一度の割合で現れていること計算する。
それが多いのか少ないのか分からない。ただリンさんと私は随分間隔が短い。つまり定期的に現れるというわけではなさそうだ。ということは………。
「私とリンさん以外で、異世界の人ってこの国に居るんですか?」
「いないよ」
即答されて、落胆してしまう。肩を落とした私に、ルーク悲しげな表情を浮かべた。
「会ってみたかったよね。ごめん。僕たちは、君たち以外は救うことができなかったんだ」
「………どうしてですか?」
そう口にしてから、随分と大雑把な質問をしてしまったことに気付く。
「救えなかったんですか?それとも、救わなかったのですか?」
質問を重ねた私に、ルークはテーブルの上に肩肘を立て、額に軽く手を当てたまま、動かない。
彼が再び口を開いたのは、それからしばらく経ってからだった。
「………ごめん。悪いけど……それを説明する前に、僕たち時空の監視者のことを先に話してもいいかな?」
「分かりました」
私が頷けば、ルークは袖の先を手でいじりながら、少し悲しげな目つきになった。
その足取りはもうしっかりしたものであったけれど、振り返ってリンさんを見つめる表情は弱々しいものだった。
それから、パタンと静かに扉が閉まり、私はリンさんと二人っきりになる。
リンさんは、変わらず歌を口ずさんでいる。ルークが居ようが居ないがお構いなしに。
私といえば、同郷の人間が目の前にいて、馴染みのある歌が聞こえてくると、ここが元の世界で、今居るのはヨーロッパ調の家具で整えたオシャレなカフェ、又は港町のホテルの一室のようにすら思えてくる。
世界の境界線が曖昧になって、くらりとめまいを覚えて顔を覆ったら、リンさんの歌が止んだ。たまたまなのかもしれないけれど、偶然ではないかもという淡い期待が膨らむ。
これは、私にとって都合の良い仮説でしかない。けれど、もしかしてリンさんはずっと演技をしているのではないかと。こうしているのはリンさんの精一杯の抵抗なのかもしれないという考えがよぎる。
だから、私と二人っきりになった今、素に戻ってくれるのかもしれないと思った。
「初めまして。私、五十鈴 朱里って言います」
そっとリンさんの傍に近寄り、元の世界では一番ポピュラーな自己紹介をしてみた。
けれど、リンさんは何も答えない。ただ、オルゴールみたいに再び歌を紡ぐだけだった。
そよ風のように部屋に響くリンさんの声は、ルークの言葉通りとても綺麗なものだった。オンダイは音楽大学のことで、一生音楽に携わる仕事を選ぶ人が進むところ。
まかり間違っても、こんな訳の分からない異世界で、見ず知らずの男に聞かせる為に学んできたわけではないのだろう。
そう、きっとリンさんは私のように自殺をした結果、ここに強制転移したわけではない。
自ら命を絶った私は、今自分の置かれている状況は、神様が私に与えた罰なんだと思った。あれぐらいで死のうだなんて、甘いわとでも言われている気がしていた。
でも、もし仮に、ありふれた日常を過ごしている途中で、こんな世界に自分の意志とは関係なく連れてこられたら、その苦痛は計り知れない。
自分自身に言い聞かせる言葉も見つからないまま、こんな監禁される日々が続けば、人一人の心が壊れるなんて、とても簡単なことだと思う。
そんなリンさんの心を壊した人は、それからすぐにお茶の一式をトレーに乗せて戻ってきた。
目の前のティーカップには、花の香りのお茶が淹れられている。でも、何となく怖くて口を付けることができない。
そんな私に構わず、ルークは一気に自分の分を飲み干すと、カップをテーブルの端に避けて口を開いた。
「じゃ、まず、この世界のことについて話そうか」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げた私に、ルークは静かに語り出した。
「この世界っていうか、この国はデュールシュタンていう名前。で、君も見たと思うけど、お城がある通り、この街は王都イスガルドと呼ばれているんだ」
「……はい」
つらつらと地名を並べられるけれど、正直、知りたいことではないので、おざなりな返事になってしまう。
でも、ルークは気を悪くするそぶりも見せず、観光客に案内をするような口調でさらに説明を続けた。
「で、ここは丘一体が王都になっているんだけど、丘の上に城があって、麓には花畑が広がっている。………ああ、君も自分の足で向かったからわかるか。じゃ、花畑の場所の説明は省くけど、あそこは、単なる花畑ではなくて、堕天の花園って呼ばれている場所なんだ」
堕天の花園………その言葉を聞いた瞬間、天から追放された咎人が落とされる場所というイメージを持ってしまった。
私からしたら的確な表現ではあるけれど、ルイさんからすればたまったもんじゃないだろう。きっと誰が好き好んでと、内心舌打ちしていたに違いない。
そんなことを考えていたら、私は微妙な表情を浮かべてしまっていたのだろう。ルークは、少し困った顔をした。
「酷い名前を付けたもんだと思っているよね。でもあそこは君達、異世界の人間が姿を現す場所でもあるし、そこが墓標となってしまうことが多いから、そう呼ばれるようになってしまったんだ」
ルークの口からさらりと出てきた墓標という言葉に、過去、私やリンさん以外の人が亡くなった場所であることを知る。
「………過去にどれぐらいの人が、あそこに現れたんですか?」
おずおずと尋ねれば、ルークは腕を組んで少し首を傾げながら口を開いた。
「うーん………どうだろう。正確には分からない。文献で記録されているのは、10人未満だけれど、きっともっと多いと思うよ。」
「その文献って、何年前から記録されているんですか?」
「ざっと150年だよ」
「………150年」
ルークの言葉を反芻しながら、15年に一度の割合で現れていること計算する。
それが多いのか少ないのか分からない。ただリンさんと私は随分間隔が短い。つまり定期的に現れるというわけではなさそうだ。ということは………。
「私とリンさん以外で、異世界の人ってこの国に居るんですか?」
「いないよ」
即答されて、落胆してしまう。肩を落とした私に、ルーク悲しげな表情を浮かべた。
「会ってみたかったよね。ごめん。僕たちは、君たち以外は救うことができなかったんだ」
「………どうしてですか?」
そう口にしてから、随分と大雑把な質問をしてしまったことに気付く。
「救えなかったんですか?それとも、救わなかったのですか?」
質問を重ねた私に、ルークはテーブルの上に肩肘を立て、額に軽く手を当てたまま、動かない。
彼が再び口を開いたのは、それからしばらく経ってからだった。
「………ごめん。悪いけど……それを説明する前に、僕たち時空の監視者のことを先に話してもいいかな?」
「分かりました」
私が頷けば、ルークは袖の先を手でいじりながら、少し悲しげな目つきになった。
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