監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

壊れたあなたの過去②

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 バルドゥールの元だろうが、ルークの元だろうが、もう一生この白い部屋から逃れることはできない。

 自分の一生があと何年で、白い牢獄で過ごす日々があと何日なのか計算してみれば、身体がふわりと浮く奇妙な感覚に囚われる。

 井の中の蛙大海を知らずという諺がある。そしてこれには、されど空の深さを知る、という続きがある。

 これは国語の授業のちょっとした雑談で耳にしたこと。ただ、その時は、ふぅーんと適当に聞き流していた。

 でも、空の深さを知らない方が幸せなこともあると知った今、なんでこんなこと覚えているのだろうと、言いようのない怒りが込み上げる。

 視線を逸らしていても、窓からの日差しで、一方的にリンさんに深い口付けをしているルークの影が床に映し出される。

 それを見たくなくて、ぎゅっと瞳を瞑った瞬間、今まで聞いたことのないルークの切ない声がした。

「………リン、お願い。僕を見て」

 その声音は自尊心をかなぐり捨てて、懇願しているかのようだった。

 驚いて視線を戻せば、ルークはリンさんの頬を包み、互いの額をこつんと合わせていた。

 ルークの大きな手と少し長い前髪がリンさんの顔を覆い、彼女の表情は見えなくなっている。

 柔らかい午後の日差しを受けて、真っ白な部屋は煌めくほどに眩しい空間になっている。そんな木漏れ日の中、美しい女性にそっと額を合わせる美丈夫。

 この状況を何も知らない人が見たら、騎士がたった一人の女性に愛を乞う姿で、それはそれは綺麗な一枚の絵のように見えるだろう。

 けれど、私には醜悪なものにしか見えなかった。怖いと思って両手を覆った目の隙間から、奈落の底を覗いたような気分だった。

 本当に自分勝手なヤツ。本気でルークを憎いと思った。

 リンさんを壊したのは、間違いなくルークだ。

 それなのに、何を綺麗事を言っているのだろう。まるでリンさんが一方的にルークを捨てたようなその仕草に、得も言われぬ不快感で胸がむかむかする。

 これ以上ここにるのは限界だった。どれだけ叱責されても構わない。一秒だってここには居たくない。

 そう思って立ち上がろうとした瞬間、ドンっという何かぶつかる大きな音が部屋中に響いた。

 まさからルークかリンさんに暴力を振るったのか、そんな不安がよぎり、慌ててリンさんの方を向けば、視界の端に壁に持たれながら荒い息を繰りかえすルークがいた。

「………ごめん、驚かせちゃったね」 

 荒い息を繰り返しながらそれだけ私に向かって言葉を掛けると、ルークは再び、くらりと傾いてしまった。

「ルークさん!?」

 驚いて声を上げれば、壁に寄りかかりながら何とか転倒を免れたルークは、大丈夫と言いたげに片手を上げて応える。でも、立っているのがやっとなのだろう。

 ルークは無言のまま、おぼつかない足取りでこちらに戻ると、身体を投げ出すように椅子に崩れ落ちた。

「あの………大丈夫ですか?」

 どう見たって大丈夫な状況ではないけれど、人間なんて所詮、咄嗟の事ではこんな陳腐な言葉しかかけることができない。

「………ああ、いつものことだから大丈夫。心配しないで。少し経てば元に戻るから、ちょっとだけ待ってて」

 いつものこと?さらりと口にしたルークの言葉が妙に引っかかる。 

 けれど、今にも倒れてしまいそうなルークに、もう一度問いを重ねる勇気はない。

 そんな中、再びリンさんが歌いだす。今度も、やっぱり切ないラブソングだった。そういえばどうして流行歌には、不幸な歌詞のものが多いのだろう。

 そんなどうでも良いことを考えながら、リンさんを見詰めていたら、歌う彼女に少し変化があった。ついさっきまで陶器のような真っ白だった頬に、わずかに赤みが差している。

 そして、数拍遅れて気付いた。リンさんの顔色の良さとはとは対照的に、ルークの顔色が青白いことを。まるで、入れ替わったかのように。

 そんな風に二人を交互に見つめていたら、苦笑を浮かべるルークと目が合った。

「カッコ悪いとこ見せちゃったね……きっとバルドゥールなら、こんなふうにはならないんだろうね」

 突然あの人の名前が出てきて息を呑む。

「なぜ今、あの人の名前が出てくるんですか?」

 結局、思ったままの事を口にしてしまっていた。けれど、私の質問にルークは何も答えない。ただ今回は、何ていうか、驚き固まっている状態だ。

 そしてしばらくの間の後、ルークは探るように私に問い掛けた。

「え?何でって………君だってバルドゥールから、もらっているでしょ?」
「何をですか?」
「何をって……この世界で生きて行くために必要な力だよ」
「はぁ?」

 正確には【はぁ?】ではなく【あ゛ぁ?】に近い発音だったけれど、そこは然したる問題ではないだろう。
 
 ちろんルークもそこには触れず、再び口を開いた。

「えっと、今更だけれど、僕たちが君たち異世界の人間に口付けしたり、抱いたりするのは、僕たちが持っている力を分け与えているからだ───」
「はぁ!?」
「え?ちょっと待って、何その初めて聞いたっていうリアクション。バルドゥールはちゃんと君に伝えたじゃん」
「いつ!?」

 くわっと目を見開いて叫んだ私に、ルークは何故か赤面しながら口を開いた。

「花畑でバルドゥールがその.........き、君を抱いた後、君【なんでそんな酷いことをするの?】って聞いたじゃん。その後すぐ、バルドゥールが【そうしなければ死ぬから】って言ったじゃん」
「……………………」

 確かに私はあの人に向かって、そう問いを投げたのは覚えている。けれど、あの時、私は意識を手放す寸前で彼の言葉を拾うことはできなかった。

 そんな大事なことを口にしていたのか。

 ただ【そうしなければ死ぬから】だけでは説明不足だ。どんなに頑張っても、私は理解できなかっただろう。でも、何も知らないよりかは、まだマシだ。

 憤りとか、驚きとか、悔しさとか色んな気持ちが錯綜して、泣けばいいのか叫べばいいのか、それとも気を失えばいいのか分からない。

 そんな混乱を極めた私は結局、ぽかんと口を開くことしかできなかった。そして、ルークまでもが間抜けな顔をしてしまう。

「えっと………覚えてないの?」

 なんとか首を上下に動かした私に、ルークは途方に暮れたような顔をした。

 でも、そんな顔をされても困る。というか今すぐ殴りかかりたい。そして私は今現在、鈍器で殴られたような衝撃を受けている。

「嘘だろ………じゃ、俺たちただの強姦魔って思われてたワケ!?っていうか、ずっと俺たちのこと色情魔か何かだとでも思ってたワケ!?」
「はい」

 再び即答した私に、ルークはこの世の終わりのような顔をした。

「………最悪だ」
「それはこっちが言いたいです」

 なぜこんな大事なことを、今頃になって聞かなければならないのだろうか。そして、どうしての質問が新たに一つ加わった。

 どうして、そんな大事なことを、一回しか言ってくれなかったのだろうか、と。

「ルークさん、私、今ものすごく混乱しています」
「だろうね。っていうか、俺も同じく混乱しているし、動揺しているよ」

 そう言ってルークは、やれやれと言った感じで、ふぅーっと疲れを吐き出すような息をした。

 きっとルークは気付いていない。その仕草は、この世界の人間だからできるもので、私側では絶対にできないもの。それが妙に上から目線に思えて、苛立ちが限界を迎えた。

 もう、いい加減うんざりだ。ここが異世界だろうが関係ない。私は、私の道理を押し切らせてもらう。

 問答無用で純潔を奪われた私には、ちゃんと聞く権利があるし、あの時、強姦幇助をしたルークには私が理解するまで何度だって、この世界のことを、良く分からない力のことを説明する義務があるはずだ。

 無くてもいい。無いならむしり取る。

 そう決めた私は、居ずまいを正して、ルークに向かって口を開いた。

「ルークさん、この世界の事。それからあなた達の力のこと。一からちゃんと説明してください」
「ああ……そうさせてもらうよ」
 
 あっさりと承諾したルークは、ゆっくりと長い足を組んで、私に向かって口を開いた。

 ちなみにショック療法なのかわからないけれど、今、私を見つめるルークの瞳は澱んでなかった。澄んだ水色の瞳に戻っていた。
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