監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

時空の監視者の仕事と彼らの想い②

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「見殺しにしてくれ?冗談でもそんなこと口にしないでくれるかな?」

 ルークの口調は穏やかだったが、目は正反対の感情を映しだしていた。でも単純な怒りではない。これは矜持を傷つけられたことから来る、痛みとやるせなさと、憤りだ。

 そしてこの言葉で、目の前のお調子者の男性が、私の知らない大人の時空の監視者の表情になった。

「北の夜空に緑星が輝けば、異世界の人間が花畑に現れる予兆。そして僕たちは、君たちをあそこで待ち続ける。今度こそ救えますようにって祈りながら、ずっとずっと待ち続けるんだ」

 水色の瞳が細められ、遠くを見つめている。きっと今、見えないはずのその緑星とやらを思い出しているのだろう。

「その星を見付けることができるのは、僕たち時空の監視者だけ。だからずっと僕たちは、預言者のような存在だったんだ。ずっとずっとそう思われていた。そうじゃないことに気付いたのはたった150年前のこと。つまり、それ以前は僕たちは救える命をずっと見捨ててきたんだ」

 ルークの言葉はさっき私が問うた、救わなかったのか、救えなかったのか、という答えでもある。きっと彼は両方だと言いたいのだろう。

「やっと救えたんだ。リンも、君も。なのに、君の口から見殺しにしてくれなんて言われた僕の気持ちわかるかい?どれだけやるせないか、どれだけ悔しいか………」

 高ぶる感情を押さえ込むように、ルークは、大きく息を吸った。そして息をすべて吐き出せば、いつもの穏やかな表情に戻っていた。

 反対に私は爆発しそうな感情を抱えている。

 時空の監視者とやらは、デリケートな存在なんだと主張したいのだろうか。その整った顔面をおもいっきり張り倒してやりたくなる。

 .........でも、できない。だってルークがここまであからさまに怒る理由がなんとなくわかるから。

 時空の監視者というのは、言い換えれば、異世界の人間の延命治療をする人達。つまり、医者のような存在。

 医者は、救える命があるなら、躊躇することなく治療をするだろう。

 例えモデルの足だって事故でぐしゃぐしゃになれば、迷わず切断するだろうし、子供を望む女性の子宮だって必要とあれば切除する。

 それは生きてもらうために。死なせない為にすること。その先に、絶望して自殺する可能性があろうがなかろうが、命を最優先する。

 だからこの世界の基準に合わせれば、私の発言は、治療が辛いからという理由で医者に向かって殺してくれと懇願する患者のようなもの。

 単純に人の命を救う人は【いい人】だ。そしてこのルークの怒りは、この世界側から見たら【ごもっともな怒り】なのだろう。

 なら生きたくないと思う私は【悪い人】なのだろうか。いいえ、違う。私側からすれば、迷惑な行為でしかない。こうまでして生きたくはない。誰が頼んだと言いたくなる。

 この人達は神にでもなったつもりなのだろうか。

 人の生き死にも、歩んでいく人生も、誰かと誰かの繋がりさえ、自分達の手でどうこうできると思っていたるのだろうか。そんなおこがましいことを、当然のようにして良いと思っているのだろうか。

 人間には知性があって、理性があって矜持がある。だから自殺をするのは人間だけだ。そして醜いぐらい生きることに執着するのも人間だけだ。

 きっと【なんで死んじゃいけないの?】と【なんで生かしちゃいけないの?】は相反する言葉のように見えて、本当はとても近い意味を持つものなのかもしれない。

 だた、ものすごく近い場所でずっとずっと平行線を辿るものだけれど。

 それともう一つ。事実と真実は異なるものだ。常に同じではない。ルークが語るこのことが真実なら、バルドゥールが私にしたことが事実だ。

 バルドゥールは私に延命治療をするだけなら、指を舐めろなどと言わなくても良かったはずだ。わざわざ卑猥な言葉を口にしなくても良かったはずだ。

 あの時、あの人には間違いなく、自分の欲求を満たそうとしていた。私を支配下に置き、男としての欲望を吐き出していた。矛盾する現実。受け入れ難い真実。
 
 今まで一度も考えたことがなかった人間の尊厳とか、善悪の判断とか、そんな難しい単語が頭の中でぐるぐると廻って、めまいを覚えて顔を覆た。

「抱くことで君達の命を繋ぐことは、星の定めなんだ。そのことをちゃんと納得してもらってから抱こうとした監視者だっていた。でも、拒まれ続け、命を落とした人もいる。監視者自身が自責の念に囚われて、抱くことができず、見殺しにしたことだってある。反対に監視者が心を壊したことだってあるんだ」

 暗闇の中、ルークの泣き出しそうな切実な声が聞こえてきた。その瞬間、私は弾かれたように顔をあげた。

「じゃあ、聞いて良いですか?」 

 ルークは気付いていないのだろうか。今の自分の発言に矛盾があるということを。 

「でも、ルークさんは、私を抱かないって約束してくれましたよね?」

 キッとルークを挑むように睨みつけながら口を開けば、ルークは私の問いに静かに頷いた。でも目は【それで?】と言っている。だから私は更に問いを重ねた。

「私がこの世界に合わない体質なら、抱かなければ、すぐ死ぬ。それを知っているくせに、抱かないって言いましたよね?」

 表現の動かないルークに私は畳み掛けるように問いを重ねた。

「それって、つまり見殺しにするってことですよね?」
「そうだね」

 ルークはあっさりと私の言葉に頷いたけれど、自分の矛盾さを認める反省の色はない。私に対しての贖罪の色も無い。

 あるのは、自分が絶対に正しいという前提の下、冷静に私の言葉を受け止めているだけだ。そこに異世界の人間の価値観に寄り添うそぶりは一切無い。

「私がのたうち回って、死ぬ直前にあの人を、あてがうつもりでいましたか?それとも、私が気を失った後、無理矢理抱いて、自分は抱いていないって言い張る気でしたか?それとも、あの人でもルークさんでもない、他の時空の監視者に抱かせる気でしたか?………まさか、私が命乞いでもすると思っていたんですか?」

 半ばやけくそ気味にそうルークに問いを重ねても、目の前の時空の監視者の表情は動かない。普段は鬱陶しいぐらいに、くるくると表情が変わるというのに。

「………ルークさん、私の質問に答えてください」

 そう言った私の声は、苛立ちが極限に達していて震えていた。それから、長い沈黙の後、ルークは私から視線を逸らしてこう言った。

「あの時そう言ったのは、少し君たちは距離を置いた方が良いと思ったからそう言ったんだ」
「どういうことですか?」

 私達のことを思って?随分とお優しい言葉を吐いてくれるが、この言葉も私の神経逆なでしていることに気付いているのだろうか。

 荒くなる息を堪える為に唇を噛み締めれば、ルークは眉間にしわを寄せながら口を開いた。

「君に抱かないって言ったのは、間違いだった。正確に言うならば僕は君を抱けない。物理的に身体が反応しないって言った方が分かりやすいかな?」
「……………………」

 いきなり生々しい表現をされ、不快のあまりルークから目を逸らす。けれど、彼は淡々と言葉を続けた。

「君にああ言ったのは、時空の監視者は選ばれた者以外は抱けないことを教えたかったんだ。リンは僕を選んだ。だから僕はリン以外の人間とは身体を結べない。時空の監視者は、そういう生き物だって教えたかったん────」
「だから何なんですか!?」

 これ以上ルーク側の都合の良い真実を聞いていたくなくて、私は鋭い声で遮った。

「私があの人を縛り付けているって言いたいんですか?私は、彼にはっきり言いました。私はあなたを選ばないって。でも彼は私の言葉を力で打ち消そうとしました。綺麗事ばかり言うのは止めて下さい。自分たちだけが不幸みたいな言い方しないでください」

 激しい感情で泣きたくなる衝動が喉元からせり上がってきて、私は喘ぐように息をした。そうすれば、ルークは初めて後悔の色を見せた。

「............ああそうだね。ごめん。あの時僕は君がこの世界に生き続ける術を知っていて、それでもバルドゥールを困らせているように見えていたんだ。そしてバルドゥールは、君を想うあまり、周りが見えなくなっていたから、少し頭を冷やせって言いたかったんだ」

 いっそ拍手を送りたくなるくらい、清々しい程のご都合主義な言い分だった。何ていうか怒りをごっそり持っていかれたような脱力感で、力無く私は自己主張をさせてもらった。

「…………そんなことをする前に、今、私に説明していることを言って欲しかったです」
「…………だよね」

 ルークも肩を落としながら、私の言葉に素直に同意した。
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