67 / 133
◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
昨日の出来事と、今後の目標
しおりを挟む
翌日私は、バルドゥールの『頑張れ』が功を成したのか、無事ルークの屋敷に向かうことができた。いや、無事というのは、ちょっと違うかもしれない。やっとの思いでもぎ取ったという表現にした方が正しいのだろう。
でも、リンさんの見えないところで頑張ったのは、私一人だけではなかったようだ。
「………………おはよう、アカリ」
「………………おはようございます、ルークさん」
ガチャリと馬車の扉が開いた瞬間、私達は『…………』の間に、昨日、見えないところで互いに何かがあったことを瞬時に悟った。
そして、ありきたりな朝の挨拶をした後、ルークの手を借りながら馬車を降りた私は、それとなく空を見上げる。そうしないと、今、手を取ってくれるこの人に向かって、ついつい何があったかを聞き出そうとしてしまいそうだから。
見上げた空は、雲は多いけれど、雲間から青空が見えるから、辛うじて晴れと呼べる天気だろう。まるで、私の今の状況を表しているかのよう。
そう、今の私は辛うじて、リンさんの元に通える状況なのだ。そして、私の手を取ったまま、並んで歩いている軍服を着た人も、きっと辛うじて私を屋敷に招くことができる状況なのだろう。
「………あの………徹夜しましたか?」
野暮なことを聞いてはいけないと自粛したけれど、結局、我慢できなかったのは私の方だった。
そして問いかけられた軍服を着た栗色の髪の持ち主は、軽く首を横に振った。その仕種は、徹夜はしていないとも、始末書以外にも何かがあったとも受け取れる。
もし仮に後者ならば、あの後、彼を疲労困憊にさせる事があったという訳で.........。できれば前者であって欲しい。でも、残念なことに後者が正解だった。
「あの後さぁ…………」
続く言葉を聞きたくない。だって、絶対に憂鬱になる。そう思ったけれど、ルークはさらりと続きを口にした。
「とある人が戻って来たんだ」
「そ、そうですか」
「で、俺、わけがわからないうちにその人に首根っこ掴まれて、馬車に放り込まれてさぁ」
「………………」
「気付いたら、稽古場にぶち込まれていたんだ」
「ご」
結局、始末書だけでは済まされず、直接稽古も追加されてしまったルークに、思わずご愁傷様ですと言いたくなる。でも、その言葉は余りに失礼なので、慌てて飲み込んだ。
昨日、バルドゥールは仕事があると言って私を部屋に送ってくれた後、すぐに屋敷を出て行った。てっきり、カイナの小言から逃げるためだと思っていたけれど、まさかルークの屋敷に戻っていたとは驚きだ。
そしてルークが稽古場に放り込まれた以降を詳細に語らないのは、口にするのもおぞましいことを経験したからなのか、それとも私を気遣って言わないのか、はたまた、その両方だからなのだろうか。
どちらにしても、ぶっちゃけ私は聞きたくないので、どちらでも良い。でも、私の部屋を出て行こうとしたバルドゥールを全力で引き留めなかったことは後悔してしまう。次回が無いことに越したことはないけれど、もし仮にあったら、その時は全力で引き留めよう。
と、そんな風に労りと思遣りと、苦しみを共有した仲間意識の感情から、複雑な視線を向けた私に、ルークは軽く眉を上げて私に問いかけた。
「アカリの方は?」
「…………ルークさん程じゃないですが、色々と頑張りました」
そう、私もそこそこ頑張ったのだ。今後の外出に難色を示すカイナに、何としてもルークの屋敷に行きたい私は夕食をいつも以上に食べるという誠意を見せた。そして、その結果、何とか和解をすることができた。
けれど、くどくど続くカイナの小言と、心配げに見つめるリリーとフィーネの視線はどうやっても避けることはできなかった。ちなみに、3人は私が寝るまでずっと部屋に居た。
今、思い返しても…………我ながら良く耐えたと思う。
そして今日も、出かける直前に、カイナに一時間だけですよと念を押されてしまった。くどいと声を荒げなかったのは、そうしてしまったら、本当に5歳児になってしまうから。
子供扱いされるのと、まだまだ子供と認識されるのは、似て異なるものだというのは、こんな私でもちゃんと知っている。
でも、ここだけの話、自分の意のままに操ろうとしているものではなく、私の身を案じての小言は初めての経験で、実はちょっとくすぐったくて、嬉しい気持ちになってしまった。
ただそれと同じように心配を掛けるのは、とても申し訳ないことだということも教えてもらった。なので、同じ過ちは二度と繰り返すつもりはない。
それにしても不思議な気持ちだ。怒られたはずなのに、そのことを思い出すと顔が綻んでしまうなんて。こんな私をカイナが目にしたら、どんな表情を浮かべるのだろうか。
「ねえ、アカリ、倒れたって聞いたけど.........大丈夫?」
ついさっきまで、疲れた声音に乾いた笑いを含ませていたルークの口調はがらりと変わっていて、今は時空の監視者のそれだった。
驚いて見上げれば、口調と同じように心配そうに見下ろすルークに、私は少し綻んでしまった顔を引き締めて大きく頷いた。
「大丈夫です。それに、倒れてなんかいませんよ。ただ、ちょっと足に力が入らなくなって、歩けなくなっただけです。バルドゥールさんと一緒だったから誤魔化すこともできなくって.........ルークさんに迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「だけじゃないよ。それに、迷惑かけたのは、俺の方だよ」
「ん?」
てっきり、なんだなんだと安堵の表情を浮かべてくれると思ったけれど、ルークは予想に反して申し訳なさそうに俯いてしまった。
「そもそも俺が怖がらせちゃったんだから。アカリが謝ることじゃないよ」
「でも、それは────」
「でも、じゃない。本当に、バルドゥールが傍にいてくれて良かった」
私の言葉を遮って、ルークはわざと明るい声を出して、きっぱりと言いきった。
その強い口調に、この話はもう終わりにしようという思いがひしひしと伝わってくる。
確かに、ルークの言う通りだ。こうして無事、ここに来れたのだから、話をほじくり返すのは、野暮なことでしかない。
それに、この件は、どちらかが引かなければ埒が明かないもの。そして私は引くつもりはないし、ルークだってきっとそうなのだろう。
なら気持ちを切り替えて、先のことを考える方が賢明だ。そして、ルークも同じことを思ってくれていた。
「よしっ、今日から時間厳守、激しい運動は厳禁で頑張ろう」
「はいっ」
元気よく返事をした私に、ルークは大きな手で私の頭を撫でてくれた。
でも、リンさんの見えないところで頑張ったのは、私一人だけではなかったようだ。
「………………おはよう、アカリ」
「………………おはようございます、ルークさん」
ガチャリと馬車の扉が開いた瞬間、私達は『…………』の間に、昨日、見えないところで互いに何かがあったことを瞬時に悟った。
そして、ありきたりな朝の挨拶をした後、ルークの手を借りながら馬車を降りた私は、それとなく空を見上げる。そうしないと、今、手を取ってくれるこの人に向かって、ついつい何があったかを聞き出そうとしてしまいそうだから。
見上げた空は、雲は多いけれど、雲間から青空が見えるから、辛うじて晴れと呼べる天気だろう。まるで、私の今の状況を表しているかのよう。
そう、今の私は辛うじて、リンさんの元に通える状況なのだ。そして、私の手を取ったまま、並んで歩いている軍服を着た人も、きっと辛うじて私を屋敷に招くことができる状況なのだろう。
「………あの………徹夜しましたか?」
野暮なことを聞いてはいけないと自粛したけれど、結局、我慢できなかったのは私の方だった。
そして問いかけられた軍服を着た栗色の髪の持ち主は、軽く首を横に振った。その仕種は、徹夜はしていないとも、始末書以外にも何かがあったとも受け取れる。
もし仮に後者ならば、あの後、彼を疲労困憊にさせる事があったという訳で.........。できれば前者であって欲しい。でも、残念なことに後者が正解だった。
「あの後さぁ…………」
続く言葉を聞きたくない。だって、絶対に憂鬱になる。そう思ったけれど、ルークはさらりと続きを口にした。
「とある人が戻って来たんだ」
「そ、そうですか」
「で、俺、わけがわからないうちにその人に首根っこ掴まれて、馬車に放り込まれてさぁ」
「………………」
「気付いたら、稽古場にぶち込まれていたんだ」
「ご」
結局、始末書だけでは済まされず、直接稽古も追加されてしまったルークに、思わずご愁傷様ですと言いたくなる。でも、その言葉は余りに失礼なので、慌てて飲み込んだ。
昨日、バルドゥールは仕事があると言って私を部屋に送ってくれた後、すぐに屋敷を出て行った。てっきり、カイナの小言から逃げるためだと思っていたけれど、まさかルークの屋敷に戻っていたとは驚きだ。
そしてルークが稽古場に放り込まれた以降を詳細に語らないのは、口にするのもおぞましいことを経験したからなのか、それとも私を気遣って言わないのか、はたまた、その両方だからなのだろうか。
どちらにしても、ぶっちゃけ私は聞きたくないので、どちらでも良い。でも、私の部屋を出て行こうとしたバルドゥールを全力で引き留めなかったことは後悔してしまう。次回が無いことに越したことはないけれど、もし仮にあったら、その時は全力で引き留めよう。
と、そんな風に労りと思遣りと、苦しみを共有した仲間意識の感情から、複雑な視線を向けた私に、ルークは軽く眉を上げて私に問いかけた。
「アカリの方は?」
「…………ルークさん程じゃないですが、色々と頑張りました」
そう、私もそこそこ頑張ったのだ。今後の外出に難色を示すカイナに、何としてもルークの屋敷に行きたい私は夕食をいつも以上に食べるという誠意を見せた。そして、その結果、何とか和解をすることができた。
けれど、くどくど続くカイナの小言と、心配げに見つめるリリーとフィーネの視線はどうやっても避けることはできなかった。ちなみに、3人は私が寝るまでずっと部屋に居た。
今、思い返しても…………我ながら良く耐えたと思う。
そして今日も、出かける直前に、カイナに一時間だけですよと念を押されてしまった。くどいと声を荒げなかったのは、そうしてしまったら、本当に5歳児になってしまうから。
子供扱いされるのと、まだまだ子供と認識されるのは、似て異なるものだというのは、こんな私でもちゃんと知っている。
でも、ここだけの話、自分の意のままに操ろうとしているものではなく、私の身を案じての小言は初めての経験で、実はちょっとくすぐったくて、嬉しい気持ちになってしまった。
ただそれと同じように心配を掛けるのは、とても申し訳ないことだということも教えてもらった。なので、同じ過ちは二度と繰り返すつもりはない。
それにしても不思議な気持ちだ。怒られたはずなのに、そのことを思い出すと顔が綻んでしまうなんて。こんな私をカイナが目にしたら、どんな表情を浮かべるのだろうか。
「ねえ、アカリ、倒れたって聞いたけど.........大丈夫?」
ついさっきまで、疲れた声音に乾いた笑いを含ませていたルークの口調はがらりと変わっていて、今は時空の監視者のそれだった。
驚いて見上げれば、口調と同じように心配そうに見下ろすルークに、私は少し綻んでしまった顔を引き締めて大きく頷いた。
「大丈夫です。それに、倒れてなんかいませんよ。ただ、ちょっと足に力が入らなくなって、歩けなくなっただけです。バルドゥールさんと一緒だったから誤魔化すこともできなくって.........ルークさんに迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「だけじゃないよ。それに、迷惑かけたのは、俺の方だよ」
「ん?」
てっきり、なんだなんだと安堵の表情を浮かべてくれると思ったけれど、ルークは予想に反して申し訳なさそうに俯いてしまった。
「そもそも俺が怖がらせちゃったんだから。アカリが謝ることじゃないよ」
「でも、それは────」
「でも、じゃない。本当に、バルドゥールが傍にいてくれて良かった」
私の言葉を遮って、ルークはわざと明るい声を出して、きっぱりと言いきった。
その強い口調に、この話はもう終わりにしようという思いがひしひしと伝わってくる。
確かに、ルークの言う通りだ。こうして無事、ここに来れたのだから、話をほじくり返すのは、野暮なことでしかない。
それに、この件は、どちらかが引かなければ埒が明かないもの。そして私は引くつもりはないし、ルークだってきっとそうなのだろう。
なら気持ちを切り替えて、先のことを考える方が賢明だ。そして、ルークも同じことを思ってくれていた。
「よしっ、今日から時間厳守、激しい運動は厳禁で頑張ろう」
「はいっ」
元気よく返事をした私に、ルークは大きな手で私の頭を撫でてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる