監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

昨日の出来事と、今後の目標

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 翌日私は、バルドゥールの『頑張れ』が功を成したのか、無事ルークの屋敷に向かうことができた。いや、無事というのは、ちょっと違うかもしれない。やっとの思いでもぎ取ったという表現にした方が正しいのだろう。

 でも、リンさんの見えないところで頑張ったのは、私一人だけではなかったようだ。


「………………おはよう、アカリ」
「………………おはようございます、ルークさん」

 ガチャリと馬車の扉が開いた瞬間、私達は『…………』の間に、昨日、見えないところで互いに何かがあったことを瞬時に悟った。

 そして、ありきたりな朝の挨拶をした後、ルークの手を借りながら馬車を降りた私は、それとなく空を見上げる。そうしないと、今、手を取ってくれるこの人に向かって、ついつい何があったかを聞き出そうとしてしまいそうだから。

 見上げた空は、雲は多いけれど、雲間から青空が見えるから、辛うじて晴れと呼べる天気だろう。まるで、私の今の状況を表しているかのよう。

 そう、今の私は辛うじて、リンさんの元に通える状況なのだ。そして、私の手を取ったまま、並んで歩いている軍服を着た人も、きっと辛うじて私を屋敷に招くことができる状況なのだろう。

「………あの………徹夜しましたか?」

 野暮なことを聞いてはいけないと自粛したけれど、結局、我慢できなかったのは私の方だった。

 そして問いかけられた軍服を着た栗色の髪の持ち主は、軽く首を横に振った。その仕種は、徹夜はしていないとも、始末書以外にも何かがあったとも受け取れる。

 もし仮に後者ならば、あの後、彼を疲労困憊にさせる事があったという訳で.........。できれば前者であって欲しい。でも、残念なことに後者が正解だった。

「あの後さぁ…………」

 続く言葉を聞きたくない。だって、絶対に憂鬱になる。そう思ったけれど、ルークはさらりと続きを口にした。

「とある人が戻って来たんだ」
「そ、そうですか」
「で、俺、わけがわからないうちにその人に首根っこ掴まれて、馬車に放り込まれてさぁ」
「………………」
「気付いたら、稽古場にぶち込まれていたんだ」
「ご」

 結局、始末書だけでは済まされず、直接稽古も追加されてしまったルークに、思わずご愁傷様ですと言いたくなる。でも、その言葉は余りに失礼なので、慌てて飲み込んだ。

 昨日、バルドゥールは仕事があると言って私を部屋に送ってくれた後、すぐに屋敷を出て行った。てっきり、カイナの小言から逃げるためだと思っていたけれど、まさかルークの屋敷に戻っていたとは驚きだ。

 そしてルークが稽古場に放り込まれた以降を詳細に語らないのは、口にするのもおぞましいことを経験したからなのか、それとも私を気遣って言わないのか、はたまた、その両方だからなのだろうか。

 どちらにしても、ぶっちゃけ私は聞きたくないので、どちらでも良い。でも、私の部屋を出て行こうとしたバルドゥールを全力で引き留めなかったことは後悔してしまう。次回が無いことに越したことはないけれど、もし仮にあったら、その時は全力で引き留めよう。

 と、そんな風に労りと思遣りと、苦しみを共有した仲間意識の感情から、複雑な視線を向けた私に、ルークは軽く眉を上げて私に問いかけた。

「アカリの方は?」
「…………ルークさん程じゃないですが、色々と頑張りました」

 そう、私もそこそこ頑張ったのだ。今後の外出に難色を示すカイナに、何としてもルークの屋敷に行きたい私は夕食をいつも以上に食べるという誠意を見せた。そして、その結果、何とか和解をすることができた。

 けれど、くどくど続くカイナの小言と、心配げに見つめるリリーとフィーネの視線はどうやっても避けることはできなかった。ちなみに、3人は私が寝るまでずっと部屋に居た。

 今、思い返しても…………我ながら良く耐えたと思う。

 そして今日も、出かける直前に、カイナに一時間だけですよと念を押されてしまった。くどいと声を荒げなかったのは、そうしてしまったら、本当に5歳児になってしまうから。

 子供扱いされるのと、まだまだ子供と認識されるのは、似て異なるものだというのは、こんな私でもちゃんと知っている。

 でも、ここだけの話、自分の意のままに操ろうとしているものではなく、私の身を案じての小言は初めての経験で、実はちょっとくすぐったくて、嬉しい気持ちになってしまった。

 ただそれと同じように心配を掛けるのは、とても申し訳ないことだということも教えてもらった。なので、同じ過ちは二度と繰り返すつもりはない。

 それにしても不思議な気持ちだ。怒られたはずなのに、そのことを思い出すと顔が綻んでしまうなんて。こんな私をカイナが目にしたら、どんな表情を浮かべるのだろうか。

「ねえ、アカリ、倒れたって聞いたけど.........大丈夫?」

 ついさっきまで、疲れた声音に乾いた笑いを含ませていたルークの口調はがらりと変わっていて、今は時空の監視者のそれだった。
 
 驚いて見上げれば、口調と同じように心配そうに見下ろすルークに、私は少し綻んでしまった顔を引き締めて大きく頷いた。

「大丈夫です。それに、倒れてなんかいませんよ。ただ、ちょっと足に力が入らなくなって、歩けなくなっただけです。バルドゥールさんと一緒だったから誤魔化すこともできなくって.........ルークさんに迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「だけじゃないよ。それに、迷惑かけたのは、俺の方だよ」
「ん?」

 てっきり、なんだなんだと安堵の表情を浮かべてくれると思ったけれど、ルークは予想に反して申し訳なさそうに俯いてしまった。

「そもそも俺が怖がらせちゃったんだから。アカリが謝ることじゃないよ」
「でも、それは────」
「でも、じゃない。本当に、バルドゥールが傍にいてくれて良かった」

 私の言葉を遮って、ルークはわざと明るい声を出して、きっぱりと言いきった。

 その強い口調に、この話はもう終わりにしようという思いがひしひしと伝わってくる。

 確かに、ルークの言う通りだ。こうして無事、ここに来れたのだから、話をほじくり返すのは、野暮なことでしかない。

 それに、この件は、どちらかが引かなければ埒が明かないもの。そして私は引くつもりはないし、ルークだってきっとそうなのだろう。

 なら気持ちを切り替えて、先のことを考える方が賢明だ。そして、ルークも同じことを思ってくれていた。

「よしっ、今日から時間厳守、激しい運動は厳禁で頑張ろう」
「はいっ」

 元気よく返事をした私に、ルークは大きな手で私の頭を撫でてくれた。
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