監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

ルークからの提案②

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 突拍子もないルークの提案は私にとって何一つメリットがないような気がする。でも今日、彼がわざわざここに来たのは、これを持ちかける為で……。

 即断したいのは山々だけれど、ひとまず彼の話を全部聞いてみることにした。

「正直言ってロクな話じゃなさそうですが、一応聞くだけ聞いてみることにします」
「………うわぁ-丁寧語でキツイこと言うねー。ま、いいや。あのね、異世界の人間を受け持つのは、時空の監視者に与えられた役割ってことは、もう知ってるよね。で、これは言ってなかったけど、君は時空の監視者を選べる権利があるんだ」
「……………そうなんですか」

 なぜそれをすぐに言わなかったと、ジト目で睨んだけれど、ルークは私の怒りを抑えるように、まぁまぁと言いながら両手を振る。

 子供の駄々をなだめるような仕草にイラッとするけれど、ひとまず続きを目で促すことにした。

「言っておくけど、これを言わなかったのは、別に意地悪じゃないよ。バルドゥールは僕の上官にあたる人間。ついでに言えばバルドゥールより、上位の人間はいない。だから彼が適任だと思っていたんだ───……って、ごめんごめん。そう睨まないで」

 睨むだけで済んでいることに、むしろ感謝をして欲しい。

 本当になぜそれを早く言ってくれなかったんだ。彼とは初対面ではない。2回目に会った時に私にそれを伝えることはできたはず。なのに、言わなかった。それを悪意と呼ばず、何と言おう。

 ついでに言えば、2回目に顔を会わせた時、私は不機嫌なんてものじゃない程、不機嫌だった。でもルークは、息の根を止めたくなるような、爽やかな笑顔で自己紹介をした。そのことは私は一生忘れない。

 そんなふうに、つらつら恨み節が出てくる。が、ルークはそれに気付いているはずなのに、さらりと無視して再び口を開いた。

「で、時空の監視者はバルドゥール以外にもいる。でもきっと君は、抱かれるなら誰でも同じだと思うだろうね。………あ、そこは速攻で頷くんだ。うん、予想通りだね。でも聞いて、僕は他の時空の監視者とは違う。だから、僕を選べばいい。なぜかというと、ね.........」

 そこでルークは、急に真面目な顔になった。

「僕は君を抱かない」

 きっぱりと言い切ったルークに息を呑む。そんな私に構わず彼は、更に言葉を重ねた。

「君が誰にも抱かれたくないなら、僕は君を無理矢理、抱いたりしない。約束する」
「…………本当に?」

 恐る恐る問うた私に、ルークは力強く頷いた。

「約束する。何なら君に護身用の武器でも渡そうか?僕が居る時にずっと鞘を抜いて、刃を向けていたってかまわないよ」

 それは口約束ではなかった。ルークは懐から短剣を取り出して、私の膝に放り投げた。

「こっちの方が安心かもしれないけど、君にはちょっと扱いにくいから」

 ルークは自分の腰に差していた剣を軽く叩きながら、私に同意を求めた。

 もちろん私としても、こんな扱いにくいファンタジーの世界で使われる剣より、使い勝手のよさそうな短剣の方がありがたい。
 
 そういうことで、同意することを伝え、さっそく膝の上に置かれた短剣の鞘を抜いてみる。良く切れそうだ。服も、皮膚も、肉も。

「但し、条件がある。これを自殺に使わないで」

 読まれていた。ぐっと言葉が詰まった私に、ルークは短剣を指さしながら口を開いた。

「この短剣、一応僕の宝物なんだ。さすがにそれで死んでもらうと、僕もいい気分にはならないから」

 それは確かに気分が悪いだろう。

「……わかりました」

 そして短い時間で考える。ルークと共に過ごすという選択は正しいのかどうかを。といっても、これからもバルドゥールの元に留まるという選択肢は端から無い。

 私が悩んでいるのは、ルーク以外の時空の管理者の元へ行くか、行かないか。それだけだ。

 本音を言えば、ルークの元で過ごすことも嫌だ。

 あれだけの事をされたのだ。あっさりと手のひらを返したように、彼を信用することはできない。でも、彼は私を抱かないと約束してくれた。………これはものすごく心がぐらつく。

 そんなわけで、私は彼を選定すべく質問をした。

「ルークさん以外に、私を抱かないでいてくれる時空の監視者っていますか?」
「いないよ」
「………それ、本当ですか?」
「そんなに疑うなら、他の人を選べば良いよ。で、実際どうなのか試してみれば良い。それから僕を選んだってかまわないよ」

 そう言われてしまえば、妙に説得力がある。ここは信用するしかない。なら、抱かれないというのは最低条件だけれど、もう一つ約束を貰わないと、ルークを選ぶことはできない。

「ルークさんは、私を殴ったりしませんか?」
「約束する。絶対に殴らない。ついでに言えば、君に用意する部屋は窓に鉄格子はないよ」

 最後の一言にものすごく惹かれた。
 
 抱かれない、殴られない、鉄格子が無い。これは、今の私において、なかなか好条件だ。いや、かなりの好条件だ。これは決断するしかない。

 私は一旦、ルークの短剣を膝に置き姿勢を正した。

「私、ルークさんを選びます」

 ぺこりと頭を下げた私に、ルークは満足そうに顔をほころばせた。そして、握手を求めるように手を差し伸べてきた。けれど、その手は無視させていただく。

 何事も最初が肝心だ。極力、彼らの言いなりには、ならないようにする。

 扱いやすいなどと思われては、約束をあっさりと破られそうだから。それに必要以上に彼らに触れたくないのも本音。

 という理由で、すまし顔で両手を掛布の中にしまい込んだ私に、ルークは苦笑を漏らしたけれど、執拗に求めることはしなかった。

「えっと……じゃ、これからよろしく。ああ、バルドゥールには、僕から伝えておくから」

 そうしてもらえるとありがたい私は、これもまた素直に頷いた。




 

 ────今思えば、ルークはあの時、穏便に済むなど一言も言わなかった。

 それについてちょっと懸念があった。

 そしてその懸念は的中してしまった。けれど、あの時は浮かれていて、馬鹿な私は、それに気付くことができなかった。
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