監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

♪ただ一つの願い

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 戸惑う私の気持ちを知ってか知らずか、バルドゥールは私の腰を掴み、更に私の中を圧迫していく。そしてそれに応えるかのように、身体の奥から熱いものが溢れてくる。

「………やめて、お願い」

 いつの間にか夜着を脱がされた私とは逆に、いっさい着衣を乱していない朱色の髪の獣に手を伸ばし、ぎゅっと袖を掴んで懇願する。

 これ以上、かき乱さないで、私の心までも食い荒らさないで。そう言葉にできない想いを、必死に目で訴える。

 そうすれば一瞬だけ、彼の動きが止まった。

「怖がる必要などない。何も考えるな。ただ、俺に身を委ねていろ」

 その言葉に弾かれたように首を左右に振る。

 嫌だ、怖い。一度は止まった涙が再び溢れ、頬を伝う。くしゃりと歪めた顔を見られたくなくて顔を覆ったけれど、再び彼は動き出した。

 そして彼は嗚咽を堪えることができない私の中に、今日もまた欲望を吐き出した。

 


 揺蕩う意識の中で、パチリと何かが爆ぜる音が聞こえる。次いで、自分はバルドゥールに抱かれた後、泣き疲れてそのまま眠ってしまったことを思い出した。

 そっと瞼を開けてみたけれど、身体は鉛のように重くて半身を起こすことは難しい。

 でも、もう一度眠ることができそうにないので、シーツに顔を半分埋めた状態で見るともなしに辺りを伺う。
 
 そこでまず初めに気付いたのは、ついさっき目にした光景より、幾分か明るいこと。それから心なしか室内が暖かいことにも気付く。

 すこし首を持ち上げて周囲を探れば、壁の隅にゆらゆらと、ゆらめく炎が見える。ああ、この世界にも暖炉というものがあったのか。そして、自分は暖炉の薪が爆ぜる音で目を覚ましたようだ。

 煖炉の低い焔が、部屋全体をぼんやり赤く照している。そのお陰で、ここがどうやら、屋敷とは到底呼べない粗末な小屋であることを知った。
 
 そしてこの粗末な小屋は、名の通り狭い。部屋全体を見渡す前に、すぐにバルドゥールが視界に入った。

 彼は入口と思われる扉の前にある椅子に腰かけ、腕を組み目を閉じていた。多分、私が逃亡することを警戒して、そこにいるのだろう。そのあからさまな態度に、舌打ちをしたくなる。

 そんなに逃がしたくないなら、今、私の身体に掛けてある自分の上着で拘束でもしておけば良いのに。中途半端な優しさが無性に腹が立つ。

 ご都合主義の彼の姿を自分の視界に入れたくなくて、持ち上げていた首を元に戻せば、スプリングが小さく軋む。そして目ざとくその音を拾ったバルドゥールは、すぐに目を開けこちらを向いた。

「起きていたのか?」

 ついさっき、さんざん私をいたぶっていたとは思えない、当たり障りのない世間話でもするような口調だった。もちろんバルドゥールの問いに答える義理のない私は無視を決め込む。

「部屋が寒くて寝れないのか?」

 …………的外れにも程がある。

 あなたが居なければ、そして、もう一生会うことが無ければ、それはそれは安眠できると思います。そうはっきりと口にできたら、どんなに良いだろう。

 けれど、ここは密閉された空間だ。出口をバルドゥールに塞がれている以上、そんなことを言えば、自らを破滅に追い込むようなもの。

 そんなことを無言のまま考えいたら、バルドゥールは立ち上がりこちらへと近づいてきた。でも、私に言葉をかけることはしない。ただじっと見つめるだけ。

 暖炉の炎は揺らめいて、部屋全体がまるで海に浮かぶ小舟のよう。なのに、彼だけは陸にいるかのように落着いている。

 私は、そんな彼の心を知りたくて、見えない文字で書かれたメッセージを読み取ろうと必死に表情を見つめてみる。.........けれど、何も読み取ることはできなかった。

「.........ねぇ、あなたは何を私に望んでいるの?」

 根負けして先に口を開いたのは私だった。

 ずっとずっと聞きたかった。そうまでして彼が私に執着する理由が未だにわからなかったから。

 私は自分が異性に興味を持たれる容姿ではないことは自覚している。

 おまけに彼に媚びの一つすら売ろうとはしていない。だから最初はただ、異世界の人間が物珍しいから、そして、抱ける権利があるからそれを存分に行使しているだけだと思っていた。

 でも、逃げ出した私を追いかけ、あんな悲しく切ない声を向けるのかが理解できなかった。

 私を凌辱する彼と、置いていくなと私に悲痛な言葉をかける彼、どちらが本当のバルドゥールなのだろう。今、私はそれをものすごく知りたかった。けれど────。

「お前は、何を望んでいる?」

 掠れた声でそう問えば、質問で返されてしまった。
 
 ああ、この人は自分の心を見せる気は、さらさら無いようだ。彼に向けていた小さな心の灯が、蝋燭の火を吹き消すように煙となる。

 なら、もう本当に、どうでも良い。

 親に捨てられ、お金をむしり取られ、自分の醜い未来を見せつけられ自殺を図っても、私はまだ汚れていない部分があった。けれど、もうそれすら自分から手放そうとしている。
 
 いつか、本当にバルドゥールから与えられる快楽に溺れ、彼を自分から求めてしまうかもしれない。

 ほんの少し前に、抱かれるくらいなら死んだ方がマシだ。そう言った自分すら無かったことにして。

 これは最悪な状況を、まさかと思うことを、想像しているのではない。きっとそうなるだろうという確信が持てるものだ。

 そんな私の願いは一つだけだ。

「死にたい。もし死ねないのなら、私を殺して」
「……そうか」

 血を吐く様な思いで望みを口にすれば、バルドゥールは更に私に近づき、ベッドの端に腰を下ろした。

 そして、手を伸ばし私の髪を撫でる。壊れ物を扱うかのように、いたわりさえ感じられる優しい手つきで。でも、次に口から出た言葉は真逆のものだった。

「なら、二度とそんなことを言えないよう身体に言い聞かせるしかないな」

 バルドゥールが真面目な顔でそう言った。そしてその言葉通り、私に覆いかぶさりながら、膝裏に手を伸ばす。

 普段なら、一度欲望を吐き出せばそれで済んだ。でも、私の膝を割ったということは二度目があるということ。

 これから始まる恐怖で、自分が唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。

 ああ……間違いなくバルドゥールは、私を快楽の先まで連れて行くのだろう。
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