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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
ルークが私に伝えたかったこと
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ルークのリンさんに向かう気持ちは愛じゃない。
そう喉までせり上がった言葉を飲み込んだ。だってそれは、愛されることを知っている人が吐いて良い台詞だということに気付いたから。
私は最初に受けることができる母親の愛情すら感じることができなかった。いや、愛しているという言葉は何度も何度も耳にしていた。でも、そこには温もりはなかった。
そんな私が、他人にどうこう口を出して良いものだろうか。でも、一つだけわかる。ルークの愛しているという言葉と、母親の愛しているという言葉は違うということを。
「………君にはこの気持ちが愛情じゃないって言いたいんだろうね」
ズバリ指摘され、取り繕うことすらできない私を捨て置いて、ルークは静かに立ち上がった。
「僕だってわかっている。リンに向かう気持ちが、歪なものだということぐらいはね。でも、この感情に付ける名前が見つからない。だから、何て呼べばいいかわからないんだ。一番近い感情が、愛という言葉ってだけなんだ」
ルークはリンさんの元まで歩きながら、そう言葉を紡ぐ。
釣られる様に私も視線を向ければ、リンさんは目を閉じていた。多分、歌い疲れて眠ってしまったのだろう。
気付けば、もう夕方だった。
西に傾いた金色の陽の光を受けながら眠るリンさんは、とても無防備で、不安なことも辛いことも、今まで一度も味わったことがないと思えるような安らかな寝顔だった。
反対にそんなリンさんをじっと見つめるルークは、一途に思い詰めていて、そんな二人を見ている私は心が焼けるように痛かった。
リンさんはルークに無理矢理に生かされていて、この屋敷に閉じ込められているはずなのに、まるでルークの方がリンさんに囚われているように思えてしまう。
「………僕はね、過ちを犯したと思っている。それが何かは、多すぎて一言では言い切れない。でも君はそれを全部言わなくても、もう気付いているよね?それを踏まえて、敢えて言わせて。僕は、君にリンと同じような運命をたどって欲しくない」
そう言って振り返ったルークの瞳は、ついさっき記憶の底から浮かび上がった施設のお兄さんのように凪いでいた。
ああ、そうか。きっとこういう瞳をする時は、自分の辛い過去や過ちを糧にして、同じ轍を踏んで欲しくない。そう伝える時に浮かべる色なのだ。
それに気付いた私は、最後に残った【どうして】をルークにぶつけてみた。
「だから、今日、私にリンさん会わせたんですか?」
「うん。それもあるよ。………ごめん。本当はそれは半分で残りは僕の打算」
「どんな打算なんですか?」
すかさず問うた私に、ルークは気まずそうに頬を掻きながらこう言った。
「リンが君を見たら、もしかして、戻ってきてくれるかもって思ったんだ」
利用してごめんね。そうルークは済まなさそうに頭を下げたけれど、私は静かに首を横に振った。
「リンさんが元に戻ってくれたら、私も嬉しいです。だから、それは打算じゃないです」
「ははっ。面白いことを言うね。君を利用しようとしたのに?」
「された当人が、そうじゃないって思えば、利用してないですよ」
真面目に答えたつもりだったけれど、ルークは何故かぷっと吹き出した後、泣きそうに顔を歪めた。
「………君は優しい子だったんだね。そうだ、そうだった。ちゃんと、ありがとうを言える子だったんだよね。それなのに僕は、君を理解しようとしてなかった。………本当に、あの時は、ごめん。自由を与えるなんて言って、外の世界に放り出して。苦しかっただろ?怖かっただろ?」
ルークが描いていた、私という人物像に、少々………いや、かなり引っかかりを覚えたけれど、私は今回も静かに首を横に振った。
あの時、外に出たのは自分の意志だった。
多分、どうあっても外に出たかったし、きっと元の世界に戻れないという説明を聞いたところで納得なんかしなかった。絶対に痛い思いをしなければ、私は理解できないことだったのだ。
そんなことを考えていたら、ルークの水色の瞳が今にも泣きそうに揺れていた。
大の大人に泣かれるのは、どんな理由であれ、いたたまれない気持ちにさせる。そういう訳で、できれば、というか絶対に、ご遠慮願いたい。
「ルークさ───」
「あのね、僕の中では一通り、君への説明が終わったと思っている」
私の言葉を遮って、ルークにそう言われてしまえば、今度は私の方が考えてしまう。
確かにずっと抱えていた【どうして】は、大方説明を受けた。時空の監視者の存在とか、力のこととか、この世界のこととか、今日私をリンさんに引き合わせた理由とか。
残るどうしては、バルドゥール自身のこと。それについては、きっと彼本人に確認しなければわからないこと。
聞き忘れが無いか、聞いても良いことなのか、ゆっくり頭の中で選別してから、私はルークの言葉に頷いた。
そうすれば、ルークは硬く目を瞑った後、静かに口を開いた。
「それでね、今更だけど、僕が君に向かう気持ちを伝えても良いかな?」
「………ど、どうぞ」
おずおずと頷けば、ルークは胸を締め付ける悲しそうな、それでいてとても幸福そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「君にとったらここは悪夢の始まりか、悲劇なのかもしれないけれど、僕はね、君に巡り合えて、心から嬉しい。今こうして言葉を交わせることを、神に感謝している。不自由で残酷で、君にとって何一つ優しくない世界になのに、ここに居てくれて………ありがとう」
飾らないその言葉は、なぜか私の胸にすとんと落ちてきた。
それはきっとルークが自分の過ちを認めていて、私を個として認めてくれて、そして私がこの世界を未だに拒んでいることを全て知っていての言葉だからだろう。
今でもこの世界は最悪だと思う。説明を聞いた今でも普通に生きたいという願いを捨てきれないでいる。リンさんを壊したルークに対して憎しみを捨てきれないでいる。
でも、ただの私という存在を、ありがとうという言葉で迎え入れてくれた人の言葉を踏みにじりたくはない。
腫れも引いていない赤紫色の頬で、痛む素振りもみせず、ずっと私の為にしゃべり続けてくれた事実を否定してはいけない。
……でも、はいそうですかと素直に受け入れることもできない。
その結果、私は少しズレた憎まれ口のような言葉を吐いてしまった。
「………てっきり、ルークさんが私をここに連れてきたのは、あの人が私を捨てて、ルークさんに押し付けたからだと思っていました」
瞬間、ルークは弾かれたように私の肩を掴んだ。
「それは絶対にないよ。はっきり言うけど、あいつは君を見殺しになんてしない。見捨てるなんて、考えもしない。そしてこれからも、君がどんなに嫌がっても拒んでも抱き続ける。これは断言する。………それはきっと君には苦痛でしかない。それも分かっている」
ルークは私の肩を掴んだまま、椅子に腰かけている私を覗き込むように膝を折った。
「アイツに抱かれるまで、まだ数日あるね。一度ゆっくり考えてみると良い。そして、今日みたいにちゃんと思っていることを、バルドゥールにぶつけた方が良い」
「無理です」
即答した私にルークは、あぁーっと肩をがっくりと落とした。それは、どうやっても泣き止んでくれない子供を抱えて途方に暮れているそんな表情だった。
聞き分けが無いと思われてしまったた私は、慌てて弁解する。
「勝手な決めつけて言ってるわけじゃないです。あの、一応、あの人と話をしようとしたんです」
そう言えばルークは、今日一番驚いた顔をした。
まじまじと私を見つめているけれど、無言のまま。多分、これこそ言葉を失うという表現が正しいのだろう。
「これでも2回チャレンジしてみました。でも、あの人には私の言葉は届かないようです」
「………そっか」
そう頷いた後ルークは、片手で顔を覆って、あのバカと小さく呟いた。それは誰に向けての言葉なのかは聞かなくてもわかるので、黙っておく。
けれど、ルークはすぐに片手を顔から外して私に視線を向けた。
「それでも、最後にもう一度だけ、向き合って欲しいって思っている。これは僕の押し付けになるかな?」
「押し付けというよりは、無茶ぶりですね」
溜息交じりにそう言えば、ルークは、だよねーっと言って苦笑した。
今日何度も耳にしたその言葉だけれど、一番、気持ちが込められていることに複雑な気持ちになる。
でも心の中ではわかっている。
私がまだ抱えている、どうして?を自分から捨てない限り、バルドゥールに問わなければ、いつまで経っても答えが見つからないということも。
そして私は、そのどうしてを自分から捨てる気はない。
自分が取るべき行動は見えているけれど、そうしたくはない。なら、どうすれば良いのだろう。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか俯いてしまった私の頭上から、ルークの優しい声音が聞こえてきた。
「ゆっくり考えて、それでも生きていたくないという答えが出たなら………もしくは、バルドゥールが君の話を聞かなかったなら、簡単に死ねる方法があるよ」
「え!?」
驚いて顔を上げた私に、ルークはこう言った。
「君が、バルドゥールを殺せばいいんだ」と。
そう喉までせり上がった言葉を飲み込んだ。だってそれは、愛されることを知っている人が吐いて良い台詞だということに気付いたから。
私は最初に受けることができる母親の愛情すら感じることができなかった。いや、愛しているという言葉は何度も何度も耳にしていた。でも、そこには温もりはなかった。
そんな私が、他人にどうこう口を出して良いものだろうか。でも、一つだけわかる。ルークの愛しているという言葉と、母親の愛しているという言葉は違うということを。
「………君にはこの気持ちが愛情じゃないって言いたいんだろうね」
ズバリ指摘され、取り繕うことすらできない私を捨て置いて、ルークは静かに立ち上がった。
「僕だってわかっている。リンに向かう気持ちが、歪なものだということぐらいはね。でも、この感情に付ける名前が見つからない。だから、何て呼べばいいかわからないんだ。一番近い感情が、愛という言葉ってだけなんだ」
ルークはリンさんの元まで歩きながら、そう言葉を紡ぐ。
釣られる様に私も視線を向ければ、リンさんは目を閉じていた。多分、歌い疲れて眠ってしまったのだろう。
気付けば、もう夕方だった。
西に傾いた金色の陽の光を受けながら眠るリンさんは、とても無防備で、不安なことも辛いことも、今まで一度も味わったことがないと思えるような安らかな寝顔だった。
反対にそんなリンさんをじっと見つめるルークは、一途に思い詰めていて、そんな二人を見ている私は心が焼けるように痛かった。
リンさんはルークに無理矢理に生かされていて、この屋敷に閉じ込められているはずなのに、まるでルークの方がリンさんに囚われているように思えてしまう。
「………僕はね、過ちを犯したと思っている。それが何かは、多すぎて一言では言い切れない。でも君はそれを全部言わなくても、もう気付いているよね?それを踏まえて、敢えて言わせて。僕は、君にリンと同じような運命をたどって欲しくない」
そう言って振り返ったルークの瞳は、ついさっき記憶の底から浮かび上がった施設のお兄さんのように凪いでいた。
ああ、そうか。きっとこういう瞳をする時は、自分の辛い過去や過ちを糧にして、同じ轍を踏んで欲しくない。そう伝える時に浮かべる色なのだ。
それに気付いた私は、最後に残った【どうして】をルークにぶつけてみた。
「だから、今日、私にリンさん会わせたんですか?」
「うん。それもあるよ。………ごめん。本当はそれは半分で残りは僕の打算」
「どんな打算なんですか?」
すかさず問うた私に、ルークは気まずそうに頬を掻きながらこう言った。
「リンが君を見たら、もしかして、戻ってきてくれるかもって思ったんだ」
利用してごめんね。そうルークは済まなさそうに頭を下げたけれど、私は静かに首を横に振った。
「リンさんが元に戻ってくれたら、私も嬉しいです。だから、それは打算じゃないです」
「ははっ。面白いことを言うね。君を利用しようとしたのに?」
「された当人が、そうじゃないって思えば、利用してないですよ」
真面目に答えたつもりだったけれど、ルークは何故かぷっと吹き出した後、泣きそうに顔を歪めた。
「………君は優しい子だったんだね。そうだ、そうだった。ちゃんと、ありがとうを言える子だったんだよね。それなのに僕は、君を理解しようとしてなかった。………本当に、あの時は、ごめん。自由を与えるなんて言って、外の世界に放り出して。苦しかっただろ?怖かっただろ?」
ルークが描いていた、私という人物像に、少々………いや、かなり引っかかりを覚えたけれど、私は今回も静かに首を横に振った。
あの時、外に出たのは自分の意志だった。
多分、どうあっても外に出たかったし、きっと元の世界に戻れないという説明を聞いたところで納得なんかしなかった。絶対に痛い思いをしなければ、私は理解できないことだったのだ。
そんなことを考えていたら、ルークの水色の瞳が今にも泣きそうに揺れていた。
大の大人に泣かれるのは、どんな理由であれ、いたたまれない気持ちにさせる。そういう訳で、できれば、というか絶対に、ご遠慮願いたい。
「ルークさ───」
「あのね、僕の中では一通り、君への説明が終わったと思っている」
私の言葉を遮って、ルークにそう言われてしまえば、今度は私の方が考えてしまう。
確かにずっと抱えていた【どうして】は、大方説明を受けた。時空の監視者の存在とか、力のこととか、この世界のこととか、今日私をリンさんに引き合わせた理由とか。
残るどうしては、バルドゥール自身のこと。それについては、きっと彼本人に確認しなければわからないこと。
聞き忘れが無いか、聞いても良いことなのか、ゆっくり頭の中で選別してから、私はルークの言葉に頷いた。
そうすれば、ルークは硬く目を瞑った後、静かに口を開いた。
「それでね、今更だけど、僕が君に向かう気持ちを伝えても良いかな?」
「………ど、どうぞ」
おずおずと頷けば、ルークは胸を締め付ける悲しそうな、それでいてとても幸福そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「君にとったらここは悪夢の始まりか、悲劇なのかもしれないけれど、僕はね、君に巡り合えて、心から嬉しい。今こうして言葉を交わせることを、神に感謝している。不自由で残酷で、君にとって何一つ優しくない世界になのに、ここに居てくれて………ありがとう」
飾らないその言葉は、なぜか私の胸にすとんと落ちてきた。
それはきっとルークが自分の過ちを認めていて、私を個として認めてくれて、そして私がこの世界を未だに拒んでいることを全て知っていての言葉だからだろう。
今でもこの世界は最悪だと思う。説明を聞いた今でも普通に生きたいという願いを捨てきれないでいる。リンさんを壊したルークに対して憎しみを捨てきれないでいる。
でも、ただの私という存在を、ありがとうという言葉で迎え入れてくれた人の言葉を踏みにじりたくはない。
腫れも引いていない赤紫色の頬で、痛む素振りもみせず、ずっと私の為にしゃべり続けてくれた事実を否定してはいけない。
……でも、はいそうですかと素直に受け入れることもできない。
その結果、私は少しズレた憎まれ口のような言葉を吐いてしまった。
「………てっきり、ルークさんが私をここに連れてきたのは、あの人が私を捨てて、ルークさんに押し付けたからだと思っていました」
瞬間、ルークは弾かれたように私の肩を掴んだ。
「それは絶対にないよ。はっきり言うけど、あいつは君を見殺しになんてしない。見捨てるなんて、考えもしない。そしてこれからも、君がどんなに嫌がっても拒んでも抱き続ける。これは断言する。………それはきっと君には苦痛でしかない。それも分かっている」
ルークは私の肩を掴んだまま、椅子に腰かけている私を覗き込むように膝を折った。
「アイツに抱かれるまで、まだ数日あるね。一度ゆっくり考えてみると良い。そして、今日みたいにちゃんと思っていることを、バルドゥールにぶつけた方が良い」
「無理です」
即答した私にルークは、あぁーっと肩をがっくりと落とした。それは、どうやっても泣き止んでくれない子供を抱えて途方に暮れているそんな表情だった。
聞き分けが無いと思われてしまったた私は、慌てて弁解する。
「勝手な決めつけて言ってるわけじゃないです。あの、一応、あの人と話をしようとしたんです」
そう言えばルークは、今日一番驚いた顔をした。
まじまじと私を見つめているけれど、無言のまま。多分、これこそ言葉を失うという表現が正しいのだろう。
「これでも2回チャレンジしてみました。でも、あの人には私の言葉は届かないようです」
「………そっか」
そう頷いた後ルークは、片手で顔を覆って、あのバカと小さく呟いた。それは誰に向けての言葉なのかは聞かなくてもわかるので、黙っておく。
けれど、ルークはすぐに片手を顔から外して私に視線を向けた。
「それでも、最後にもう一度だけ、向き合って欲しいって思っている。これは僕の押し付けになるかな?」
「押し付けというよりは、無茶ぶりですね」
溜息交じりにそう言えば、ルークは、だよねーっと言って苦笑した。
今日何度も耳にしたその言葉だけれど、一番、気持ちが込められていることに複雑な気持ちになる。
でも心の中ではわかっている。
私がまだ抱えている、どうして?を自分から捨てない限り、バルドゥールに問わなければ、いつまで経っても答えが見つからないということも。
そして私は、そのどうしてを自分から捨てる気はない。
自分が取るべき行動は見えているけれど、そうしたくはない。なら、どうすれば良いのだろう。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか俯いてしまった私の頭上から、ルークの優しい声音が聞こえてきた。
「ゆっくり考えて、それでも生きていたくないという答えが出たなら………もしくは、バルドゥールが君の話を聞かなかったなら、簡単に死ねる方法があるよ」
「え!?」
驚いて顔を上げた私に、ルークはこう言った。
「君が、バルドゥールを殺せばいいんだ」と。
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