監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

文字の大きさ
34 / 133
◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

その空を見て思うこと

しおりを挟む
 石畳を走る馬車は行きも帰りも殆ど揺れを感じない。それは御者の腕が良いのか、乗っているこの馬車の乗り心地が良いのか、その両方なのだろうか。

「………体調は大丈夫?」 

 気遣うルークの声で顔を上げれば、すぐに水色の瞳とぶつかる。少し暗い車内の中でも目の前のルークの瞳は澄んだ水の色をしている。

 こくりと頷くことを返事とした私は、短剣を両手で握って、これから起こるかもしれないアクシデントの予防線を引いてみた。

「これ、戻ってすぐに没収されたらごめんなさい」

 手ぶらでルークの屋敷に向かった私は、カバンもなければ、着ている服にポケットもない。

 なので、屋敷の人間に見つからずに自分の部屋まで持ち帰ることは、かなり至難の業だったりもする。

 けれど、私の懸念をよそに、ルークは軽く笑ってこう言った。

「ははっ。大丈夫、心配しなくても、それは有り得ないよ」
「どうしてですか?」

 食い気味に問うた私に、ルークは自分の着ている服をとんとんと叩きながら、口を開いた。今更だけれど、彼は今日も制服を着用している。

「あのね、一応僕らは軍人だけれど、時空の監視者の地位は相当高いんだ。そこいらの貴族よりも、底辺の王族よりもね」
「へぇー」

 それは凄いことなのだろうか。身分制度を既に廃止している元の世界で育った私には、いまいちピンとこない案件だ。

 そんな訳で薄いリアクションしかできない私にルークはちょっと残念そうだったけれど、すぐに気を取り直して説明を続けた。

「まぁ身分のことは置いといて、とりあえず、僕らのものはおいそれと触れて良いものじゃないし、言っちゃなんだけど屋敷の使用人が取り上げられるものじゃないってこと」

 最初からそう説明してくれれば良いのに。と、内心思ったけれど、口に出さず、素直にうなずくことにする。でも、時空の監視者同士なら対等になるので話は別だ。

「じゃ、誰かがあの人に告げ口なんてしたら────」
「そんなことをすると思う?」

 私の言葉を遮って、ルークは試すようにくるりと視線を投げてきた。

 ………確かに、少しの間とはいえ、私の脱走に加担してくれたカイナが、バルドゥールに告げ口するとは考えにくい。

 でも、何となくルークの問いに答えるのは癪にさわるので、私は別の話題を振ることにした。

「ということは、制服も大事なものなんですよね?」

 私の問いかけにルークは、まあね、と少し含みを持って頷いた。

 きっと彼は私が次に発する言葉に気づいているのだろう。でも、なあなあに済ませてしまうのは何となく嫌で、私ははっきりと言葉にした。

「ごめんなさい。私、あの時、餞別でくれた上着、無くしちゃったんです」

 貰ったものをどうこうしようが私の勝手ではあるが、自分の性格上、そこまで開き直ることができなかった。

 そしてルークはその言葉を聞いた途端、軽く手を振りながらくすりと笑った。

「ああ、大丈夫、あれならちゃんと戻ってきたよ。ただ、ものっすごくボロボロの状態でね。なんか背中のあたり、人とは思えない大きな靴跡が付いてたなぁ。ははっ。一応破損っていう扱いになっちゃったから、始末書書いて上司に提出したら、自業自得っだって言われたよ。けど正直、僕、心の中で【お前が言うか!?】って突っ込んだよ」

 それを聞いてルークの大事な制服を思いっきり踏んづけた人物が誰かはすぐに分かった。でも、彼が敢えてその名前を出さない以上、私も胸の内に留めておく。
 
 それぐらいルークとは阿吽の呼吸はできる。それは今日、彼が飾らない言葉で、彼が抱えている辛さとか弱さとか苦しさとか、寂しさを吐き出してくれたからだろう。

 それに何より、私が最も望んでるこの世界から決別する方法を教えてくれた。ご丁寧にも武器までおまけしてくれて。

 少し時間を置いたからわかるけど、きっと確実に死ぬことができる方法を私に教えるって、始末書で済まないくらい相当問題なことじゃないのだろうか。私がそれを実行しようとしても、しなくても。

 異世界の人間の命を護ることが、本当に彼ら時空の監視者の最優先事項なら、ルークの取った行動は矛盾している。

 でも、この矛盾はきっと私への精一杯の贖罪と誠意なのだろう。

 そして私との出会いを嬉しいと言ってくれたこの人が、私にこの救いを与えてくれることが、自分自身には痛みになることを、私はちゃんと気付いている。

 でも、今日、最後の最後までバルドゥールに内緒で外出していた、ということは、それはそれ、これはこれ、ということで水に流すことができない。

 そんなわけで、私は意趣返しに、この場で最も相応しい心からの慰めの言葉を彼に送ることにした。

「ルークさん、そんな失態したのに紙一枚で済んで良かったですね」

 さすがに今回はルークは、だよねーとは言わなかった。

 ちょっと不貞腐れた顔をする目の前の彼は、今は演じているのか素なのか、私には判断できなかった。

 それからジト目を抑えきれないルークの視線から逃れるように、馬車の窓に視線を移す。

 街は本日最後の賑わいを見せていて、慌ただしい。そんな忙しない人たちを、夕陽が柔らかく包み込んでいる。ふと空を見上げれば、花畑で絶望の極致にいた時と同じ空の色。

 あの日私は、二度とこの空を美しいと思うことはないと決めつけていた。

 でも、今は、それほど感情は動いていない。茜色の空を一つの空の色として冷静に受け止めいている自分がいる。




 窓をぼんやりと見つめれいれば、空の色が変わる間もなく、バルドゥールの屋敷に到着した。

 屋敷に一歩踏み入れれば、すぐにカイナがほっとした様子で出迎えてくれた。でも、私が手にしている短剣を目にした途端、表情が強張った。

「カイナ、これは僕がこの子にあげたんだ」

 そう言ってすぐにルークが私とカイナの間に立つ。

 二人の表情はルークの大きな背に阻まれて見えないけれど、再びカイナと向かい合った時には、彼女はいつもの表情に戻っていた。






 それから、数日間は表面上だけは穏やかな日々が続いた。

 ルークからもらった短剣も、取り上げられることもなく、見えないものという立ち位置で私の部屋にある。

 私はというと安楽死や尊厳死───そんな元の世界で何度か耳にした言葉がぐるぐるっと頭の中で回り続け、この世界での自分の在り方を見いだせないまま、バルドゥールに抱かれる日を迎えてしまった。
しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...