監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

♪喧嘩もできない私たち①

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 少し時間を置いて気付いた。バルドゥールから、私が辛い状況にいると言われたことに、どうして失望していたかを。

 まず、正直に言うと、私はバルドゥールに仕事と顧客、又は主治医と患者という他人行儀な関係ではなく、それ以上のものを求めていた。でもそれは、いわゆる男女の色恋のような関係ではない。これは強がりではなく、心の底から思っている。

 なぜそんなにも強く言い切れるかというと、私は愛に溺れ、愛に縋り、愛に彷徨い、愛のせいで壊れた人を知っているから。そしてその人はとても身近な人であり、私の母親でもあった。

 母親は私を産み落としたけれど、母になることを拒み、女であり続けた。そして自分というものを何も持っていなかった。私の生物学上の父である男に全てを捧げ、あの男の視界に自分を写すことしか考えていない人間だった。

 でもそんな母親のことを、私は今でも憎み切れずにいる。ごめんねと言われたら、された全ての事を綺麗さっぱり忘れるぐらいに、愚かな程、情を捨てきれていない。
 
 そんな私は、年を取るごとに記憶の中にいる母親の姿にとても似てきた。それは鏡越しに母に会えるようで少し嬉しかったけれど、確実に自分は母親の血を受け継いでいることを認識させられることでもあった。

 とても怖かった。一度でも誰かを愛してしまえば、私は母親と同じような末路を辿ってしまう。その恐怖は、こうして異世界に居る今でも薄れることはない。

 だから愛とか恋とかそんな、人を狂わす禍々しいものなんて要らない。私が欲しいのは、流動的ではなく、ずっと壊れない確固としたもの。ただ、それがどんな関係なのかはわからない。
 
 そんな状況も踏まえて、あの発言でバルドゥールが私のことなんか何にも見ていないことに気付いたから、失望というか怒りを覚えているのだ。結局、優しく抱いても、独占欲を感じさせる言葉を吐いても、彼は私の心境の変化までは興味がない、ということをはっきり言われたような気がしたのだ。

 まったくもって酷い言い草だ。やり直しを始める前ならまだしも、少しずつこの世界に馴染もうとしている今の私の状況を、辛いなどという言葉で一括りにするなんて。

 ご飯だって前よりは食べているし、侍女達を困らせるような行動はしていない。逃亡しようなんて思ってもいなしし、バルドゥールを拒む態度だって取っていない。以前の私と比べたら、雲泥の差だ。

 なのに、なのに、なのに、彼はそれに気付いていない。以前の方がよっぽど辛かったし、苦しかったというのに。

 あの時バルドゥールに向かって『どこに目を付けているんだ』と、怒鳴りつけたていたら、どうなっていたのだろう。

 という、そんなタラレバのことを考えても、その先の未来をまったく想像できない自分がいる。

 私は元の世界では、人の気持ちは天気と同じだと思っていた。空の色も雲の動きも見上げるだけで、どうすることもできない。ただ、そういうものかと受け止めるしかないと。

 それを疑問に思ったことはなかった。間違ってなどいないと思っていた。違う何かを期待すれば裏切られた時に傷付くのは自分だし、もし仮に傷を受けたとして、それを共有できたり癒しを与えてくれる人なんていなかったから。

 だからずっとずっと、優しい気持ちを向けられても、敵意を向けられても、私はそのずべてを他人事として、視界に写る景色として同じ心の温度で受け流していた。

 それなのに…………同じ心の温度を保てないまま、私は今、バルドゥールに組み敷かれている。

 

「顔色が悪いな」

 私を押し倒した後、バルドゥールは互いに額をこつんと押し当てて、そう言った。

「…………大丈夫です」

 その言葉を口にしてから、自分の発言が間違いだったことに気付いてしまった。これではまるで抱かれるのを心待ちにしているようにも取れてしまう。そんな風に出会い頭から失態をしてしまう自分に平常心を保てと叱咤する。

 でも、正直なところ、こんな状況で彼に抱かれるのは、精神的にかなりきつい。

 ちなみにこんな状況とは、実は私、承諾を得たのはいいけれど、未だにリンさんの元に通ってはいないという有様なのだ。そして、いつから行けるという明確な日時を把握できていないまま彼に抱かれる10日目を迎えてしまったというのが、今の現状。

 というわけで、私は爆発しそうな程、もやもやを抱えている。

 なのに、当の本人であるバルドゥールはあの日、ぎこちない笑みを浮かべた唇で触れるだけの口付けを何度も繰り返す。

 やがてそれは深いものへと変わっていく。そして口づけを落としながら、夜着のリボンに手をかけた。

「あっ………あぅ………んん」

 大きな手のひらが、一糸まとわぬ姿となった私の肌に触れたと思った途端、胸の先端を軽く摘ままれ、思わず声が漏れる。そうすれば、バルドゥールは辛い現実と紡いだ舌で円を描くように舐め、ぱくりと口に含んだ。
 
「んん………ふぅ……………んっ………ぁっ」

 湿った温かさを感じながら胸の先端を舌先で転がされれば、蕩けるように体は弛緩する。なのに、喘ぐ声だけは押さえることができない。

 辛い状況にいるはずの私が、彼からの刺激で悦ぶ声を上げるのは間違っている。彼が仕事と割り切っているならば、私だって同じ気持ちでいたいのに。

 だからきつく目を閉じて、唇を強く噛みしめる。これ以上、声をあげないように。けれども───。

「…………アカリ、やめるんだ」

 不意に胸の刺激が止んだと思ったら、この空気には似合わない抗議を含んだ声が聞こえてきた。その鋭さに驚いて目を開ければ、眉間に皺を寄せたバルドゥールが私を見下ろしていた。

「そんなに唇をかみ締めたら、血が出てしまう」

 目が合った途端、咎めるというよりは、窘めるような口調に変った彼は、そのまま私の下唇にそっと舌を這わしながら、私の髪を優しく梳いた。

「声を出すことは恥ずかしいことじゃない。無理に抑えようとするな」

 そう耳元で囁くバルドゥールの肌は、先日の空気のような温もりではなく、熱帯夜のように熱い。そして私の身体も同じように熱く、身体の中心はもっともっと熱い。

 どうしてこんな時だけ心と体が一致しないのだろう。悔しかったり悲しかったりすれば涙を流すし、恐怖を感じれば身体は震えるというのに。

「そんなこと………………できません」

 私の精一杯の抗議をバルドゥールはくすりと笑いながら受け流す。そして彼の手は下肢へと伸び、くちゅくちゅとした粘着力のある水の音が部屋に響く。

「あっ………いや………ぅん………ああっ」 

 太い指を浅く入れてわざと卑猥な音を立てるバルドゥールに、強い憤りを感じてしまう。けれど、それ以上にむず痒い程の快感に声を上げてしまう。

「そうだ、我慢することはない」

 私の喘ぎ声を待っていたかのように、バルドゥールはそう言って指を深く沈めていった。

「んっ、はぁ…………いや、あっあっ……………だめ、……ひぁ」 

 指先に目があるのかと思うくらいに、彼の指は的確に私の敏感なところ刺激していく。執拗に、でも、痛みを伴わないぎりぎりの力加減で。

 彼にしかわからない、とても敏感なそこを刺激されれば、その数だけ私は絶頂を迎えてしまい、何も考えられなくなる。そして気付けば膝裏に手をかけられて、彼の熱いもので押し広げられていた。

「…………アカリ」

 名を呼ぶ声と共に深く抉られ、これ以上無理だという奥まで侵されていく。そして、何度も最奥を突かれれば、どうしたって声が出てしまう。

 でも、私達には、こんなにくっついていたって距離がある。バルドゥールの肌がどれだけ熱くても、私を翻弄させる甘い言葉を囁いても、彼の心の中にいる私は結局、可哀想な異世界の人間でしかないのだ。

 揺さぶられる中、そんな気持ちが湧きあがれば、思うように動かない手を口元にあて必死に堪えようとしてしまう。けれど、それをさせないかのようにバルドゥールの動きは更に激しさを増していく。

「んんっ………んっ、んっ………んんー」

 彼が与える刺激に翻弄されれば、口元を押さえることが無意味な程、甘い嬌声を上げてしまう。でも、バルドゥールは、必死に声を押さえる私が気に入らないらしく、私の手をはぎ取り、指を絡ませた。

 掌から伝わる熱、そして最奥で質量を増す彼のもの。それだけなら、10日に一度過ごす夜と変わらない。でも霞む視界の中、何かを探るように見つめる金色の瞳だけがいつもと違う。

「バルドゥールさん、…………おねが……い、見ない………で」

 息も絶え絶えにそう懇願しても、彼は強い眼差しのまま、首を横に振る。けれど、わずかに困惑した表情を浮かべている。ああ、今日の私がいつもと違うことに、彼はやっぱり気付いてしまったか。

 けれども、津波のように押し寄せる快感は同じのようで、彼も限界を迎えようとしていた。そして彼は、何か言葉を紡ぐ前に、今までにない程辛い表情で、私の中に熱いものを吐き出した。



 薄闇の中、ぎこちなく抜かれる彼のもの。そして、この場を取り繕う言葉を見付けられずに、視線を泳がす私。

 部屋はいつものように沈黙に包まれているけれど、その空気は別のもの。そんな中、バルドゥールはいつも通り、私の身体から溢れた交わりの残滓を拭った後、そっと私を掛布で包み、慌ただしく衣服を纏った。

「………………すぐに戻る」 

 それだけ言い捨てると、彼はすぐに部屋を出て行った。

 わざわざそう言ったのは、寝るなという牽制なのだろう。さすがに無視して寝る程、私の神経は図太くない。

 でも、抱かれた後に体を拭かれることを習慣としてしまったことを、今日ほど悔やんだことはなかった。
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