監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

★人は人生で3回本気の恋をする※バルドゥール目線

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 命乞いをするかのように無様に縋ったその瞬間、頬に生温い衝撃を受けたと思ったら、小さな手が自分に向かって差し出された。

【初めまして。私、異世界から来た五十鈴 朱里です】

 拗ねたように口を尖らせながらそう言った彼女を見て、自分は二度目の恋に落ちる音を聞いた。しかも、最初の恋と同じ人物に。

 人は人生で3回、本気の恋をするという。ならば自分はあと一回、本気の恋をするらしい。きっとその相手は、今、自分の元にいる少女だろう。これは予感ではなく、確信だ。けれど、もし違うのなら、自分は三度目の恋は必要ないと思っている。

 それ程までに、自分は彼女に恋い焦がれていた。






 
 彼女の為に用意したタライや衣類を所定の位置に戻し、傷心のまま部屋に戻る。

 灯りを落とした廊下は、暗闇と言っても過言ではなく、このまま深い深いところまで堕ちていきそうな感覚を覚えてしまう。

 そんなことを考える自分は、一体どんな顔をしているのだろう。そんな思いが不意に胸に沸き、目に着いた窓に自分の姿を映してみれば、あまりの醜さにすぐに目を背けてしまった。

「これでは、彼女に嫌がられるのも無理はない」 
 
 自嘲的な言葉を吐いて笑ってみれば、その言葉が鋭利な刃物となって自分の胸を突き刺し、予想以上の痛みに顔をしかめた。…………とんだ、大馬鹿者だ。

 このまま自室に戻る気にもなれず、窓枠にもたれながら夜空を仰ぎ見る。考える間もなく西の空に緑星を探してしまうのは、もはや習慣で、これは一生治るものではないのだろう。でも、あの星を見て、心が騒めくことはない。自分はもう手に入れたのだから。

「………………アカリ」

 無意識に愛しい名を紡げば、彼女の為に何でもしたい。どんな望みでも叶えてやりたいという思いが溢れてくる。その為なら、今まで築いてきた地位も名誉も、いつだって差し出せる程に。

 でも、実際のところ、数えるほどしか彼女の願いを叶えていないのが現実。

 何とも情けないことだが、なにせ彼女の一番の願いが、元の世界に戻る事、そして時空の監視者に抱かれずに済むこと。その二つであるから、どうやっても叶えることができないのだ。

 もっと単純な願いなら…………と考えてすぐに首を横に振った。よくよく考えたら巷の女性が望むことすら、今の自分に叶えることは不可能なのだということに気付いてしまったから。

 多くの女性は楽しいことをしたい、美味しいものを食べたい。そして素敵な恋をしたいと、表現は多少違うけれど、大体声を揃えてそう言う。

 けれど、彼女はこの世界に馴染まないとても弱い生き物だ。だから好きな時に好きな場所にいく事すら容易ではない。行動に制限が設けられてしまう。そして、彼女は食が細く、あまり食べること自体に執着がないようだ。

 …………最後に、素敵な恋ができるかどうかだが、これについては、どう答えれば良いのだろう。はっきり言ってしまえば、彼女は一生誰とも恋に落ちることはないだろう。そして後にこう続く。自分以外とは、と。

 彼女は誰にも渡さない。絶対に手放さない。例え自分に想いを向けられなくても。

 最初に彼女に恋をしたのは、待ち焦がれていた自分の半身を見付けることができた喜びと、儚い容姿があまりに美しかったからだ。

 そして二回目の恋の始まりは、救いようのない程に愚かな過ちをしていた自分を正し、諭し、手を差し伸べてくれたあの強烈で鮮明な姿からだった。今でも思う、よくもこんなどうしようもない男に手を伸ばしてくれたものだと。

 そんな自分が、彼女から好意を持ってもらうことは到底不可能であり、嫌われないよう距離を取ることが精一杯なのだ。
 
 そして、彼女は自分の手を借りようとせず、不自由で不便なこの世界の中で、誰もが辛いと思う現実を懸命に生きようとしている。それを見せつけられると、自分がどれだけ無能な存在なのかを知らされ落ち込んでいるのはここだけの話。

『お仕事なんですから、そこまで気を遣ってもらわなくて結構です』

 突然その言葉を思い出して、額に手を当て深い息を吐く。

「仕事…………か。アイツはなかなか手厳しいことを言うな」

 やり直しをした日の事、抱き終えた彼女の身体を拭きながら自分は嘘を付いた。こうすることは半分は仕事だと。

 咄嗟についてしまったあの嘘を、今でも自分は後悔している。けれど、感情のまま、冗談ではない。仕事などではあるものか。などと言えなかったのも事実だ。

 つい今しがた、あんなことを言われた時、激情に任せて、もう一度、彼女を組み敷いて自分のそれで何度も貫き、溢れ出る愛の言葉で想いを伝えようかと思った。

 けれど、そんなことをしてしまえば、一巻の終わりだ。ほんの少し開いた彼女の心の扉が、再び閉じられてしまうだろう。

 いや、心を閉ざすならまだしも、自分の部下の元にいるもう一人の異世界の女性のようになってしまったら…………。

「誰がさせるものか」

 そう吐き捨てるように呟いて、自嘲する。どの口が言うのかと。

 あれ程のことを彼女にしてきた自分が吐いて良い台詞ではない。彼女が壊れずにいたのは奇跡としか言いようがなく、もし仮にそうではないなら、彼女は自分の心の強さで、正気を保っていたのだ。

 本当に、本当に、芯の強い少女だ。

 でも、彼女は畏怖される女王様のように傲慢な態度はとらず、お姫さまのように、無邪気な我儘で屋敷の住人全てを翻弄させる奔放さも無い。

 いじらしい程控えめで、痛ましい程に周りの人間に心を砕いている。
 
 そんな彼女のことをもっと知りたい。彼女が何を考えて、何を感じ、何を見て喜び、何を見て笑うのか。同じ時間を共有して、身体の繋がりだけではなく、心も繋がれたらどんなに幸せだろうか。

「でも、それは、難しいな」 
 
 窓枠にもたれたまま、今度は腕を組んで苦笑を漏らす。

 実はカイナから、仕事に逃げないで、もう少し彼女との時間を持てとせっつかれている。でも、それができない事情が自分にはある。それは情けないけれど、男の事情でもあったりする。

 彼女は10日に一度抱かれることは受け入れている。けれど、逆に言えば、それ以外の日は抱かれることはないと信じて疑わない。

 だから、無防備に緩んだ夜着の胸元とか、不意に浮かべるはにかんだ表情とか、ふとした拍子に絡み合う視線とか、そういったもの全てが、自分の理性を吹き飛ばしてしまうことを知らないのだ。そして、それまで警戒されるのは、かなり辛い自分がいるので敢えて口にはしていない。

 と、そこまで考えた途端、ガタっという音というよりも空気の振動を感じて、その方向に視線をやる。そこは、ついさっきまで自分が居た場所であり、今は静寂に包まれていなければならないところだった。

 無意識に眉間に皺が寄る。

 抱いた直後だ。今、彼女の身体は自分の与えた力を受け入れている最中だ。だからそれが、馴染むまでは動けるはずはないというのに。

「…………まさか、何かあったのか?」

 そう口にした途端、部屋を出る直前、振り返って見つめた彼女の姿を思い出す。細く小さな体は、そのままふっと消えてしまうかもしれないという恐怖に囚われる程、弱々しいものだった。

 そして彼女が消えた白い部屋が脳裏に浮かび上がった途端、不吉な悪魔にうなじを弄られたかのように嫌な予感に揺すぶられた。────気付けば自分は、全速力で廊下を駆け出していた。

 単調な廊下の景色が流れるように過ぎていく。そして、段数より遥かに少ない歩数で階段を駆け上がれば、廊下と部屋の境目で彼女が蹲っているのが見えた。

 その光景があまりに衝撃的で、数拍置いてから彼女が自分の手で扉を開けたことに気付いた。

 何の為に?そう考えた後すぐに、再び自分の元から逃げ出そうとしたのかという、胸をかきむしりたくなるような不安に襲われた。

 でも、もし仮にそれが本当だとしても、咎めるつもりはない。鍵を掛けないでいるのは自分の意志だから。

 いつでも彼女には誠実でありたいと願う自分がいる。だからあの部屋に施錠をするつもりはない。これからも、ずっとそのつもりだ。いつかそのことを彼女から問われた時、疚しい気持ちで目を逸らすことなどしたくはないから。

 そんなことを考えながら足音を響かせ向かっているのに、彼女が顔を一向に上げないのは、気付いていないからなのか、それとも自分を視界にすら入れたくないからなのだろうか。

 悪い考えばかりが次々に浮かんでくる。そして、それは消えることなく、ぐるぐると円を描くようにずっと頭の中で回り続ける。でも、自分の歩みは彼女へと止まらない。

 どんな罵倒でも詰りでも、彼女の口から出た言葉なら真摯に受け止めたい。だから逃げるつもりは毛頭ない。それにそんなことすらできないのなら、自分は生きる価値すらないのだから。

「アカリ」

 膝を付き、この世で最も尊い存在で愛おしいその人の名を呼ぶ。そうすれば、彼女は緩慢な仕草で、自分に視線を向けてくれた。

 涙で濡れたその眼には、自分を拒む色は一切なかった。それが何より嬉しかった。
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