監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

思い違いと、戦慄と、鮮明な出会い②

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 フランス革命を舞台にした国民的アニメに、女性だけで編成されている歌劇団。元の世界でも男装の麗人又は 男装のイケメン女子と呼ばれる人はいて、需要と供給のバランスじゃないけど、それに胸をときめかせる人ももちろんいた。

 ちなみに私は、元の世界では胸をときめかせることも、その世界にどっぷり浸かることもなく、これもまた文化の一つだと遠くからぼんやり眺めるだけだった。けれど───。
 


「アカリはちっちゃいね。こうして抱いていても、するって逃げ出しそうだ」

 アシュレイさんの膝に抱かれながら、そんな元の世界でのことをつらつらと考えていたら、不意に甘い声が耳朶をくすぐった。

 驚いて見上げれば、深い藍色の瞳が柔らかく微笑んでいる。 

 元の世界では男装の麗人など無関心だった私でも、実際目にしてしまうと、きゃあきゃあと黄色い声を上げていた人達の気持ちが何となく理解できてしまう。

 中世的な顔立ちは、男性特有のむさくるしさがなく清潔感があり、ちょっと低い声は艶やかなアルト。同性ということもあって、ピンポイントに心の繊細なところを突っついてくれる。

 そんないいとこ取りのアシュレイさんは、ルークのお兄さんのお嫁さんで、ほんの少し前までは、王都から離れた場所に赴任していて、今日、任期を終えて戻って来たらしい。

 ちなみにこの帰還は誰も知らないことで、所謂、サプライズっぽいもの。………ルークにとったらあまり嬉しくないことのようだけれど、それは家族間の問題なので私は触れないでおく。

 という内容は私に向けられたものではなく、廊下からリンさんの部屋に戻る途中、二人の会話から推測したものだ。
 
 そんなこんな、ホストも羨む完璧な容姿と話術の持ち主であるアシュレイさんが私を膝に抱いているのは、別に異世界の人間を口説き落としたい訳ではない。ただ単純に私を落ち着かせる為のもの。

 冷え冷えとした白一色の部屋に反して、狂気と深い闇に覆われているこの空間に再び足を踏み入れるのには、相当な覚悟と勇気が必要だった。そして、ここにいる今でも私は本当はまだ怖い。でも、このままずっとアシュレイさんに抱かれたまま、無駄に時間を過ごすこともできない。

「アシュレイさん、私、もう大丈夫です。降ろしてください」
「………………わかったよ」

 アシュレイさんは本当に?と探るように眉を少し上にあげたけれど、私が強く頷けば、拘束していた両手を嫌々ながら離してくれた。

 そして自由になった私は、リンさんとルークの間に割り込むようにして膝をついた。敢えていう必要はないかもしれないけれど、私は別に反省したいわけではない。

 ただそうしないと、ルークと目を合わせることができないから。それと、彼の視界からリンさんを隠したのは、私のささやかな気遣いで、これからする質問はそれぐらいの内容になる。

「ルークさん、どうしてリンさんに足枷なんて付けたんですか?」

 理由を聞くのは本当は怖い。でも、これ以上リンさんに歪んだ感情を向けてほしくない。だからちゃんと理由を聞いて、それが過ちであり、どれだけ辛いことかを知って欲しいと思っている。

 そしてルークを諭したいとう思う私は、思い違いをしているとも、自惚れているとも自覚した今でも、未だにリンさんに自我を取り戻して欲しいと願っている。

 それは、別の幸せを見つけてほしいという偽善者のような考えではなく、仲間意識で傷をなめ合いたいからという感情でもなくて、とにかく目を覚まして、この大馬鹿野郎をぶん殴って欲しいと思っているから。

 もちろん力任せに殴ったら、想像以上に手が痛くなることは伝えるつもりだし、ルークに触れたくないなら、バルドゥールから貰った短剣をどうぞどうぞと差し出すつもりだ。

 でも、ルークは俯いたまま。

 私の質問に答えたくないのか、答えられないのかすらわからない。

「気付いているかもしれませんが、リンさんと私は同じ異世界の人間でもありますが、元いたところ………つまり、国も文化も言語も一緒でした。そして私達が以前いた世界では、どんな理由であれ、枷を付けることは自由を奪うことであり、罪人の象徴でもありました。あの………リンさんは何か罪を犯したんですか?」
 
 自分を愛してくれなかったのが罪、などと言ったら即座にぶん殴るつもりだった。けれど………というか、やっぱりルークはだんまりを決め込んでいる。

 ついさっき、私がアシュレイさんのことで頬を染めていたら、すかさずツッコミを入れていたくせに。

 じりじりとする感情で声が苛立ってしまう。私が悪うございましたと彼は全ての非を認めて項垂れているかもしれないけれど、私は今はルークに反省を求めている訳ではない。

 二人の問題なんだから放っておいてと思っているなら、そう言って欲しい。反論があるならちゃんとそれを口にして欲しい。

 何も言わず、何も語らないのは、無視するのと一緒だ。それはズルい。卑怯すぎる。

「この世界ではどうかわかりませんが、枷を付けるのは、その人の全てを否定する行為なんです。あの………もう一度聞きますが、何でリンさんに足枷なんて付けたんですか?」

 ルークは逃げないようにと言っていた。………それは、きっと私達がとても弱い身体で外に出ることが危険だからそうしたのだと言いたいのだろう。

 でも、リンさんはこの世界における自分の立ち位置を理解していたとも言っていた。なのに、そんなことをする彼の気持ちが分からない。

「答えてください、ルークさん」

 語尾を強めてそう言っても、ルークは俯く角度を深くしただけだった。

 長い前髪が彼の顔を覆い、全てを隠す。ズルい。前髪に何の罪もないけれど、苛立ちが募る私には、その長さすら卑怯なことに思えてしまう。………なら、もう良い。

 私は、半分ヤケになって、少し離れたところにいる、もう一人のこの世界の住人に問い掛けた。

「アシュレイさん、この世界では枷を付けるって普通の事なんですか?」

 今まで面白そうに私達を傍観していた彼女だったけれど、ちょっと困った顔をした。それはルークのだんまりで、とばっちりを受けた事で浮かべた表情ではなかった。

 何ていうか、答えはわかっているけど、答えたくない、そんな顔。

「普通ではないけれど、珍しくはないよ」

 含んだような低いアルトの声が部屋に響いたと同時に侮蔑のこもったため息が被さるように聞こえてきた。一拍置いて、それが自分が吐いた息だと知る。

 ここは異世界だ。だから文化も思想も違うことは十分に理解している。理解しているけれど、理解できない………いや、理解したくないものもある。

 笑顔を向ければ笑顔が返ってくることも、差し伸べられた手が暖かいことも、自分の過ちに気付いたら謝罪することも、元の世界と同じなのに、枷を付けることは珍しくはない………そうだ。

 その矛盾をこの世界の人達は知っているのだろうか。愛していると口にした人に枷を付けることは珍しくないのだろうか。もしそうならば────

「…………きっと、私も同じようにされたら、心が壊れていたと思います」

 そう言葉にした瞬間、ルークは傷付いた獣のような呻き声を上げた。

「アカリ、それはちょっと…………いや、かなりえげつない言い方だね」

 ルークは弱々しくそう言ったけれど、その表情は耐えられない悲しみと、突き上げてくる怒りで顔が赤くなっている。

 そう今の言葉は時空の監視者にとっては、禁句だった。口にしてからそう思った。でも、彼が何も語らない以上、私はこう言う他なかった。
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