監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

白い色には理由がある③

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 ルークの口から吐かれた言葉が、自分の生死に関わる重要なものだということに気付くのにしばらく時間がかかった。 

 そして昨日に引き続き小出しに与えられる情報に、きっついなぁと心の中でぼやいてみる。

 もう、死にたい死にたいと呪詛のように唱えていたあの頃とは違うのだ。自分の無知から、うっかりで死んでしまうのは避けたいし、何も知らなくては気を付けようにも限界がある。

 時空の監視者は、どうしてこう大事なこと程、当の本人である私に教えてくれないのだろう。

 あと昨日、バルドゥールは怖がらせないように言わなかったと言っていたけれど、それは違う。これは気遣いではなく、職務怠慢だ。………と、別の話題で頭の中を埋め尽くしていたら───。

「…………アカリ聞いてる?」

 驚きすぎて声を失ったと思ったのだろう。ルークはおずおずと私に問いかけた。

「聞こえていますけど、驚いています」

 取り繕う余裕などどこにもなので、ありのままの心情を伝えれば、ルークからお得意の【だよねー】が帰ってきた。だよね、じゃない。

 あと、私が死にたいと言ったら激怒したくせに、あっさり私に死ぬよと口にしたこの時空の監視者に別の種類の苛立ちを覚えてしまう。

 そんな不満を目で訴えれば、困ったように眉を下げてルークは口を開いた。

「あのね、この部屋の床も壁も家具も、君たちに害がないように、特殊な素材でできているんだ。ああ、今、君が着ているこの服もね。で、僕達の制服も君たちが着ている服と同じ素材。万が一の際には、君たちに貸し与えることができるようにね。ただ………残念なことに色を染める技術はまだ無いんだ」

 そう言って、ルークは私の服を指さした。ちなみに今日も私は白いワンピースを着ている。というかルークの屋敷を訪問した際の服は全て白のワンピースだし、夜着も部屋着も全て白色だ。ただ毎回微妙にデザインが違うのは、ささやかな気遣いなのだろうか。でも私の求める気遣いはこれじゃない。

「………あの、どうしてこんな大事なこと教えてくれなかったんですか?」

 一度口にしてしまたら、ふつふつと湧き上がる不満というか怒りは抑えきれない。語尾に棘を含ませながら問うた私に、ルークはぽりぽりと頬をかきつつ、私から視線をずらして口を開いた。

「いやぁ………まぁ、てっきり、バルドゥールから聞いてるもんだと思ってたよ。それに、君にこの世界のこととか、時空の監視者のことを説明した時は、話せなかったし」
「どうしてですか?」

 昔という程月日は経ってない少し前、私はこの部屋でルークに向かって【この世界のこと、時空の監視者のことを一からちゃんと説明しろ】と言った。そして彼は私のその要求を呑んで説明をしてくれた………はずだった。なのに、よりにもよってこんな大事なこと、なんで黙っていたのだろう。

「逆に、僕が君に自殺する方法なんて教えると思う?」
「...........................」

 少しの間の後、ルークから質問を質問で返されて、言葉に詰まる。

 無言のままルークを睨めば、彼は申し訳ない表情を作っているものの、その目は自分の言動に非はないと語っている。

 居直りとも取れるその態度に、久しぶりに目の前のお茶をルークにぶっ掛けたくなる衝動が湧き上がる。そんな私の心情を知ってか知らずかルークは再び口を開いた。

「アカリ、忘れているかもしれないけど、俺、一応時空の監視者だよ?あの時さぁ、君、俺に何て言った?」

 腰に手をあてながら、私を覗き込むルークに渾身の力で睨み返す。

 でも歯軋りしたくなる感情を抑えて、曖昧になりつつあるあの頃の感情を辿ってみれば、あの頃私はたくさんの誤解と思い込みのせいで、意固地になっていた。そして目の前にいる彼に向かって、死にたいと口にした。

 冷静に考えてみれば、そんな私に異世界の人間の命を最優先にすると豪語する時空の監視者である彼がこの説明を端折ったのは致し方無いこと。

 そんなルークが唯一教えてくれた死に方は、ここには居ないあの人を殺すことだった。きっと、彼はそれが実行されることはまずないと踏んでいたのだろう。

 ズルいな、と思う。でも、あの短時間でそこまで考えて判断したという事実に、私は彼の才腕に舌を巻いてしまう。でも頭ではそう理解しても、感情は追いついけない。

「自殺以外で死ぬなら、それは仕方ないって思えるから、あの時、教えてくれなかったんですね」
「そういう言い方は、ちょっと酷いんじゃない?」
「教えてくれないのも、相当酷いと思いますよ?」
「………………それ、僕に向かって言うセリフ?いう相手間違えてないかい?」

 再び質問で返したルークに、今度は確かにそうだと頷きそうになる。でも、このタイミングでそう言うのは────。

「ルークさんだって、ここでそう言うのはズルいと思いますよ」

 もはや、ああ言えば、こう言う状態。又は売り言葉に、買い言葉。心の中では、こんな口喧嘩、もう止めたいと思いながらも、ブレーキを掛けることができない。それは、眼前の男も同じようだ。そんな中、ここで一人だけ冷静な人が居た。

「二人ともいい加減にしろ。………アカリ、その話はまた今度にしよう」

 ずっと私たちの動向を見守っていたアシュレイさんだったけれど、さすがに見ていられなかったのだろう。感情を抑えたその静かな口調に、私とルークは途端に我に返った。そして、再びルークと同じ土俵にあがってしまった自分がとても恥ずかしい。

 そう、そうだった。今の私には時間に限りがある。それに今は、できないことを何でどうしてと追及する場ではない。

「…………………感情的になってすいませんでした」
「いや、俺こそ…………ごめん」

 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、土俵を降りる意思表示として謝罪の言葉を紡ぐ。そうすれば、ルークも自分を恥じるように俯きながら同じように謝罪の言葉を口にする。

 そして、この場で最も大人であり、会議の進行役を買って出てくれたアシュレイさんは、ぎこちない空気を戻そうと私に柔らかい口調で問いかけてくれた。

「でアカリは、リンの部屋の模様替えをしたかったんだよな?」

 そう言いながらアシュレイさんは、冷めてしまったお茶を淹れ直して私の前に置いてくれた。その優しい気遣いに対するお礼は声に出すべきじゃないだろうと判断して、私はそのお茶を一口飲んでから問いに答えた。

「はい。そうなんです。でも、壁紙やベッドカバーを変えたりするのは難しいということは、わかりました。でも、一応確認なんですがお花を飾ったり、観葉植物を置いたりするのも駄目ということですか?」

 本当はアシュレイさんに向かって問いかけたいところだけれど、ここは敢えてルークに向かって質問する。気まずさは少し残っているものの、彼も汲み取ってくれたようで、いつもの柔らかい表情に戻して答えてくれた。
 
「うん、ごめん。駄目なんだ。もしかしたら大丈夫なのかもしれないけれど、絶対に大丈夫という保証がなければ置けないんだ。リンは身体の不調を自分で訴えることができないからね。……………取り返しが付かない事になるのだけは、絶対に避けたいから」

 渋り切った顔で唇を噛んだルークに、これは確かにもっともなことなので反射的に首を横に振る。

 それに、絶対に大丈夫という保証があれば、植物を部屋に持ち込めることがわかったのだ。そして、実験体はここにいる。そう、私だ。でも、それを口にしたら、絶対に止められるから、無言のままでいよう。私もそこそこ学習能力はある。

 となると、私が昨日頑張って考えた案は見事に却下となった。カイナのお小言を聞きつつ、筆を走らせたという経緯を思い出して、ちょっと悲しいけれど、また考えれば良いだけの話だ。でも、この没案を書いた紙は見られたくない。特にさっきからちらちらと興味深げに探る視線を投げるアシュレイさんには。

 そしてリンさんの前でヘタな歌を披露するかしないかの瀬戸際の私は、すぐさま何か別の案を捻り出さないといけない。でも、会議室でアイデアが降ってくる確率は限りなくゼロに近いことを私は元の世界で学んでいたりする。
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