監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

あなたと共に迎える朝

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 心地好い温もりよりも、ほんの少しだけ暑い。でも発熱の際の不快な暑さではない温度で目を覚ました私は、自分の置かれた状況がすぐに飲み込めなくて、呆然としてしまった。

 私は、何で上半身裸バルドゥールに抱きしめられて眠っているのだろうと。

 その理由を思い出すのに、寝起きの頭では思うように記憶を辿ることができず、かなりの時間を要してしまった。

 けれど、状況が飲み込めた瞬間、まずはここから離れるべきだと判断し、規則正しい寝息を立てるその人を起こさないように、そっと腕から逃れようとする。けれど、もぞもぞと動いてしまった結果、不本意ながら彼を起こす結果となってしまった。

「…………ああ、アカリ、目が覚めたのか。おはよう」

 そう言いながら何度も瞬きをするバルドゥールの金色の瞳は、まだ夢と現の狭間にいるようで、焦点が定まっていない。

「お、おはようございます。バルドゥールさん。……っ!?」

 つられて朝の挨拶をした途端、バルドゥールの顔が近づいて来て、思わず息を呑む。次いで、何をされるのかと身構えた私の額を自身の額にこつんと押し当てた。途端に、バルドゥールは眉間に皺を寄せ溜息を付く。
 
「…………熱は下がってないか…………」
「昨日に比べれば、だいぶ元気になりました」
「…………昨日を基準にするな」

 少し間がある喋り方をするのは、バルドゥールがまだ寝ぼけているからなのだろう。なら私の熱が下がっていないことも、夢ということにしておいて貰えるとありがたい。あと、体温が上がったのは別の理由のせいだ。

 という都合の良いことやら、口に出せない言い訳などを考えていたら、バルドゥールは私の後頭部を抱え込むと、そのまま自分の胸に押し当てた。

「まだ早い、寝ていろ」

 頬に褐色の肌があたり、トクントクンと規則正しい鼓動が皮膚越しに伝わる。そして、すぅすぅと穏やかに聞こえてくるバルドゥールの寝息が、耳に触れて少しくすぐったい。

 でも、とても温かくて、身体の力がくにゃりと抜けてくる。そしてしっかり目が覚めたはずなのに、再びとろりと瞼が落ちてくる。

 こんな穏やかな朝があるなんて、今まで知らなかった。そんなことを考えながら、本格的にうつらうつらし始めた途端、控えめなノックの音が聞こえてきた。

 次いで、ガチャリと開く扉の音。それを、意識の片隅で、ぼんやりと聞いていたけれど、次の瞬間────。

「おはようございます、アカリ様。体調はいかがでしょうか?」

 という気遣うカイナの声が部屋に響いたのだ。もちろん私の眠気は一瞬にして吹き飛んだ。

 こんな状況を誰かに見られるのは、ものすごく恥ずかしい。なにせバルドゥールは上半身が裸なのだ。悪あがきでしかないけれど、せめて私は服を着ているというアピールだけでもしておきたい。

 でも、私の身体の上には彼の太い腕がある。それが重りとなって、私は起き上がることができない。こんなことを言っては失礼だけれど、無駄に重いし、とても邪魔だ。

 いや.........もう全てを諦めて、いっそ寝たふりをしてしまおうか。そう思った瞬間、ばっちりカイナと目が合ってしまった。みるみるうちに、自分の頬や首筋が熱くなる。

「カイナさん、違うんですっ、これは、その…………あれ、です、あれ────」
「アカリ様、重たくはございませんか?」

 私の言葉にならない、でも必死な言い訳を遮って、カイナは憂えた顔で問いかけてきた。どうやら私がバルドゥールの腕に押し潰されていないか心配してくれているようだ。

「あ、大丈夫です。重たくありません」
「なら、どうぞそのままで」
「無理ですっ」

 バルドゥールの腕を外そうと悪戦苦闘しながら、思わず叫んだ私に、カイナはくすくすと笑った。けれど、すぐに表情を険しくした。

「…………水桶と手ぬぐいが、そのままですわね」
「え?」

 私の枕元には、急ごしらえで作ったナイトテーブルという名の椅子がある。そこには、呼び鈴と共に、水が入った小さな桶と真っ白な手ぬぐいが何枚も置かれている。

 世界が変われど、発熱の際の対処法はどこも同じで、水で濡らした手ぬぐいを額に置く。そして私も昨日、カイナが部屋を去るまでそうしていた。

 けれどその後、額に置かれた手ぬぐいの行方はわからない。多分、寝返りを打った際に、落としてしまったのだろう。

 何とはなしに、消えた手ぬぐいが気になって視線だけで何処に行ったのかと探していたら、呆れたような困り果てたような、それでいてしっかり怒りを感じるカイナの小言が聞こえてきた。

「アカリ様のご様子を見に行くなら、汗を拭いて差し上げるようにお伝えしたのに…………まったく、困ったものです」
「いや、それは……………」

 私が床で寝ていたから、驚きのあまり頭から飛んでしまっていたんです。

 そう言おうと口を開きかけてやめた。私だって朝っぱらからカイナのお小言は聞きたくない。

 という狡い気持ちから、ごにょごにょと中途半端に言葉を濁す私に、カイナはちょっと困った笑みを浮かべると、もう少しお休みくださいと、優しい言葉をかけてくれた。

 どうしよう。嫌だと言えばカイナを困らせてしまう。でも、この状態では素直に頷くこともできない。あと、今の会話でちょっと気になることがある。

「カイナさん、あの後すぐに帰らなかったのですか?」

 今さっきのカイナの小言は、現在就寝中の彼に向けてのもの。ということは、カイナとバルドゥールは昨日顔を会わせていたということにもなる。

 バルドゥールがいつ帰ってきたのかはわからない。けれど、彼は激務に追われているはず。なら、夜遅くになってからのはず。

 なのに、カイナはどうしてそんな遅くまで屋敷に残っていたのだろう。明日に持ち越せない急ぎの用事でもあったのだろうか。

 そんなことを考えながらカイナを見詰めていても、視界の先にいる彼女は、使わなかった水桶等を片付けるのに忙しいようで、何も答えてはくれなかった。

 でも目が合えば、にこっと笑みを向けて、バルドゥールを起こさないよう声を落としてこう言った。

「朝食の用意をしてまいりますね。それまで、ゆっくり休んでいてください」
「待ってくださいっ、あのっ…………─────あ、あぁ」

 結局、この状況になった経緯を説明していないことに気付いた私は、なんとか片手だけを抜き出して、カイナに向かって手を伸ばす。けれど、伸ばした先に居る侍女は、口の端だけを少し持ち上げて静かに扉を閉めてしまった。

 そんな私は、閉じられた扉を見て、脱力したまま情けない声を上げることしかできなかった。
 
 けれど、伸ばした手を掛布に落とした瞬間、気付いてしまった。バルドゥールの肩はが小刻みに震えているのを。

 それを見つめながら、考えること、数秒。とある結論が出た私は、悔しさと怒りで頬が熱くなる。ありえないことに、バルドゥールは既に目が覚めていたのにもかかわらず、狸寝入りをしていたのだ。

 それはカイナのお小言を聞きたくなかったからなのか、それとも慌てふためく私を見たかったのか、その両方なのか。

 ただ一つはっきりわかるのは、私がまんまと騙されたという事実だけ。

「バルドゥールさんっ、もうっ、どうして、そんなことするんですか!?」

 堪らない気持ちで真っ赤になって怒鳴れば、肩を震わすその人は、ぱっちりと目を開けて、すまなかったとか、悪かったとか、ごめんとか、思いつく限りの謝罪の言葉を次々と吐く。けれど、その肩をずっと揺らしているし、目元は弧を描いている。

「もうっ、知らないですっ」

 反省の色が皆無なバルドゥールに向かって,、思いっきり枕を投げつけた私は、誰になんと言われても、絶対に悪くないと言い切れる。
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