監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

あなたと初めての外出②

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 立ち上がって力いっぱい叫んだ私に返事をしてくれたのは、私が呼びかけた人ではなく、カイナだった。

「アカリ様、これでは髪が結えません。お座りください」

 ぴしゃりとそう言ったカイナは、まるで学校の先生のようだった。その有無を言わせない口調に、私は言いたいことを胸に抱えたまま一先ず着席をする。

 でも、すぐに私の手を離さない朱色の髪のその人に向かって、しっかり自分の主張をさせてもらった。

「バルドゥールさん、こんな高価なものを二つも受け取れません」
「誰も一つだけとは言ってないだろう?」
「……………………」

 確かにそうだ。などと言って私が素直に頷くと思っているのだろうか。言っておくが、これはお菓子や果実といったものではない。おいそれと受け取ることなどできないもの。

 けれど、バルドゥールは私の主張など興味が無いと言わんばかりに、腕輪をつけている方の私の手を持ち上げながら角度を変えて一心に見つめている。

「…………だいぶ細めに仕立て直して貰ったが、まだ緩かったか」
「さようですね。でも、これ以上細くするよりは、アカリ様にしっかり食事を取ってもらったほうが良いですね」

 と、不満そうな顔をするバルドゥールに、カイナまで少し困った表情をしながら口を開いた。ついでに言うと、リリーとフィーネもカイナの言葉に同意するように、うんうんと頷いている。

 いや、私の腕の細さは今は些末なこと。それより、この髪飾りの一件についてきちんと話をしたい。

「バルドゥールさん、お話はまだ終わってないです。これは────」
「カイナ、俺は着替えてくる」
「かしこまりました。アカリ様の身支度もすぐに終わりますのでお急ぎください」
「ああ、わかった。すぐに戻る」

 私の言葉を遮ったバルドゥールは、カイナと短いやり取りをした後、素早い動きで部屋を出て行ってしまった。

 でも、扉を開けながら、私の今日の髪形は下ろし髪にするよう指示を出す。それは私が首に何かが触れるのが苦手なことを知っているから。

 その気遣いは素直に嬉しい。でも、そこに気付いてくれるなら、私の気持ちをもう少し汲み取って欲しかった。

 そんな思いでパタンと静かに閉められた扉を見つめれば、知らず知らずのうちに深い溜息をついてしまった。

「アカリ様、髪飾りはお気に召しませんでしたか?」
「とんでもないですっ」

 カイナの意地の悪い質問に、私は考える間もなく食い気味に否定する。

 そして勢い良く首を横に振れば、カイナは再び先生のような厳しい口調で『動いては髪が結えません』とぴしゃりと私を制した。

 殆ど条件反射で姿見に顔を戻した私に、カイナはこんな言葉をかけた。

「アカリ様、これはお館様があなたに贈ったものです。気に入らないという理由以外では、お館様は受け取りませんよ」
「…………でも」

 往生際悪く口を開いた私に、カイナは表情をちょっと困った笑みに変えて口を開いた。

「一度だけしか言いません。だからよく聞いてください。これは、言葉を選ばずに申し上げるならば、アカリ様はこれを受け取るだけの価値があるという人間なのです」

 どう転んだって、そんな価値など私にあるわけがない。
 
 そう言い返そうとしたけれど、カイナからすかさず、価値など主観でしかありません、と言われてしまった。

 その主張は至極真っ当なもので、納得はできないけれど反論できるものではなかった。ただ、そんな気持ちが隠しきれない私は渋面を作ってしまう。

 けれど、カイナはそれ以上、口を開くことはせず、私の髪を結う為にただ黙々と手を動かすだけだった。


 私の身支度が整ったのは、それから10分後。

「アカリ様、とてもお綺麗です!あ…………さっきも言っちゃいましたね。でも、やっぱり綺麗です」

 はしゃいだリリーの声に振り返って、ありがとうと笑みを作る。本当は感謝の念を伝える為にお辞儀の一つもしたいところだけれど、今の私は気軽に頭を動かせないのだ。

「………………これ、落としそうで怖いです」

 ポロリと胸の内を吐露すれば、そこにいる全員が苦笑を浮かべてしまった。

 でも私としては、笑い事ではない。これは由々しき問題なのだ。ハーフアップにした私の頭には、超が付くほど高価な髪飾りが差してある。そして、緩く結ってあるせいで、少しでも頭を動かせば、うっかり落としてしまいそうな不安に駆られてしまうのだ。

 そんな懸念を抱えている私に答えたのは、再びこの部屋に足を踏み入れた彼だった。

「アカリ、そんなことは気にしなくて良い。またお前に何か贈る口実ができるだけのことだ」
「………………」
 
 言葉を失ったのは、バルドゥールの呆れるほどの寛容な発言ではなく、その姿に釘付けになってしまったから。

 バルドゥールはついさっき着替えてくると言って部屋を出て行った。なので、てっきり私は彼が私服姿でここに戻ってくると思っていた。

 けれど、私の目の前に立つ彼は、いつもとは違う軍服姿だった。

 その姿は正装と言っていいだろう。襟の詰まった真っ白な軍服には、普段より装飾が多い。そして金の刺繍がしてあるマントを片側だけ肩に掛けて、反対の脇から飾り緒を通して結ぶ姿は、中世の騎士のようだった。

 凛々しい、精悍、 颯然。男性に向けて褒め称える言葉が次々と浮かんできたけれど、そのどれもが安っぽく感じるほど、私の目の前に立つバルドゥールはとても見目麗しい姿だった。

「では、行くか」

 言葉無く見つめる私に、バルドゥールはちょっと眉を上げて私を廊下へと誘う。そして、廊下に出た途端、彼は膝を折ったと思ったらあっという間に私を横抱きにした。

「バルドゥールさん、降ろしてくださいっ」

 着崩れをするのが怖くて少しだけ身動ぎした私に、バルドゥールは私を抱く腕に力を籠めて、前を向いたまま口を開く。

「このまま向かったほうが早い。それに、転んでしまってはアカリが怪我をしてしまう」
「…………私、そこまで鈍くさくはありません」
「ああ、わかっている。だが俺は、重度の心配性だ」
 
 過保護と言わないのは、以前アシュレイさんに弄られたせいなのだろうか。

 そんなことをふと思ったけれど、背後からリリーとフィーネがくすくすと笑う声が聞こえてきて、恥ずかしさで頬が熱くなる。

 でも、その笑い声は小鳥のさえずりのような無邪気なもの。そして、視線を感じて見上げれば、バルドゥールは柔らかい眼差しで私を見つめていた。

「アカリ、とても綺麗だ」

 私だけに聞こえる声音でそんなことを言う彼に、私の頬は更に熱を帯びてしまった。
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