監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

白亜の城に住まう者①

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 滑らかなアルトの声で、ここら一帯を浄化してくれたアシュレイさんは、私に視線を向けるとちょっと眉を上げながら口を開いた。

「アカリ久しぶり。体調を崩していたと聞いていたけれど、元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、アシュレイさん。はいっ、もう元気です」

 そう言いながら駆け寄った私を、アシュレイさんは両手を伸ばして抱きとめる………と、思いきや、何故か私の脇に手を入れた。そして、私を高く持ち上げる。

「いつにも増して、今日のアカリは可愛いな」

 満面の笑みで私を見上げるアシュレイさんは、逆光でもないのに眩しそうに眼を細めた。その仕草は、相も変わらず美しく、本当に男装の麗人という言葉が良く似あう。

 金糸で刺繍された限りなく黒に近い濃紺の軍服も、両肩を覆う腰までのマントも、彼女の美しさを最大限に引き立てている。

「ア、アシュレイさんの方がお綺麗です」

 足が地に付いていない不安から、アシュレイさんの肩に手を置きながらそう言えば、彼女は慣れた手つきで私を自分の腕に座らせるように抱え直してくれる。

 そしてバルドゥールの方へと足を向けながら口を開いた。

「アカリに褒められるなら、こんな堅苦しい服を着た甲斐があったな。なぁ、バル。お前もそう思うだろ?…………ん?何だ、その顔は。お前アカリに似合うともカッコいいとも言われてないのか?」

 アシュレイさんの後半の言葉は何だか誤解を産む発言だった。思わず、ちょっと待ってと言いたくなる。

 バルドゥールの正装姿を見て何も言わなかったのは、素敵過ぎて、それに似合う言葉が見つからなかっただけ。

 だから、私は大至急、彼に何かしらのフォローを入れなければならない。でも、焦れば焦る程、何と言葉を掛けて良いのかわからずまごついてしまう。

 ちらりと朱色の髪を持つ彼に視線を向ければ、ひどく不機嫌で険しい表情を浮かべていた。そしてその表情は、もちろんアシュレイさんの視界にも入っていたようで…………。

「それはそれは………………可哀そうなことだ。…………っぷ」

 憂えた表情を浮かべそう言ったアシュレイさんだけれど、最後は堪えきれず、豪快に吹き出してしまった。

 あぁ……、という言葉だけが頭の中でぐるぐると廻る。もういっそ顔を覆ってしまいたい。

 というか、アシュレイさんはどうしてこう、バルドゥールを煽ることばかり言うのだろう。

 そんなに彼の取るリアクションが面白いのだろうか。でも、正直なところ、至近距離でそれを目にする私は何一つ面白くはない。ただただヒヤヒヤするだけだ。

 そして少し離れた場所から、固唾を飲んで上官の動向を伺う彼らも、きっと同じことを考えているだろう。

 それぐらいバルドゥールは苦虫を噛み潰したような表情だった。

「アシュレイ、すまないが、急ぎ向かうと伝えてくれ」

 そう言いながらバルドゥールは私の脇に手を入れ自分の元へと引き寄せようとする。けれど、それに気付いたアシュレイさんは誰が離すものかと私を抱く腕に力を籠める。

 そして、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら口を開いた。

「言われなくても、そのつもりだ。ああ、何ならこのままアカリを連れて行こうか?その方が手間が省けるだろ?」
「お気遣い感謝する。が、アカリは私が運ぶ」

 きっぱりと言い切ったバルドゥールは、アシュレイさんの腕から私を引き抜こうと、そこそこの力を入れる。

「部下の前で、そう独占欲を丸出しにするな。隊長さん」
「忠告は感謝する。が、これは部下に隠すようなことじゃない。それよりも手を離してくれ。アカリが苦しそうだ」
「ははっ。面白い冗談だ。だが、言っておくが駆け寄ってきたのはアカリの方だ」
「誰も抱き上げろなどと言ってないだろう」
「はははっ。自分の元に駆け寄ってくれた可愛いお嬢さんを抱き上げないなんて、それこそ騎士の名が廃るというものだ」
「言葉を選ばずに言わせて貰おう。………………そんなくだらない名など、今すぐ捨ててしまえ」

 軽口を叩きながら的確に煽るアシュレイさんと、不機嫌な顔を隠さないバルドゥール。そして私を空中で引っ張り合うこの状況。まるで、いつぞやのようだ。

 助けを求めるように、そこにいる時空の監視者達に目を向ける。けれど、彼らは絶対に私と目を合わせることはしない。しかもルークに至ったら身振り手振りで『早く何とかしろ』と私に訴えてくる始末。

 ついさっきまでの対応は一体何だったのか。その代わり身の早さに、怒りとか呆れるという感情を通り越して、笑い出したくなる。

 でも笑うなら、この状況を打破してからだ。

「お、お二人とも、ドレスが皺になるので、私を地面に降ろしてください」

 どちらかを選べば角が立つ。そして私は、いい加減、地に足を付けたい。なので、リリーとフィーネが作ってくれたこれを口実に訴えてみた。その結果、アシュレイさんだけには伝わった。

「そう言われたら、仕方がないな」 

 観念した口ぶりで、アシュレイさんは手を離してくれた。けれどバルドゥールは私の願いを無視して抱え込む。

 その結果、私はアシュレイさんの腕から、バルドゥールの腕に移動するという、何とも腑に落ちない状況になってしまった。

 けれど、傍観に徹していた彼らから、グッジョブといわんばかりに親指を立てられてしまった。

 ………間違いなく、時空の監視者達は揃いも揃って良い性格をしている。

 そんな彼らにアシュレイさんは視線を向け、バルドゥールに憐憫の眼差しを送る。途端に私を抱く腕に力が籠もった。きっとこれは無意識のもの。だから私も何も言わないことにする。 

「じゃあな、アカリ。また後で会おう」
「…………んっ、は、はい」

 さんざんバルドゥールをイジり倒したアシュレイさんは、満足そうな笑みを浮かべた。次いで、私の頬に自分の頬を擦り寄せ、すぐに踵を返した。

 ルークのように全力疾走していないのに、あっという間に小さくなって行く背を見送れば、頭上から不機嫌この上ない声が降ってきた。

「ったく、最後の最後までやってくれる」

 そう言いながらバルドゥールは私の頬に触れ、何度も手のひらを擦り付ける。ちなみにそこは、アシュレイさんの頬が触れた場所。

 きっとこういうバルドゥールの仕草一つ一つがアシュレイさんの何かしらのツボを刺激しているのだろう。それを伝えた方が良いのだろうか。とても悩むところだ。

 そんなことを考えていたけれど、バルドゥールは私の頬から手を離すと、そのままの流れで顔を覆った。そして大きく息を吸って吐く。きっと気持ちを切り替えているのだろう。

「行くぞ」

 覆っていた手を離してそう言った彼の表情は、再び上官のそれに戻っていた。途端に部下たちも居住まいを正して、表情を引き締めた。

 そんな部下に向かって、表情を厳しくした朱色の髪の上官は、これからの注意事項を伝える。

「お前達、今度こそ騒ぐなよ。もし万が一、さっきのように、ふざけた真似を取ったら、」

 自分に向けて言われたものではないけれど、【、】で区切られた上官の言葉に息を呑む。もちろん、ここにいる全員も、ごくりと唾を呑む。

 そして、上官は若干顔色を悪くした部下に向かいこう言った。

「直接稽古を付けてやる」

 それが何なのかイマイチわからない私は、瞬きを繰り返すことしかできなかった。けれど、他の時空の監視者達は弾かれたように、ピンっと背筋を伸ばし表情を引き締めた。

 

 さて、今更だけれど、バルドゥールが私をここに連れてきた理由は、彼ら、時空の監視者達に会わせるだけではなかったようだ。だた立ち寄った程度のもの。

 そしてこれから向かう先は、今まで背にしていた場所。白亜の城。もっと詳しく言うなら、城内にいる誰かに会うようだった。
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