監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

白亜の城に勤める者③

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 一糸乱れぬ動きで首を垂れた彼らは、それから微動だにしない。時折吹く風が、彼らの髪とマントを靡かせるだけ。

「アカリ、何か言葉を掛けてやってくれ」
「………………」

 見るに見かねたのだろう。バルドゥールは、そっと私に囁いた。けれど、私は心配そうに覗き込む彼の軍服の上着をぎゅっと掴むことしかできない。

 今まで向けられた事が無い眼差し、そして言葉。それらの全をどう受け止めて良いのかわからない。わかる事と言えば、今の自分が人見知りの激しい幼い子供のよう。と、いうことだけ。

「………………怖い」

 それは誰かに向けて放った言葉ではなかった。けれど、ぽつりと呟いた言葉は、しんとしたこの庭にやけに大きく響いてしまった。

 しまったと、動揺して軍服を掴む力を強くする。けれど、次の瞬間、更に驚く事態となった。

「何でですかぁ!?」
「う、嘘だろっ!?」
「それが最初の言葉!?」
「もう一回やり直しさせてくれ!」

 首を垂れていた彼らが一斉に顔を上げたと思ったら、そんなことを口々に言いだしてしまった。

 しかもそれだけではなく、がっくりと地面に両手を付くもの。頭を抱えるもの。ガシガシと後頭部を掻くもの。縋りつかんばかりに私を見つめるものと、様々な動きを見せる。

 そんな中、一人の時空の監視者だけが妙に冷静な顔で、軽い笑い声をあげた。

「あははっ、まだ良いじゃん。僕なんてさぁー、アカリに自己紹介したら、舌打ちされたんだからさぁー」

 そう言った者の名は、お馴染みの栗色の髪を持つもの。そしてその人は水色の瞳を、いたずらっぽく私に向けた。

「アカリ、僕の同僚なんだから、取って食ったりしないよ。だから、そんなに怖がらないであげて。ずっと君に会いたかっただけなんだから」

 会いたかっただけ。たったそれだけのことで、ここまで仰々しい態度を取られては、私が何だかとてつもなく偉い人間になったかのように錯覚してしまいそうになる。

 でも彼らの瞳に嘘偽りはなかった。だから彼らにとって私は特別な存在なのかもしれない。

 けれど、私は彼らに敬ってもらえる存在などとは思っていない。言葉通り受け取ってしまう程、私は恥知らずな人間ではない。

 だからこういう、さっぱりと遠慮がない態度を取ってもらえたことに、ほっとする。それに失礼なことを言ってしまったのだ。きちんと謝った後、改めて自己紹介をしなくては。

 そう思ったけれど、隣にいる彼の醸し出す空気が、みるみるうちに不穏なものになる。

 そして、この言葉が、抑えていた彼の怒りを爆発させる引き金となってしまった。

「…………ってうか、この中で隊長が一番怖いのに、なんで俺らの方が怖いと言われるんだよ…………マジで傷付くわ」

 ルークより少し年上の青年が不貞腐れた表情でそう口にした途端、ここら辺の空気が一変した。

 ついさっきまで爽やかな新緑の香りを運んでいた風までが、何やら不吉なものを孕んでいる。針葉樹の枝も、さわさわと揺れていたはずなのに、ざわざわとおぞましい何かに変わっている。

 そこで彼らはようやっと、上官の怒りが限界を超えたことに気付いた。けれど、時既に遅し。

「黙れ」

 地を這うような唸り声に、ここにいる全員が顔色を無くす。もちろん私も。そんな私達に構うことなく、上官はゾッとするほど低い声で言葉を続けた。

「今の態度は何だ?誰が場を弁えず、騒ぎ立てろと言った?………答えろ」

 これは所謂、上官命令というものなのだろう。

 けれど、その命令を忠実に実行するものはいない。もし仮に実行すれば、更に酷い事態になることを知っているからだ。

 実行しても地獄。しなくても地獄。きっとここにいる全員が同じことを思っているだろう。そして、そんなことを考えながら誰もが石のような沈黙を貫いている。

「…………あのぉ、隊長…………良いですか?」

 あまりの重苦しさに、唾を飲み込むことすらできずにいたけれど、ようやっと一人の青年が手を挙げた。そして、上官は、僅かに顎を引く。発言の許可が降りたということなのだろう。

 そのやり取りは、とても緊迫したものだった。けれど、バルドゥールが隊長と呼ばれたことに、状況を忘れ新鮮さを覚えてしまう。

 と、一瞬よそに意識を向けた途端、青年はとんでもないことを口にしてくれた。

「アカリ様がとても怖がっておりますっ」

 なぜこのタイミングで私の名前を出すのだろう。思わず声にならない悲鳴が漏れる。

 私のことなど構わず、どうぞ続けてください。そう口にしようと思ったけれど、それよりも先に身体が動いてしまう。そしてずるずると後退りした結果、気付けば私はバルドゥールと相当な距離を取ってしまった。

「…………アカリ」

 私のほうに向きを変えたバルドゥールは、そっと私の名を呼ぶ。そして名を呼んだ途端、朱色の髪の上官は、あっという間に過保護の彼の表情に戻った。

「怖がらせてすまなかった」
「…………い、いえ。大丈夫です」

 そう口にするバルドゥールは、こちらが心配になるほど動揺していた。そんな彼に、私は小さな嘘を付きながら、ゆるゆると首を横に振る。

 でも、視界の端でチラリと見てしまった。ふぅやれやれと、一難去ったことに安堵の息を漏らす、バルドゥールの部下である彼らを。思わずジト目で睨んでしまう。どうやら、彼らは結構いい性格をしているようだ。

「アカリ、おいで」

 犬や猫にかける言葉なのに、バルドゥールが紡ぐその言葉の響きはどこまでも優しい。

 ついさっきまであんな恐ろしい顔をしていたとは到底思えない。瞬時に変わるバルドゥールの表情を見て、つくづく器用な人だと思う。そして、少し離れた場所でニヤニヤする時空の監視者達を見て、バルドゥールが激務に追われている理由を何となく察してしまう。

 てっきり激務の原因はルークだけだと思った。けれど、きっと…………いや、絶対に違うのだろう。

 そんなことを考えているうちに、眼前の彼は金色の瞳が放つ光をほんの少しだけ強めた。言葉にするならば、私がそっちに行かないなら、自分が行く、と。

 そして、いつでも有言実行するバルドゥールは、私へと一歩踏み出し、おもむろに手を伸ばした。けれどその瞬間、遊歩道から呆れまじりの声が聞こえてきた。

「ったく、ここは相変わらず騒がしいな」

 弾かれたように声のする方を向けば、これまたバルドゥール達と同じように正装した男装の麗人が苦笑を浮かべてそこに居た。
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