監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

白亜の城に住まう者②

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 規則正しい足音が広い廊下に響く。けれど、ここを歩く人間は複数いるというのに、まるで一人の人間がここを歩いているかのよう。それぐらい時空の監視者達は一糸乱れぬ足取りで、歩いている。私には到底できない芸当だ。

 そして目的地に向かう廊下はとてつもなく広い。今、時空の監視者は2列に並んで歩いている。それでもこの空間はまだまだ余裕がある。通路というよりは広間と呼んだほうが良いと思うくらいに。

 ただ片側は壁、そして反対側はどこかに続く扉がある。だからこんなに広い空間でも、ここはやっぱり廊下と呼ぶのが正しいのだろう。例え被毛の絨毯が敷かれていたとしても、絵画やソファがあったとしても。

 そんな取り留めもないことを考えている私は今、バルドゥールに抱かれたまま王城の中にいる。とある人に会うために。

 ちなみに、ついさっきまであれ程、砕けた表情を見せていた彼らだけれども、その表情は堅く厳しいもの。それは、現在進行形で私を抱いている上司の命令だからというのもあるけれど、この空間は自然とそうなってしまうのかもしれない。

 それほどここは、緊張を強いられる場所だった。なにせ、この国の中枢。もっとも権威のある場所。そして向かう先は、この国を統べるものがいる場所なのだから。………多分。

 私の予測は多分9割方正解だ。ただバルドゥールから、はっきりこの国の王様に会うとは言われていない。でも、どんどんすれ違う人が少なくなって、反対に警護が厳しくなる様子を見るに、多分とは言いつつも絶対の確信を持つ。

 でも、私はこんな状態のまま王様に会って良いのだろうか。

「………………バルドゥールさん」

 軍服が皺にならないようにそっと彼の袖に触れて声を掛ける。そうすれば、私を抱き続けるその人は足を止めずに、こちらに視線を向けた。

「どうした?アカリ」
「あの…………そろそろ降ろしてください」 
 
 長々と説得するのは時間が足りないと判断して私は自分の希望だけを伝えることにする。けれど、バルドゥールは柔らかい笑みを浮かべたまま首を横に振った。

「駄目だ。ここにいろ。それに抱いて歩くほうが早い」

 さらりと私の要求を却下したのに、その表情も声音もとても優しい。ただこの矛盾に、どうしていいものか困ってしまう。

 これが例えばルークの屋敷だったり、さっきの時空の監視者達の職場であったら、私は別の感情が生まれるかもしれない。けれど、今はとにかくこの状況から逃れたい。その気持ちしかない。

 なにせ、すれ違う衛兵さんや、お偉いさん達の視線が痛いのだ。

 まず、彼らは時空の監視者達を目にした途端、道を譲り一礼する。けれど、すれ違う直前に私を視界に収めると、ぎょっとした表情や訝しそうな視線を向けるのだ。言葉にするなら『なんだアイツ』という感じに。 

 そんな視線を受けて辛いけれど、そんな視線を向けてしまう彼らの気持ちは良くわかる。

 まず得体の知れない私がこんなところに足を踏み入れて良いわけがない。しかも、なぜかそこそこ地位のある人間に横抱きにされているのだ。何様だと思われても仕方がない。

 私だって好き好んでここに来たわけではない。けれど、だからといって場を弁えない行動をしても良いなどとは思っていない。

「アカリ、ここにいる奴らの視線なんか気にしなくて良いよ」

 バルドゥールに却下されても往生際悪くもじもじとしていたら、並んで歩くルークがそんな言葉を掛けてきた。思わず首を横に振ってしまう。そんな図太い神経など持ち合わせていない。

 けれど、今度は後ろから私達だけに聞こえる声音で、別の時空の監視者がこう言った。

「アカリ様、顔を上げてください。あなた様は堂々としていれば良いのです。なにかあれば私達が盾となります。こんな些末なことでお気を煩わせないでください」
 
 ………………ですから、そんなことを言われても、私は『はい、そうですね』などと言って、その通りに振舞えるほど図太い神経は断固持ち合わせていない。

 呆れ半分、困惑半分の気持ちで小さく息を吐く。そうすれば、時空の監視者達は私が観念したと都合良く解釈したようで、それ以上口を開くことはなかった。

 正直言ってこの状況は、とても不本意だ。けれど、ここで、ごねたとしても、再び多数決で却下されてしまうのは目に見えている。絶対に、私には勝ち目はない。なら、この件は一旦諦めて、別の質問をしようと気持ちを切り替える。

「バルドゥールさん、私、とある人に会ったら、どうすれば良いですか?例えばお辞儀のやり方とか、受け答えの仕方とか。ごめんなさい…………私、今までそういう経験がないので、作法というか、手順がわからないので教えてください」

 別にそこまで気を使う必要はないかもしれないけれど、バルドゥールが名前を出さない以上、私も、とある人とあえて濁した言い方して聞いてみる。

 そうすれば、今度もまた歩く足を止めずに私を抱くその人は淡々と答えた。

「どうもしなくていい。会えば良いだけだ」
「は?」

 言葉の意味がわからず、思わず聞き返してしまった。そうすれば、バルドゥールは嫌な顔をみせず、もう少し詳しく説明をしてくれた。

「お前は頭を下げる必要はない。ただそこに居ればいい。ああ…………そうだ、強いて言うなら、その人間は、お前に一つだけ願い事をするだろう」
「………………願い事、ですか」

 いきなりミッションが追加され、無意識に身体が強張る。一体何を要求されるのだろう。すぐにできることなら構わないけれど、難題を吹っ掛けられたら、どうしたら良いのだろう。否と即答するのは、さすがにまずい気がする。

「あの、それは難しい願い事ですか?」
「…………どうだろうな」

 困惑した私の表情が伝染したかのように、バルドゥールも同じ表情を浮かべてしまった。けれど、彼は少しの間の後こう言った。

「その要求を呑むかどうかは、お前が決めればいい」

 決められないから、こうしてバルドゥールに問うているというのに。ちょっと、むっとしてしまう。

 でも、突き放すような言い方をされたことに、私は怒っているわけではない。私の選択が、バルドゥールにとって悪い影響を与えたくないから教えて欲しいだけ。そしてそれを教えてくれない彼に苛立ちを覚えてしまっているのだ。

 だから、教えてくれないなら、別の聞き方をして答えを求めるしかない。

「バルドゥールさんにとって、どちらが良いのか教えてください」
「…………どちらも、難しい」
「…………そ、そうですか」

 それほどまでに難しい願い事なのだろうか。困惑を通り越して不安を覚え始めた私だったけれど、すぐ横から視線を向けられているのに気付く。そして、そちらに目を向ければ、くすくすと笑うルークと目が合った。

 なるほど。多分、王様の願い事はそんなに難しいことではないのだろう。そしてその願い事はきっと、バルドゥールにとって不本意だけれど、私が叶えなければならないことなのだろう。

 それだけわかれば、充分だ。私がここに来た理由は一つだけ。

 だから、どんな無理難題を吹っ掛けられても、何も怖くない。
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