監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

白亜の城に勤める者①

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 バルドゥールの手に自分の手を重ねてみたものの、互いに利き手だったことに気づく。これでは並んで歩けない。

 咄嗟のことだったとはいえ、少々格好悪い。慌てて利き手を引き抜き、反対の手を出そうとしたけど、バルドゥールは私の手を掴んで離さない。そして流れるような仕草で私の背後に回ると、空いてる手を私の腰に当てた。

「さぁ、行こう」

 そう言って、私の身体の向きを変えると歩くよう促した。

 押し出されるように歩き出した私だったけれど、進行方向は城とは真逆。もう何度目かわからないけれど、私はまた首を傾げてしまった。

 向かう先は本当にどこなのだろう。ただ、ここは城の敷地内。だから馬車の中でバルドゥールと会話した内容に間違いはない。無いけれど、この微妙な当たり具合に再びバルドゥールに問い掛けたくなる。

 …………といっても多分、というか絶対にバルドゥールは教えてくれないと思うけれど。

 そんなことを考えていれば、足取りも遅くなる。けれど、私の背後にいる彼は嫌な顔一つしないし、早く歩けと急かすこともしない。

 長い足なのだから、私の歩幅に合わせるのは大変だというのに。

「アカリ、歩きにくいなら裾を持てば良い。ああ、それよりも俺が抱き上げた方が早いか」
「自分で歩きますっ」

 間髪入れずに裾を持って歩くことを選んだ私に、バルドゥールはあからさまに残念そうな息を吐いた。
 
 そんな彼を背後で感じ、私はほとほと困り果ててしまう。

 バルドゥールは私に対して過保護すぎる。しかもそれを自覚しているのに、隠すどころか全面にそれを出すから、余計に始末が悪い。

 そしてそうされることに戸惑いや恥ずかしさを感じるけれど、不快な感情を持てない私は、もっと始末が悪い。このままでは、私はバルドゥールに甘やかされて何も出来ない人間になりそうだ。ただでさえ、この世界で私ができることなど限られているのに。

 そんな気持ちを隠すことなく、視線だけでバルドゥールに伝えてみる。そうすれば見上げる彼は不満そうな顔から、みるみるうちに柔らかい笑みに変わる。

 いつからだろう。私が隠すことなく感情を出せば、バルドゥールが嬉しそうにするのは。不満でも怒りでも、私の表情が動くたびに彼の感情も鏡合わせのように動く。

 なら、今、私が目の前にいる彼と同じ表情をしたら、この人はどんな表情を浮かべてくれるのだろう。

 そんな疑問が湧き上がる。そして少し口元を緩めれば、バルドゥールは言葉では言い表せない程の綺麗な笑みを浮かべた。

「………綺麗ですね」
「ん?」

 バルドゥールが短い言葉を発したことで、自分がうっかり胸の内を吐露したことに気づく。

「え、えっと…………こ、この庭がとても綺麗だなって思って………その………思わず口に出しちゃいました」

 慌てて目に付いたことを口にして誤魔化す。機転を利かしたそれが功を奏したのか、バルドゥールはそれ以上追求することはなく、そうかと頷くだけだった。こっそりとほっと胸をなで下ろす。

 でも咄嗟に口にしたとはいえ、私が歩いている針葉樹が並ぶここは、とても綺麗な庭だった。
   
 普段目にするバルドゥールの屋敷の庭は、手入れのされた花壇が並び、色彩鮮やかだ。けれどもここは、緑一色の遊歩道のような場所。時折心地よい初夏の風が吹き抜け、辺り一帯が新緑の香りに包まれる。

 そして真っすぐに伸びた白い石畳に、木々の影が映り、今日がただの散歩であればどんなに良いのにか、とすら思ってしまうような素敵なところだった。

 ということをつらつらと考えながら歩を進めていれば、バルドゥールは、ぽつりとこう呟いた。でも、それは聞き逃すことができないものだった。

「…………そうか。綺麗、か。毎日ここに居ると、この光景が当たり前のように映ってしまうものだな」

 瞬間、ぴたりと足が止まってしまった。次いで私は身体を捻って思わず声を上げてしまう。

「バルドゥールさん、毎日、お城に来ているんですか!?」

 目を見開いてそう問いかける私に、バルドゥールも驚いた顔をした。 

「ああ、そうだ。ん?…………そういえば、アカリには伝えてなかったか」
「はい。初耳です」

 バルドゥールは時空の監視者という職についているのは知っている。けれど、その職務内容は、私のような異世界の人間を保護すること以外、存じ上げていない。

 でもよくよく考えたら、バルドゥールは毎日、仕事に出かけている。そう、何処かに毎日足を向けているのだ。ただそこがお城だったことに私が気付かなかっただけ。

「驚かせてしまったようだな。…………すまない」

 申し訳なさそうに肩を落とすバルドゥールに向かって、首を横に振る。そもそも、彼がどこで何をしていても、私がどうこう言える立場ではないのだ。ただ急遽、ミステリーツアーからバルドゥールの職場見学に変わった事実に、諸々の状況を忘れ、ほんの少し浮足立ってしまう。

「こんな時にこんなことを言うのは怒られてしまいそうですが、私、バルドゥールさんの職場を見ることができて嬉しいです」

 手を繋いだまま体の向きを変えてそう言えば、バルドゥールは驚いたように目を瞠った。そして何か言葉を紡ごうとする。けれど、意思に反して言葉が見つからないのか視線を彷徨わすだけだった。

 珍しいこともあるものだ。包み隠すことなく自分の気持ちを伝えてくれるバルドゥールが、言葉に詰まるなんて。そんな彼をじっと見つめていたら、遠くから物凄い速さでこちらに向かってくる足音がした。

「おーい、アカリ!!」

 全力疾走と言っても過言ではない足音を響かせてこちらに向かってきたのは、バルドゥールと同じように正装したルークだった。
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