監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

望まない初体験の感想は

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 ほんの少し前、私はルークと喧嘩をした。

 …………いや、あれは喧嘩と言ってよかったのか、判断に迷うけれど『ごめんなさい』を互いに言い合ったのだから、多分喧嘩で良いのだろう。

 ちなみにその時の喧嘩の内容は、『なぜリンさんに、枷を付けたか』だった。

 あの時、私は貝のように口を閉ざしたルークに腹を立て、その場に居たアシュレイさんに『枷を付けるのって普通なのか』と問いただしたのだ。

 今思えば、きっとアシュレイさんにとったら、とんだとばっちりだっただろう。

 でも、アシュレイさんは答えてくれた。『珍しいことではない』と。

 あの時私は、その言葉をきいて、内心鼻で笑った。そんなのある訳がないと。でも、今そんな私を、思いっきり鼻で笑ってやりたい。

 ───なにせ今、私は枷を嵌められているから。しかも、両手、両足に。




 

 さて私は今、一人掛けのソファに腰掛けている。そして左右には時空の監視者達、リュクス、エルガー、フェイネがいる。その視界の先には、テラスに続く窓が見える。

 今日は雨季が近いというのに、ずっと晴天は続いている。

 窓から差し込む陽の光は穏やかで、柔らかい風が時折吹き、窓を少しだけカタカタと鳴らす。その音に気付く者はこの部屋にどれくらいいるのだろうか。

 そんな取り留めもないことを考えながら私は自分の手元を見つめる。

 無機質な鉄と木で作られたそれは、私の手首には少し大きくて、本気で引き抜こうとすれば、できるかもしれないと思わせるもの。

 そして同じ素材でできたものが私の両足首にも嵌められている。

 バルドゥールがそれを使うと脅すことはしたけれど、そうしなかったもの。そしてルークがリンさんにそれを嵌めて酷く後悔したもの。

 この世に生を受けて19年と少々、そこそこ波乱万丈な人生を過ごしてきた私だけれど、やはりこんな体験は初めてで、率直に感想を言うなら、お世辞にも嬉しいとは言えない。何より、とても邪魔だ。

 あの時ルークに尊厳云々と講釈を垂れた私だったけれど、いざそうなってみると意外に身近なところが気になるのだと身を持って知った。…………知りたくはなかったけれど。

「っふふ、ねぇねぇ、アカリ。アカリはどんな色が好き?お揃いのドレスを作りましょう」

 頭の中で枷について悪態を付いている私に、鈴を転がした笑い声と共に、そんな呑気な問いが飛んできた。

 首を固定したまま視線を向ける。私の腰掛けている一人掛けのソファのすぐそばには長椅子がある。その肘置きから身を乗り出して、さっきからずっと王女がにこにこと私に話しかけているのだ。

「んーそうね、アカリはきっと桃色が似合うわ。すみれ色も素敵かも。でも私は水色が一番好き。うん、そうね、決めた。水色にしましょう。今のドレスじゃなくって、もっと淡い色のドレスをお揃いで来ましょう。楽しみね。ふふっ」  

 いえ、私に与えられた選択肢は、白色一択です。

 そう心の中で返事をする。けれど、口に出すことはしない。私は現在、この状況で徹底的に無視を決め込んでいるからだ。

 元の世界では、無視をされれば心が痛むと誰かが言っていた。そして無視もイジメだとこれも誰かが言っていた。

 けれど、どうやらこの世界、いや、ここにいる御方たちは揃いも揃って、無視をされても挫けない屈強な心の持ち主らしい。それとも、この世界には無視という概念が存在しないのだろうか。

「両脇に時空の監視者をはべらせて、異世界の女性というのはそれほど価値のある人間なのでしょうかね。おや失敬、そういえば貴方様は国賓でございましたね」

 …………今度は反対側の長椅子に腰掛けるマディアスが口を開いた。もちろんこれも無視させていただく。

「息をするだけで見栄えの良い男だけが群がってくるなど、我が国では考えられないことです。貴方様の国では、それが当たり前なのかもしれませんがね。さて国賓殿、昨日はこの男の中から、どれを選ばれたのですか?ああ、一人ではなく、複数なのかもしれませんね。国が変われば文化も変わると言いますしね」

 ご期待に沿えず申し訳ございません。彼らとは今日が初対面です。そして時代錯誤の事務員らしくお茶くみをして、カードゲームで惨敗しただけです。

 ということを、これもまた心の中で返事をさせてもらう。
 
 なぜなら私は、現在進行形で絶賛心を殺すという特技を披露させていただいているから。

 とはいえ、視界を閉ざすこともしないし、聴力を消すつもりもない。というかそこまでの技術はない。ただ薄いフィルター越しに眺めている感じなのだ。だから何を言われても、私の心は動かない。

 再び視線を手首に落とす。

 私に手枷と足枷を嵌めたのはマディアス本人だ。逃亡防止という大義名分のもとに、そうされたけれど、多分、つい先ほどの意趣返しなのだろう。大変趣味が悪い。

 そして、私にこうしたのは時空の監視者達に見せつける為でもあるのだろう。

 何となくだけれど、マディアスは私という異世界の人間以外に、時空の監視者達に対しても憎悪を抱いている気配がする。

 なぜ?どうして?

 そんな問いが一瞬だけ頭の片隅に浮かんでは消える。嫌な言い方をするなら、この程度の相手にそこまで関心を寄せる必要性を感じないから。

「ところで、喉乾かない?ねえ、そこの君、お茶を淹れてくれないか?」

 ピリピリというよりは、異様な空気に包まれたこの部屋に、リュクスの場違いな程の、のんびりとした声が響いた。

 もちろん、リュクスの命令を実行するものなどいない。ただ、視線を向けられた衛兵達はひどく困惑しているし、お前が淹れろと、両端の衛兵の肘を突き合っている。少しだけ彼らに同情する。

 それにしても、この期に及んで、お茶を自分で淹れないリュクスに呆れかえる。いやもう、そのふてぶてしさは、称賛ものだ。

 いや、本当はそうじゃない。リュクスがそんなことを言っているのは、空気を読んでいないからじゃない。敢えてそう口にしているのだろう。

 多分、マディアスと王女の両方から、罵りと質問攻めを受けている私のことを思って、そうしてくれているのだ。

 と、言いたいところだけれど、リュクスの顔を見るに、どうやら彼自身が我慢の限界のようだ。一見微笑んでいるように見えるけれど、その眼は笑っていない。ぞっとするほどの怒りに満ちている。

 これは良くない兆候だ。

 私がこうしてだんまりを決め込んでじっとしているのは、時間を稼ぐため。あの人が来てくれるのを待っているため。

 だから、ここで一悶着起こされるはとても困る。大変、望ましくない。

 ただそれを今口にするのは、それこそ望ましくはない。マディアスに時間稼ぎをしていると気付かれたくはないから。

 そんな気持ちで、どうかリュクスを黙らせて欲しいと、ちらりと時空の監視者達に目を向けた途端…………無理なことを悟った。

 ここに居る時空の監視者達は、全員リュクスと同じ表情をしていたからだ。しかも全員、剣の柄に手を触れている。きっかけがあれば真っ向から対立する気満々のご様子だ。

 と、なると…………やはり一番冷静な私が、なんとかしなければ。正直言って世話が焼ける。

「ク………いえ、マディアスさん」
「は、はい。なんでしょう」

 マディアスは、枷を付けられているのに、激することなく口を開いた私に少し驚いたようだ。

 ただ、彼は、どもったことを誤魔化すように小さく咳払いをする。それが妙におかしかった。そして、そんな些細なことに気付ける自分がちゃんと冷静でいられていることを確認できてほっとする。

 思わず緩んでしまいそうになる口元を引き締めて、私は再び淡々と口を開いた。

「確認なんですが、私の存在って、病原菌なんですよね?」

 マディアスはそれはそれは嬉しいに首肯した。

 そんなクズ野郎を見て、笑っていられるのは今のうちだと心の中で悪態を付きつつ、私はこてんと首を倒してこう言った。

「じゃあ、そんな私のそばに、あなたも王女様も居て大丈夫なんですか?」

 それで死んでも、自業自得ですよ?

 最後の言葉は口には出さない。けれど、せせら笑った私を見て、マディアスにはきちんと伝わったのだろう。すぐさまぐっと言葉に詰まった。そして苦々しい表情となる。

 瞬間、エルガーはぷっと噴き出した。ちなみにリュクスは豪快に笑いだし、フェイネは口元を覆いながら肩を震わせている。

 小娘にぐうの音もでないことを言われたのだ。しかも大勢の目の前で。これは相当、屈辱的だろう。

「…………王女、こちらに…………」
「嫌っ。私、アカリの傍に居る。アカリは病原菌なんかじゃないわっ」

 あからさまに取り繕ったマディアスは、すぐさま立ち上がり王女を離そうと手を伸ばす。けれど、王女は悲鳴に近い声を上げて、ソファから転がるように逃げ出すと、ぎゅっと私を抱きしめた。

 どうしよう。大前提を覆す王女の言葉と態度に、こちらの方が焦ってしまう。もちろんマディアスも、動揺を隠せずにいる。

「と、とにかくこちらへ」
「嫌、触らないでっ」

 再び王女が甲高い声を上げる。そして更に私を強く抱きしめる。

 細腕の少女だというのに、この力は如何なものなのだろうか。かなり苦しい。そして、今回もまた、慌てた時空の監視者達が私から王女を引き離そうと手を伸ばした瞬間───扉が開いた。

 …………という表現で良いのかわからない、なにせ私は、扉が破壊されたのかと思ったのだから。それほど、凄まじい開閉音だったのだ。

 でもびくっと身体を震わせたのは、一瞬だった。破壊音と共に、朱色の髪の軍人が姿を現したから。

 待ち人、来たり。
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