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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
待ち望んだあなたは、別人のようで
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手枷を嵌められた時に私は思った。
大きすぎるこれなら、あの人から贈られたブレスレットが傷付かなくて済むと。
ぎりぎりと歯切りせんばかりに悔しさを滲ませる時空の監視者達を横目に、私は、ほっと安堵の息を漏らしたのだ。
そして、祈った。
どうか、枷を嵌められた私を見て、あなたの心が痛まないようにと。
優しいあなたは何でも先回りして、私の憂いや不安を自分のことのように受け止めてしまうから、とても心配だった。
これは私が選んだこと。言うなれば、私のワガママが招いた結果で、自らが望んだこと。だから、私はこんなことをされても、全然、辛くないし怖くもない。
それよりも、痛みを堪えるあなたの顔を見る方が、枷を嵌められることよりよっぽど辛い。
後から軽率なことをしたと怒って良いから、詰っても良いから。呆れて、ため息を付いても良いから、私は全部、それらを受け止めるから。
だから、どうか悲しい顔だけはしないで。
そう思っていた。───バルドゥールがこの部屋に入るまでは。
扉を開けた………と表現して良いのかわからない破壊音を立てて入室したバルドゥールは、部屋に足を踏み入れた途端、ぴたりとその足を止めた。
それと同時に、私はぶんっと音がするほどの勢いで、そこから目を逸らしてしまった。
ちなみに、他の時空の監視者達も『やべぇ、隊長、ガチ切れだ』と呟きながら視線を泳がし、王女に至っては恐怖のあまり、私の首に縋りつくように腕を回している。
そうした時空の監視者達の心情は痛いほどわかるので、特に見解を述べる必要はない。けれど、王女に関しては再び『それで良いのかな?』という思いが一瞬よぎる。………でも、やっぱり、王女の気持ちもわかってしまう自分がいる。
そう。それほどに、バルドゥールはとても怖い顔をしていた。
いや、これは怖い顔という曖昧な表現で済まされるものではない。眼光は鋭く、目に見えないはずの怒りのオーラが、くっきりと浮かび上がって見えるほどに。
多分、怒りを超えた怒り。という表現が正しいのだろう。
そんな憤怒の表情を浮かべたバルドゥールは、状況を確認するように、ゆくっくりと辺りを一瞥した後、衛兵に向かって静かに口を開いた。
「なぜお前たちがここにいる?呼んだ覚えはないぞ」
破壊音の名残で少し耳鳴りがする耳朶に、バルドゥールの声が被さるように響く。
それは地の底に潜む野獣の唸り声のようで、私は、いつも不快に感じる耳鳴りが、もっと激しければ良かったのにとすら思ってしまう。
そしてきっと、ここにいる全員が私と似たり寄ったりのことを考えているのだろう。表情は堅く、誰も口を開かない。
そんな中、バルドゥールは今度はクズ野郎に視線を向けた。
「マディアス殿、ここは何人たりとも私の許可なく立ち入ることを禁じております。即刻、王女を連れてお引き取り願います」
丁寧な口調の中に、隠しようのない怒りが伝わってくる。
それは、決して私に向かって吐かれた言葉ではないと頭ではわかっている。けれど、カタカタと身体が震えだす。そして、私の首に縋りつく王女も同じようで、更に腕に力が籠る。ちょっと息が苦しい。
「それと」
────カツン。
一旦言葉を止めたバルドゥールは、牽制するように足音を高く響かせながら、一歩、歩を進め口を開いた。
「なぜ、アカリが手枷など嵌められている?なぜアカリの足に枷が付けられている?」
もちろんこれに対しても答えるものは誰も居ない。
そうすれば、バルドゥールは、再び歩き出す。そして今度は歩を止めることなく、ここにいる全員に問い掛けた。
「この少女は、国賓以前に、我々にとって最も至上な存在であり、最もかけがえのない存在であることをご存知だろう。その高貴なる存在に、何故、このようなことをする?」
すっと目を細め、淡々と問いを重ねるバルドゥールに応える者は、今回も誰もいない。………ということは言うまでもない。
当たり前だ。病原菌であり、重要参考人である私に、王女がしがみついているのだ。おかしいこと、この上ない。今ここで誰が何を言っても、矛盾が生じてしまう。
それに、自分で言うのも悲しいけれど、明らかに運動神経が鈍そうな私が、こんなにも沢山の衛兵にかこまれているのに逃亡なんてできるわけがない。………なのに私は枷がはめられている。これも矛盾だ。
そして、バルドゥールの口調は問いというかたちをとっているけれど、私が無実だと確信を持ったもの。
こんな時なのに、理由も状況も確認することなく、私を信じてくれるバルドゥールに、嬉しさがこみ上げる。
───けれど、彼にとったら、誰も何も言わないこの状況は、とても不愉快なものだったようだ。
「答えろっ!!」
バルドゥールの全てをなぎ倒す勢いの罵声が部屋に響いた。
感情の全てを吐き出したといった感じで、空気が震えた。私も心臓が跳ねたと同時に、身体もびくりと跳ねる。咄嗟に申し訳ございませんと土下座をしたくなる。
もちろんこの状況でそんなことができるわけがない。もし仮にそんなおちゃらけたことができる人は、一人しかいない。ここにはいないルークだけだ。
そんなふうに思考が現実逃避をしても、私の視線はずっとバルドゥールに向いている。
バルドゥールは、再びゆっくりと辺りを見渡した後、大きく息を吸って吐いた。そして全ての息を吐き出した彼の表情は別のものだった。
「…………警告はした」
瞬間、ぞわりと背中から悪寒が走った。
かつて、ルークに言われた言葉を思い出し、とてもとても嫌な予感がする。
それは軍人の基本の動作。私がバルドゥールに殴られたことについて、ルークが弁明をした時に教えてもたったもの。私はちゃんと覚えている。最初に、警告をする。次に───。
「全員、抜刀」
頭の中で浮かんだ言葉は、バルドゥールが紡いでしまった。
できれば違う言葉が良かったと内心そんなことを思ってしまう。けれど、そう考えていたのは私だけのようで、上官の命令を受けた時空の監視者達は、おどけた表情を消し、恐ろしく真剣な表情で静かに剣を達から抜いた。
シャッっという金属の擦れ合う音と、続いて鈴の音より尖った剣を構える音が部屋に響く。
次にバルドゥールが発する言葉が何か。それがわかる私は、思わず、ひゅっと声にならない悲鳴が喉の奥で鳴る。
そして、敵地に踏み入れたような厳しい表情に変えたバルドゥールは、予想通りの言葉を吐いた。
「徹底的に排除しろ。そして命に代えてもアカリを守れ」
瞬間、ここは剣と剣が交じり合う戦場に変わった。
大きすぎるこれなら、あの人から贈られたブレスレットが傷付かなくて済むと。
ぎりぎりと歯切りせんばかりに悔しさを滲ませる時空の監視者達を横目に、私は、ほっと安堵の息を漏らしたのだ。
そして、祈った。
どうか、枷を嵌められた私を見て、あなたの心が痛まないようにと。
優しいあなたは何でも先回りして、私の憂いや不安を自分のことのように受け止めてしまうから、とても心配だった。
これは私が選んだこと。言うなれば、私のワガママが招いた結果で、自らが望んだこと。だから、私はこんなことをされても、全然、辛くないし怖くもない。
それよりも、痛みを堪えるあなたの顔を見る方が、枷を嵌められることよりよっぽど辛い。
後から軽率なことをしたと怒って良いから、詰っても良いから。呆れて、ため息を付いても良いから、私は全部、それらを受け止めるから。
だから、どうか悲しい顔だけはしないで。
そう思っていた。───バルドゥールがこの部屋に入るまでは。
扉を開けた………と表現して良いのかわからない破壊音を立てて入室したバルドゥールは、部屋に足を踏み入れた途端、ぴたりとその足を止めた。
それと同時に、私はぶんっと音がするほどの勢いで、そこから目を逸らしてしまった。
ちなみに、他の時空の監視者達も『やべぇ、隊長、ガチ切れだ』と呟きながら視線を泳がし、王女に至っては恐怖のあまり、私の首に縋りつくように腕を回している。
そうした時空の監視者達の心情は痛いほどわかるので、特に見解を述べる必要はない。けれど、王女に関しては再び『それで良いのかな?』という思いが一瞬よぎる。………でも、やっぱり、王女の気持ちもわかってしまう自分がいる。
そう。それほどに、バルドゥールはとても怖い顔をしていた。
いや、これは怖い顔という曖昧な表現で済まされるものではない。眼光は鋭く、目に見えないはずの怒りのオーラが、くっきりと浮かび上がって見えるほどに。
多分、怒りを超えた怒り。という表現が正しいのだろう。
そんな憤怒の表情を浮かべたバルドゥールは、状況を確認するように、ゆくっくりと辺りを一瞥した後、衛兵に向かって静かに口を開いた。
「なぜお前たちがここにいる?呼んだ覚えはないぞ」
破壊音の名残で少し耳鳴りがする耳朶に、バルドゥールの声が被さるように響く。
それは地の底に潜む野獣の唸り声のようで、私は、いつも不快に感じる耳鳴りが、もっと激しければ良かったのにとすら思ってしまう。
そしてきっと、ここにいる全員が私と似たり寄ったりのことを考えているのだろう。表情は堅く、誰も口を開かない。
そんな中、バルドゥールは今度はクズ野郎に視線を向けた。
「マディアス殿、ここは何人たりとも私の許可なく立ち入ることを禁じております。即刻、王女を連れてお引き取り願います」
丁寧な口調の中に、隠しようのない怒りが伝わってくる。
それは、決して私に向かって吐かれた言葉ではないと頭ではわかっている。けれど、カタカタと身体が震えだす。そして、私の首に縋りつく王女も同じようで、更に腕に力が籠る。ちょっと息が苦しい。
「それと」
────カツン。
一旦言葉を止めたバルドゥールは、牽制するように足音を高く響かせながら、一歩、歩を進め口を開いた。
「なぜ、アカリが手枷など嵌められている?なぜアカリの足に枷が付けられている?」
もちろんこれに対しても答えるものは誰も居ない。
そうすれば、バルドゥールは、再び歩き出す。そして今度は歩を止めることなく、ここにいる全員に問い掛けた。
「この少女は、国賓以前に、我々にとって最も至上な存在であり、最もかけがえのない存在であることをご存知だろう。その高貴なる存在に、何故、このようなことをする?」
すっと目を細め、淡々と問いを重ねるバルドゥールに応える者は、今回も誰もいない。………ということは言うまでもない。
当たり前だ。病原菌であり、重要参考人である私に、王女がしがみついているのだ。おかしいこと、この上ない。今ここで誰が何を言っても、矛盾が生じてしまう。
それに、自分で言うのも悲しいけれど、明らかに運動神経が鈍そうな私が、こんなにも沢山の衛兵にかこまれているのに逃亡なんてできるわけがない。………なのに私は枷がはめられている。これも矛盾だ。
そして、バルドゥールの口調は問いというかたちをとっているけれど、私が無実だと確信を持ったもの。
こんな時なのに、理由も状況も確認することなく、私を信じてくれるバルドゥールに、嬉しさがこみ上げる。
───けれど、彼にとったら、誰も何も言わないこの状況は、とても不愉快なものだったようだ。
「答えろっ!!」
バルドゥールの全てをなぎ倒す勢いの罵声が部屋に響いた。
感情の全てを吐き出したといった感じで、空気が震えた。私も心臓が跳ねたと同時に、身体もびくりと跳ねる。咄嗟に申し訳ございませんと土下座をしたくなる。
もちろんこの状況でそんなことができるわけがない。もし仮にそんなおちゃらけたことができる人は、一人しかいない。ここにはいないルークだけだ。
そんなふうに思考が現実逃避をしても、私の視線はずっとバルドゥールに向いている。
バルドゥールは、再びゆっくりと辺りを見渡した後、大きく息を吸って吐いた。そして全ての息を吐き出した彼の表情は別のものだった。
「…………警告はした」
瞬間、ぞわりと背中から悪寒が走った。
かつて、ルークに言われた言葉を思い出し、とてもとても嫌な予感がする。
それは軍人の基本の動作。私がバルドゥールに殴られたことについて、ルークが弁明をした時に教えてもたったもの。私はちゃんと覚えている。最初に、警告をする。次に───。
「全員、抜刀」
頭の中で浮かんだ言葉は、バルドゥールが紡いでしまった。
できれば違う言葉が良かったと内心そんなことを思ってしまう。けれど、そう考えていたのは私だけのようで、上官の命令を受けた時空の監視者達は、おどけた表情を消し、恐ろしく真剣な表情で静かに剣を達から抜いた。
シャッっという金属の擦れ合う音と、続いて鈴の音より尖った剣を構える音が部屋に響く。
次にバルドゥールが発する言葉が何か。それがわかる私は、思わず、ひゅっと声にならない悲鳴が喉の奥で鳴る。
そして、敵地に踏み入れたような厳しい表情に変えたバルドゥールは、予想通りの言葉を吐いた。
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