お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

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寄り道の章

イケメンに説教されました①

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 呆れと怒りを含んだ風神さんの声と共に、私は強制的に白い空間に呼び付けられてしまった。もちろんお遣い終了というわけではなく───お説教の為である。

 ただ、呼び付けられて早々に小言を聞かされ、満足げに去ろうとした風神さんの衣を掴み、引き留めている私を誰も責める事はできないだろう。


「もー離して~!お願い!!」
「ちょっと待って!あと5分だけ!」
「そう言って君、そのセリフ何度目!?5分なんてとっくに過ぎてるよ!」
「じゃあ、延長!延長して!」
「うわーこんなところで、キャバクラ用語聞くとは思わなかった!」
「………………え?なんで風神さん、そんなこと知ってるの?…………不潔」
「………………不潔って…………。僕、泣くよ……。ねぇ、もう本当に離して───………お願いします」

 という感じで、私と風神さんはさっきから同じ会話を繰り返している。

 ここは、最初に風神さんと出会った、真っ白い空間で、私はついさっきまで抱えていた傷の痛みがすっかり消えている。どうやら身体(本体)はシュウトの元に置いてきたままのようである。

 つまりは、幽体離脱ということ。

 ここは、驚くなりパニクるところだけど、怪我人の私としては、痛みを感じないのは、大変ありがたい状況なので、気に留めないでおこう。

 さてお説教は甘んじて聴いた。強制転移も、もう慣れた。でも、私だって言いたい事も聞きたい事も山ほどある。

 そして何より相手は風神さんだ。生身の男の人は苦手だけど、幽霊なのか何なのかわからない者なら、手加減なしにぐいぐい詰め寄ることができる。私は風神さんの袖を更に強く掴んでまくし立てた。



「何でこんな物騒なところにお遣い行かせたのよ!風神さんっ」
「えーそんなこと言ったって、お遣い先がここなんだもーん。しょうがないじゃん」

 めんどくさそうに返答する風神さんに、思わず眉間に皺がよる。

「私の勘が正しいなら、ここって戦国時代に酷似してるんだけどっ」
「なんだわかってるんじゃん」

 さらりと答えた風神さんに、かける言葉がみつからない。
 怒りたいし、なじりたい。でも、風神さんを説明不足と詰ることはできても、責めることはできない。なぜなら彼は、一言も現代の日本とは言ってなかった。

 ただ、日本史の中じゃ危険度トップ3。事前に伝えるべきことだと思うし【ちょっと行ってきて】ぐらいのノリで行けるところではない。 

 そんな風に、せめぎ合う感情がピークに達した結果、私はいつの間にか拳を振り上げていた。

「ちょっ待って!殴るのはナシナシナシナシ!話せばわかる!」
「風神さん、結果的に拳で語り合うことにならなければ良いですけどね」

 そう吐き捨てて、ひとまず私は風神さんの言葉を信じて、振り上げた拳を引っ込めた。一旦、保留となった私の拳に風神さんはちらりと視線を動かして、大仰に溜息をついた。

「あーあ、まったくあいつと僕とじゃ、こうも態度が違うのか」
 
 肩を落としてぼやく風神さんの言葉を敢えて無視する。だって、風神さんは今までの私を見てきているはずだ。言葉の節々にそう感じさせるものがある。

「風神さん、全部わかってて言ってるんでしょ?」

 わかっててそれを口に出す風神さんにカチンときて、私は再び拳をほんの少しだけ持ち上げて見せる。風神さんが【あいつ】と指しているのはシュウトのこと。私は血の通った人間が苦手だ。だからシュウトに対しては、極力関わりたくないし、こんなにあからさまに喜怒哀楽を見せることができない。

 風神さんは、私に何を言わせようとしているのか。もしそれがわかっていても、もちろん口に出すつもりはないけれど。

 そんな私の思考と呼んだのか、風神さんは取り繕うように笑って、口を開いた。

「ごめん、ごめん。今のは僕が悪かった。もう二度と言わない、約束するよ。ただ君、本当に乱暴だなぁ~。拳、振り上げられたの初めてだよ!───ひぃー、ごめん、ごめん。ちゃんと説明するから。あのね、確かにこの世界は戦国時代に酷似しているよ。でも、君が言い付け通りに動かなかったら、危険な目には合わなかったし、僕だってこうして君を呼び付ける事はなかったんだ」
「えーそんなこと言ったって、寒かったんだもーん。しょうがないじゃん」

 先ほどの意趣返しも込めて、風神さんの口調を真似してみた。ドヤ顔をきめた私に、風神さんの頬が引き攣っている。ざまあみろ。

「……うーん……実際に聞く側になると、腹立つね、コレ。いや、まぁいい。本題に戻そう。結論からいうと、僕から君に、この世界の情報を渡す事はできないんだ」
「何で!?」
「何でもだよ。そういうもんだと思って。話が進まないから。で、君はほっとくと想像の斜め上の行動ばっかりする。ある意味すごいよ、天才だねーははっ。そんな君だから、ちょっとだけ教えると、今、君のいる屋敷には膨大な本がある。この世界の事は、本を読んで覚えて。文字もちゃんと読めるから。あと、君の側にいる人、要注意人物だから、あんまり長居しないでね。───ロクなことにならないだろうし」

 なるほど、とは言えないけど、風神さんの貴重な情報は胸の内に留めておく。

 あと、ちょっと私をディスったような気がするけど、まぁ、それはどうでもいいか。ただ、最後の言葉はひっかかる。これはどうでも良いかと流せない。

「シュウトが要注意人物ってこと?」
「うーん、詳しくは言えないけど、そうだね。彼はどこの世界でもよくあることに巻き込まれている、とだけ言っておくよ。だから、傷が癒えたら早々に去ってね。あーまぁ、これは喋っても良いか。もう少ししたら、お迎えが屋敷に来るから、今度こそはちゃんと、その人と一緒に行動してね。そうすれば、とりあえずは安全だから」
「わかった」

 素直に頷いた私を見て、風神さんはホッとした笑みを浮かべた。

「ああ、そうそう、彼が何で要注意人物かという理由は、もしかしたら君が屋敷にいる間に気付くかもしれないね。でも、お遣いとは無関係だから深入りしないでね」

 くれぐれもと、風神さんに釘を刺されてしまった。まるで5歳児に言い含めるような言い方で、ムッとしたけど今までの事があるので、これも素直に頷いておく。ただ、シュウトが要注意人物といいう理由はかなり気になる。できればもう少し情報が欲しい───

「じゃーね!」
「あっ、ちょっと逃げないで!」

 一瞬の隙をついて、風神さんは私の掴んでいた衣を引きいた。のんびりとした口調に似合わない、びっくりするくらい素早い動作だった。

 慌てて手を伸ばすが、風神さんはひらりとそれをかわす。掴めそうで掴めない風神さんの袖にイライラしながら何度も腕を伸ばしていたら、とんでもない事を風神さんは口にした。

「僕もここにいるのが限界だけど、君もそろそろ限界だよ」
「ふーん…───ん?ちょっと待って、どういうこと!?」

 驚愕して動きが止まった私に風神さんは苦笑を撃浮かべながら、地を蹴り絶対に私が届かない高さまで浮上する。そして、困ったように頭をかいた。

「言い忘れてたっていうか、言う必要ないと思っていたから黙ってたけど、ここ、現世と時間の流れが違うんだ」

 風神さんは、しれっとそう言ったけど───私もそろそろ学習してきた。これは、ものすごく嫌な予感がしかしない。

「ここでは多分、数時間位だけど、現世……つまり、君がいる世界では数日たっているってこと」
「嘘でしょ!?」

 風神さんの説明にそう叫んでみたけれど、彼は黙っていた事はあっても、一度も嘘はついていない。つまり、これは本当のこと。

 えっと、つまり私は、数日間飲まず食わずってことなんだろうか。現世に戻った瞬間が、いまわの際だったら、泣くに泣けない。

「……風神さん、私、死んじゃうの?」


 恐る恐る問うた私に、風神さんは盛大に吹いた。───やっぱり、拳で語り合いましょうかね。
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