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寄り道の章
イケメンに八つ当たりしてみました③
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表情が一変した私に空気を読まないシュウトでも、さすがに私の逆鱗に触れたことに気付いたのだろう。
「……瑠璃殿は、この出会いは運命とは思わないのだな…」
そう言ってシュウトは顔を歪めた。
まるで叱られた子供のように肩を落とす彼は、先日荒々しく私の唇を奪った男とは到底思えない。
そんな彼に向かって、私ははっきりと拒絶の意味を込めた言葉を口にした。
「申し訳ありませんが……運命なんて私は信じていませんし、好きだと言われても、正直言って困ります」
意味がわからないというように、シュウトは驚いて私を見つめた。そして、すぐにくしゃりと顔を歪めて唇を噛む。
どうしてだろう、そのシュウトの態度が、無性にムカムカする。
私は顔をそらして、乱暴にシュウトに突き返した。私のあまりの言動に、シュウトは眉をひそめ、私の腕を掴んだ。
「瑠璃殿。一体何をそんなに…」
「離してください」
反対の手で、シュウトの手を引きはがす。次いで、シュウトの手が届かないように2歩後ろに下がる。シュウトは、もう距離を詰めようとはしなかった。けれど、苦しそうに口を開いた。
「困るだけではわからない、ちゃんと答えてくれ」
「───…………あなたのこと、大っ嫌いです!」
衝動でそう言ってしまったけど、シュウトにとったら、私の言葉は凶器のようなものだったのだろう。顔を引き攣らせたあと、仄暗い虚無感が彼の瞳を覆う。
「それでも、俺は瑠璃殿のことが好きだ」
迷いがない一歩を踏み出しながら、シュウトは更に言葉を紡ぐ。
「最初に見た時、桜の精霊かと思った。髪の色も目の色も、初めて見る色で、この世界にこんな美しい色があるなんて知らなかった。……一瞬で心を奪われてしまった」
苦しそうに呟くシュウトは、私を通して他の何かを見ているような気がする。でも、今はそんなことはどうでもいい。彼が他の誰かを私に重ねていても、私には関係ないことだ。
ただ、この容姿について触れられるのはとても不愉快だ。私は自分のこの髪と目の色に嫌悪を抱いている。
なぜならこれこそが、私の罪の証で、一生付きまとう十字架のようなものだから。これに触れられると、たまらなく胸が痛む。
これ以上、シュウトの言葉を聞きたくなくて、咄嗟に背を向け部屋に逃げ込もうとする。けれど、シュウトは私を後ろから荒々しく抱きしめた。
背も高く、体格の良い身体に抱きすくめられたら、私はすっぽりとシュウトの腕の中に納まってしまう。抱きしめられた腕や背中から、彼の温もりが伝わり、不意に泣きそうになる。
「瑠璃殿が俺のことを嫌いでも、俺は瑠璃殿のことが好きだ。どうか、それだけは知ってほしい」
心をそのまま切り取ったような言葉は受けとめきれないほど重く、そんな言葉を吐かれたのは初めてで戸惑いと動揺を隠せない。
「知りたくないっ」
地団駄を踏みたくなる衝動を堪えて渾身の力でシュウトの腕を振り払うと、部屋に飛び込み後ろ手で力いっぱい障子を閉めた。すぐさま背中越しに、シュウトが襖を開けようとする気配が伝わってきて咄嗟に私は叫んだ。
「入ってこないでっ。もし、一歩でもこの部屋に入ってきたら、今すぐここを出ていくから」
悲鳴に近い私の声は、本気だということが伝わったらしく、シュウトはしばらくそこで佇んでいたが───やがて気配が消えた。
静寂に包まれた部屋に独りでいると、次第に冷静さを取り戻すことができた。けれど、その静寂は私を攻め立てる。
私は多分、シュウトを傷つけてしまった。だって、衣を突き返した時、シュウトは怒りより痛みを堪える顔をしていたから。
なんであんな言い方をしてしまったのだろう。
シュウトは何も悪くない。悪いのは私だ。彼の気持ちを受け止めきれない自分にイライラして、そのイライラを目の前の人にぶつけたかっただけなのだ。
私はこの意味を指す言葉を知っている───八つ当たりである。
よくよく考えてみれば、シュウトはただ私の質問に答えただけだった。その答えが気に入らなくても、シュウトにあんな態度を取ってはいけなかった。あの時の私は、思い通りに行かなくて駄々をこねる子供と一緒だった。
自己嫌悪に耐え切れずに部屋の隅でうずくまった。
そもそもシュウトは何も知らない。私が運命って言葉が大っ嫌いなことも。どうして、嫌いになったかも。当たり前だ。だって、シュウトには話してないから。
ずっと守り神の花嫁になるのが運命だと、言われ続けていた私にとって、運命という言葉は絶望と同じ意味を持つ。だけど、シュウトにとって、運命という言葉はキラキラして、高上なものなのだろう。
───絶望と高上。どうして同じ言葉なのに、明暗に別れてしまうのだろう。
「……ねぇ、他の言葉じゃ、いけなかったの?」
誰もいない静かな部屋で、呟いた。
運命なんていう言葉じゃなくて、違う言葉が欲しかった。そして、優しくしてくれる明確な理由が欲しかった。そうしないと、優しさを受け取れない。無償の優しさなんてこの世に存在するわけない。
こんな考え方しかできない私は、随分ひねくれ者なのだろう。
でも、ひねくれ者の私だって本当は覚えている。日本にいた時も私に優しい手を指し述べてくれた人達がいたことを。
それは、友達と呼ぶには早すぎて、他人と呼ぶには淋しい距離の人達が。
でもそれに、甘えてはいけない。決して弱みを見せてはいけない。そう考えていないと私の心が壊れてしまう。簡単に手を伸ばすことなんてできない。何度も振り払われた手と心の痛みは嫌と言うほど、身に染みている。
シュウトは多分、私には二度と優しくしないだろう。それでいい。どうせ、すぐ私はここを出て行くのだから。
そう思ったら、余計、胸が苦しくなった。私は痛みを堪えるように、さらに膝を抱えうずくまった。
胸の痛みが強すぎて、すぐには気付けなかったけど───そういえば、誰かに感情をぶつけたのは、自分の母親が死んでから初めてだった。
「疲れた……」
気持ちが重いとか、軽いとか、よく耳にしていたけれど、私は今までその言葉に気にも留めなかった。けれど、気持ちとは重いものだったのだ。感情の赴くまま、叫んだ結果、こんなにも疲れ果てているのだから。
【お遣いを引き受けてくれたら、君はもう自由だよ】
なぜ今、風神さんの言葉を思い出すのだろう。へらへらと呑気な笑顔を思い出して、これまた無性に腹が立つ。
でも、風神さんが言ってくれたあの言葉は言霊で、私は気付かないうちに小さな自由を手に入れていた。それは、あまり得意ではなかった喜怒哀楽を自由に表に出るようになったということ。
ただ、私がそのことに気付くのは、もう少し後のこと。
「……瑠璃殿は、この出会いは運命とは思わないのだな…」
そう言ってシュウトは顔を歪めた。
まるで叱られた子供のように肩を落とす彼は、先日荒々しく私の唇を奪った男とは到底思えない。
そんな彼に向かって、私ははっきりと拒絶の意味を込めた言葉を口にした。
「申し訳ありませんが……運命なんて私は信じていませんし、好きだと言われても、正直言って困ります」
意味がわからないというように、シュウトは驚いて私を見つめた。そして、すぐにくしゃりと顔を歪めて唇を噛む。
どうしてだろう、そのシュウトの態度が、無性にムカムカする。
私は顔をそらして、乱暴にシュウトに突き返した。私のあまりの言動に、シュウトは眉をひそめ、私の腕を掴んだ。
「瑠璃殿。一体何をそんなに…」
「離してください」
反対の手で、シュウトの手を引きはがす。次いで、シュウトの手が届かないように2歩後ろに下がる。シュウトは、もう距離を詰めようとはしなかった。けれど、苦しそうに口を開いた。
「困るだけではわからない、ちゃんと答えてくれ」
「───…………あなたのこと、大っ嫌いです!」
衝動でそう言ってしまったけど、シュウトにとったら、私の言葉は凶器のようなものだったのだろう。顔を引き攣らせたあと、仄暗い虚無感が彼の瞳を覆う。
「それでも、俺は瑠璃殿のことが好きだ」
迷いがない一歩を踏み出しながら、シュウトは更に言葉を紡ぐ。
「最初に見た時、桜の精霊かと思った。髪の色も目の色も、初めて見る色で、この世界にこんな美しい色があるなんて知らなかった。……一瞬で心を奪われてしまった」
苦しそうに呟くシュウトは、私を通して他の何かを見ているような気がする。でも、今はそんなことはどうでもいい。彼が他の誰かを私に重ねていても、私には関係ないことだ。
ただ、この容姿について触れられるのはとても不愉快だ。私は自分のこの髪と目の色に嫌悪を抱いている。
なぜならこれこそが、私の罪の証で、一生付きまとう十字架のようなものだから。これに触れられると、たまらなく胸が痛む。
これ以上、シュウトの言葉を聞きたくなくて、咄嗟に背を向け部屋に逃げ込もうとする。けれど、シュウトは私を後ろから荒々しく抱きしめた。
背も高く、体格の良い身体に抱きすくめられたら、私はすっぽりとシュウトの腕の中に納まってしまう。抱きしめられた腕や背中から、彼の温もりが伝わり、不意に泣きそうになる。
「瑠璃殿が俺のことを嫌いでも、俺は瑠璃殿のことが好きだ。どうか、それだけは知ってほしい」
心をそのまま切り取ったような言葉は受けとめきれないほど重く、そんな言葉を吐かれたのは初めてで戸惑いと動揺を隠せない。
「知りたくないっ」
地団駄を踏みたくなる衝動を堪えて渾身の力でシュウトの腕を振り払うと、部屋に飛び込み後ろ手で力いっぱい障子を閉めた。すぐさま背中越しに、シュウトが襖を開けようとする気配が伝わってきて咄嗟に私は叫んだ。
「入ってこないでっ。もし、一歩でもこの部屋に入ってきたら、今すぐここを出ていくから」
悲鳴に近い私の声は、本気だということが伝わったらしく、シュウトはしばらくそこで佇んでいたが───やがて気配が消えた。
静寂に包まれた部屋に独りでいると、次第に冷静さを取り戻すことができた。けれど、その静寂は私を攻め立てる。
私は多分、シュウトを傷つけてしまった。だって、衣を突き返した時、シュウトは怒りより痛みを堪える顔をしていたから。
なんであんな言い方をしてしまったのだろう。
シュウトは何も悪くない。悪いのは私だ。彼の気持ちを受け止めきれない自分にイライラして、そのイライラを目の前の人にぶつけたかっただけなのだ。
私はこの意味を指す言葉を知っている───八つ当たりである。
よくよく考えてみれば、シュウトはただ私の質問に答えただけだった。その答えが気に入らなくても、シュウトにあんな態度を取ってはいけなかった。あの時の私は、思い通りに行かなくて駄々をこねる子供と一緒だった。
自己嫌悪に耐え切れずに部屋の隅でうずくまった。
そもそもシュウトは何も知らない。私が運命って言葉が大っ嫌いなことも。どうして、嫌いになったかも。当たり前だ。だって、シュウトには話してないから。
ずっと守り神の花嫁になるのが運命だと、言われ続けていた私にとって、運命という言葉は絶望と同じ意味を持つ。だけど、シュウトにとって、運命という言葉はキラキラして、高上なものなのだろう。
───絶望と高上。どうして同じ言葉なのに、明暗に別れてしまうのだろう。
「……ねぇ、他の言葉じゃ、いけなかったの?」
誰もいない静かな部屋で、呟いた。
運命なんていう言葉じゃなくて、違う言葉が欲しかった。そして、優しくしてくれる明確な理由が欲しかった。そうしないと、優しさを受け取れない。無償の優しさなんてこの世に存在するわけない。
こんな考え方しかできない私は、随分ひねくれ者なのだろう。
でも、ひねくれ者の私だって本当は覚えている。日本にいた時も私に優しい手を指し述べてくれた人達がいたことを。
それは、友達と呼ぶには早すぎて、他人と呼ぶには淋しい距離の人達が。
でもそれに、甘えてはいけない。決して弱みを見せてはいけない。そう考えていないと私の心が壊れてしまう。簡単に手を伸ばすことなんてできない。何度も振り払われた手と心の痛みは嫌と言うほど、身に染みている。
シュウトは多分、私には二度と優しくしないだろう。それでいい。どうせ、すぐ私はここを出て行くのだから。
そう思ったら、余計、胸が苦しくなった。私は痛みを堪えるように、さらに膝を抱えうずくまった。
胸の痛みが強すぎて、すぐには気付けなかったけど───そういえば、誰かに感情をぶつけたのは、自分の母親が死んでから初めてだった。
「疲れた……」
気持ちが重いとか、軽いとか、よく耳にしていたけれど、私は今までその言葉に気にも留めなかった。けれど、気持ちとは重いものだったのだ。感情の赴くまま、叫んだ結果、こんなにも疲れ果てているのだから。
【お遣いを引き受けてくれたら、君はもう自由だよ】
なぜ今、風神さんの言葉を思い出すのだろう。へらへらと呑気な笑顔を思い出して、これまた無性に腹が立つ。
でも、風神さんが言ってくれたあの言葉は言霊で、私は気付かないうちに小さな自由を手に入れていた。それは、あまり得意ではなかった喜怒哀楽を自由に表に出るようになったということ。
ただ、私がそのことに気付くのは、もう少し後のこと。
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