お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

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寄り道の章

イケメンと真夜中に邂逅しました

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 シュウトの屋敷はコの字型でわかりやすい。そして、中庭をぐるりと囲むように部屋が続いてる。

 中央の庭は真ん中に池があって、その池の側には大きな桜木がある。他にも季節に応じた木々が植えてあるけど、鬱蒼としていない。つまり、とても広いのだ。
 
 目の前の庭は深夜でも、灯篭が灯されていて意外に明るかった。もちろん日本の夜に比べれば暗いけれど。

 実際こうしてみると広いなぁとか、池に架かっている橋、渡ってみたいなとか、この木、何の木かなとかどうでもいいことを考えながら花鳥風月に遊びたいところだけれど、心中穏やかではない。

 なぜなら ────今日、私にキ……いやいや違う、ガブガブした張本人がいるからだ。





 実はあの衝撃的な事件の後、私は自室で散々のたうち回った挙句、寝オチしてしまった。

 随分と余裕だなと思うけれどそうではない。ただ単に、私の脳がこれ以上の情報を処理できず、強制終了したというのが正解。

 けれど人間は脳と身体、この二つでできている。強制終了という名の、睡眠から現実に引き戻したのは身体のほうだった。

「─────……お腹すいた」

 呟いた途端、きゅるぅっと、お腹が鳴った。この部屋は私一人だというのはわかっているけれど、思わず顔が赤くなる。

 今の私はとても空腹で、どれぐらいかというと多分、コキヒ国で五本の指に入るくらい。

 それだけ空腹なのに、何も口にしないのは深夜のご飯はカロリーが気になるから我慢してるとか、好き嫌いが激しくて食べれるものがないとかそういうことではない。

 ただ単に夕食を食べそびれ、その結果、深夜に台所で食べ物を漁る自分を想像して、躊躇してるだけ。

 それに何より、私が台所の場所を知らないということが、一番の原因なのだ。

 今までのほとんどを自室と縁側で過ごしているので、台所の場所などわからない。なにせ、すぐここを離れるつもりだったので、知ろうとも思っていなかったし、知る必要もないと思っていた。

 という風に、二の足を踏んでいる私だったが、とうとう寝具がお餅やマシュマロに見えてきてしまったのと、何よりナギから【夜はソワソワしなくていい】というお達しを頂いていたことが決定打となり、重い腰を上げて台所を捜索することにした。

 障子を開けて縁側まで出る。さて、台所までのルートは二つ。縁側沿いに歩いて探すか、庭を横断するかだ。台所の場所は多分、夕方、例の件の後、ナギが消えていった先にあると見当はついている。

 ただ私の靴は、今はお洗濯中で庭には出れない。そうなると縁側沿いに歩くルートに限られる。できれば最短ルートである庭を斜め横断するのが望ましいのだけど……。

「おっ」

 何となく縁側の下を見たら、庭履きがあった。多分、ナギのものなのだろう。ちょっと大きそうだけど、形はミュールみたいで履きやすそうだ。少し借りますと、心の中で断って庭履きに足を通す。

 そして私は庭を斜め横断するルートを選び、歩き出した。

 けれど、少し歩いた先でふと視線を感じ顔を上げると───そこにシュウトが居た。瞬間、私は真っ白になってしまった。

 反対にシュウトは、既に私に気付いていたのだろう。腕を組んで木にもたれかかりながら、こちらを見ているだけ。私と目が合っても、別段、驚く風でもなく少し目元を緩ませただけだった。

 互いに手を伸ばしても届かない。けれど顔はわかる───つまり、安全な距離で見つめ合う。月明りのシュウトは、気だるげでいつもより大人っぽい。そういえば私、自分から、ちゃんとシュウトを見るのは初めてだったことにふと気づく。

 改めてシュウトを見た感想は────無駄にイケメンだった。癖のない長い黒髪も、笑うと柔らかくなる切れ目も、一つ一つが彫刻のような美しさだった。

 庭の桜木が風に煽られ、花びらがはらはらと舞う。そして私とシュウトの間にも一筋の風と花びらが横切る。

 まぶしそうに眼を細めるシュウトとその桜の花びらに再び既視感を覚える。こう何度もそれを感じてしまうと、本当にかつてどこかで出会ったような気にさえなってしまう。

 でも、ここは異世界。過去にシュウトに会うことは、絶対にありえないこと。
 
 あまりじっと見つめていると、変な誤解を受けてしまいそうで、とりあえず、この望まない邂逅について聞いてみることにした。

「あの、何でこんな夜更けに、こんなところに居るんですか?」
「眠れなくて、夜風に当たっていた…………あと、……ここが俺の部屋だ」
「………………」

 なるほど、そうでしたか。つまり私がシュウトのテリトリーに張り込んでしまったようだ。めんどくさがって最短ルートを選んで失敗だった。

「瑠璃はどうしたんだ?」
「…………………………」
  
 反対に問いかけられた私は、口をつぐんでしまう。

 なぜなら、お腹がすいて、台所で何か食べれる物を探しに行こうとしてたとは、さすがに言いずらい。

 咄嗟に誤魔化す言葉が思い付かず、ずるずると後ずさりする私に、シュウトが慌てた様子で手を伸ばした。

「そう身構えるな。何もしない、こっちに来い」

 そう言われてしまえば、無下に逃げることもできない。

 足を止めた私にシュウトはほっとした表情で息を吐く。後ろになにかあるのだろうか。何気なく振り返ってしまったら、すぐそこに池がある。なるほど、シュウトはこれを見て、慌てて声を掛けたのか。

「水浴びをするには、まだ少し早いぞ」

 その声と共に私はいとも簡単にシュウトは、腕を掴まれ、引き寄せられる。

「で、瑠璃殿、どうしてここに?」

 抱きしめられるというほどの距離ではないけれど、シュウトの腕の中にすっぽりと収まってしまった私は、余計に言いずらくなってしまう。けれど───。

 きゅるるるるるるる

 私のお腹が代弁してくれた。

 次の瞬間、私が赤面するのと、シュウトが堪えきれず噴出すのはほぼ同時だった。

「はははっ、ちょっと待ってろ」
「え?あっ、ちょっと────」

 私が引き留めようと声を掛けたが、既にシュウトは消えてしまっていた。



 ───そして、待つこと数分。



「ほら、食べろ」

 シュウトの部屋の前の縁側に、私とシュウトは並んで腰掛けている。そして、私の目の前には、おにぎり、煮物、お浸しといった、すきっ腹に優しいラインナップの膳が置かれていた。

 今すぐ食べたい。けれど人前で食べ物を口にするのは抵抗がある、とうか恥ずかしい。

 ちらりと、シュウトを伺い見れば、気を遣ってくれているのか、視線は庭を向いていてくれている。

「いただきます」

 そう言葉にしても、シュウトは小さく頷くだけだった。

 やはり見ないでおいてくれるのだ。それなら、早々にいただこうと口に入れた瞬間、自分が思っていた以上に空腹だったみたいで、あっという間に完食してしまった。

「……ごちそうさまでした」

 残してしまうのは申し訳ないことだけど、あっという間に食べ終えてしまったことはそれで恥ずかしい。 

 もごもごと手を合わせて、食事の挨拶を終えた私にシュウトは頭をわしゃわしゃと撫でた。そして素早い動きで、私の膳を持ち立ち上がった。

「あっ、私が運びます」

 シュウトの屋敷で私は居候の身。膳まで下げられてしまうのは申し訳ない。慌てて私も立ち上がり、膳を奪い取ろうとしたけれど素早い動きでよけられてしまった。
 
「ちょっと待ってろ」

 不服そうに見つめる私に、シュウトは飄々とそう言うと再び台所へと消えてしまった。そしてすぐ戻って来た彼の手には盆の上に湯気のたった湯呑みが二つ。

「淹れ直してきた、飲め」

 そう言って、シュウトは再び私に湯呑を手渡す。

「あっ、ありいがとう」

 噛んでしまった。でも、シュウトは気付いてないみたいだから、黙っていよう。

 ふうふう息を吹きかけながらお茶を飲もうとしたら、視線を感じて顔をあげるとシュウトと目が合った。



 その時に唐突に気付いてしまった。シュウトは私との距離を見つけたんだ、と。

 お互い片側通行だった空気は、まだぎこちなさを残しながらも、この夜を境になじんでいくのだという予感がした。
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