お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

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寄り道の章

イケメンと約束しました

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 シュウトは私との距離間を掴んだみたい。けれど、私はまだ掴めていない。ということで、夜中にやり残した宿題を思い出したような焦りと、諦めと、開き直った気分で、シュウトの淹れてくれたお茶を飲む。 

 それは、花の香りがしてほんのりと甘い。まるでハーブティーみたいで、とっても美味しかった。

「……シュウトはまだ寝ないのですか?」
「ああ、目が覚めてしまってな」
「……………………そうですか」

 そしてお茶を一口のむ。

「……………………」
「……………………」 

 何とも言えない空気が二人を包む。気付いてしまったのだ。そういえば、私は今までシュウトと会話らしい会話をしたことがなかったということを。

 思い出してみれば、噛み合わない会話ばかりしてきた。後は私が八つ当たりをしていたか、シュウトがキレていたか……。はたと気付いたその現実に、今更、話題がないと焦る自分がいる。

 いや、話題がないことはない。聞きたいことはある。キスのこととか、急に変わった私の呼び方のこと。でも、深夜にシュウトの部屋の前で聞くのはとても憚られる。

 ここはシュウトの部屋の前。会話の成り行きで、そのまま部屋に連れ込まれ、ガブガブがムシャムシャになんぞ変わった日には、私は、部屋で悶絶するのではなく、溶けてしまうだろう。

 湯呑を両手でくるみながら、瞬時に考えた結果、ここは、このお茶を飲んで、早急に去るのが一番だという結論になった。

「シュウトありがとう、ごちそうさまでした。私、部屋に戻ります」

 お茶を飲み干し、縁側から立ち上がる。早口で言い捨てて、自室に戻ろうとシュウトに背を向けた途端、腕を掴まれた。

「!?」
「部屋まで送る」

 咄嗟に身構えた私に、シュウトはゆったりと笑みを浮かべてて、私の腕を掴んだまま立ち上がった。

「独りでも大丈夫です。自分の部屋くらいわかりま」
「行くぞ」

 す、まで言い切ることができず、もちろんシュウトの手も解くことができず、一旦、腕から手を離したシュウトは、今度は私の手を握ったまま歩き出した。







 さわさわと少し肌寒いけれど、心地よい夜風に吹かれながら、手をつなぎ並んで庭を歩く。

 けれど何となく無言でいるのが嫌だなと思い、何気なく口を開いた。

「桜もう、散っちゃいますね」
「そうだな、瑠璃は桜は好きか?」
「………………大っ嫌いです」
「………………そうか、失礼した」
「………………………………いえ」

 シュウトは、何故か突然、立ち止まった。

 気を悪くしてしまっただろうか。確かに自分で話題を降っておいて、斬り捨てる言い方は失礼だったかもしれない。

「シュウト、ごめん───」
「理由を聞いても良いか?」

 私の言葉を遮って、シュウトは問う。それはなんとなくだけど、花の好き嫌いという意味でな無いような気がしてシュウトに質問を質問で返してしまった。

「何の……ですか?」
「瑠璃が追われている、理由」
「!?」
「ナギから聞いた。桜が嫌いなのは、そのことに関係しているのであろう?」
「………………あ、それは……」

 そこまで言って、言葉が詰まる。私はシュウトの問いに、是とも否とも答えられない。

 なぜなら半分は正解で半分は不正解だから。あと、ナギはどこまでシュウトに話したのだろう。それを今、聞くと藪蛇になりそうなので、迂闊に口にできない。

 桜が嫌い=〇 正解
 婚儀が嫌で、逃げ出した=〇 大体は正解
 追手から逃げている=× 追手なんかいない
 二人を怪しんでいる=× 怪しんでいない

 丁度いい感じで、正解と不正解が分かれている。多数決すら取れない。

 返答に困った私を、シュウトは言えない何かがあると勘違いしたのだろう。シュウトは私の手を握る力を強くして、再び口を開いた。

「教えてほしい、瑠璃があそこに居た訳を」

 シュウトのその言葉に、私の心の深くしまってある箱がカタンと動いた。

 わかっている、シュウトは【何で婚儀を逃げ出した私が、あの桜の木の下にいたのか】と聞きたいのだろう。

 でも、私にとったら意味合いが違う。【どうして、異世界から来たのか】という意味になってしまう。

「今すぐにですか?」
「……今すぐじゃなくてもいい。でも、できるだけ早く」
「そんな話聞いても、つまらないだけです」
「なぁ、瑠璃、私では駄目か?」
「え?」

 思わぬシュウトの切り替えしで、言葉が詰まる。

「知りたいんだ、瑠璃のことを」

 本当にシュウトはとっても図々しい。ずかずかと私の心に入ってくる。

 なんていうか強引でもなく、乱暴でもなく、やっぱり図々しいという言葉が一番合っている。

 でも、嫌じゃない。こんなに図々しく私の心に入ろうとしてくれた人は初めてなのだから。……嫌じゃない。ただ、怖いだけだ。

 カタン、また心の奥の箱が動いた。

「────明日、で良いですか?」

 今すぐは絶対に無理。でも日にちを置いたら怖気づいてしまう。明日、というのが一番いい。

 シュウトは、黙って頷いてくれた。そして、再び私の手を繋いだまま歩き出す。と、いっても私の部屋は目の前だ。

「もう、ここで良いです」

 部屋の前の縁側に到着すると、私から手を離した。シュウトは何も言わない。

「おやすみなさい、シュウト。あと、ありがとうございます」

 そう言って、庭履きを脱いで縁側に上り体ごと向き合う。目の前の彼は、夜の帳よりも更に深い漆黒の髪をなびかせ私を穏やかに見つめている。

「おやすみ」

 シュウトはそう言うと、私に手を伸ばした。

 私だって、学習能力はある。今日されたことを思い出し、慌てて背を向けた。けれど、シュウトの手は、私の頭をわしゃわしゃ撫でただけだった。何だろう、上手く言えないけど肩透かしをくらった気分だ。

 おずおずと振り返ってもう一度、体ごと向き合う。シュウトは、優しく微笑んでいる。私もつられて、ほんのり笑った。

「瑠璃、また、明日」
「はい、また明日」

 それは傍から見たら、何気ない挨拶だけど───私にとったら、特別な響きだった。

 シュウトはもう一度だけ私の髪を撫で、踵を返した。

 私は、ぼんやりシュウトの背を見送りながら考える。
 シュウトは明日の約束の事を念押ししたりしなかった。きっと明日、私が気が変わったと言って何も話さなくても、彼はそうかと言って私を責めたりしないのかもしれない。


『試してみませんか?』

 ナギの言葉が蘇る。うん、逃げたりなんかしない、試してみよう。


 なぜだかわからないけれど、誰にも見せない、見せたくないと思っていた、心の底にしまってある箱を空けるのは、シュウトの前でやりたいと今は素直に思う。


 明日が来るのが待ち遠しいような、怖いような、複雑な気持ち。こんな気持ちになるのは初めてだ。
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