お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

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寄り道の章

イケメンに告白します①

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 シュウトの腕の中は暖かい。

 私を包みこんでも、まだ余ってしまうその中で、とても不思議な気持ちになる。

 私は日本に居た頃、誰かに触られるのがとても苦手だったのに。この世界でシュウトに出会ってから、それが嫌じゃなくなった。それは多分、私自身に変化があったからなのだろう。

 口を開いては閉ざす、を繰り返しながら、どれくらい私はシュウトの腕に抱かれていたのだろうか───ちゃんと話し始めたのは、黄昏からすっかり夜に変わってからだった。





「風神さんと私の先祖は、何百年も昔…富と栄光を約束するかわりに、ある約束を交わしたそうなんです。そして、その約束の証が、この衣、絢桜爛華なんです」

 絢桜爛華は神様の力が宿っている衣。我が家の御神体。だからどれだけ汚れても、傷がついても、すぐさま元通りになる。

 シュウトの腕の中で、ぽつりぽつりと話し始めた私は袖を持ち上げ衣を見つめる。そしてシュウトは、ただ黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。

「神結の家は約束どおり繁栄しました。ちょっとじゃそっとじゃ潰れないぐらいに。でも、富を求めすぎてしまった私たち一族は、いつしか長い年月の中で何の約束をしたのか……忘れてしまった。約束を忘れてしまった事を気付かれては、風神さんの怒りをかってしまう。だから……」

 そこまで言って、一旦、言葉を止めてしまう。正直言って、一族の愚かな行為を口にするのはかなり恥ずかしい。
 
 首を捻ってちらりとシュウトを伺うと、くるりと目を向けてくれる。でもやっぱり急かしたりはしない。

 このまま口をつぐんだままでいたら、シュウトはきっと朝までこうしていてくれるだろう。でも、それに甘えるわけにはいかない。小さく息を吸って、再び口を開いた。

「だから、私の一族は怒りをかう前に、この絢桜爛花に花嫁という名の生贄をささげることにしたんです」

 勝手な話ですね、と、自嘲的に笑ってみる。

 風神さんはそのことに気付いていたはずだ。気付いていて、ずっと花嫁を迎え続けた。その真意はわからない。私にお遣いを頼んだように、他の花嫁にも取引を持ち掛けていたのかもしれない。

 かつての花嫁に聞いてみることも、風神さんに直接確認をとることもしていないので、私の推測に過ぎないけれど。

 ただ一つ言えるのは、風神さんと取引をしたのは、きっと私が初めてなのだろう。

 改めて口にしてみると、何て馬鹿馬鹿しい話なのだろうか。語る自分ですら笑いがこみあげてくる。

 けれど、シュウトは先ほどから何も言わない。だから彼が何を考えているのかわからない。私達一族を軽蔑しているだろうか、呆れていてかける言葉すらみつからないのだろうか。

 そんなことを考えていたら、ふわりと柔らかいものが髪にふれた。それはシュウトの手だった。私の髪を撫でる手つきは泣きたくなるほど優しい。その大きな手が気持ちよくて、しばらく身を任せていたけど、私は再び話を続けた。

「きっと最初は試しに……生贄を捧げてみたんだと思います。もし間違っていたら、違う方法を考えようとしていたのかもしれません。ただ風神さんに花嫁を捧げた結果、怒りを買うどころか、神結家はより一層、繁栄し続けたんです」

 怒ってくれたら良かったのに、と他人事のように思う。そうすれば、花嫁の命は救われた。私達一族も、こんな歪んだ形にならなかった。

 目に見えないものに縋るのはとてもあやふやで、不明瞭なものを支えにするのは薄氷の上を歩き続けるもの。常に不安と恐怖が付きまとう。だから、確証を得たものを正としてしまったのだろう。

「約束を思い出すより、花嫁を捧げたほうが手っ取り早いと、味を占めた神結の一族は、それから百年に一度、花嫁という名の生贄をささげ続けました。そして、私の母さまも……その一人だっのです」

 そこまでで、一旦言葉を区切ると、私は思い切って顔を上げた。

「でも、母さまは花嫁にならなかった。逃げ出したんです。好きな人と一緒になるために」

 孤独を抱えていた母さまに、手をさしのべた人がいた。そしてその相手に母さまも、特別な想を抱いた。

 詳しいいきさつはわからないけど、二人は監視の厳しい一族の目をすり抜けて、駆け落ちをした。……それで終われば良かったのに。

「でも、母さまはすぐに一族に捕まってしまった。そして私の父親は────殺されました」

 ぐっと、拳を握り締めた。
 人一人の命を闇に葬ることなど容易いぐらい、神結家の力は大きいものになっていた。一族の繁栄の為なら、多少の血が流れても誰も感情が動かなかったのだ。

 だから私は父親の顔を知らなければ、名前もどんな人だったかも知らない。

 父親の面影を追う為に、何度も鏡に映る自分の顔を見つめた。この髪と目が唯一、私に父親という存在がいたことを証明する証だったから。

 誰も私に父親について教えてくれる者はいなかった。親族の前で父親という名前を出すだけで殴られた。そして、決まってこう言われた


 黙れ、人殺し───と。


 私は生まれついての殺人者なのだ。父さまを殺し、母さまを死に追いやった。

「私ね、生まれちゃいけない子だったようです」

 風神さんの花嫁を汚して、罪のない人を殺して───お前は忌み子だとずっと言われてきた。唯一、その罪を拭えるのは、私が母さまの代わりに風神さんの花嫁になるしかない、と。

 再び、拳を握り締めた。爪が食い込んで痛い。でも、別の痛みでごまかさないと話すことができない。

 それなのにシュウトは、握り締めている私の拳を優しく解いてしまう。そして私の手を取り、辛そうな顔をした。おそらく私の掌は、爪が食い込み血が滲んでいるんだろう。

 私が大丈夫と言うよりも早く、シュウトはお互いの指を絡ませた。私が再び拳を握り締めないように。大きな手から熱が伝わり、指先から順番に強張っていた体が解れる。

「私がね、生かされていたのは、風神さんの花嫁になるためです。でも風神さんは、そんな私に取引を持ちかけてくれたんです」
「どんな取引をしたのか聞いてもいいか?」

 ずっと私の話に耳を傾けてくれいたシュウトが、静かに問うた。

「……お遣いに行ってきて欲しいって。お遣いを引き受けてくれたら、私を自由にしてくれるそうなんです」
「お遣い?」
「そうです。コキヒ国のとある人に会って来てって。それだけ」
「………………」

 だから風神さんは悪い人なんかじゃないんです。そう付け加えてみたけど、シュウトは何故か怒りを滲ませて呻くだけだった。

「……何故に」
「ん?」

 シュウトの声は怒りを含んでいて、私はその一言を言うのが精一杯だった。どうしよう、私の話が不快だったのだ。申し訳ないことをしてしまった。

 怒ったシュウトは、とてつもなく恐ろしいということを私は、十分に知っている。お説教をくらうのは、致し方ないけど、できれば至近距離でのお説教は避けたい。

 どの辺が不快だったのかとか聞く余裕もなく、もぞもぞとシュウトの腕から逃げ出そうともがくがシュウトはがっちりと私を抱えこんで離してくれない。

「何故に……瑠璃ばかりこのような想いをしなければ、ならないのか」

 そう吐き出したシュウトの声は、こちらの胸がえぐられるような、苦しげな声だった。私は顔を上げてシュウトを覗き込む。シュウトは、声よりももっともっと苦しそうな顔をしていた。

「……何故、どうしてなんだ」

 シュウトは私の目を見つめてそう呟く。それは、私に問うているわけでもなく、答えを求めているわけでもないのだろう。

 シュウトは優しい。自分だって何かを抱えているはずなのに、私の為に顔を歪ませ胸を痛めてくれる。

 風神さんがコキヒ国にとってどんな存在なのか、気になるはずなのにそれを決して私に問うたりはしない。ただ、私の言葉に、私の過去に、私の心に寄り添ってくれている。

 そんな彼に向かって私は何度も冷たい言葉を吐き、酷い態度を取ってしまったのに、彼の眼差しはこんなにも暖かい。

 カタリ、心の奥底にしまってあった箱の蓋が、完全に開いた。

 この蓋はどれだけ辛い思いをしても体を痛め続けても、絶対に蓋を開けるもんかと思っていた。一生誰にも言わず、一人で抱えて生きていくつもりだった。

 なのに、シュウトはその蓋をあっという間に開けてしまった。

 それはまるで北風と太陽。

 冷たく厳しい態度でいれば、かえって人の心は頑なになる。けれど、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示すことによって人は心を動かされるもの。


「シュウト、泣かないでください」

 私は手を伸ばして、シュウトの目の端に溜まった雫を拭いながら囁いた。私にできるのは、これくらいだ。お願い───憐れまないで。同情しないで。



 私は、シュウトが胸を痛めるような人間なんかじゃない。

 認めたくないけれど私だって神結家の血を引く人間なのだ。自分勝手な我儘で傷付けることができる人間なのだ。

 悲劇のヒロインでいたいわけではない。同情されたいわけではない。

 シュウトが全てを知りたいと言ってくれた。だから私は、醜い部分もちゃんとシュウトに見せよう。それがどんな結末になっても。
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