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第8夜 心休める時
第1話 目覚めて
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カチ、カチッと時計の針が動く音がする。少しずつ、近づいていくように大きくなっていく音。綿毛のように軽かった感覚は、ずっしりと重くなる。
沈んでいた意識が浮上してきたことようだ。
つんっと、爽やかで甘い香り。まるで花畑にいるようで、頬を寄せると柔らかいシーツがくすぐったい。
緋鞠は、ゆっくりと目を開いた。
辺りは薄暗く、よく見えない。分かるのは、自分がベッドの上で寝ているということだけ。
伸びをしながら寝返りを打つと、手に何か当たる。体を起こすと、それはちょこちょことシーツの波を縫って緋鞠の手にすり寄った。
それは手のひらサイズの折り鶴。確か、澪が連れていた封月ではなかっただろうか。
「どうして私のところにいるのかな」
手のひらに掬い上げて顔につんっと触れると、嬉しそうに振るえている。
「可愛い」
スーッと襖が開く音、パチリッと電気がついた。音がした方に目を向けると、白衣を着た澪がいた。ほっとした表情で近づいてくる。
「目覚めたみたいだね。ちょっとごめんよ」
そういってベッドに腰かけると、軽くおでこに触れる。少し冷たい手が気持ちいい。首に掛けていた聴診器を当て、しばらくすると頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。気分が悪いとかないかい?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかった。何があったか、覚えてる?」
「私……」
確か、上級生と喧嘩したあと──。
脳裏に浮かぶのは、暗闇での地獄のような光景。忘れられるはずがない。
けれど、なんて言ったらいいのかわからない。
(話した方がいい? だけど……)
あまりにも、わからないことが多すぎる。あれがいつで、私にどんな関係があるのか。
分かるまでは、誰にも話したくない。
ぎゅっと手を握りしめて、黙りこむ。そんな緋鞠をみかねて、澪はそっと緋鞠を引き寄せた。髪を梳くように、優しく頭を撫でられる。
「あんなとこに連れてかれたんだもの、話したくないよね。ごめんね」
「澪さんはなにも悪くないです。私が勝手に暴れちゃっただけですし……」
「いや、あたいも医者の癖に油断しちゃってねぇ。あたいが休ませてでも、調律すべきだったよ」
「え?」
調律? そういえば、そんなことを言われてたような。けど、どういう意味だろう。
不思議そうに首を傾げると、澪は言いにくそうに目を逸らした。
「えっと……おまえさん、地下牢で霊力を暴走させちゃって」
「え!? ぜんっぜん記憶にないです!」
「だよねぇ、暴走してる間の記憶は曖昧になるみたいだよ」
「な、なんかやらかしましたか!?」
「……大丈夫大丈夫! ちょっと地下牢ぶっ壊しただけだから」
「それ結構大事ですよ!?」
「ほらほら、そんなことよりこっちこっち」
澪は強引に話を変えて、緋鞠の胸の真ん中辺りを指差す。
「調律したから、まだ残ってはずだよ」
「?」
治療の際に着替えさせてくれたのだろう、前開きのパジャマのボタンを外してみる。
すると、胸の中心辺りに円と花弁が舞っている薄紅色の陣が浮かんでいた。
「なんですか、これ?」
「霊魂の調律印さ」
「霊魂?」
「一般的に知られている魂に似たようなもんでね。霊魂には霊力の性質、属性の情報がつまってる。そして最も大事な機能はなんだと思う?」
性質や属性の情報をもつことより、大事な機能?
考えてみて、一つ思い当たる。
「霊力の生成?」
「正解。心臓と一緒で、霊魂は霊力を生成、のちに身体中に巡らせる。そうすることで、あたいらは術を使うことができるのさ」
「なるほど。それじゃあ、これは霊魂を調律するのに使った印ですか?」
「そういうこと。察しがよくて助かるねぇ」
それでは、この印を使って調律をするのか。
どうやって行うのか、少し気になった。けれど、澪は立ち上がってしまう。
「どれ、もう寝ないとね」
「え? 調律の話、もっと聞きたいです」
「話してあげたいけど、おまえさんあれだけ霊力を使ったんだ。回復するのにもう少し寝ないと」
そうして、ベッド横のキャビネットの上に置かれた時計を差し出される。時刻は午前二時を過ぎたところだった。
「ね?」
「はーい……」
渋々頷き、ベッドから下りようとすると止められる。部屋に戻ろうとしただけなのだが。
「今日はあたいの蔵にお泊まり」
「へ?」
「ここ、蔵の二階の入院部屋みたいなもんでね。全部揃ってるから」
「で、でも、もう大丈夫です。銀狼のこと心配だし」
「ああ、銀狼なら治療しといたよ。あいつも疲れてるようだし、今日は狭間で休むよう言ってある」
「そ、そうですか……」
確かに、ゆっくり休むなら本来いるべき世界の方が休めるだろう。
「ほらほら、ゆっくりおやすみ。休めるように、ラベンダーの香も焚いておいたから」
ぐいぐいと、半ば押し込められるように寝かせられる。そうして、電気を消された。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
途端に、部屋が静かになる。まぁ、目をつぶればどうにか寝れるだろう。
目をつぶって、眠ろうと集中してみた。
沈んでいた意識が浮上してきたことようだ。
つんっと、爽やかで甘い香り。まるで花畑にいるようで、頬を寄せると柔らかいシーツがくすぐったい。
緋鞠は、ゆっくりと目を開いた。
辺りは薄暗く、よく見えない。分かるのは、自分がベッドの上で寝ているということだけ。
伸びをしながら寝返りを打つと、手に何か当たる。体を起こすと、それはちょこちょことシーツの波を縫って緋鞠の手にすり寄った。
それは手のひらサイズの折り鶴。確か、澪が連れていた封月ではなかっただろうか。
「どうして私のところにいるのかな」
手のひらに掬い上げて顔につんっと触れると、嬉しそうに振るえている。
「可愛い」
スーッと襖が開く音、パチリッと電気がついた。音がした方に目を向けると、白衣を着た澪がいた。ほっとした表情で近づいてくる。
「目覚めたみたいだね。ちょっとごめんよ」
そういってベッドに腰かけると、軽くおでこに触れる。少し冷たい手が気持ちいい。首に掛けていた聴診器を当て、しばらくすると頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。気分が悪いとかないかい?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかった。何があったか、覚えてる?」
「私……」
確か、上級生と喧嘩したあと──。
脳裏に浮かぶのは、暗闇での地獄のような光景。忘れられるはずがない。
けれど、なんて言ったらいいのかわからない。
(話した方がいい? だけど……)
あまりにも、わからないことが多すぎる。あれがいつで、私にどんな関係があるのか。
分かるまでは、誰にも話したくない。
ぎゅっと手を握りしめて、黙りこむ。そんな緋鞠をみかねて、澪はそっと緋鞠を引き寄せた。髪を梳くように、優しく頭を撫でられる。
「あんなとこに連れてかれたんだもの、話したくないよね。ごめんね」
「澪さんはなにも悪くないです。私が勝手に暴れちゃっただけですし……」
「いや、あたいも医者の癖に油断しちゃってねぇ。あたいが休ませてでも、調律すべきだったよ」
「え?」
調律? そういえば、そんなことを言われてたような。けど、どういう意味だろう。
不思議そうに首を傾げると、澪は言いにくそうに目を逸らした。
「えっと……おまえさん、地下牢で霊力を暴走させちゃって」
「え!? ぜんっぜん記憶にないです!」
「だよねぇ、暴走してる間の記憶は曖昧になるみたいだよ」
「な、なんかやらかしましたか!?」
「……大丈夫大丈夫! ちょっと地下牢ぶっ壊しただけだから」
「それ結構大事ですよ!?」
「ほらほら、そんなことよりこっちこっち」
澪は強引に話を変えて、緋鞠の胸の真ん中辺りを指差す。
「調律したから、まだ残ってはずだよ」
「?」
治療の際に着替えさせてくれたのだろう、前開きのパジャマのボタンを外してみる。
すると、胸の中心辺りに円と花弁が舞っている薄紅色の陣が浮かんでいた。
「なんですか、これ?」
「霊魂の調律印さ」
「霊魂?」
「一般的に知られている魂に似たようなもんでね。霊魂には霊力の性質、属性の情報がつまってる。そして最も大事な機能はなんだと思う?」
性質や属性の情報をもつことより、大事な機能?
考えてみて、一つ思い当たる。
「霊力の生成?」
「正解。心臓と一緒で、霊魂は霊力を生成、のちに身体中に巡らせる。そうすることで、あたいらは術を使うことができるのさ」
「なるほど。それじゃあ、これは霊魂を調律するのに使った印ですか?」
「そういうこと。察しがよくて助かるねぇ」
それでは、この印を使って調律をするのか。
どうやって行うのか、少し気になった。けれど、澪は立ち上がってしまう。
「どれ、もう寝ないとね」
「え? 調律の話、もっと聞きたいです」
「話してあげたいけど、おまえさんあれだけ霊力を使ったんだ。回復するのにもう少し寝ないと」
そうして、ベッド横のキャビネットの上に置かれた時計を差し出される。時刻は午前二時を過ぎたところだった。
「ね?」
「はーい……」
渋々頷き、ベッドから下りようとすると止められる。部屋に戻ろうとしただけなのだが。
「今日はあたいの蔵にお泊まり」
「へ?」
「ここ、蔵の二階の入院部屋みたいなもんでね。全部揃ってるから」
「で、でも、もう大丈夫です。銀狼のこと心配だし」
「ああ、銀狼なら治療しといたよ。あいつも疲れてるようだし、今日は狭間で休むよう言ってある」
「そ、そうですか……」
確かに、ゆっくり休むなら本来いるべき世界の方が休めるだろう。
「ほらほら、ゆっくりおやすみ。休めるように、ラベンダーの香も焚いておいたから」
ぐいぐいと、半ば押し込められるように寝かせられる。そうして、電気を消された。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
途端に、部屋が静かになる。まぁ、目をつぶればどうにか寝れるだろう。
目をつぶって、眠ろうと集中してみた。
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