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第一話 プロローグ――開幕
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「――今度こそ、婚約破棄なんて言わないでくださいな」
わたくしの軽口に、彼は柔らかく微笑み返した。
さきほど誓いのキスを交わしたばかりの彼と腕を組み、照れながら前を向く。
……こんな幸せが、ずっと続きますように――。
そう願った瞬間、胸の奥に、ひやりとしたものが走り、思わず彼と視線を交わす。
視線をそらし、絡めた腕に力がこもる。本当に、こういうことだけは不器用な人。
でも、だからこそ信じられる――そう思うとおかしくて、そのひやりはほどけて溶けていった。
そろって大聖堂の扉をくぐり、外へ一歩踏み出した瞬間、花びらのような光が舞い降り――
王都じゅうの鐘楼が一斉に鳴り渡り、続いて祝砲が澄んだ青空に大輪の花を咲かせた。
――思えば、一年前のあの最悪の結婚式が、すべての始まりでした。
けれど、あの頃のわたくし――リシェル・クレイモアは、
その先に、あれほどの運命が待ち受けていようとは、知る由もなかったのです。
◆
――一年前。
王都にそびえる、千年の歴史を抱く大聖堂。
天を突く尖塔と、時を見下ろしてきた石の柱が荘厳な静寂を守り、
色とりどりのステンドグラスには、神話の一場面――天使と聖獣が描かれている。
その光は祭壇に並ぶ、聖獣を象った金の燭台を虹色に染め、風ひとつない堂内で揺らめく炎だけがわずかに動いていた。
――その中央。
純白のドレスに身を包んだ花嫁、
公女リシェル・クレイモアは、ただ静かに微笑んでいた。
美しい――けれど、どこか儚げで、醒めた笑み。
まるで、この場でただ一人、別の時を生きているかのように。
今日、この大聖堂で交わされるのは、
王国第二王子・セドリック・フォン・アウグストとの婚礼。
政略で整えられた、王国の未来を担う一大儀式。
すべてが完璧に、静謐に――進められていた。
……少なくとも、扉が開かれるまでは。
「王子殿下、ご到着ッ!」
扉が開き、昼下がりの陽光が差し込む。
一斉に振り返る視線の先――白の礼服に身を包んだ王子、セドリックの姿。
だが、その隣にいたのは――見知らぬ女だった。
祝福の空気が、一瞬で凍りつく。
その沈黙を、セドリックの声が切り裂いた。
「俺は――愛を選ぶ!
リシェル、お前との婚約は……今日この場で破棄だ!」
ざわっ……!
楽団の音が止み、王の椅子が軋む音が堂内に響く。
「セ、セドリック……なにを……!」
腰を浮かせたアウグスト王がうめき、
隣に控えるアメリア王女は、溜息まじりに扇を口元へと持ち上げる。
「……やはり、こうなると思っていましたわ」
騒然とする堂内。
その中で、ただ一人――笑みを崩さなかった者がいた。
花嫁、リシェル・クレイモア。
「まあ……ずいぶん安っぽい即興劇ですこと。
ふふ、まるで三文芝居の幕開けですわね」
その声音は冷ややか。けれどどこか遠い。
ほんの少しだけ、胸の奥で何かが軋んだような――そんな余韻が、わずかに滲む。
ふわりとドレスの裾を払うと、誰もいないはずの隣にやわらかく声をかける。
「クラウス。これは……どう“処理”すればよくて?」
――瞬間、空気が変わった。
温度が数度下がったような錯覚。
かすかな金属の匂いが漂い、空間そのものが軋む気配――
闇の帳のように、男が現れた。
黒の燕尾服に銀の仮面。
背筋を伸ばし、沈黙のまま一礼するその姿。
それが、リシェルの傍らに現れた影――クラウスだった。
動作は隙なく、美しく。
だが仮面の奥に宿る瞳は、研ぎ澄まされた氷のように冷ややかで。
王子の隣の女をまっすぐに見据え――
まるで“獲物”と定めた鷹のように、その場に立った。
静寂が音を呑み込んでいく中、クラウスが低く告げる。
「祝賀パレードは、すでに中止いたしました。
……祝砲は、芝居の“終幕”でと相場が決まっております。お嬢様」
わたくしの軽口に、彼は柔らかく微笑み返した。
さきほど誓いのキスを交わしたばかりの彼と腕を組み、照れながら前を向く。
……こんな幸せが、ずっと続きますように――。
そう願った瞬間、胸の奥に、ひやりとしたものが走り、思わず彼と視線を交わす。
視線をそらし、絡めた腕に力がこもる。本当に、こういうことだけは不器用な人。
でも、だからこそ信じられる――そう思うとおかしくて、そのひやりはほどけて溶けていった。
そろって大聖堂の扉をくぐり、外へ一歩踏み出した瞬間、花びらのような光が舞い降り――
王都じゅうの鐘楼が一斉に鳴り渡り、続いて祝砲が澄んだ青空に大輪の花を咲かせた。
――思えば、一年前のあの最悪の結婚式が、すべての始まりでした。
けれど、あの頃のわたくし――リシェル・クレイモアは、
その先に、あれほどの運命が待ち受けていようとは、知る由もなかったのです。
◆
――一年前。
王都にそびえる、千年の歴史を抱く大聖堂。
天を突く尖塔と、時を見下ろしてきた石の柱が荘厳な静寂を守り、
色とりどりのステンドグラスには、神話の一場面――天使と聖獣が描かれている。
その光は祭壇に並ぶ、聖獣を象った金の燭台を虹色に染め、風ひとつない堂内で揺らめく炎だけがわずかに動いていた。
――その中央。
純白のドレスに身を包んだ花嫁、
公女リシェル・クレイモアは、ただ静かに微笑んでいた。
美しい――けれど、どこか儚げで、醒めた笑み。
まるで、この場でただ一人、別の時を生きているかのように。
今日、この大聖堂で交わされるのは、
王国第二王子・セドリック・フォン・アウグストとの婚礼。
政略で整えられた、王国の未来を担う一大儀式。
すべてが完璧に、静謐に――進められていた。
……少なくとも、扉が開かれるまでは。
「王子殿下、ご到着ッ!」
扉が開き、昼下がりの陽光が差し込む。
一斉に振り返る視線の先――白の礼服に身を包んだ王子、セドリックの姿。
だが、その隣にいたのは――見知らぬ女だった。
祝福の空気が、一瞬で凍りつく。
その沈黙を、セドリックの声が切り裂いた。
「俺は――愛を選ぶ!
リシェル、お前との婚約は……今日この場で破棄だ!」
ざわっ……!
楽団の音が止み、王の椅子が軋む音が堂内に響く。
「セ、セドリック……なにを……!」
腰を浮かせたアウグスト王がうめき、
隣に控えるアメリア王女は、溜息まじりに扇を口元へと持ち上げる。
「……やはり、こうなると思っていましたわ」
騒然とする堂内。
その中で、ただ一人――笑みを崩さなかった者がいた。
花嫁、リシェル・クレイモア。
「まあ……ずいぶん安っぽい即興劇ですこと。
ふふ、まるで三文芝居の幕開けですわね」
その声音は冷ややか。けれどどこか遠い。
ほんの少しだけ、胸の奥で何かが軋んだような――そんな余韻が、わずかに滲む。
ふわりとドレスの裾を払うと、誰もいないはずの隣にやわらかく声をかける。
「クラウス。これは……どう“処理”すればよくて?」
――瞬間、空気が変わった。
温度が数度下がったような錯覚。
かすかな金属の匂いが漂い、空間そのものが軋む気配――
闇の帳のように、男が現れた。
黒の燕尾服に銀の仮面。
背筋を伸ばし、沈黙のまま一礼するその姿。
それが、リシェルの傍らに現れた影――クラウスだった。
動作は隙なく、美しく。
だが仮面の奥に宿る瞳は、研ぎ澄まされた氷のように冷ややかで。
王子の隣の女をまっすぐに見据え――
まるで“獲物”と定めた鷹のように、その場に立った。
静寂が音を呑み込んでいく中、クラウスが低く告げる。
「祝賀パレードは、すでに中止いたしました。
……祝砲は、芝居の“終幕”でと相場が決まっております。お嬢様」
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