6 / 37
第六話 王と王女とピーナッツ
「……で、セドリックは今、どこにいる? 夕食は済ませておるのか?」
月も昇りきった夜更け。
二人きりの玉座の間に、王アウグストの重々しい声が響く。
「式場近くの離宮にて保護中です。
……民衆への影響を避けるため、今は“静養中”――誰の心を、でしょうね」
答えたのは王女アメリア。
金の髪を無造作にまとめ、紅のドレスに黒のショールを羽織った姿は、昼の華やぎとはまるで違っていた。
華やぎの代わりに、刃が立っていた。
玉座脇に腰掛け、足を組む。姿勢は乱れず、指先だけがティーカップを持ち上げる。
「愚か者め……。なぜあの場であんな真似を……!
あの子はな、お前も知っていると思うが、昔から気まぐれなところがあってな……。
しかし、政にまでそれを持ち込むとは……」
王は顔を歪め、肘掛けに拳を打ち付けた。
「式を弄び、民意を踏みにじり、国政までも台無し……いや、逆だ!
国政を弄び、民意を踏みにじり、式までもぶち壊しにして――とにかく大惨事だ!」
王は、額に手をやると、絞り出すように言った。
「……それでも、あやつは我が息子なのだ……。どうしてこう、育ちきらんのだ……。
それで……夕食は?」
「温かいスープとパン。スープは三杯、完食です」
「……うむ、食欲はあるのだな」
王は満足げに頷く。
いつの間にか、玉座の肘掛けには銀皿のピーナッツが盛られていた。
ポリッ。
アメリアの眉がぴくり、と動く。
「お父様」
アメリアの声音は冷ややかだった。
「今回の件……ご安心ください。“彼”が動いています」
王の眉がわずかに動いた。
「彼……? まさか、厨房の……あの、なんだ、コック帽の……」
「違います」
「違うのか」
数秒の沈黙。
「……おお、あの無口な仮面の執事――クラレンスだな」
ポリッ。
王は、玉座のひじ掛けからひとつ摘んでいたピーナッツを、口に放り込む。
アメリアのまばたきが一度止まった。
「クラウスです」
「……そう、それだ。だいたい合っておる」
アメリアは無言で手元のカップに目を落とす。
まだ湯気を立てる紅茶が、侍女の気配だけを残して静かに置かれていた。
「……ええ。覚えておいて損はない人物です。
彼はクレイモア家の有能な執事ですが……“影”としても有能です」
「うむ……。執事とは紅茶係ではないのか?」
「紅茶も、です」
「紅茶もなのか……」
アメリアは窓の外に目をやる。
夜の風が静かに吹き込む。月の光は薄く、だが確かな冷気を帯びていた。
「“彼が動く”ということは、何か重大な“兆し”があったと見るべきでしょうね」
王はしばし口を閉ざし、やがて低く呟く。
「うむ……。お前がそこまで言うなら、そうなのであろうな。
ただ、それほどまでの者が動くなら……」
「それだけ、この騒動が“計算外の災厄”である可能性がある、ということです」
アメリアはため息を一つ落とすと、玉座に近づき、王の視線と正面から向き合う。
「今は、“正体”や“立場”を問うべき時ではありません。
彼は静かに、確実に、仕事を果たす――それだけで充分です」
王の目がわずかに揺れた。
それは恐怖でも不安でもない――老いた王が、最後に縋る“拠り所”を見つけたかのような眼差しだった。
「……うむ。そうか。ならば任せよう……。ん? なんだったか、名は……」
「……クラウスです」
アメリアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。
「そう、それだ。それにしても本当に有能なのだな、そのクラレンボという紅茶係は」
アメリアの目元がわずかに引きつる。
ポリッ。王はまた、ピーナッツをひとつ放り込んだ。
月も昇りきった夜更け。
二人きりの玉座の間に、王アウグストの重々しい声が響く。
「式場近くの離宮にて保護中です。
……民衆への影響を避けるため、今は“静養中”――誰の心を、でしょうね」
答えたのは王女アメリア。
金の髪を無造作にまとめ、紅のドレスに黒のショールを羽織った姿は、昼の華やぎとはまるで違っていた。
華やぎの代わりに、刃が立っていた。
玉座脇に腰掛け、足を組む。姿勢は乱れず、指先だけがティーカップを持ち上げる。
「愚か者め……。なぜあの場であんな真似を……!
あの子はな、お前も知っていると思うが、昔から気まぐれなところがあってな……。
しかし、政にまでそれを持ち込むとは……」
王は顔を歪め、肘掛けに拳を打ち付けた。
「式を弄び、民意を踏みにじり、国政までも台無し……いや、逆だ!
国政を弄び、民意を踏みにじり、式までもぶち壊しにして――とにかく大惨事だ!」
王は、額に手をやると、絞り出すように言った。
「……それでも、あやつは我が息子なのだ……。どうしてこう、育ちきらんのだ……。
それで……夕食は?」
「温かいスープとパン。スープは三杯、完食です」
「……うむ、食欲はあるのだな」
王は満足げに頷く。
いつの間にか、玉座の肘掛けには銀皿のピーナッツが盛られていた。
ポリッ。
アメリアの眉がぴくり、と動く。
「お父様」
アメリアの声音は冷ややかだった。
「今回の件……ご安心ください。“彼”が動いています」
王の眉がわずかに動いた。
「彼……? まさか、厨房の……あの、なんだ、コック帽の……」
「違います」
「違うのか」
数秒の沈黙。
「……おお、あの無口な仮面の執事――クラレンスだな」
ポリッ。
王は、玉座のひじ掛けからひとつ摘んでいたピーナッツを、口に放り込む。
アメリアのまばたきが一度止まった。
「クラウスです」
「……そう、それだ。だいたい合っておる」
アメリアは無言で手元のカップに目を落とす。
まだ湯気を立てる紅茶が、侍女の気配だけを残して静かに置かれていた。
「……ええ。覚えておいて損はない人物です。
彼はクレイモア家の有能な執事ですが……“影”としても有能です」
「うむ……。執事とは紅茶係ではないのか?」
「紅茶も、です」
「紅茶もなのか……」
アメリアは窓の外に目をやる。
夜の風が静かに吹き込む。月の光は薄く、だが確かな冷気を帯びていた。
「“彼が動く”ということは、何か重大な“兆し”があったと見るべきでしょうね」
王はしばし口を閉ざし、やがて低く呟く。
「うむ……。お前がそこまで言うなら、そうなのであろうな。
ただ、それほどまでの者が動くなら……」
「それだけ、この騒動が“計算外の災厄”である可能性がある、ということです」
アメリアはため息を一つ落とすと、玉座に近づき、王の視線と正面から向き合う。
「今は、“正体”や“立場”を問うべき時ではありません。
彼は静かに、確実に、仕事を果たす――それだけで充分です」
王の目がわずかに揺れた。
それは恐怖でも不安でもない――老いた王が、最後に縋る“拠り所”を見つけたかのような眼差しだった。
「……うむ。そうか。ならば任せよう……。ん? なんだったか、名は……」
「……クラウスです」
アメリアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。
「そう、それだ。それにしても本当に有能なのだな、そのクラレンボという紅茶係は」
アメリアの目元がわずかに引きつる。
ポリッ。王はまた、ピーナッツをひとつ放り込んだ。
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
他小説サイトにも投稿しています。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。
オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。
それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが…
ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。
自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。
正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。
そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが…
※カクヨム、なろうでも投稿しています。
よろしくお願いします。
婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!
パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。