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第六話 王と王女とピーナッツ
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「……で、セドリックは今、どこにいる? 夕食は済ませておるのか?」
月も昇りきった夜更け。
二人きりの玉座の間に、王アウグストの重々しい声が響く。
「式場近くの離宮にて保護中です。
……民衆への影響を避けるため、今は“静養中”――誰の心を、でしょうね」
答えたのは王女アメリア。
金の髪を無造作にまとめ、紅のドレスに黒のショールを羽織った姿は、昼の華やぎとはまるで違っていた。
華やぎの代わりに、刃が立っていた。
玉座脇に腰掛け、足を組む。姿勢は乱れず、指先だけがティーカップを持ち上げる。
「愚か者め……。なぜあの場であんな真似を……!
あの子はな、お前も知っていると思うが、昔から気まぐれなところがあってな……。
しかし、政にまでそれを持ち込むとは……」
王は顔を歪め、肘掛けに拳を打ち付けた。
「式を弄び、民意を踏みにじり、国政までも台無し……いや、逆だ!
国政を弄び、民意を踏みにじり、式までもぶち壊しにして――とにかく大惨事だ!」
王は、額に手をやると、絞り出すように言った。
「……それでも、あやつは我が息子なのだ……。どうしてこう、育ちきらんのだ……。
それで……夕食は?」
「温かいスープとパン。スープは三杯、完食です」
「……うむ、食欲はあるのだな」
王は満足げに頷く。
いつの間にか、玉座の肘掛けには銀皿のピーナッツが盛られていた。
ポリッ。
アメリアの眉がぴくり、と動く。
「お父様」
アメリアの声音は冷ややかだった。
「今回の件……ご安心ください。“彼”が動いています」
王の眉がわずかに動いた。
「彼……? まさか、厨房の……あの、なんだ、コック帽の……」
「違います」
「違うのか」
数秒の沈黙。
「……おお、あの無口な仮面の執事――クラレンスだな」
ポリッ。
王は、玉座のひじ掛けからひとつ摘んでいたピーナッツを、口に放り込む。
アメリアのまばたきが一度止まった。
「クラウスです」
「……そう、それだ。だいたい合っておる」
アメリアは無言で手元のカップに目を落とす。
まだ湯気を立てる紅茶が、侍女の気配だけを残して静かに置かれていた。
「……ええ。覚えておいて損はない人物です。
彼はクレイモア家の有能な執事ですが……“影”としても有能です」
「うむ……。執事とは紅茶係ではないのか?」
「紅茶も、です」
「紅茶もなのか……」
アメリアは窓の外に目をやる。
夜の風が静かに吹き込む。月の光は薄く、だが確かな冷気を帯びていた。
「“彼が動く”ということは、何か重大な“兆し”があったと見るべきでしょうね」
王はしばし口を閉ざし、やがて低く呟く。
「うむ……。お前がそこまで言うなら、そうなのであろうな。
ただ、それほどまでの者が動くなら……」
「それだけ、この騒動が“計算外の災厄”である可能性がある、ということです」
アメリアはため息を一つ落とすと、玉座に近づき、王の視線と正面から向き合う。
「今は、“正体”や“立場”を問うべき時ではありません。
彼は静かに、確実に、仕事を果たす――それだけで充分です」
王の目がわずかに揺れた。
それは恐怖でも不安でもない――老いた王が、最後に縋る“拠り所”を見つけたかのような眼差しだった。
「……うむ。そうか。ならば任せよう……。ん? なんだったか、名は……」
「……クラウスです」
アメリアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。
「そう、それだ。それにしても本当に有能なのだな、そのクラレンボという紅茶係は」
アメリアの目元がわずかに引きつる。
ポリッ。王はまた、ピーナッツをひとつ放り込んだ。
月も昇りきった夜更け。
二人きりの玉座の間に、王アウグストの重々しい声が響く。
「式場近くの離宮にて保護中です。
……民衆への影響を避けるため、今は“静養中”――誰の心を、でしょうね」
答えたのは王女アメリア。
金の髪を無造作にまとめ、紅のドレスに黒のショールを羽織った姿は、昼の華やぎとはまるで違っていた。
華やぎの代わりに、刃が立っていた。
玉座脇に腰掛け、足を組む。姿勢は乱れず、指先だけがティーカップを持ち上げる。
「愚か者め……。なぜあの場であんな真似を……!
あの子はな、お前も知っていると思うが、昔から気まぐれなところがあってな……。
しかし、政にまでそれを持ち込むとは……」
王は顔を歪め、肘掛けに拳を打ち付けた。
「式を弄び、民意を踏みにじり、国政までも台無し……いや、逆だ!
国政を弄び、民意を踏みにじり、式までもぶち壊しにして――とにかく大惨事だ!」
王は、額に手をやると、絞り出すように言った。
「……それでも、あやつは我が息子なのだ……。どうしてこう、育ちきらんのだ……。
それで……夕食は?」
「温かいスープとパン。スープは三杯、完食です」
「……うむ、食欲はあるのだな」
王は満足げに頷く。
いつの間にか、玉座の肘掛けには銀皿のピーナッツが盛られていた。
ポリッ。
アメリアの眉がぴくり、と動く。
「お父様」
アメリアの声音は冷ややかだった。
「今回の件……ご安心ください。“彼”が動いています」
王の眉がわずかに動いた。
「彼……? まさか、厨房の……あの、なんだ、コック帽の……」
「違います」
「違うのか」
数秒の沈黙。
「……おお、あの無口な仮面の執事――クラレンスだな」
ポリッ。
王は、玉座のひじ掛けからひとつ摘んでいたピーナッツを、口に放り込む。
アメリアのまばたきが一度止まった。
「クラウスです」
「……そう、それだ。だいたい合っておる」
アメリアは無言で手元のカップに目を落とす。
まだ湯気を立てる紅茶が、侍女の気配だけを残して静かに置かれていた。
「……ええ。覚えておいて損はない人物です。
彼はクレイモア家の有能な執事ですが……“影”としても有能です」
「うむ……。執事とは紅茶係ではないのか?」
「紅茶も、です」
「紅茶もなのか……」
アメリアは窓の外に目をやる。
夜の風が静かに吹き込む。月の光は薄く、だが確かな冷気を帯びていた。
「“彼が動く”ということは、何か重大な“兆し”があったと見るべきでしょうね」
王はしばし口を閉ざし、やがて低く呟く。
「うむ……。お前がそこまで言うなら、そうなのであろうな。
ただ、それほどまでの者が動くなら……」
「それだけ、この騒動が“計算外の災厄”である可能性がある、ということです」
アメリアはため息を一つ落とすと、玉座に近づき、王の視線と正面から向き合う。
「今は、“正体”や“立場”を問うべき時ではありません。
彼は静かに、確実に、仕事を果たす――それだけで充分です」
王の目がわずかに揺れた。
それは恐怖でも不安でもない――老いた王が、最後に縋る“拠り所”を見つけたかのような眼差しだった。
「……うむ。そうか。ならば任せよう……。ん? なんだったか、名は……」
「……クラウスです」
アメリアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。
「そう、それだ。それにしても本当に有能なのだな、そのクラレンボという紅茶係は」
アメリアの目元がわずかに引きつる。
ポリッ。王はまた、ピーナッツをひとつ放り込んだ。
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