【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷 むぎ

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第二十五話 ごきげんよう。お別れの時間ですわ

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静けさの中、クラウスの声が響いた。

「――照準、固定」

砲が音もなく動き、真っ直ぐにフェリシアを指す。

「お嬢様、お手を」

「……ええ。その前に」

リシェルは、優雅に微笑んだまま、耳元の髪を一筋、そっと払った。

「セドリック王子、フェリシア嬢、ご結婚おめでとうございます。
 これは、わたくしからのささやかな祝砲でございます」

飛び出んばかりに目を丸くしたセドリックと、微動だにせず冷たい目で見つめるフェリシア。

クラウスは静かに命じた。

「七式滅魔砲《クレイモア》――起動」

低く重い駆動音が鳴り、禍々しくも神聖な光が装甲の隙間から漏れ始める。

誰かの椅子が短く悲鳴を上げ、空気が一段沈んだ。

「それでは、ごきげんよう。お別れの時間ですわ」

リシェルは動けない二人を目で射抜いたまま、砲のトリガーに、優雅な所作で

――容赦なく
――手を置いた。

その瞬間――

砲の装甲に、光の紋様が鋭く奔った。

音が、鳴った。
鈍く、巨大な咆哮のような“目覚め”の音――
まるで、長い封印から解き放たれた獣の嘶きのように。

「――吹っ飛びなさい!」

その言葉と共に、砲が放たれる。

ズドォン!!!

光条が、音をも越える速度で発射され――

「ちょ、やっぱり私狙い!? ――ぶへぇっ!!」

フェリシアは叫び声と共に、セドリックごと吹っ飛ばされる。

――否。

セドリックは尻もちをつき、光条は肩先をかすめ、軌道を跳ねて――
まるで意思を持ったかのようにフェリシアだけを撃った。

一拍遅れて、熱と圧が参列者の頬を撫でた後――聖堂が静止した。

風と熱と衝撃の残響だけが、鈍く響いていた。

直撃したフェリシアは、まっすぐに聖堂の“壁へ”と叩きつけられ、
衝撃で砕けたステンドグラスは、祝福を象徴する天使の姿を引き裂かれ、
その色とりどりの欠片が、哀れな花嫁を弔う花びらのように降り注ぐ。

「あら、セドリック様はご無事でしたのね?」

「はい。狙い撃つよう調整しましたので」

リシェルがほんの少しだけ残念そうに呟き、クラウスが苦笑交じりで応じた。

「なんてことを!」

静まり返った聖堂にセドリックの声がこだました。
詰めかけた参列者はあっけに取られたまま、誰も、ひと言も発せなかった。

無惨にも変わり果てた花嫁は、大理石の壁面にめり込み、血の花を咲かせていた。

だが、何かがおかしい。

ふと、誰かが言った。

「血が……緑だ!」
「ひっ!」
「化け物――」

会場から悲鳴が上がる。

割れたガラスに緑の血が広がり、金気に青臭さが混じって鼻の奥を刺した。

砕けた壁から――
フェリシアがゆっくり、首を傾けたままにじり出る。

右腕が逆さに折れ、足もつま先が逆。首も斜めに歪んでいる。

「フェリシア……生きてるのか? これが……”真実の愛”の力……なのか……?」

呆然と立ち尽くしたままセドリックが呟く。

「わ、わしの腰が先に抜けた……“真実の愛”、強すぎんか……」

目を真ん丸にして呟く王。

「バカね。よく見なさい」

アメリアがにこり、と笑う。

パキ、パキ、パキ……と関節が内側から巻き戻るような音を立てながら、
フェリシアの体が“正しい形”に戻っていく。

ストン――背丈の倍ほどの高さから落下し、何事もなかったように降り立つ。

「もう一息で、このバカ王子を完全に支配できたというのに……」

フェリシアの口から漏れる声は、女の声に混じって、何か別の低い声が響いていた。

フェリシアは首を左右にコキコキと鳴らす。

「リシェル・クレイモア。やはり、先に始末しておくべきでした。
 でもまあ、この程度の威力ならばどうということはありませんわ」

ニヤリと笑うその目は完全に黒く染まり、背中から黒い瘴気が揺れていた。

「二度はありません。今回は確実に始末させてもらいますわ」

そう言うと、フェリシアの唇からガラスを引っかくような不快な音が漏れ出た。

『⟊⟟⏃⟒⎅ ⍜⎅⋏⏁』

その音は耳を素通りし、意味だけが脳髄に押し込まれた。

参列者も、王も、セドリックも思わず耳を押さえる中、三人だけが微動だにしない。
その一人、アメリアが扇を畳む。

「記録官、筆を止めないで。全てを記すの」

――ゴォーン。
聖堂の鐘がひと打ち、石の身廊が薄く震えた。祝福には低すぎる音だった。

次の瞬間、花嫁は暗闇のような黒瘴で包まれた。

黒瘴が鐘の余韻を呑み込み、黒い羽根めいた影が一瞬だけ背から開いて消えた。
盆の聖水は沸き立ち、銀の燭台に霜の花が咲き、オルガン管が低く啼く。

白のドレスはまるで錯覚のように裏返り、漆黒に塗りつぶされ、その縫い目から糸のような影が伸びた。
白磁の頬に入った細い亀裂の奥で、瞳が完全に黒く、光を飲み尽くす。

なおも広がる黒瘴は空気を焦がし、祝福の聖堂を、静かに腐らせていくようだった。

そして、耳の奥に蝋を流し込まれるような痛みと圧。

誰かが椅子を倒して逃げ出した。
誰かは祈りの言葉を呟き始めた。
神官が印を切る――光は揺れただけで、祈りは届かない。

もうこの聖堂に神はいないと誰もが感じていた。
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