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第一章 アカデミー編
第十八話 姉と二人で
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アカデミーで過ごした毎日の中で――
あの日のことだけは、今でもはっきり思い出せる。
姉と二人きりで依頼に出て、姉とは違う“私の役割”をはっきりと意識した日。
あの朝の空気も、細かい手順ひとつまでも鮮やかに思い出せるほどに。
◆
王都ギルド本部・掲示板前
真鍮の枠に依頼書がずらりと並び、まだ鈍色の朝の光で羊皮紙が淡く透けていた。
「――ノービスの冒険者はこの範囲。必ず二人以上で。危険指定は避けること」
監督教官が木の札を机に置く。表には赤い刻印――外出許可章。
早朝。まだ一般の冒険者の姿はなく、掲示板の前にいるのは養成学校の生徒――
「ノービスの冒険者」――つまり、まだランクを持たない冒険者の卵だけだった。
依頼書を眺めていて違和感を感じた私は、姉に問いかけた。
「ねえ、姉さん。なんで北の方角の依頼がぜんぜん無いわけ?」
「……そうね……先月までは普通にあったわよね」
姉アリシアはあごに手を当てて考え込む。
「うーん……。
たまたま?」
やっぱり姉は天然だ。私はそう確信した。
一つの依頼書に目を止めた姉が私の方を見て、いつもの穏やかな笑み。
「セレナ、今日は二人で行ってみましょう」
喉の奥が少し熱くなる。
(うん、二人きり……!)
私は念のため、と胸の前で指を折った。
「出発前に、簡単でいいから段取りを――
目的地、所要時間、持ち物、支援魔法の順番確認……」
「そうね。では、これでどう?
危ないのは避ける、わたしが前、セレナは後ろ。
目的地は南の王都外縁林、依頼は薬草《薄月草》の採取。日没前に戻る。……で、ばっちりよね?」
(……まあ、だいたい合ってるけど、“姉さんが前、私は後ろ”で全部片付くやつだよね……)
私は小さく笑って頷いた。
外縁林は、王都の外壁から半時。
若木の葉が日の光をこぼし、鳥の影がしきりに枝を渡る。
「寒くない?」
「大丈夫。ほら、『耐寒上昇』も掛けたし」
姉のマントの留め具を確かめ、足元にはさりげなく『接着強化』を薄く張っておく。
本来は武器を落としにくくするために使う、見えない糸みたいなやつ。
姉も気づいてないけど、滑落防止に役立つはず。
依頼の薄月草は半陰の湿り気を好む。
私は地面の温度と湿度の「感じ」を思い描いて、掌に小さく灯りを落とす。
――『感覚強化』。
やがて、ふっと甘い香り。
白い楕円の葉が群れる茂みを見つけた。
「ここ、群生してる。根を残せば、また来年も採れるよ」
「さすがセレナ! じゃあ私は周囲の見張りを」
そう言うが早いか、かさりと落葉が鳴った。
――森林狼。
二匹、風下から。
彼らは、いつも腹を空かせていて、ちゃんと風下から忍び寄る天性の狩人。
そしてどうやら今――彼らは今日のごちそうを見つけたらしい。
魔物ではないけれど、危険度はEランク。
ゴブリンよりは強いけど、今の私たちなら大丈夫。
私は息を詰め、白木の杖を握りしめる。
ごく小さな魔法陣を展開し、姉の背に『防御上昇』『魔力上昇』『速度上昇』『魔力消費低減』を四つ重ねた。『耐寒上昇』と合わせて五つ。今の私にはこれが限界。
「下がっていて」
アリシアの声は落ち着いていて、けれど迷いがない。
白木の杖を軽く掲げると、彼女の指先に淡い光が宿り、ふわりと白銀の魔法陣が展開される。
『――聖なる矢よ!』。
次の瞬間、まっすぐに放たれた光の矢は炎や雷のように派手ではない。
けれど、清らかな花弁を散らすように淡い光を尾に残し、真っ直ぐ狼の額を貫く。
「キャイン!」
悲鳴をあげてあっけなく崩れ落ちる狼。
残る一匹は怯えたように森の奥へと駆けていった。
静寂が戻ったとき、まだ宙に漂う光の欠片が木漏れ日に混じり、白い花のように舞っていた。
光の欠片が姉の銀の髪に触れ、遊ぶようにきらきらと揺れる。まるで森そのものが姉を讃えているかのように。
姉は当たり前のような顔をしているけど――
きっと私には一生出来ない上位の光魔法……思わず見惚れて、胸の奥が温かくなる。
(やっぱり、姉さんはすごい)
「……大丈夫? 怪我は?」
振り返った姉の笑みは、その光景に溶けるようで――今度は胸がほんの少しちくりとした。
「うん……ないよ」
姉は小さく息をつくと、倒れた狼に歩み寄る。
白く尖った牙がひときわ光を反射していた。
「……牙は換金できるわ。忘れずに持ち帰りましょう」
姉はナイフを取り出すと、慣れた手つきで牙をそっと抜き取る。
それから姉と私は、その横で静かに祈りを捧げた。
(……やっぱり、姉さんだけで片付くのでは?)
そんな考えが喉まで上がるのを、私はぐっと飲み込んだ。
あの日のことだけは、今でもはっきり思い出せる。
姉と二人きりで依頼に出て、姉とは違う“私の役割”をはっきりと意識した日。
あの朝の空気も、細かい手順ひとつまでも鮮やかに思い出せるほどに。
◆
王都ギルド本部・掲示板前
真鍮の枠に依頼書がずらりと並び、まだ鈍色の朝の光で羊皮紙が淡く透けていた。
「――ノービスの冒険者はこの範囲。必ず二人以上で。危険指定は避けること」
監督教官が木の札を机に置く。表には赤い刻印――外出許可章。
早朝。まだ一般の冒険者の姿はなく、掲示板の前にいるのは養成学校の生徒――
「ノービスの冒険者」――つまり、まだランクを持たない冒険者の卵だけだった。
依頼書を眺めていて違和感を感じた私は、姉に問いかけた。
「ねえ、姉さん。なんで北の方角の依頼がぜんぜん無いわけ?」
「……そうね……先月までは普通にあったわよね」
姉アリシアはあごに手を当てて考え込む。
「うーん……。
たまたま?」
やっぱり姉は天然だ。私はそう確信した。
一つの依頼書に目を止めた姉が私の方を見て、いつもの穏やかな笑み。
「セレナ、今日は二人で行ってみましょう」
喉の奥が少し熱くなる。
(うん、二人きり……!)
私は念のため、と胸の前で指を折った。
「出発前に、簡単でいいから段取りを――
目的地、所要時間、持ち物、支援魔法の順番確認……」
「そうね。では、これでどう?
危ないのは避ける、わたしが前、セレナは後ろ。
目的地は南の王都外縁林、依頼は薬草《薄月草》の採取。日没前に戻る。……で、ばっちりよね?」
(……まあ、だいたい合ってるけど、“姉さんが前、私は後ろ”で全部片付くやつだよね……)
私は小さく笑って頷いた。
外縁林は、王都の外壁から半時。
若木の葉が日の光をこぼし、鳥の影がしきりに枝を渡る。
「寒くない?」
「大丈夫。ほら、『耐寒上昇』も掛けたし」
姉のマントの留め具を確かめ、足元にはさりげなく『接着強化』を薄く張っておく。
本来は武器を落としにくくするために使う、見えない糸みたいなやつ。
姉も気づいてないけど、滑落防止に役立つはず。
依頼の薄月草は半陰の湿り気を好む。
私は地面の温度と湿度の「感じ」を思い描いて、掌に小さく灯りを落とす。
――『感覚強化』。
やがて、ふっと甘い香り。
白い楕円の葉が群れる茂みを見つけた。
「ここ、群生してる。根を残せば、また来年も採れるよ」
「さすがセレナ! じゃあ私は周囲の見張りを」
そう言うが早いか、かさりと落葉が鳴った。
――森林狼。
二匹、風下から。
彼らは、いつも腹を空かせていて、ちゃんと風下から忍び寄る天性の狩人。
そしてどうやら今――彼らは今日のごちそうを見つけたらしい。
魔物ではないけれど、危険度はEランク。
ゴブリンよりは強いけど、今の私たちなら大丈夫。
私は息を詰め、白木の杖を握りしめる。
ごく小さな魔法陣を展開し、姉の背に『防御上昇』『魔力上昇』『速度上昇』『魔力消費低減』を四つ重ねた。『耐寒上昇』と合わせて五つ。今の私にはこれが限界。
「下がっていて」
アリシアの声は落ち着いていて、けれど迷いがない。
白木の杖を軽く掲げると、彼女の指先に淡い光が宿り、ふわりと白銀の魔法陣が展開される。
『――聖なる矢よ!』。
次の瞬間、まっすぐに放たれた光の矢は炎や雷のように派手ではない。
けれど、清らかな花弁を散らすように淡い光を尾に残し、真っ直ぐ狼の額を貫く。
「キャイン!」
悲鳴をあげてあっけなく崩れ落ちる狼。
残る一匹は怯えたように森の奥へと駆けていった。
静寂が戻ったとき、まだ宙に漂う光の欠片が木漏れ日に混じり、白い花のように舞っていた。
光の欠片が姉の銀の髪に触れ、遊ぶようにきらきらと揺れる。まるで森そのものが姉を讃えているかのように。
姉は当たり前のような顔をしているけど――
きっと私には一生出来ない上位の光魔法……思わず見惚れて、胸の奥が温かくなる。
(やっぱり、姉さんはすごい)
「……大丈夫? 怪我は?」
振り返った姉の笑みは、その光景に溶けるようで――今度は胸がほんの少しちくりとした。
「うん……ないよ」
姉は小さく息をつくと、倒れた狼に歩み寄る。
白く尖った牙がひときわ光を反射していた。
「……牙は換金できるわ。忘れずに持ち帰りましょう」
姉はナイフを取り出すと、慣れた手つきで牙をそっと抜き取る。
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(……やっぱり、姉さんだけで片付くのでは?)
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