【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ

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第一章

第三十一話 一筋の光

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私は、その胸に刺さった棘の痛みに、一人きりで泣いていた。
まるで、祝福の光に照らされる人々の輪から、自分だけ取り残されたみたいで――涙が止まらない。

「セレナ嬢」

不意に、背後から低くよく通る声がかかった。
慌てて涙を拭い、振り向いた瞬間、そこには燭火を背に、漆黒の礼装に身を包んだ一人の騎士が立っていた。
薔薇の紋章を胸に掲げた――薔薇騎士団長ロベール。

「おや? どうかしたのか?」

先の王都防衛戦でも、基点(アンカー)に旗を掲げて絶対防衛線を敷き、兵を鼓舞し、一歩も引かなかった指揮官として、民草の間でも英雄と語られる歴戦の騎士。
あの戦場で見たときと同じ、静かながら強い眼差しが私を見つめていた。

「……いえ、ちょっと感動していて……すみません」

「……うむ。確かに、心を打たれる祝福の儀であったな」

私ははっと気づき、裾をつまんで頭を下げた。

「……いらんいらん。俺は卿などと呼ばれているが、叩き上げだ。そういうのは苦手でな」

ロベールはにこりともせず言う。そして――

「先の戦では世話になった」

淡々とした声音だったが、その一言に心臓がどくりと跳ねた。
続いて、私は思いがけない光景に目を見開いた。
英雄ロベールが私なんかに――頭を下げたのだ。

「……そんな、私はただ必死だっただけで……!」

慌てて頭を下げ、我ながら間抜けな言葉を発してしまう。

(でも……見てくれてた人がいたんだ……)

高鳴ったままの心拍はそのままに、胸に熱いものがこみ上げた。

ロベールはふっと口元を緩めた。
戦場では見なかった、わずかな笑み。

「謙遜は美徳だが、過小評価は害悪だ。
 ――戦いとは時に、ほんの少しの積み重ねが戦況を左右する。
 君の力は、確かに皆を支えていた。それだけは忘れるな」

その言葉は、先ほどまで胸に刺さった棘の痛みを、少しだけ和らげてくれた。

「……ありがとうございます」

「この先、魔王軍との戦いは激しさを増すだろう。
 聖女殿の支えとして、君の力を借りる日も近いかもしれんな」

冗談めかした口調だったが、その眼差しは揺るぎなかった。

(……私が姉さんの支えに……。ずっと一緒にいられる……?)

気づけば、胸の奥に溜まっていた冷たい痛みが、ゆるやかに溶けて――
そこに、ほんの一筋の光が差し込んでいた。

***

それから半刻ほど経ち……。

私は皿の上の小さなテリーヌをフォークでつついては戻す――そんなことを繰り返していた。
目が眩むような料理の数々も、豪奢な衣装に身を包んだ貴族たちの笑顔も、まるで夢の中みたいで。
現実味がなかった。

探すように視線を巡らせると、マルグリット司祭は少し離れた場所で貴族と談笑していた。
孤児院の支援者なのだろう、穏やかな笑みを浮かべて深くうなずいている。

煌びやかな広間の片隅で、私はまたひとり。

(……やっぱり、私は透明人間だ……)

貴族たちの笑い声が、遠い世界のざわめきみたいに響いた。
華やかな世界の中で、ぽつんと取り残されたようで、胸がきゅっと縮んだ。

「……そろそろ帰りたいな」

ふと視線を上げた瞬間、姉がシャルルとエリアスに囲まれて微笑む姿が目に飛び込んできた。

不安――私の中で、どうしても再びその感情が目を覚ます。

(あんなに自然に笑って……ほんとうに、わたしの知らない人みたい。
 勇者と王子の隣で……。まるで別の世界……物語の中の人みたいだ――)

そんなことを想い始めた瞬間、姉がふとこちらを見て――目が合った。
姉はにこりと笑って、二人の王子に軽く手を振る。

「……え?」

姉は人垣に向かって両手を軽く上げ、にこやかに「すみません」「通りますわ」と声をかけながら、するりと抜けてきた。
まるでこの会場すら自分の舞台に変えてしまうみたいに――その所作に、誰も文句ひとつ言えなかった。

驚いて固まる私に、姉は銀の髪を揺らし、すっと口元を寄せて囁く。

「セレナ! 逃げましょ!」

どくん、と心臓が跳ねた。

「え、えっ!? えぇぇぇーーーーーっ!?」

私の叫びに、大広間中の視線が突き刺さる。
そんな中、姉はにこりと笑い、ためらいなく私の手を掴んだ――。

そのまま軽やかに振り返ると、マルグリット司祭に小さく一礼する。

「近いうちに、また孤児院に参りますわ」

爽やかな一言。

司祭は目を丸くして驚きつつも、すぐに朗らかな笑みで頷いた。
そして次の瞬間、姉は私を引っ張り――煌びやかな大広間を駆け抜けた。

「聖女様!?」
「どこへ――!」

周囲のざわめきが背後から追いかけてくる。
けれど姉は気にする様子もなく、まっすぐに走り抜けた。

出口へ向かう途中、ひときわ大きな影が視界に入った。
黒地に銀の刺繍をあしらった正装をまといながらも、なお岩壁のような迫力を放つ男――剛盾バルド。
一瞬、私の足が止まりかけたが、姉は臆することなく彼を見上げた。

姉と視線が交わると、彼はほんの一瞬、口の端をわずかに緩め、静かに身を引いた。
それだけで人垣が割れ、道ができる。

……やっぱり、いい人だと思う。たぶんだけど。

視線の端で、エリアスが面白そうに口元をゆるめているのが見えた。
反対に、シャルルは眉をひそめ、鋭い眼差しをこちらに向けた。
二人の対照的な反応に、胸の奥がほんの少しざわめいた。

煌めくシャンデリアの下、ドレスの裾を翻しながら、姉と二人きりで駆け出す。
喧騒が背後に遠ざかり、すぐに胸の奥のざわめきは消え、じんわりと温かいものが広がっていった。
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