【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷むぎ

文字の大きさ
37 / 100
第二章 討伐軍編

第三十七話 新たな任務

しおりを挟む
――夜半、焚き火の輪にて。
夜風が頬を撫で、火の粉が静かに舞っていた。

「――ある街に潜入してほしいのだ」

静かに腰を下ろしたロベール卿の言葉に、私たちは思わず顔を見合わせた。
エリアスが眉を寄せて尋ねる。

「街、ですか?」

「そうだ。ここから北東に半日ほど行った場所に、中規模の城下町がある。
 領主の館を中心に発展した交易の街で……かつては人間の領地だった場所だ」

(え……“かつて”って……?)

ロベールは鎧越しに腕を組み、焚き火の明かりに照らされた険しい横顔を見せた。

「問題は、その街の領主が――魔族であるということだ」

その一言で、輪を囲む全員の呼吸が一瞬止まった。夜気がぴんと張り詰める。
姉は焚き火の明かりに銀の髪を揺らしながら、まっすぐにロベールを見つめた。瞳には、恐れではなく“何かを見極めよう”とする静かな意志が宿っている。

だが、次に続いた言葉は予想もしないものだった。

「奇妙なことに、領民はこれまで通り暮らしているどころか、むしろ――」

(むしろ……?)

ロベールは少し間を置き、静かに続けた。

「以前よりも生活が安定しているらしい」

「……え?」

思わず声が漏れる。

「税は軽くなり、領主は穏やかで民にも優しい。
 街道の整備も進み、冒険者や商人も普通に出入りしている。
 報告によれば、まるで――魔族が支配しているとは思えないほど、人間の街そのものだそうだ」

「……そんなことが、ありえるのか?」

エリアスが眉をひそめる。
バルドは黙ってロベールを見つめ、姉は少し驚いたように瞬きをした。だがすぐに真剣な表情へと戻り、顎に手を添えて考え込む。その横顔は、まさに“聖女”として真実を見極めようとする姿だった。

「(……魔族は信用できない……)」

ごく小さな呟き。
呟いたフィーネは無表情のままだったが、その声は確かに私の耳に届いた。
私は彼女の表情を読み取ろうとしたが、すぐに諦めてロベールへと視線を移す。

「私にもわからん。
 だが、魔族の中には人間との融和を望む一派がいるという話も、かねてよりある。
 この街は、その可能性を探るには格好の場所だと判断した」

ロベールの声には、わずかに期待の色が滲んでいた。

姉が小さく息を吸い込み、微笑むと静かに言葉を紡ぐ。

「……やはり誰が領主であっても、民が困っていないか、幸せに暮らしているか。
 それが大切だと思いますの」

その声は穏やかでありながら、聖女らしさと為政者のような芯の強さを併せ持っていた。
そのとき、エリアスは息を呑み――言葉を探すように、しばし姉から目を離さなかった。

ロベールは口元を緩め、頷いた。

「ああ、確かにその通りだ。よろしく頼む、聖女殿」

(……やっぱり、姉さんはすごい……。もう次の段階を考えてる……)

「いずれにせよ、君たちにはその真偽を確かめてきてほしい。……だが、危険があれば――」

そのときだけ、ロベールの声が低く鋭くなった。

「――遠慮はいらぬ。排除せよ」

焚き火がぱちりと音を立て、夜風が鎧を鳴らした。
フィーネが静かに視線を上げ、バルドが頷き、エリアスは小さく息を吐く。
姉は炎を見つめたまま、まぶたを閉じて静かに祈るように手を組んでいた。
その姿を見て、私は少しだけ胸が熱くなった。

(――魔族が……人間と共に生きる街……)

想像しようとしても、どうにも現実味がなかった。
そんなの、絵本か昔話の中だけの話だと思っていたのに……。
でも――もし本当にそんな街があるのなら……。

けれど、フィーネさんの呟きだけが、胸の奥に棘のように刺さっていた。
――その棘は、翌朝になっても抜けなかった。

***

――翌朝。

私たちは、頭の先まで覆うフード付きの冒険者のローブを身にまとい、準備を整えていた。

「冒険者風の身なりにしておけば、ある程度は街の中で動けるはずだ」

エリアスはそう言いながら、背負った剣の位置を調整する。
けれど、その手つきはどこかぎこちなく、明らかに手こずっていた。

「そこ、ベルトの通し方が違うわ。それでは剣がぶらついてしまいますの」

姉がすかさず正面から近づき、自然な手つきでベルトを締め直してやる。
ついでにフードの位置も軽く整える。
そのとき、姉の指先がエリアスの頬をかすめ――彼はふっと視線を逸らした。

やがて、姉は満足げに小さく頷く。

「……できたわ」

「……ありがとう……アリシア」

「どういたしまして」

エリアスは視線を逸らしたまま、金の睫毛がわずかに震えていた。
短く視線を落とした彼の指先が、無意識に剣帯を強く握り直した。

(エリアス王子、姉が整えた冒険者姿が様になってる……。
 ジュリアンが見たら、きっと真似するんだろうな――)

ふと、なぜだかちょっぴり憎たらしい顔が思い浮かんで――
心の中でぶんぶんと首を振る。なんであいつのことなんか……。

振り向けば、次は姉とバルド。

彼は外套の前を留めようとして、留め具を逆にかけていた。
姉はすかさずそちらにも回り込み、ぱちんと手際よく留め具を留める。

「こうです」

「……おお。こうか」

「ふふ、慣れれば簡単ですわよ」

姉は少し背伸びをすると、きゅっと留め具を引いて、しっかりと留まっているか確かめる。
バルドはわずかに顎を引き、斜め上へ視線をそらす――喉仏が、かすかに上下した。

姉の甲斐甲斐しい姿を見ていると――胸の奥が、なぜかきゅっと締めつけられるようにもやもやした。
気づけば全員が騎士と姉に注目していて、私は思わず視線を逸らす。

気を取り直そうと、水袋を持ち上げ、冷たい水をひと口含む。
喉を通る感覚が、少しだけ熱を冷ましてくれた。

すると――

「セレナは、大丈夫?」

「……うん」

じっと姉を見返すと、姉は首を傾げ、ふっと微笑んだ。
その顔は、夜の焚き火のときと同じ――
まるですべてを受け入れてくれるような、静かな優しさを湛えている。

それにしても姉さんときたら――
こんな時なのに裾の皺もきちんと伸ばして、腰のベルトもきゅっと締めてるなんて。

(ふふ……やっぱり姉さんは姉さん。なんだか安心する)

フィーネは弓と矢筒を布で包んで背に回し、フードを目深に被ったまま、膝をついて長ブーツの紐を締めている。
さすがはソロのS級冒険者、慣れたものだ。

私はといえば、久しぶりの目深なフードに視界が少し狭くなり、落ち着かない。
もちろん、怖いという気持ちもある。
でも――心の奥に、ほんの少しだけ“知らない世界”を覗くようなわくわくがあった。

(……魔族の街、か。いったい、どんな場所なんだろう……)

馬車も馬も使わず、私たち五人は野営地を徒歩で後にした。

目的地は北東の街――ヴァルモア。

朝靄に包まれた街道の先には、まだ見ぬ“魔族の街”が待っている――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

処理中です...